#06 着任完了
五月着任の当日。夕方に到着予定だった警護チーム最後の一人は待てど暮らせど一向にやってこない。
あっという間に日は落ちて、すでに真夜中となっていた。
現在、五月は自室で一人パソコンを操作中だ。
もちろん、やっているのはその一人の所在確認である。
事前に本部と連絡はとっていたが、着任初日だけあって他のことも忙しく、処理はほとんど進んでいない。
「はぁ、本当に参りましたわ」
無意識に愚痴が口から漏れでるのもしょうがない。
五月個人の荷物搬入にその片付け、そして深夜子が放置していた仕事の数々。
家のセキュリティ設定から本部へ提出する書類などなど、初日から見事に実務の山。嫌な予感がばっちり的中してしまう。
しかも、深夜子は朝日とひたすらゲームを楽しんでいる始末。
さすがに途中でぶち切れて仕事へ引き立てようとした。ところが、遊び相手を没収されそうになった朝日が悲しそうな瞳で見つめてくるのであえなく断念。
甘やかさずにはいられない。魔性の警護対象に、戦慄を覚えながらもデレデレの五月だった。
――そんな回想をしながら、キーボードを叩き続けていた指を止めて時計を見る。
ちょうど深夜一時を回ったところだ。ため息の一つも出る時間ではあるが、着任遅れになっている三人目を放置するわけにもいかない。
(え、と、着任Mapsデータは……これですわね。お名前は大和梅さん。二十一歳。北海区からの異動で……なっ!? この方もSランク。どうなって――いや、そんなことを考えている余裕はありませんわね)
気にはなるが全員合流が最優先。担当同士で使うMaps個人情報の相互通信用データを確認する。
モニターに映しだされた写真には『梅』、という古風で可愛らしげな名前からは想像もつかない巨体の女性が映っていた。
身長188センチ。筋肉質な体つきだが、胸も大きく腰もくびれてセクシーなスタイル。ワイルドな赤髪のショートヘアに猫科の猛獣を思わせる風貌、特徴的な八重歯はキバにも見える。
それでいて容姿は整っており、美しく精悍な顔つきだ。
「やはり本部にも遅延連絡はなし、お持ちのスマホは――不通ですわね。これはどうされ――っ!?」
突如、ブザーオフにしていた通用門の呼び鈴が点滅した。
連動させている五月のスマホもバイブ音を鳴らす。
時間を確認すると深夜二時前、完璧に不審な訪問者である。
機能させておいて良かったと安堵しながら、五月は防犯カメラの映像をパソコンのモニターへと映し出す。
そこには少女らしき姿が映っていた。
身長150センチもない、成人女性として考えれば極端な低身長。身体つきも平坦で起伏が少なく、贔屓目に見て女子中学生といったところだろう。
疑問はつきない五月だが、まずは少女の容姿をしっかりと確認する。
赤色よりの茶髪がクルリとうねったクセ毛のショートカット。ぱっちりとして猫科の動物を思わせるつぶらな瞳に、牙のような八重歯が可愛らしい。
例えるなら、元気いっぱいの猫娘と呼ぶべき顔立ちだ。
そんな少女がこんな時間に男性宅の呼び鈴を鳴らしてウロウロしている。
――だけでなく、家の周りもゴソゴソと調べまわっているようだ。
(空き巣狙い? ……いえ、ここは男性特区のゲーテッドタウン。空き巣程度が侵入できるはずがありませんわ。それにこの見た目、に惑わされてはいけませんわね。行動に対して明らかな違和感、これは怪し――――っ!?)
怪しいどころではなかった。
なんと少女は堂々と通用門横の壁を越え、敷地内へと入って来るではないか!? 部屋に警告音が響く!
