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#61 朝日様を見て為ざるは愛なきなりですわ

 翌朝。朝日家のキッチンで、五月は一人朝食の準備を進めていた。

 今日は三人分(・・・)の量を意識しなければらないのが少しもどかしい。

 いつもなら先に起きているはずの朝日の姿はない。

 起きがけに部屋の前で、軽く声がけはしたものの反応はなかった。


 もちろん気にはなるが焦ってはいけない。

 昨晩、ほぼ完徹で深夜子奪還計画は練った。その計画の実行に、朝日の協力は欠かせないからだ。

 少し時間を置いてから……と、五月は食事の準備に取り掛かったのであった。



 ――朝食の準備も一段落の頃合い。梅がジャージ姿でキッチンに姿を現した。


「あら? 大和さん。お一人でランニングに行かれていたのですか?」

 首にタオルを巻きつけている梅の顔には、少し汗がにじんでいる。きっちり筋トレまで終わらせて来たようだ。

「まあな、すっかり習慣になっちまってよ。朝イチは身体動かなさなきゃ、どうもしっくりこねえ。あー、朝日は……その……呼んでも、返事がなかったからよ」

 考えることは同じである。見るに、梅の表情はあまり優れない。

 実のところは、気を紛らわそうと一人ランニングに出たのだろう。


「そうですわね。これで朝食の準備も整いましたので、(わたくし)、朝日様のご様子をうかがって参りますわ」

 そう言いながら、五月は味見用の小皿に味噌汁を入れて梅に渡す。

「ん……七十点。朝日の味にゃまだまだだな。んで、そっとしておいてやりてえ気もするけどよ。朝日のやつ、昨日の昼から何も食べてねえしな」

「くっ、やはり出汁と味噌のバランスが難しいですわね……。それはともかく、昨晩お話した件。朝日様をお慰めした上で、ご協力をお願いする必要もありますので――」

 返された小皿で自分も味見する。最近は密かに料理スキルを(みが)いている五月である。


「まっ、頼まあ。悪いけど、俺はちっと風呂で汗流してくるからよ」

「どうぞごゆっくり。朝食は朝日様も揃って、三人でいただけるようにしますわ」

「そうだな。期待してんぜ」

 五月に任せたと言わんばかりに、ニヤリと笑みを向け、梅は手をヒラヒラさせながら風呂場へと向かって行った。

「それでは……」



 ――朝日の部屋の前に到着。

 五月は少しばかり緊張の面持ちで息を吸い込み、上品に扉をノックしてから声をかける。


「朝日様、五月ですわ。朝食の準備ができておりますの。起きていらっしゃいますか?」


 ――――。


 やはり返事はない。

 五月は心の中で非礼を詫び、ドアノブへと手をかける。軽く力を入れると、鍵が掛かっていないのがわかる。

(女性たち(われわれ)と生活を共にしつつ、ご自分の部屋に鍵も掛けない殿方……ですか……うふふ。そう、朝日様らしいですわね)

 自分たちの常識外、朝日の無防備さを改めて噛みしめる。

 しかし、出会った頃とは違う。感じるのは驚きや心配ではなく、(いと)おしさだ。

 さて本番。五月は今一度気を取り直し、扉の向こう側へ語りかけた。


「失礼しますわ。本来なら大変な無作法ですが、五月は朝日様のお身体が心配ですの。お許しくださいませ」


 無断で男性の部屋に入る。なかなかクセになりそうな背徳感だが、そんなものを楽しんでいる時ではない。

 煩悩を振りはらい、部屋の中へと歩を進める。

 電気をつけるまでもなく部屋は明るい。すでに庭側のカーテンは開け放たれ、朝の光が差し込んでいた。

 見ると、朝日は薄手のパジャマ姿でベッドの上に座り、うずくまっている。


「あらあら、朝日様。もう、起きていらっしゃいましたのね。大和さんも心配しておられましたわよ。ささ、朝食の準備ができておりますわ。今日はすべて五月が用意しましたので、朝日様のお作りになられた物にお味は届かないとは思いますけど、おほほほほ」

