貧乏隠し ~父と息子とみかんとテレビと~
みなさん、こんにちは!岩森大地と言います。
先日、短編小説として「貧乏隠し」を投稿させて頂いたのですが、その後すぐに「こういう貧乏隠しも書いてみたいな。」と新たなアイデアが浮かんだため、第2弾として今作を投稿することになりました。
楽しんで頂けたら嬉しいです。よろしくお願いいたします!
とある日曜日の昼下がり。
俺と3歳の息子は、リビングでこたつに入りながらテレビを見ていた。寒い季節の休日はこのようにこたつに入り、ゆっくり過ごすのが一番だな。
こたつと言えば忘れてはならないのがあの果物。そう、みかんだ。
この2つは、どちらが欠けても成立することのない、切っても切れない関係にあると俺は個人的に思っている。
白雪姫と言えば、毒リンゴ。ヘンゼルとグレーテルと言えば、お菓子の家。
この2通りの当たり前と同じくらいに、こたつとみかんもまた当たり前なのである。
俺がこたつとみかんの素晴らしさを心で噛みしめていると、息子の小さな手がこたつの天板に置かれた、みかんへと伸びていく。
そうして、みかんのサイズに少しだけ大きいくらいの手で、それを掴むと「エへへ。」と愛くるしい笑顔を見せた。いつ見ても良い笑顔だな。
息子は笑顔を残したまま、視線をゆっくり俺に向けて呟く。
「お父さん、今日は僕1人でこのみかんを食べても良い? ねぇ、良いでしょ? お願いだよ、お父さん!」
少しの陰りもない綺麗な瞳で俺の目を真っ直ぐに見つめ、右手と左手でみかんを挟みながら懇願する息子。笑顔でお願いとか、反則技にもほどがある。
だが、俺はそんな武器には屈しない。心を鬼にして首を横に振りながら返した。
「いやいや、それは駄目だ。お父さんと半分こだ。」
その一言に頬をプクっと膨らませ、納得できないといった様子を浮かべながら、少しばかり強めの口調でこう言った。
「ねぇ、どうしてよ? どうして、みかん1つを1人で食べちゃダメなの? やっぱり僕んちは貧乏なの? だからみかん1つも1人で食べられないんでしょ?」
ブッフォ!
先ほど食べた昼食が逆流しそうになった。危ない危ない、あと少しでシンガポールのシンボルみたいになるところだった。
それにしても息子よ、またその話しか……。
3歳になって、こういう鋭い疑問が増えてきたように感じる。これはこれで成長しているってことだろうし、それは嬉しいんだけど、こっちの寿命が縮まりそうになる。
そうだよ、実は家は貧乏なんだ、今まで隠していてごめんな。貧乏だからみかんも分け合って食べないといけないんだ。とは口が裂けても言えない。
我が家が貧乏であることは、何としても息子には隠さなければならない。
そこまで貧乏を隠したいのであれば、半分ことかケチなこと言わず、お前が我慢して、みかんを1つ息子に食べさせてあげろって?
そんなこと簡単に言わないでほしい。家は貧乏だから、スーパーでみかんを買うことさえ苦しかったりする。
我が家にとってみかんとは、一般家庭でいうマスクメロンと同等の価値があると言っても過言ではないのだ。
それを踏まえた上で質問させてもらう。
みなさんの家ではマスクメロン1玉を3歳の子どもが1人で食べるのですか? おそらく、大体の家庭ではノーと答えるだろう。
じゃ今は何をすることが正解なのか。それは、息子に半分で我慢してもらい俺もこたつでみかんを堪能することだ。ただ我慢してもらうだけであれば、そこまで難しい問題ではない。それだけならどうにでもなる。だが、今回は違う。
今回の肝としては、我が家は貧乏ではないということを納得させ、それでいてみかんは半分で我慢してもらうということなのだ。
頑張れ俺、落ち着け俺。相手は3歳の子どもだ。恐れることはなにもない。
なにか、なにか良い打開策はないのだろうか。
俺は部屋を見渡す。そして、閃いた。
意を決して、俺は口を開く。
