11
僕の名はルーク・シュバルツ。
この地域一帯を牛耳るシュバルツ家の次期当主——になるはずだった男だ。
しかし、アメリア・スカーレット——僕の元婚約者が僕の父上を唆し、僕を罠に引っ掛けたのである。
結果、僕はシュバルツ家を破門。
現在は日雇いバイトを行い、生きるだけでも精一杯の日々。
「アメリア……お、覚えておけよ……絶対に僕の奴隷にして、一生僕への服従を誓わせてやる……あ、あの悪魔女めっ……」
破門されて一週間。僕は仕事にありつけずに、路頭に迷っていた。食事も睡眠も十分に取れずに、本気で死ぬ直前だ。
そんなとき、僕は救いの声を掛けて貰ったのだ。
黒のサングラスに、黒のスーツを着たイカツイ男に。
日頃から鍛錬を続けているのが、服の上からでも分かる。
『おい、兄ちゃん。良い話があるんだが、やってみないか? 三ヶ月の住み込みで月給60万円以上稼げるバイトなんだが』
お金の価値は全く分からないが、そこそこ稼げるというのだけは分かった。僕と同じような穀潰し達が、そのイカツイ男に誘われて、『これで人生逆転できる!?』と微笑んでいた。
けれど——それは真っ赤な嘘だった。
寝ている隙に連れて来られたのは違法バイト。
朝から晩まで働き、質素な飯を食べるのみ。お風呂にさえ、決まった日しか入らせてくれない。肉体労働の為、毎日泥だらけになるので、傷口から寄生虫が入ることもある。
逃げ出したい気持ちもあるが、見渡す限りの森。森の奥からは獣達の呻き声が聞こえてくる。話を聞くところに拠れば、どこかの金持ちさんが森を壊して、リゾート地を作るのだという。何十年経過で作るつもりなのだろうか。数ヶ月単位では絶対に無理だぞ。
「おい、新入り。喋ってる暇があるなら、手を動かせっ!?」
横暴な態度で喋りかけてきたのは、ボスと呼ばれる存在。
手元にはお手製の大縄を持ち、いつでも振り回せる状態にしてある。何度か食らったことがあるけど、ミミズ腫れになるほどに痛い。ボスの体型は成人男性三人と遜色ない。
ボスと言ってるが、僕たち労働者は別に彼を慕っているわけではない。
圧倒的な暴力下で、僕たちは彼の指示に従うしかないのだ。
「わ、分かりました……ボス……」
「分かりましたじゃねぇーだろうが。承知しましただろうがぁ!? このクズがぁ!! さっさと動けっ!?」
目にも見えない速度で、大縄が飛んできた。
身体に当たった瞬間に激痛が走り、思わず僕は奇声を出してしまう。ボスは僕が怯えた声を出すのが面白いのだろう。何度も縄を振り下ろし、僕が痛む姿を見て愉快気に微笑むのだ。
「アメリア……お、お前を殺してやる……お前にもこの屈辱を味合わせてやる。絶対に……ぜ、絶対に……」
「おい、今何か言ったな? 俺への反抗的な態度だな」
「ひぃ……ひぃ……な、何も言っておりませんんん」
その後、僕が痛みのあまりに叫んだことは言うまでもない。
法律も規律も道徳も何もかもが通用しない世界。
人間達が住む世界とは隔離された環境。
労働基準法などどこにも存在しないのだ、この場所には。
「アメリア……これも全てはお前のせいだな」
何よりも、と呟きつつ、僕は怒りの拳を握りしめて。
「ボス……お前は絶対僕が殺してやる。一番痛い方法でな」
「貴様、今も何か変なことを言ったよな?」
「あははは、何も言ってませんよ。ボスは今日もカッコいいなぁーと思いましてね。えへへへ、本当世界一ですよっ!?」
今の僕に出来ること——それは媚びて媚びて媚びること。
僕の口だけは達者なのだ。何せ、父上を今まで騙してきたからな。この口を使って、僕は絶対にここから脱出してやる。