 五月は努めて明るく振る舞い。朝日の元気がない肩に手をかけようと、ゆっくり近づく。

「…………ごめんなさい」

 途中、朝日の暗く沈んだ謝罪の声が耳に届き。手が止まる。

「え? ……あっ、な、何をおっしゃっておられますの朝日様。何も謝られることはありませんわ」

「ううん。何もできない僕が、家の手伝いも出来なかったら……なんの価値も無い……よね」

「――――っ!?」


 これはまずい。朝日の落ち込み方が五月の想像を大きく上回っていた。

 背筋が凍りつかんばかりに悪い予感が走り、頭の中は真っ白になりかける。


「そのような悲しいことをおっしゃらないでくださいまし。朝日様はいらっしゃるだけで充分。五月の宝物ですわ」


 それでも、精一杯取り(つくろ)う。

 つらつらと聞こえのよい言葉を並べながら、心の底で”それではダメだ”と警鐘を鳴らす自分がいる。当然、朝日の自虐は止まらない。


「でも……僕……。僕は、五月さんに何もしてあげれないよ。男だからって、お金や物は勝手に貰えるけど。だから何。それに、五月さんはお金持ちだし、家はすごい会社だし――」

 五月はわかっている(・・・・・・)。Mapsの男性メンタルヘルスマニュアル通りでは何も解決しない。

 いや、朝日相手には悪化する一方だと。

「あっ、そうだ……はは。うん。じゃあ、僕を、僕をあげるよ(・・・・・・)。せっかくの男だもんね。僕が五月さんにあげれるのは、それぐらいしかないから……」


 どうする? まずい。どうすればいい? 一秒に満たないわずかな時間。

 五月は脳が沸騰せんばかりに思考を巡らせる。こうする。ああする。

 いや、違う、違う違う違う! ――そうだ! 脳内に閃光が走った。

 常識なんかクソっくらえ! その思いつきと同時に、迷いも産まれる。

 だが、心に力を込めて迷いをねじ伏せる。今こそ、五月雨五月が女を魅せる時なのだ!!



「――――――だきますわ」

「え?」


 五月は今なんと呟いた?