不審者どころか不法侵入の犯罪者確定――それと同時に、五月の頭に愛らしい朝日の笑顔がよぎった。
もしや、男性目当ての侵入……強漢? いや、拉致目的の可能性もありえる。
とにかく迎撃をせねば。自分を美しいと褒めてくれた心優しい美少年を、朝日を護るのだ。守護らねばならぬのだ。
その想いに焦り、五月は冷静さを失っていた。
それも致し方ない。何故なら、この世界の女性にとって自分の側にいるべき男性が奪われるなど、決して許されざることである。
男性は命より重い……!
深夜子のスマホに通知を入れ、合流を待たずに急ぎ装備を整えて部屋から駆けだした。
◇◆◇
「――そこまでですわっ!」
五月は庭のライトを全開にして不審者を照らす。
防犯カメラの映像通り、小柄な猫娘がそこにいた。フード付きのパーカーにジーンズ、なんともカジュアルな出で立ちだ。
しかし、突然ライトに照らし出されたにも関わらず、少女は一切動揺を見せない。
どころか、自分の姿を確認すると無防備に近づいてきた。
「んだよ。いるならいるで出てくれっつーの。こちとら色々大変でよ。途中で財布なくすわ、スマホは引越しの運送便に――――って、うおあああっ!?」
問答無用! 五月は先制攻撃を仕掛ける。
特殊警棒で胴体を狙って突きを繰り出した。
だが、その不意打ちに少女は驚きながらも即座に反応、素早く左手側に横飛びでかわされた。
これは!? 明らかに素人ではない動き。五月の警戒レベルはさらに上がる。
「しっ!」
ならば、と踏み込んだ右足を軸にして、追撃の左回し蹴りを放つ。
突きをかわして油断している相手に見舞う得意のコンビネーション攻撃だ。
ところが――。
「うおっと」
「なっ!?」
少女のか細い左腕にあっさりと阻まれた。
五月は驚愕する。ガードされた事実よりも驚くべきはその感触。
蹴りの威力が完全に殺された。いや、びくともしていない。
あの小さな身体の、細い腕の、どこそんな力が?
「おいコラ、てめえっ! いきなりなんてことして来やがんだよっ!?」
さらに、少女は先制攻撃に対して、ぷんすかと文句をよこす程度の余裕な反応。
何がなんだかわからない。
五月は格闘術も優秀な成績を収めており、それなりに自信を持っている。
そんな自分の攻撃に対して、この反応……いったい何者――まさかっ!? 脳裏に最悪の想像がよぎった。
(何かしらの手段で移動中の大和梅さんを襲撃、持ち物を強奪して入れ替わる。つまり、SランクMapsが捕らえれるレベルの犯罪組織の一員。さらに、それが男性を狙うとなれば……海外の特殊工作員による男性拉致!?)
「――ですわね? 貴女」
「うおおおいっ! 妄想にも限度があんぞこらあああっ!? 俺だっ、俺が大和梅だ。今日着任の三人目だっつーの」
「「…………………」」
「替え玉の工作員はだいたいそう言いますわ」
「聞く耳なしかよっ!」
よほど悔しいのか、地団駄を踏む少女。
よし、ここで一気に白状させてくれよう。五月はビシリと特殊警棒をつきつける。
「そもそも、もう少しマシな人員は用意できなかったんですの? 貴女のようなちんちくりんで替え玉とは片腹痛いですわ。す、で、に、私は大和梅さんの写真を確認済みですのよ!」
「ちっ、ちんちくりんだあ? し、失礼かっ! それは、あ、あれだ。ちょ、ちょーっとばかし写真映りが悪いだけじゃねえかよ」
バツが悪そうに、口を尖らせて少女が反論する。まるで拗ねている子供である。
その言葉に、五月は記憶している写真の姿と目の前にいる本人を脳内で比較する。……ビキッっと額に血管が走った。
「しっ、心霊写真の方がまだ可愛げがありますわああああっ!」
怒りの雄たけびと共に、思わず特殊警棒の乱れ突きを繰り出してしまう。
「のわあああああっ!? て、てめえっ、いい加減にしねえと身体でわからせてやんぞコラあっ」
「ふっ、ついに本性を現しましたわね! 覚悟なさいませ。今から貴女を拘束して、たっぷりと事情聴取して差しあげますわ。私の未来の夫となるべき殿方に手を出そうなど……死刑台までの片道キップも大サービスですのっ、この外道!!」
「ひっでえ言い草だなこんちくしょう!」
愛する朝日の為に、その思いに、自然と鼻息はあらくなる。
五月は全力で特殊警棒による突き、払い、間に蹴りのコンビネーションも加える。だが、少女はそれをしっかりと回避、ないしはガードする。
さらには――。
「おらっ、取ったぞ! 警棒ばっかぶん回しやがって」
なんと少女は特殊警棒を素手で受け止め、その先を握り締めた。
恐るべきはその腕力。五月が押せども引けどもビクともしない。……だが!
