1
とある夜、私が仕事から帰ってくると、婚約者のルークが不機嫌斜めの顔で怒鳴ってきた。
「今までどこに行ってたんだぁ! このアバズレがぁ。どうせ他の男に色目を使っていたんだろ。全て分かってんだぞっ!」
謂れなき言葉にイライラが止まらない。普通に仕事をしていただけですが、何か文句でもありますか? あなたとは違って、社会に力を認められて人々の為に行使しているので。
「大体、夫の飯を作るのが、妻の役目だろ? それなのに自分の仕事を放棄し、遊びに出かけて。婚前という大事な時期に、本当に何をやっているんだか。気がしれないね、全く」
夫の飯を作るのが、妻の役目? それって誰が決めたんですか? そもそも私は仕事があるんです。無能なあなたとは違ってね。風の噂で聞きましたよ、役に立たないからクビにされたんですってね。それなのに自分に見合う仕事じゃなかったと、声を高々にして、初恋相手さんに言ってるそうじゃないですか?
彼女の顔一度でも見ましたか? かなり嫌がってましたよ。
もう汚物を見る目でしたよ。コイツの相手面倒だなというのが物分かりですよ。それなのに気づいてないって馬鹿丸出し。
そろそろ怒りも限界なので言い返そうか。
「あのね、言わせてもらうけど……」
私が口を開こうと瞬間、ルークは顔を歪めて。
「出た。今から始まるのは、口答えかな? 自分の怠慢を指摘されたら、お次は僕への説教ですか? それで気が済むんだったら、どうぞご自由にしてくれ。君の気がそれで晴れるなら」
仕事だったと言ってんだろうが。この男は耳が悪いのか?
何か、耳に詰まってんのか? このままでは埒が明かない。
「全く、君の父上が、僕の父上にどうしても我が娘と、ルーク様を婚約させて下さいと頼み込んだから、わざわざ婚約してやろうと思っていたのに。君は、それを棒に振る気か?」
幼い頃に、私の父とルークの父が子供同士を婚約させようと決めたのは聞いたことがある。けれど、私が聞いた話によれば、向こう側からどうしてもと頭を下げられたと聞いている。
「ほらぁ、出たよ。黙りだ。何も言い返せなくなったら、君は毎回黙り込む。弱い犬ほどよく吠えると聞くが、正しく君のことじゃないか?」
あの……頭大丈夫ですか? 吠えているのは、貴方の方じゃないですか? そもそも私、一言しか喋ってないし。
まぁ、心の声でずっと喋っているんだけど。あーイライラする。
「僕の愛しい愛しい初恋相手——ミーシャとは大違いだ。君も、もっともっとミーシャを見習ったらどうだい? 君とは違って料理も上手で、目上の僕への態度もなっているし、何よりも世界中のどんな宝石よりも美しい」
うんうんと腕を組んで頷くルークには悪いが……。
そのミーシャ、私に言ってたよ。
『アメリアも大変ね。あんな酷い男に嫁ぐ羽目になるなんて」とか『口答えすると面倒じゃない? だから適当に合わせてるだけよ。あの人、適度に褒めてたら勝手にお金とか宝石とかくれるし。まぁーぶっちゃけ、ただの金蔓って感じかなー? あ、今の絶対にあの人には言わないでね。あの人にバレたら、色々と面倒じゃない? ストーカーとか最悪だし』
あとね、ミーシャは言ってたわよ。こんなことも。
——実はね、わたし結婚してるの、王族の方と——と。
良いことを思いついたと言わんばかりに、ルークは両手を叩いた。猿の人形がタンバリンを持っている玩具があったけど、それに若干似てるわね。
「あーそうだ。父上に頼んで、ミーシャと結婚しよう」
行動も猿なら、頭の中も猿ね。本当無様。
「というわけで、アメリア。お前とは婚約破棄する」