 朝日がそう思うや否や。突如身体はベッドに押し倒され、五月の唇が重なってきた。


「んむうっ!?」


 青天の霹靂(へきれき)。だが、朝日には驚く間も与えられない。

 両手首はそれぞれ、五月の手によってベッドに押し付けられロックされた。

 そして、五月の唇に塞がれた口内に、ぬるりと何か(・・)がうねるように侵入してくる。


「ふんんんんっ!? んむっ? ん……ちゅ、……むはっ、ん、ふうん……」

 突然の感触に、びくりと朝日の身体が跳ねる。口内を制圧され、ねっとりと、優しく蹂躙されてゆく。

 鼻から抜ける吐息に五月の香りが混じり合う。意識が蕩けていくような感触。

 だんだんと身体から力が抜けていった。


 ――――数秒だったのか、数十秒だったのか。

 貪る五月。貪られる朝日。本能に魅せられた濃密な接吻を二人は終える。


「ぷはぁ! な……あ、はぁ……さ、五月……さん?」


 すでに両手首の拘束は解かれていた。

 朝日は目をまん丸くして、五月の下から後退(あとずさ)りする。

「ふっ……ふふ……うふふふふふふ。お言葉通り、朝日様をいただきましたわ!」

「ええっ? いただくって? えええ――」

 その言動に驚き狼狽える。だが、五月は間を置かずにまくし立てる。

「でもっ、これでっ、五月は性犯罪者の仲間入り。朝日様がその気でしたら、五月を無期懲役にすることも可能ですわ」

「ちょっと!? 五月さんどういうこと? 意味がわからないよ。何が……言いたいの?」

「朝日様。今、貴方のおられるこの国は、そう言う世界なのです。でも、朝日様は違いますわ」


 五月はそう言うと、今度は朝日の顎に指をかけてクイッと持ち上げてきた。

 紅潮して色気を増したその美貌がゆっくりと近づく。

 先ほどの濃厚なキスを思い出し、朝日はカッと頬や耳が赤くなるのを自覚して目を反らした。


「ほら、やはり(・・・)照れておられるのですね」

「なっ、何を?」


 過去になく。朝日にとって男と女を意識させられてしまう五月の言葉と仕草。

 波打ち続ける心臓を、朝日は服の上から片手で押さえつけ、恥ずかしさに火照る顔を五月に向けた。


「――さ、五月……さん?」


 するとそこには、同じく顔を耳まで真っ赤にしながらも、真面目な表情を見せる五月がいた。

 ベッド上に正座をして、ベージュのワンピース風部屋着の裾を握りしめる手が心なしか震えている。


「我々の常識ならば性犯罪者。でも、朝日様ならば……そ、その、こっ、こういった行為も寛容に受け止めてくださるとっ、五月はわかっておりましたわ!」

「五月さん……それって……」

「さっ、さささ五月は、何ひとつ後悔も反省もしておりません。む、むむむしろ朝日様は五月に、こ、こうゆうことを、しゃれたら、ううう嬉しいはず……ですわっ!」


 つい先ほどまでの余裕はどこへやら。五月はだんだんとしどろもどろになり、ついにはポロポロと涙もこぼし始める。

 朝日はなんとなく理解した。五月にとってはしてはいけない(・・・・・・・)常識。

 それをあえて破り、宣言する意味。


「ふ……ふふ、ぷふっ、あはははははは! 何? そのめちゃくちゃな理論。あはは、でも、そう、そうだよね。僕は男だから、うん。五月さんの言う通りだよ。男は好きな女の子からキスされたら嬉しいに決まってるよね」


 五月の懸命(けんめい)にして滑稽(こっけい)な様に、朝日は思わず吹き出し、笑いながら、肯定する。


「そっか、五月さんは僕の――わぷっ」

 突然、朝日の視界が柔らかい感触に塞がれた。五月に抱きしめられたようだ。

「良かった朝日様! 笑って、くださいましたね。良かった……良かったですわ」

「五月さん……」

「朝日様。全て、とは申しませんが……(わたくし)たちも常識の違いはわかってはおります。それでも、すれ違うことや、突然の出来事に戸惑うことは多いと思いますの。ですが……決して、決して(わたくし)たちは常識(・・)で朝日を縛ることはいたしません。朝日様が我々に歩みよってくださるように、我々も朝日様に必ず歩みよりますわ」


 涙交じりに五月が語る理由。抱きしめられているからか、五月の想いも身体に伝わってくるようだった。

 もちろん、行き着く答えは一つ。 


「え……じゃあ……じゃあ……」

「そうですわ。深夜子さんのこと。突然の出来事で、朝日様のお心を傷つけてしまった常識の相違。ですが、歩みよります。まだ歩みよれるのです。きっと深夜子さんも、大和さんも想いは同じ。それにちゃんと(わたくし)が対応を考えましたわ。なので、まずは諦めないで、お心をしっかり持ってくださいませ」

