18
王族家が集まる場所で出しゃばる真似はしたくない。
けれど、妖気を纏ったあの男が何をするか予測できない。
故に、私がこの状況をどうにかしないと。
「おい、貴様。この場から早く出ていくのだっ!?」
兵士たちに槍を向けられるものの、ルークは全く動じない。
逆に歯向かう態度に苛立ちを感じたのか。
「はぁ? 僕に指図するのか? 三下めがぁ?」
もう止むを得ずと言った形で、槍がルークの身体へと突き刺さる。けれど——彼は余裕な笑みを浮かべ、突き刺さる槍を腕力で圧し折ってしまう。
「もう誰も僕を止めることはできない。ふっ、王族家の兵士と言えど、所詮はこの程度か。この雑魚めがぁっ!?」
手を前に突き出し、黒い炎を纏わせるルーク。
彼に歯向かう人々を燃え尽くすつもりなのだろう。
だけど、そんなことは決してさせない。
「なっ!? 何だとっ……き、消えただとっ!?」
突然消失した黒い炎に驚愕し、ルークは自分の手を何度も確認する。もう一度炎を出ろと唱えているが、それでも決して彼の手が灯ることはなかった。
「アメリアぁあぁああ!! 何処だ、何処にいやがるっ!」
自分の思い通りに行かずにルークは犬のように吠えた。
可愛げがないのが、残念な所。元々可愛げがあっても、あんな使えないゴミは要らないけれど。
「コソコソと逃げ回って魔法攻撃など、魔法使いの片隅にも置けないな。何て、お前はセコい女なのだ。アメリアっ!?」
私自身、あんなゴミと関わるのはゴメンだけど。
人員救助が大優先。
聖者として、貴族として、人々の命が最も重要なのだ。
「逃げ回る……? 一体誰のことを言っているのかしら? 貴方の目って節穴なの?」
「ま、まさかっ……!? そ、そんなはずがぁ!?」
背後から聞こえる声に対し、身体をビクッと反応させて、ルークは素早く後ろを振り向いた。
「なぁっ!? ななな、い、いつの間に僕の後ろにっ!?」
「ごめんなさい。かくれんぼうは嫌いなの。というか、貴方と遊ぶ時間が惜しいから、さっさと片付けようと思ってね」
「な、なるほど……て、照れよって。久々に僕に会えて嬉しくて自分から会いに来たのだな。でも、僕は絶対に許さない」
何を勘違いしているのだ、このゴミ男は。多少は破門されて一般常識を身に付けたと思っていたのに。根本的にダメだな。
「勘違いも甚だしいわね。多少体付きはガッシリしたように見えたけど、頭の方は未だにお猿さんレベルなのね。ガッカリだわ」
「フンッ。遠回しに男らしい体付きになったと褒めるとは、可愛い奴め。さてはアメリア、お前はツンデレさんなのかな? 久々に愛する男に会えて嬉しい気持ちを隠そうと必死なわけだ」
「あ、貴方ねぇ……お猿さんレベル以下になったの?」
「さっきの火を消したのも、僕にちょっかいを出して相手にして欲しいという意思の表れなのだろぉ?」
コイツの話は聞き飽きた。これ以上話をしても時間の無駄。
そう思い、私はルークに手を向けると、待ってましたと言わんばかりにルークはニタニタ顔になった。
「おいおい、アメリア。僕に魔法が通用すると思うのか?」
「一体、どういう意味? 負け惜しみは要らないわよ」
私が放ったのは、水の初級魔法『アクアボール』。
と言えど、一応私は聖者の端くれ。初級魔法でも力の加減を調整すれば、超級魔法に匹敵する力を発揮できる。
今回の威力は、ルークの強さに免じて、中級程度。
それにも関わらず、ルークの身体は数十メートルぶっ飛び、そのまま壁に激突してしまう。
もわもわもわと、煙が舞い、ほぼ無傷状態のルークが出てきた。
「ふっははははははははは。アメリア、お前の全力をしかと受け止めたぞ。何だ、この弱さは。鼻で笑える程度だな。最強の力を手に入れた僕の前には到底及ばないなっ!」
全力……? まだまだ序の口なのに。それなのに、あの程度の強さを受け止めた程度で、喜ぶなんて……本当にバカね。
でも気になることがある。手加減したつもりだが、それでも今までのルークなら肋骨が何本か折れてもおかしくない。
「次はこちらの番だ。僕の全力を受け止めてみろっ!」
ルークは前屈み状態になり、両手を強く握り締めた。
その瞬間——彼の周りには夥しいほどの妖気が集まって。
「皆さん、ここは危険ですから外に避難して下さいっ!?」
私は叫んだ。パーティ参加者達は、サプライズの催し物程度と呑気に考えているようで、グラス片手に楽しんでいる。
それでも、ルークが放つ異様なオーラに、ただごとではないと誰もが勘付き、叫び声を上げて、会場の外へと逃げ出した。