「ふっ、甘いですわね」
ほくそ笑み、カチリ、と特殊警棒の持ち手にあるスイッチを押す。
「なに――ふぎゃああああああっ!?」
放電による音と光が、少女の握り締めていた特殊警棒の先から放たれた。
五月の警棒はMapsの標準配布品と違い、特別仕様のスタンガン警棒だ。その威力も対暴女性基準、か弱い男性たちなら即死レベルの威力である。
ほんの十秒ほど感電させれば充分。まともに動けなくなるどころか気絶してもおかしくない。
勝利を確信。満足の笑みが浮かぶ。ああ、これで自分の美少年は護られ――。
「ちっ! 痛ってえな、おい?」
「へ?」
不意の一言。
さらに、とんでもない力で持っている警棒ごと間合いに引きずり込まれる。
ありえない、あれを受けて平然としている!? "化物"の二文字が五月の頭をよぎった。
「くっ!」
そしてまずい。これでは次の攻撃を貰わざるを得ない。
すばやく警棒を手放し、とっさに急所のカバーを試みる。
「おっ、ボディに一発はオッケーってか? いい判断だぜ。ま、俺が相手じゃなけりゃなあ」
五月の目に映ったのは、そう言って何気なく振られた少女の拳。
だのに、恐ろしいまでの威圧感と寒気が全身を襲った。
あれ……これはもしかして食らってはいけない奴なのでは? いや、もう遅い。
耐えるしかない。覚悟を決めて歯を食いしばった、その時――。
「ほわっちゃあ」
ジャージ姿ですっ飛んできた深夜子の空中回し蹴りが少女の側頭部にヒットする!
「ぎゃふうっ!?」
少女はうめき声をあげ、五月の眼前から数メートル先へとふっ飛んでいった。
さらに、その先にあった身体と同じ大きさくらいはあろう庭石へ激突! 石は粉々に爆散。
え? これはタダではすまない……いや、死んだのでは?