「五月さん……ほんとに? 深夜子さん……帰って来れるの?」


 抱きしめ合う二人。

 少しの間、五月の胸の中で朝日は泣き続けた――。



「それでは朝日様。先にキッチンで少しだけお待ちくださいませ。(わたくし)は身だしなみを整えてから参りますわ」

「はい。じゃあ、僕はテーブルの準備を済ませて置きますね」

「ええ、よろしくお願いしますわ。大和さんもまだお風呂ですわね。(わたくし)がいっしょに呼んで参りますわ」


 朝日の部屋前の廊下。五月は化粧直しを理由に、キッチンへ向かう朝日の背を見送る。

 そのにこやかな表情には、やりきった感が漂っていた。

 朝日が見えなくなったところで(きびす)を返し、Maps側居住区へ向かう。

 渡り廊下の扉を閉めたと同時に、にこやかだった表情はビキビキとひきつり、体はワナワナと震えはじめる。


「ふわあああああああああああっ! 五月のバカッ、バカッ! あれではただの痴女ですわああああああああああああ!!」

 無理をしていた反動がきつい。

 両手で顔を覆い、絶叫と猛ダッシュで廊下を奥へと駆けていく五月であった。


 数十秒後。


『んなにいいいいいいっ? おいこら五月。風呂場にまでなんの用だ――って、まだ服着てねえっつーの! は、裸だからっ、やめええええええ』

『大和さん! 大和さん! 聞いてくださいましっ! 五月はっ、五月はやらかしてしまいましたわああああああ!』

『ほぎゃあああああああ! 抱きついてくるなあああああ! 触るなあああああああ!』


 風呂場から梅の悲鳴がしばしの(あいだ)響いていた。着替える前(グッドタイミング)だったようである。


◇◆◇


 その日の午後、曙区男性保護省本庁。

 朝日ら三人は、Mapsの所属する特務部ではなく。総務部の男性相談課へ来ていた。


 横長のソファーに、五月と梅が朝日を挟むように座っている。

 豪華な応接室と言うべき内装のここは、男性特別相談室。

 応接テーブルを挟んで対峙するのは、四十代とおぼしき女性が二名。男性保護省総務部男性相談課の責任者たちである。


 ここに来た。否、呼ばれたのは、深夜子奪還作戦のため『男事不介入案件』を申請したからだ。


「その……大変恐縮なのですが……考え直していただくことは……」


 責任者である男性相談課の課長が、申し訳なさそうに切り出す。

 応接テーブルに置かれた大量の書類を挟み。朝日たちに懇願するような視線を送っている。


「あり得ませんわ。(わたくし)たちが担当させていただいております神崎朝日様は、とても繊細で、純粋で、お優しいお方。そんなお方に対して、お見合いだからと無許可で担当Mapsを略取する行為。ああ、お可哀想に……昨日から、水の一滴も喉を通っておられませんのよ。ほとんど睡眠も取れずに、こんなにおやつれになって……」


 出だしはバッサリ。その後は演劇調に。

 五月は泣き真似も駆使しながら、朝日のお気の毒アピール全開だ。

 ちなみに血色のよろしい神崎朝日さんは、朝ごはんは白飯三杯おかわり、お昼の出前はカツ丼大盛でした。


「そ、それは……大変お気の毒でございます。ですが……その、お見合いに対しての男事不介入案件などは、我々も過去の事例が無く。対応のすべが……。それに男性権利保護委員会の見解も必要かと」


 男事不介入案件は男性保護省のみでなく、『男権』こと男性権利保護委員会も関わる。

 今回、よりにもよって身内であるMapsが持ち込んで来た悪夢のごとき事案。なんとか撤回して貰いたいのが内心の責任者と担当者だろう。


「ですので、一旦は先方に今回の案件を――」

 ここでお役所定番のたらい回し発動。課長が時間稼ぎを試みるが、目の前にいるのは誰あろう五月雨五月である。

「課長。男権にはすでに(わたくし)の母、五月雨新月(わかつき)が代理として向かっておりますわ」

「へっ?」

「こちらの神崎朝日様は個人的(・・・)に、五月雨家と懇意にされておられますの。まさか課長。こちらにお勤めされていて、五月雨新月の名を存じ上げておられない……わけはございませんこと?」


 にっこり微笑む五月に対して、完全に表情が強ばり固まる課長と担当者の二名。

 もちろん存じ上げているに決まっている。裏社会に名を馳せるその恐ろしさも含めてだ。


 最初から逃げ道など用意していないのだが、ここで時間短縮のダメ押し予定。

 相手に気づかれ無いように、五月と梅が朝日のわき腹をツンツンする。


「え? あっ! ああ……え、えと……う、ウエ、エーンエーン」

 壮絶な棒泣き! そこへ間髪入れずに五月が畳み掛ける。

「あああああっ、朝日様! なんてお痛わしい! 最後の、唯一のご希望に対して、差し戻しをしようなどと冷たい仕打ちをされて!!」

「「えええっ!?」」


 焦りまくる二人を横目に、五月はハンカチを取り出して、朝日のでているとは思えない涙をぬぐう。

 ついでに自分はきっちりと演技の涙を流しつつ、そっと目元にハンカチを添える。


「ああ……大……丈夫ですわ。お気を……落とされないで……くださいませ……朝日様。ぐすっ……五月はこの方々の部署役職氏名容姿の特徴まで全て記憶いたしましたわ。ううっ……帰って……から、お母様に……ご相談を……」