「この間も言ったけど、家は貧乏なんかじゃないぞ。ほら見ろ、これが何よりの理由だ!」
パチンと指を鳴らし、部屋の角に置いてある、やや小さめのテレビを指さした。指の動きに釣られて息子の視線もテレビへ向く。
「えっ、テレビ? テレビがどうしたの~?」
不思議そうに首をひねる3歳の男児。それからすぐに「あっ、お父さんの言いたいこと僕分かっちゃったよ。」と声を上げたと思いきや、すぐにシュンとしてしまった。
どうしたんだ息子よ。
息子はその場でモジモジと、どこか話し辛そうな動作をしながら言葉を発した。
「大きいテレビじゃなくて、小さいテレビしか買えないから、僕んちは貧乏ってことなんだね……。」
違うわ!! いや、当たっているけど違うわ!! なんだその鋭い推理力は。俺の息子は本当に3歳なのか? お父さんびっくりしちゃったよ。しかも、何か凄い気を使われたし。
というか、俺の言ったことをまんま逆の意味で捉えているみたいだな。息子の答えだとまるで俺が「家は貧乏だ。これがその理由だ。」って言ったみたいになっているじゃないか。
心臓に悪すぎる。誤った解釈をするのはやめてほしい。
まぁ、何度も言うように貧乏なのは事実だがな……。
俺まで少しシュンとしてしまったが、気を取り直して本当に伝えたかったことを伝える。
「お父さんが言いたいのは、そんなことじゃないぞ。テレビを良く見なさい、ちゃんと家はテレビが映っているじゃないか。」
「うん、映っているね。それがどうしたの?」
「テレビを映すためには、それはもう、とんでもなく沢山のお金が掛かっているんだ。お前はまだ小さいからそんなこと知らないだろう?」
俺の問いに、首を縦に振り「うん。」と相槌を打つ息子。
「今言ったように、テレビを映すためには沢山のお金が必要だ。ということは、貧乏な家ではテレビは映らない。でも、我が家ではテレビが映っている! それはなぜか。答えは、我が家は貧乏ではないからだ! 分かってくれたか?」
必死になりすぎて、最後の方は完全に圧力で押し切ろうとしている感が否めないけど、これでどうにかなるだろう。子どもに圧力掛けるとか、嫌な父親ですまんな。
「うん。お金がいっぱい必要なことと、貧乏じゃないってことはちゃんと分かったよ!」
強引でズルい説明をしてしまったが、とりあえず1つ目の壁は突破したと胸を撫で下ろす。
俺はいかにも、家が沢山のお金を払ってテレビを映していると言う解釈をされるように説明をしたが、実際に家が払うのは電気代くらいで、それは大した金額ではない。特殊なチャンネルの契約をしていれば色々とお金が掛かるだろうが、そんな契約が出来るほどの余裕は家にはない。
自分で言っていて悲しくなってくる。
だけど、テレビを映すためには、沢山のお金が必要なのは本当の事だ。電波利用料というのをテレビ局やらは国に支払っていて、俺も詳しくは知らないけれど、それはもうかなりの金額になるだろう。
それもひっくるめて、息子にはテレビを映すことは沢山のお金が掛かると説明したのだ。
でも、間違ったことは言っていないはずだ。
テレビ局が国に電波利用料を支払って、テレビ放送するということは、沢山のお金が動いてテレビ番組を各家庭のテレビに映しているということになるのだからな。
これがただの屁理屈であることは、突っ込まないでほしい。
大人が本気になった結果だ。
「じゃあさ、貧乏じゃないんだったら、僕がみかん1個食べても良いでしょ? どうしてダメなの?」
続いて2つ目の壁が俺に立ち塞がる。だが、そんなもの今の俺には通用しない。すでに考えはあるのだ。
「ちなみになんだけど、みかんを英語で言うとなんて言うか分かるか?」
最初は目をパチパチさせ、何でそんなこと聞くのかと不思議そうな顔をしていたが、「えっと。」と顎に指を当てて考え始めた。
あれ、考えてるぞ。「分かんない。」ってすぐに言ってくると思ったんだけどな。まさかとは思うが心当たりでもあるのかな?