深夜子の蹴りのとんでもない威力に、ただただ驚愕する。
――しかし。
「う……そ、ですわよ……ね?」
ライトに照らされる砂煙の中から、少女がぐいぐいと首を回しながら現れた。
「はっ! おい、おい、おいおい! やってくれんじゃねえか。こんな気持ちのいい蹴り喰らったのは久しぶりだぜ! ちょっとご機嫌になっちまったぞ、てめえ」
頭からだらだらと出血しているのだが、五月にはまったく理解できないのだが、少女がダメージを受けているように見えない。
「おおっ、あたしの不審者死ね死ねキックを受けて平気とは!? これはちょっと本き――あれ?」
「へっ、さっきのはてめえか? なかなかやんじゃねえか、ちょっと俺と遊んで――あれ?」
「「……あれ?」」
「あっ、梅ちゃん!? 梅ちゃんだ。おっひさ」
「げえっ、深夜子!? なっ、ななな、なんでてめえがここにいやがるんだよ」
「は、へ、な……んですの? ふえええええええっ!?」
そう、少女こそ『大和梅』ご本人。
深夜子の一期上で先輩後輩の間柄にしてSランクMapsだ。
こんな見た目ではあるが、御年二十一歳。れっきとした成人女性。
ご覧の通り、その可愛らしい姿からは想像もつかない凶悪な身体能力の持ち主で、深夜子が入学するまではMaps養成学校最強の名を欲しいままにしていた怪物である。
◇◆◇
「あの……もしかして、お二人はお知り合い……ですの?」
「うん。梅ちゃんは学校の先輩」
「ああ、こいつ俺の一学年下だったんだよ。――ってか深夜子! 俺を下の名前で呼ぶなっつってんだろうが」
「なんで? 梅ちゃんは梅ちゃん。大和梅ちゃん」
「ちっ、相変わらずだな。お前くらいのもんだぞ、俺を下の名前で呼び続けて五体満足なのは……」
――SランクMaps大和梅。
配属当時は後輩の深夜子と同じく、曙区の担当で矢地の部下であった。
二人ともMaps養成学校時代から話題に事欠かない問題児ではあったが、Sランクという特殊な高評価で卒業している。
そんな彼女だが、『うめ』という古風な名前と、極端な低身長にコンプレックスを持っていた。
それゆえ学生時代。その脅威の戦闘能力を持って即座に同級生たちを制圧。自分を苗字で呼ぶことを強制、さらに外見を馬鹿にした相手はもれなく半殺しにしている。
それから一年後に深夜子が入学。
同学年では無いため直接的な競争にはならないのだが、実技関係の全校記録で深夜子と一位二位を争うことになる。
そこで一方的にライバル意識を燃やした梅が、あれやこれやと深夜子にちょっかいをかけ、二人の交流が始まったのだ。
もちろん、今も昔も全身全霊で空気を読まない深夜子なので、梅の外見や名前もまったく関係なしの遠慮なしな立ち振舞い。
周囲からは一触即発と思われたが、独特な性格と梅自身も認めざるを得ない実力もあって、なんだかんだと仲良くやっていた二人である。
ちなみに余談ではあるが、梅には三人の妹がいる。
次女から順に『桜』『杏』『桃』となっており、名付け親の反省がうかがえる。
◇◆◇
さて、時間はすでに深夜三時すぎなのだが、Maps側居住区のリビングルームにて、緊急ミーティングが開催されていた。
当然ながら、騒ぎの原因である梅の事情聴取が目的だ。
「それで大和さん。あの写真はいったいどういうことですの? そもそも、何を思って個人データの改造などと馬鹿な真似を……ありえませんわ」
「あん? あっちのがカッコイイからに決まってんだろ」
ピシィッ! 五月のメガネに亀裂が入った――ように見えた。
「あっ、あっ、貴女もバカですのおおおおおおっ!? Mapsの相互通信用個人データをなんだと思ってますの!? 改ざんの罪に問われてもおかしくないですわよーーっ!!」
梅の胸ぐらを掴み、前後に揺らしながら五月が怒り狂う。
深夜子が横で「もって言った。五月、もって言った」とぶつぶつ呟いている。
そして、梅の口から説明された経緯はこうであった。
三日前。