「アメリア……お前に受けた屈辱を晴らす日が来るとはな……僕は楽しみにしていたぞ。さぁ、思う存分楽しませてくれ!」
ルーク——否、もう彼はルークとは呼べない存在であった。
体長五メートルを優に超えた一つ目の生物。顔と思しき部分には、裂けた大きな口があり、ギザギザの歯が見える。
「世界帝国大戦時、極秘に作られたと噂された戦闘生物。でも終戦が早まった結果、戦場に出向くことはなかった。ほ、本当に作っていたのね……帝国は……あんな化け物を」
口にした全てのものを吸収し、自分の力とする能力。
言わば、食べれば食べるほどに、この生物は強くなるのだ。
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!」
女性の悲鳴が響き渡り、次から次へと人々が叫び始める。
何が起きたわけではない。ただ、一つ目生物の背後を見て、驚愕の声を上げているのだ。無理もない話だ。
何故ならこの戦闘生物には——とある特徴があるのだから。
吸収した全てのものの顔を背中に宿すのだ。まるで、自分の力を見せ付けるように。悪趣味な戦闘生物だ、本当に。
「アメリア、お前もこの背中の仲間に入れてあげるからねー。楽しみにしててくれよ、ぎゃっははははは」
姿形は違えど、ルークの声は健在だった。
振り向き様に見せられた光景は悲惨なものだ。
巨大な黒塊の背中には、老若男女問わず様々な顔が植え付けられていた。まるで、吹き出物のように。そこにあるのが当然の如く。その中に見覚えがある顔があった。
「う、嘘でしょ……し、シリカ……み、みんなぁ……」
施設の子供達の顔が無数にあったのだ。そこら中に。
そして、彼等は個々に意思を持ち、「アメリアお姉ちゃん、だ、だずげでぇえええーー」とか「辛いよぉぉぉー」「だじゅげでぇぇえぇぇー、お姉ちゃんー」などと泣き叫んでくるのだ。
地獄絵図。その言葉が最も相応しいかもしれない。
衝撃的な光景に、私は膝を抱え込む形で腰を落とし、耳を塞いでしまっていた。現実を受け入れたくなかったのだ。
「ぎゃははははあははは。お前が可愛がってた餓鬼共だ。お前が仲良くしていなければ、僕は食おうとはしなかったよ」
「も、もうやめて……彼等は関係ない。解放してあげて」
私は弱い人間。いつも誰かに支えられて生きている。
その中枢部分を担うのが、シリカや施設の子供達だった。
その部分さえも、こ、この男は壊したのだ。私の幸せを。
「何を言ってるのだ? 馬鹿か、アメリア。これは罰だ」
「罰……」
「そうだ。僕を破門し、本気で怒らせてしまったな」
「ふ、ふざけないでっ!? そんな理由で子供達をっ!?」
「もう無駄だ。子供達は全員死んでいる。僕の体内でしか生きることを許されない、ただの傀儡だ。実に面白いだろぉ?」
——アメリア様、た、立ち上がって下さい——
「えっ……? こ、この声は……し、シリカ……」
——アメリア様ならみんなを救うことができます。諦めてないで下さい——
「も、もう……無理よ。私には出来ない。アイツを殺したら、貴方たちまで死んじゃう。そ、それだけは絶対に出来ないわ」
——大丈夫です。アメリア様ならきっと大丈夫——
「大丈夫って……。わ、私は、貴方達を殺せないっ!」
——みんなを救う方法は必ずあります。わたしが憧れたアメリア様なら、絶対にその糸口を見つけ、悪から救うことができると、シリカは信じています——
「神様じゃないと無理よ……こ、こんなの。私はただの聖者。ただの無力な存在ね……な、何もで、できないなんて……」
——忘れてしまいましたか? シリカにとって、アメリア様は女神様みたいな人だと言ったはずです。自分の力を信じて下さい。なりたい自分になるべきだと教えてくれたのは一体誰ですかっ!——
そうだ。な、何を私は諦めモードになっているのだ。
到底不可能な困難に出会ったからと言って、諦めていい理由には決してならない。最後の最後まで全力を尽くす。
「ありがとう……シリカ。ぜ、絶対に救ってみせるわ」
「何を独り言を言ってるんだか。もしかして、それは僕への愛の告白練習か? それとも謝罪練習かな?」
本当の女神様にはなれない。
でも、シリカが憧れるような女神様にはなりたい。
いや、ここでなってやる。全員を悪から救う女神様に。
「気違いに刃物と言うけれど、本当その通りね。貴方は私を本気で怒らせた。悪いけど……簡単に死ねると思わないでね?」