もし、3歳児でこの答えが分かったら結構凄いと思う。親としては息子に知識が増えていくことは大変嬉しいことだ。俺は思わず「頑張れ、頑張れ!」と心の中で応援する。
息子は「あっ!」と声を上げ、自信に満ちた様子で人差し指を立てポーズを決めた。
「思い出した! ミキャーンだ!!」
「全然違うよ!」
幼い子ども特有のキテレツな回答に腹を抱えて笑いながら俺は言った。
いったい、いつのどの記憶からミキャーンを引っ張り出して来たんだろうか。何かのアニメの敵キャラとかにいたんだろうか。3歳児の脳の情報システムは本当に面白いものだ。
俺はひとしきり笑ったあと、正解を教える。
「これに関しては色々言い方があるんだけど、正解は、マンダリンかな。」
「マン、ダリン? ふーん。僕には良く分からないや。」
「まぁ、そうだよなぁ。これも聞いたところで良く分からないと思うけど、マンダリンの本当の意味を教えてあげようか。多分ビックリするぞー。」
「わーい、教えて教えて!」
ふっ、掛かったな。
無邪気な我が息子。興味津々で俺の言葉を待っている。
基本的に子どもに何か聞いてもらいたい時には、「ビックリするぞ。」とか付け足しておけば大体興味を持ってもらえるものだ。これは俺の経験上で気付いたことなので、批判は受けつけない。
「マンダリンというのは、“沢山食べてはいけない”って意味なんだ! だから家では半分こにして食べるようにしているんだよ!」
先ほどの息子の真似事ではないが、人差し指を立てて俺は勢いよく言い放つ。
でも、なんだろうこの気持ち……。俺はいったい何を言っているんだろうか……。
シンプルな嘘。何の捻りもないただの嘘。本当にすまん、息子よ。
先ほど、すでに考えはあると自信満々でいたが、改めて口にするとかなり恥ずかしいな。
そんな俺の心情など知るはずもない息子は、「そうなんだ! そういうことなんだね。お父さんって何でも知ってて凄い!」と尊敬の眼差しを向けて言ってきた。
「アハハ……。そういうこと……。お父さんは凄いだろう……。」
恥ずかしすぎて、今すぐこの場から逃げ出したい。ここまで、言葉と感情がリンクしないのは初めての経験だ。そんな目で見ないでくれ、そんな言葉を掛けないでくれ。
冬場だというのに、恥ずかしさで体温が上がるのを感じた俺は、たまらず、こたつに入れていた足を外に出した。
その時だった。
「はい、お父さん! 半分こ。」
息子がみかんを2等分にしてその片方を差し出してきた。
だが、良く見ると、みかんはキッチリ2等分ではなかった。俺に差し出してくれたみかんの方が大きかったのだ。
「えっ、お父さんに大きいのをくれるのか?」
「だってお父さんは僕よりも大きいから、大きいのをあげるよ!」
満面の笑みを浮かべながら言うと俺の手を取って、そこにゆっくりみかんを乗せる。
そんな息子の行動に、目頭が熱くなるのを感じた。
はぁ……。俺は何をしているんだか。こんなにも優しい我が子に嘘をついてまで、みかんを半分食べようとするなんて。いったいどっちが子どもだよ。俺は自分の行いを恥じた。
「ありがとうな……。」
差し出されたみかんを1度受け取り感謝の言葉を送る。そして、今度は逆に息子の手を取ってその小さく頼りない、でもどこか大きくも見える息子の掌にみかんを乗せた。
「ほら、これもお前が食べなさい。」
「えっ、良いの?」
「もちろん良いさ。」
「でもさ、お父さん。」改まって俺を呼んだ息子は、一拍置いて言葉を続ける。
「みかんは、マンダリンで、マンダリンなんでしょ?」
ん? どういうこと? 息子が何を言っているのか一瞬理解が出来なかった。
……あぁ、そういうことか。自分でついた嘘なのに、俺は何を不思議に思っているんだよ。
つまり、息子はこう言いたいのだ。
「みかんは英語で言うとマンダリンで、“沢山食べてはいけない“んでしょ?」と。
俺は大声で笑った。笑いが止まらなかった。
1人で笑う俺を訝しげに見つめる息子。そんな息子の頭に俺は手を置いて真っ直ぐに目を見て答える。
「そうだったな! でも大丈夫。実は、沢山食べすぎるのが良くないだけだから、1個食べるくらいだったら全然問題はないんだよ。」
「なんだー! そうだったの? じゃ、僕が全部食べちゃうよ。頂きます!!」
みかんを頬張る息子の笑顔は、太陽よりも眩しい光を放ち、狭い我が家を美しく照らしていた。
読んで頂き、ありがとうございました。
第1弾とは少し違った「貧乏隠し」を楽しんで頂けましたでしょうか?
今回の「貧乏隠し」は前回よりもかなり文字数が増えました。
どのくらい増えたのかと言うと、4000字ほど増えました!これには作者自身驚きです。
また1000字程度で書けたらいいななんて思っていたら、執筆中凄く楽しくなってしまってここまでの量になった次第であります。
「貧乏隠し」の次回作はまだ考えてはいないのですが、また何か思いついた時には短編として投稿出来れば良いなと思っております。
改めて、読んで頂きありがとうございました。
それでは、またどこかでお会いしましょう。