矢地から突然の移動辞令があるも、自分の勤務地は北海区と非常に遠方。大急ぎで荷づくりをして、後輩たちに発送を頼んだ。
ところが、連絡手段であるスマホを荷物といっしょに梱包してしまう。
さらには、曙区へ着いたところで財布を無くす痛恨のアクシデント。
どうしたものかと考えたが、すでに春日湊も近く。到着期限も迫っていたので、なんとかなるだろうとそのまま現地へ。
幸い身分証は持っていたので、現場に到着すれば先着メンバーもいるから大丈夫だろう――のはずが、気づいたらこの有様。とのことであった。
話の途中から五月は机に両肘をつき、両手で顔を覆っている。
五月の心労に直撃となっているこの流れ、本来はリーダーである深夜子の心労であるはずだが、どうしてこんなことになったのか――その裏事情は矢地にあった。
矢地のもとへ梅が配属されて一年後、さらに深夜子が着任。
まさかのSランク問題児を二人も抱えることになってしまった。
当然、なかなか担当先が決まらなかった二人。当時は一年先輩の梅を思って、矢地はツテを使いあちこちに手を尽くした。
結果、人手不足とSランクという肩書きもあって、転勤条件ながら警護任務に当て込むことができたのだ。
ただし、勤務地となった北海区はその名の通り、北の果ての僻地だ。
矢地は警護任務に送り出せたとはいえ、左遷さながらの異動だったことを気に病んでいた。
そこへ朝日の案件が舞いこんできたので、渡りに船とばかりに梅を引っぱり戻したのであった。
実に良い上司である。
だが、ここで問題が発生した。
同じく残り物であった深夜子を加えることで、完全無欠の武闘派コンビ結成となってしまう。
優秀と言っても、かたや対人能力と一般常識欠如。かたや見本のような脳筋。矢地は焦った。それはもう超焦った。
上からは、戦闘能力重視の人選指示が出るには出ていたが、正直この二人だけでぶっちぎりオーバーキル状態。実務に強い人員を確保する必要ができたのだ。
とにかく時間が無かったこともあり、矢地は同期で仲の良かった武蔵区の課長に泣きついた……結果。
武蔵区で”最優”と呼ばれ――最高の実務能力(と常識)を持つ、五月雨五月に白羽の矢が立ったのである。
◇◆◇
「ふわあああああああ……深夜子さんといい、貴女といい。本部は何を考えていますの……これで、まともに、警護任務を――しかも朝日様のような、世界の秘宝と言っても差し支えない麗しい殿方に、こんな特大地雷を二発も……ああ朝日様、お気の毒に」
五月はため息まじりにぼやく。それに深夜子と梅がピクリと反応する。
二人が同時にジトッと視線を向けてきた。
「あぁん? おいおい、五月。てめえだって勘違いしまくりだったじゃねえか。たかがAランクが偉そうに言ってんじゃねぇっつーの。Sランクをなめてんじゃねえぞ?」
「あたしは三冠獲得してのSランク……ふっ」
「なっ!? SSうるさいですわねっ。そもそもSランクの選出規定がおかしいのですわ。戦闘能力重視にも限度がありますでしょうに。ま、さ、に、貴女方がそうですけれども、人格に問題ある方が多過ぎですわよっ」
五月が反論する理由。
本来、Mapsは戦闘能力、知識、技術など全十種類の項目で能力評価される。
配属時のランクは、養成学校卒業時の評価合計値が基準だ。以降は任務で優秀な実績を残せばランクが上がることもある。
唯一、Sランクのみ特殊な評価方法となっており、評価合計値が一定以上の者から、戦闘能力が重視され教官推薦で選出される。
また、五月の言うとおり不思議と人物に難がある者が多いのも事実だ。
なんとかと天才は紙一重、とはよく言ったものである。
「それに、総合評価はAランクMapsの方が上の場合が多いですわよ。貴女方、書類関係や実務のほどは如何ですの? あまりお得意そうには見えませんことよ」
「これは心外。五月、あたし日報書いてる」
そう言ってふふん! と満足げに深夜子が胸をはってくる。
「貴女はこれを日報と言い張るんですの?」
