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実家のお屋敷へと帰ってきてから、一週間が過ぎた。
「あぁー。やっぱり実家は落ち着くわね」
自室に篭り、手元には紅茶を用意し読書に明け暮れる日々。
毎日好きなだけ寝て。毎日自分が好きなことをするだけ。
久々の休暇は、私の心までも癒してくれる。ストレス源である、あのクズ男が消えたことが一番の良薬なのかも。
「アメリア、ケーキを持ってきたけど一緒に食べるかしら?」
ノックもせずに私の部屋へ入ってくるのは、お母様。
昔から慌てん坊で、少し早とちりな所もあるけどね。
そんな部分を含めて、私はお母様が大好きだ。
「ケーキを持ってきてくれたのは嬉しいけど、ノックはしてよ。私だって、年頃の女の子よ。殿方と一緒に居ることだってあるかもしれないのに」
「アメリア、誰か好きな人でも居るの?」
「と、特には居ませんが……例えばの話です」
「そう。でも、アメリアのことを好きになってくれる殿方はすぐに見つかりますよ。だって可愛いもの。アメリアは世界一」
「お世辞をありがとうございます。お、お母様」
「また、アメリアは捻ちゃって。もっと自信を持っていいのに」
ルークから婚約破棄を言い渡されたと話した時は、お父様もお母様も驚いていた。無理もない。
婚約破棄など、世間一般的にはありえない話なのだ。
どんなことがあったのかと、両親に諭され、私はルークに受けた仕打ちや侮辱を全て説明したのだ。
お父様とお母様は大激怒。突如家に帰ってきた娘に対する不審感は消え、矛先は全てシュバルツ家へと向いたのである。
「お母様、少しだけケーキをもらってもいいでしょうか?」
「良いわよ。アメリアのことだもの。またあの子たちの元へ行くのね。好きなだけ持っていきなさい。喜ぶ顔が目に浮かぶわ」
「ありがとうございます、お母様。私の我儘を聞いて貰って」
「良いのよ。子供の笑顔を見るのが、大人の幸せなんだから」
私もお母様の笑顔を見るだけで、幸せになれるわ。
人生の活力は、好きな人たちの笑顔なのかもしれない。
屋敷を出て、歩きで三十分程先にある大きな施設。
そこには多くの子供達が同じ施設内で生活を送っている。
俗に言う孤児院だ。皆、可愛くて良い子なのに。
「あっ!? アメリアだぁーっ!?」
私が歩く姿を見つけたのか、一人の子供がそう叫んだ。
その瞬間、周りの子供達も「アメリアだ!」「アメリアお姉ちゃんだぁー」などと言い、全速力で駆けてくる。
「アメリアお姉ちゃん、一緒に遊ぼう」「いや、僕と遊ぶんだ」「違うの。わたしと遊ぶんだよ。お姉ちゃんは」
子供たちは言い争いを始めてしまう。無邪気な姿には、思わず私の口は緩んでしまう。世界中には嫌なことが沢山あるけれど、この子供たちにはまだそんな世界があるとは教えたくないなぁー。出来るかぎり、綺麗な世界を見せてあげたい。
「あーもう、喧嘩しないの。遊ぶ前に、今日はみんなにケーキを持ってきたよー。みんなで食べようーっ!?」
元気な子供達と一緒に居るだけで、元気が出てきた。
若いって良いなと思うと同時に、頑張ろうという気になる。
子供達と一緒にケーキを食べて、一緒に外を走り回って。
「あぁー今日は本当に楽しかったぁー」
一日中遊び回った結果、私の身体はクタクタだった。大きい子供たちはまだまだ遊び足りないのか、外に出ている。小さな子供たちは施設内で布団を敷いてスヤスヤと就寝中。物音を立てないように注意しなければ。
「アメリア様、本当に色々とありがとうございます」
施設の若い職員——シリカが深々と頭を下げてきた。
太陽を浴び、光輝く小麦色のショートヘア。洋服は決まって、白のワンピースを着用している。お気に入りなのだとか。
「や、やめてください。わ、私は当然のことをしただけで」
「ご謙遜な態度も素晴らしいです」
「冗談は止めてよ、シリカ。私なんて、まだまだよ」
「そ、そんなことは言わないで下さい。アメリア様はわたしの憧れです。わたしにとって、女神様みたいな人なんです。い、いつの日か……わ、わたしもアメリア様みたいな女性に」
饒舌に語り始めたシリカは、しまったという表情になり、顔を赤らめてしまう。
「も、もっ、申し訳ございません。わたしのような田舎者で平民風情の分際が、アメリア様のような高貴なお方みたいになりたいと言ってしまって」
「身分ってそんなに重要? なりたい自分になるべきよ」
「はっ、はいっ!? アメリア様みたいな人になります」
ちょっと恥ずかしいからやめて。
私、褒められた存在じゃないのに。
照れてしまいどんな言葉を返そうか迷っていた時、施設内のドアが開き、見たくもない顔が現れた。
「み、見つけたぞっ!? アメリアっ!! こんなところで隠れていたとはな。父上が帰ってきたのだ。さぁーお前にどんな処罰が下るのか、楽しみだなぁーギャハハハハハハ」