17
邪魔な婚約者の姿が消え、気付けば季節は冬を迎えていた。
実家に身を置いて、両親に愛されて生活する日々。
お父様からは乗馬や駆動車の扱い方を、お母様からは化粧や料理を教えられ、予想以上に私は悠々自適な暮らしを堪能していた。
「アメリア、本当に行くの? 雪が降ってるのに」
「はい、ごめんなさい。お母様、今日はクリスマスで家族と共に過ごしたい気持ちは山々なのに……」
「私たちのことは気にしなくていいわ。ミーシャちゃんが主催のパーティに参加するんでしょ? 良い人が見つかったらいいわね」
ふふふっと笑みを漏らすお母様には悪いけど、私には誰も貰い手が居ないと思う。側から見ると「婚約者に捨てられ実家に戻って来た可哀想な娘」と勘違いされているのだ。
「見つかれば良いのですが……私の評判は悪いので」
「大丈夫ですよ、アメリアは世界で一番可愛い娘ですから」
そっと抱きしめられ、私は家族の温もりを感じた。
「今日のアメリアは一段と綺麗だわ。やっぱり私の娘ね」
あ、そうだと手を叩いて、お母様は私の側に寄ってきて。
「大切なイヤリングがあるから、付けて行きなさい」
***
「……れ、レベルが違うわね」
王族家のパーティに参加するのは初めてだった。
駐車場で駆動車を止めた時でも、格が違うと思った。
遠目からでも分かるほどに、赤、青、黄、緑、紫、白、と言った色取り取りな光が城の外装をライトアップしているのだ。
何て美しいの……と圧巻しつつ、城の中に入ると。
天井を覆い尽くすほどに飾られたシャンデリアの数々。
実家にもあるけれど、その白い輝きには勝てそうにもない。
『アメリア、絶対に来てくれると思っていたわっ!?』
『今日は存分に楽しんでいってね。後から一緒にお話を』
明るい声でミーシャは言ってくれたけど……私には無理。
「ミーシャの社交性が……う、羨ましい……」
パーティに参加しているのは、全員が超が付くほどのVIP。
名前を知らない方がありえないと思うほどの人々達だ。
一端の私ではあまりにも場違いと言うか……うん無理。
「パーティと聞いて……はりきっていたのに」
周りは夫妻か結婚を約束した仲の人々ばかり。
独り身の私には、遠慮してか、誰からも声が掛けられない。
「はぁー仕方ない。食事を楽しむことにしよう」
本日は立食パーティ。好きなものを好きなだけ食べて良いと言われたけど、はしたない女だと思われないかな。
私を呼んだミーシャの顔を汚すことだけは絶対にしたくないし。ここは自重するべきなのか。
で、でも食べたい欲には逆らえなかった。
東西南北。
色々な国々を回ったシェフが考案したとのこと。
見たことも無ければ、名も聞いたことが無い異国の料理。
肉は蕩けるように柔らかく。
魚は骨を全て抜き取られ、全く生臭さを感じさせず。
野菜はメイン料理の付け合わせなのだが、十分に単体だけでも楽しむことができる。
特に美味しかったのは、東の島国が考案した料理。
酢で慣らしたお米の上に、生魚の切り身を乗せて、ソースに付けて食べるというものである。
一口食べるだけで電撃が走るような感覚に陥った。
紛れもない、一目惚れ。食事の力、恐るべし。
味付けは絶妙で、一流の料理人が今日の日の為に準備していたのが、とっても伝わってくる。
あー幸せ。美味しい物を食べることは唯一の幸せかも。
そう思い、私は食欲全開にしていたのに。それなのに。
「ん? 何かあったのかしら?」
城の外が一段と騒がしかった。パーティの最中だ。
誰かが喧嘩したのかと考えていたのだが——。
その原因が分かるのは、堅く閉じられた城のドアが開いた時。王族家の兵士たちに槍を向けられつつも、ズカズカと歩みを進める招かざる客人。
「ミーシャ、遂に帰って来たぞっ!? 僕だ、僕だよっ!?」
う、嘘でしょ……ど、どうして……あ、あの男がここに。
私の目に映るのは紛れもないルーク・シュバルツ。
そう、私の元婚約者であり、そして私が二度と見たくなかった男でもある。
けれど、以前までの彼とは違うことがある。
「くんくんくんくんくん……臭うな、臭うぞっ!?」
得体の知れない魔力を持っているのだ。
通常の人間が持つはずのない、魔物が放つ妖気を。
「アメリア……お前、ここに居るんだな。これは好都合だ」
ギャハハハハハハハと狂ったように笑い出して。
「ミーシャ、ごめんよ。デザートは最後まで取っておく派でねー。先に僕を散々酷い目に遭わせたアイツを、処分しないと。お楽しみは、それからだよ。ミーシャ」
そう言い放ち、四方を振り向きつつ、怒りと呪いを込めたような声で。
「絶対に見つけ出して殺してやるよ。精々、僕が退屈しないように、泣きじゃくる顔を晒して、尻を振って逃げ惑いながら許しを乞け。死のかくれんぼを始めよう、アメリアああああぁ」