このアホリーダーは……五月は引きつる顔をなんとか笑顔に変え、深夜子の眼前に一枚の日報を突きつけてやる。
Mapsの日報とは日々の業務内容はもとより、警護対象の状況を項目ごとに書き記し、本部へ報告する大切な書類だ。
ところが、それはほとんどの項目が『だいじょうぶ』『もんだいない』で埋められ、とある部分だけが異様に書き込まれている。
その内容は『大乱戦クラッシュシスターズで朝日君の使用したキャラと各キャラごとの傾向――云々』……これはひどい。
「深夜子さん……バカにも限界値がありましてよ?」
笑顔も限界。
呆れ半分、怒り半分のジトッとした視線を深夜子へと送る。あー、頭が痛い。
「えー。でも、それ――」
「はい。どうぞご確認くださいませ」
「ん、何?」
「矢地課長からのご返信ですわ」
きっと聞く価値のないであろう深夜子の言い訳を、タブレットを目の前に突きだして止める。
それに表示されているのは『深夜子へ』の件名で、矢地から発信されたメールだ。
無論、文字フォントは限界まで拡大して、デカデカと映しだしてある。
『お前の頭を握りつぶしてやろうか?』
深夜子の顔が一瞬にして真っ青になった。
「ふおおおおおっ、や、ややややっちー勘弁! それは勘弁!」
今夜はふるえて眠るがいい。
「それで、大和さん。貴女はいかがですの?」
五月はチラリと目線を移す。そこにあるのは梅の苦い顔だ。
Mpas個人データ確認済なので知っている。もちろん苦手分野。むしろ、深夜子よりも梅の方がさらにひどい。
「ちっ、へいへい。わかったよ、わかりましたよ! 頼りにしてんぜ。んで、そーいや警護対象の資料はどこにあんだ? 目は通しとかなきゃな」
「その件ですが……我々の反省も踏まえて。たっぷりと予習していいだきますわ」
「ん。まずはこれ読む」
矢地へのごめんなさいメールを送信完了させた深夜子が、朝日の分厚い資料を取り出して梅へと手渡す。
「はぁ? なんだものものしい――って、んだこりゃ!? こんな男がいるのかよ……。はぁん……さてはお前ら、俺がケツ持ちだからって謀ってやがんな?」
「梅ちゃん。これガチだから」
「貴女も運が良かっ……コホン。いえ、矢地課長に感謝することですわね」
「おいおい、これマジなのかよ?」
◇◆◇
――しばしの間、梅は二人から朝日について傾向と対策を聞かされることになった。
心配されて、あーだ、こーだ、と言われ続ける梅だが、実は警護対象からの評価は意外に高かった。
その態度や言葉遣いから、最初の印象が悪いだけで、竹を割ったような性格に加えて、面倒見のいい姉御肌。
そんな朝日基準での男らしさは、この世界の男性には良い意味で受け取られているのだ。
北海区の勤務でも、男性からの評判が悪かったことはなく。
梅は多少ばかり男性相手に自信を持っており、反応は五月と似たり寄ったりであった。
「ふ、ふん……はっ、確かにとんでもねえいい男だがよ。いいか、深夜子、五月。媚びばっか売ってりゃいいなんて思ってんじゃねえぜ! 男ってのはよ。どんなことからでもキチッと護ってやんよっていう気合いで、女に惚れさせるもんだろうがっ!」
「かんっぺきにダメな反応ですわね」
「梅ちゃんナイスフラグ」
「なんだとてめえら!?」
――さて、翌日。
フラグが立ちまくった梅と朝日の面会。
リビングに全員集合して、顔合わせとなったのであるが……梅を見た朝日の反応は、深夜子たちのはるか想定外のものであった。
三姉弟の末っ子であった朝日。彼は弟や妹を持つことにあこがれていた。
その為、梅の外見が思いっきりツボに入ってしまい。警護官どころか、かわいい妹として認識してしまった。
これは色々いけない。
それはもう(梅に人生において)これ以上ない特殊な積極さで、美少年からの熱いアプローチを受ける結果となる。
慌てふためく深夜子と五月による必死のフォローもむなしく――大和梅。
撃沈!
これにて男性保護特務警護官三名。
神崎朝日の警護任務に無事着任完了である。