「「うえええええっ!?」」


 たまらず課長と担当者は応接テーブルに身を乗り出し「す、少しお時間を」と最後の時間稼ぎに走る。だが、それも五月の想定内だ。


 ここから仕上げは梅の出番。

 二人の間を通して、テーブルの中央にその拳を叩きつける。

 可愛らしい小さな拳からあり得ない衝撃音が放たれ、テーブルごと部屋が揺れた。


「「ひいいいいいいいっ!?」」

「おいこら! 黙って聞いてりゃあ好き勝手なこと抜かしやがってよぉ。身内だと思って調子こいてんじゃねえぞぉ? 杓子定規(しゃくしじょうぎ)にだらだらしやがって――」


 実際、お役所対応が頭に来ていた梅。演技ついでにヒートアップ。

 顔のあちこちに血管を浮き立たせ、殺気混じりで凄んでいた。

 ついには、スチール製高級応接テーブルの真ん中に置かれた梅の拳付近から、異様な金属音が響きはじめる。


「てめえら、この机と同じにすっぞおおおおおお!!」


 怒鳴り声に合わせて、轟音が部屋に響いた。

 梅の馬鹿げた腕力の前に、テーブルは中心から二つに折れ、四つ足は半分近くまで床にめり込んだ。


「「はひいいいいいいっ!? す、すぐにっ、今すぐに承認してきますうううううう!!」」



 ――さて、これだけの為に男性保護省に来たわけではない朝日たち。

 最短での男事不介入案件承認記録を叩き出し、現在エレベーターで二十階(・・・)へと向かっている。


「ふう、これで明後日までに深夜子さんのお母様へ不介入案件の通達が入るはずですわ」

「五月さん……こんな強引に、大丈夫なの?」

「時間がありませんので仕方なしですわ。理想は深夜子さんがお相手に面会する前。そこまでに交渉へ持って行くのがベストですから」

「ところで五月。おばさんの説得材料(・・・・)ってやつだけどよ。ババアのとこについたら教えてくれんだよな?」


 移動先の男性保護省二十階。最上階であるそこは、一定の権限を持つもの以外は入れない特別な場所だ。

 五月の依頼で、午前中に朝日が男性保護大臣六宝堂(りくほうどう)弥生(やよい)に連絡。夕方でのアポイントを取っていた。


「すみません。朝日様、大和さん。事情があって(わたくし)から詳しくは申しあげられませんの。どうしても六宝堂閣下の許可が必要なのですわ」

「ううん。大切なことなら仕方ないよ。弥生おばあちゃんも会ってからって言ってたし」

「ま、別にいいんじゃねえか? ババアんとこに行きゃわかんだろ」


 五月から朝日と梅に説明できない。つまりは特殊保護事例X案件に深く関わる依頼こそが、五月の考える朝焼子の説得材料なのである。


 ――午後四時二十分、男性保護省最上階。

 弥生の執務室に朝日たちは通される。

 そこには、立派な記章付き制服がはち切れんばかりの大柄で筋肉質な体格の老婆が待っていた。

 白髪のドレッドヘアに特徴的な鷲鼻。(よわい)七十に相応しくない鋭い眼光は、朝日を認識した瞬間にふにゃりと柔くなる。


「おうおう、よく来たね坊や。それに梅っ()と……随分と久しぶりじゃのう五月お嬢ちゃん」

「こんにちは、弥生おばあちゃん。今回は急に無理を言ってすみませんでした」

「おうババア、相変わらず元気そうだな」

「閣下、本当にご無沙汰をしておりました。直接お会いするのは二年ぶりかと」


 それぞれが挨拶を済ませ、執務室から応援室へと場所を移す。

 本革の高級ソファーに座って、大理石の円卓を四人が囲む。

 弥生は空気清浄機を横に据えると、葉巻を取り出して火を付ける。


 そして、ゆっくりと話をはじめた。


「朝焼子……寝待の件については済まなかったね坊や。辛い思いをさせてしもうた。それと、まずは坊やと梅っ()に説明をしないとねえ」

 一旦話を止め、弥生は葉巻の煙を口に含む。空気清浄機へ吹き掛けると、五月にちらりと目を向けて呟いた。

「確かに、坊やなら読めるかも知れないね。あの手紙(・・・・)を……」

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