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#60 見合いは異なもの味なもの

「「「えええええええっ!?」」」


 朝焼子の口から放たれた『お見合い』の一言。

 それとほぼ同時に、部屋の中に押しかけんばかりの勢いで滑り込んで来る朝日ら三人。廊下で盗み聞きをしていた事など、すっかり頭から飛んでいる。

 五月、朝日、梅。それぞれがほうほうのていで深夜子の側へと向かう。


「あっ、その……深夜子さん。とにかく、おめでたい(・・・・・)お話ですわね!」

「えっ?」

 深夜子に向けて祝い(・・)の言葉を口にする五月。その想定外のセリフに朝日は驚き、凍りつく。

「おいおい、すげえな深夜子。リアルにお見合い話とか初めて聞いたぜ!」

「えっ? えっ?」

 こちらは興奮気味な梅。もう朝日は会話について行けず呆然となる。


 渦中の深夜子は、周りで五月たちが騒ぎ立てるも微動だにしていない。

 その猛禽類のような目を見開き、思考停止中だ。

 かたや朝焼子は姿勢を正したまま、座卓(ざたく)を挟んで静かに深夜子たちを見つめている。


 この五月たちの反応。朝日が困惑するのもやむ無し。

 男性比率が人口の五%未満であるこの世界。貴重で大切な男性とのお見合い。それは、朝日が知っている『お見合い』とは全くの別物なのだ。 

 この風習。古くから良家の家柄同士で稀に行われていた。

 ほとんどの場合は、対象となる女性と男性。それぞれの家長同士が協議し、婚姻させる事(・・・・・・)を合意した上で行われた儀式。

 つまりは、婚約成立の顔合わせをする意味合いに近い。


 そして今回。朝焼子がここにお見合い話を持って来たと言うことは、深夜子の結婚相手は事実上決定済みである事を意味している。

 言うまでもないが、この世界の女性にとってお見合いの重要度は人生で最優先。

 ”我が子の見合いは、棺桶の親も送り出す”とは、このヒノワ国のことわざ。

 我が子がお見合いをするとあらば、自分が死んで葬式の最中であろうと、棺桶から這い出て『行って来なさい』と後押しするのが親と言うものだ。という意味である。これはもう察するしかない。


「え……? ちょっと待ってよ……じゃあ、じゃあ、深夜子さんは……!?」

 五月からそう説明を受けた朝日。困惑の表情を深夜子へと向ける。

「…………っ!? 朝日君! ちょ、ちょちょちょっと待って!」

 その視線に反応して、深夜子もフリーズ状態から回復。

「母さん! お見合いって、いきなり、なんで?」

「深夜子さん。貴女の幸せのためです」


 正座姿のまま、毅然(きぜん)と朝焼子は言い切った。


「待ってください!」

 深夜子が反応するよりも早く、朝日は座卓に身を乗り出すようにして声を上げた。

「深夜子さんのお母さん。あのっ、今、深夜子さんは僕の身辺警護の担当をして貰ってます。だから、その――」

「朝日様。それは……」


 申し訳なさそうな五月がそばで言葉に詰まっている。

 朝日もそれだけで察してしまう。

 わかる。今聞いた『お見合い』の重要性を考えれば、仕事などは二の次なのだろう。


「僕は……その、深夜子さんが……あ……」


 朝日を見据える朝焼子の目が語る。

 切れ長で光のない虚空の瞳から『貴方と居れば深夜子が不幸になる』と、さらには得体の知れない深い哀しみが、胸をえぐるように伝わってきた。

 そして脳裏に浮かぶ、温泉旅行で深夜子が自分を護る為に負った怪我。

  あの時、病室で見た姿がフラッシュバックする。


「――いきなり、そんなこと言われても……困り……ます」


 弱る語尾。動揺と混乱。これが今、精一杯の言葉だった。

 朝日は口に出せなかった。

 深夜子を好きだと、結婚するのは自分だと、ここで口に出せなかったのだ。


「母さん。朝日君が困ってるから、だから、お見合い……は……」


 朝日に同調しようとした深夜子だが、お見合いという重たい事実の前に言葉尻が頼りない。

 対して、朝焼子の態度には微塵(みじん)の変化もなかった。


「そうですね……深夜子さん。母は貴女のことを思って、これまではできる限り自由にさせて来ました」

「じゃあ――」

 どうして? しばらく母娘二人の押し問答が続く……。


 そのやり取りを、ただ黙って聞くしかない朝日ら三人。

 話の内容はだんだんとエスカレートしていく。ついには深夜子が普段語ることも、朝日たちが聞くこともない、踏み込んだものとなった。


◇◆◇


 寝待深夜子は朝焼子に、寝待家にとっての一人娘だ。


 この国で一人の女性が産む子供の平均は約三.五人。

 少数派の独りっ子にして、古くから続く武道の家系。当然、深夜子は跡を継ぐのが当たり前の立場である。

 それでも朝焼子自身。自分が壮健である内は、深夜子にできるだけ自由をさせてやるつもりだった。


 その理由は深夜子が産まれた事情にある。


 二十五年前。朝焼子は麻昼(まひる)と深く愛し合い、彼を失った後も忘れることができなかった。

 しかし、朝焼子は寝待家の次期当主。寝待家を存続させる為、跡取りを残さねばならない。

 苦悩の末に朝焼子は人工受精を選んだ。

 あの悲劇から約五年後、それでも麻昼への想いはわずかも枯れず、夫を取ることを良しとできなかったのだ。

 深夜子が産まれるも、そんな我が子に対してなんの感情もわかない。ただ”機械的に跡継ぎを産んだ”それだけにしか感じなかった。


 それ故、朝焼子は幼い深夜子に愛情を注ぐことができず、ただ跡継ぎとしての教育だけを施した。

 深夜子が対人的欠陥を抱えている根本的原因がこれである。

 それでも深夜子がある程度健全に育ったのは、今は亡き祖父母、それと寝待家仕える使用人たちのフォローあってのものだ。

 幾度も季節はめぐり……時間の経過と共に朝焼子も少しづつ落ち着きを取り戻していた。そんな矢先。

 十二歳になった深夜子が、早くから家を出ることを望んだ。

 そこで朝焼子は罪滅ぼしも兼ねて、当分の間は愛情を注ぎ損ねた娘の好きにさせてやろうと考えた。


 ところがなんの運命のイタズラか。Mapsとなった娘が担当した男性は、よりにもよって特殊保護男性。

 最初は信じられなかったが、新月と何度目かの手紙のやり取りで確信した。

 麻昼と同じ、別世界の、日本人男性であると……。



 ――時は一月下旬に遡り、場所は曙区男性保護省の本庁。

 最上階である二十階の応接室に朝焼子は来ていた。

 

『……のう、朝焼子。そんな早まらずに、しばし見守ってやることはできんのか?』

 豪華な革張りのソファーに腰掛け、高級そうな応接テーブルを挟んで巨体の老婆が困り顔を見せている。

『できませぬ。いかに法が整備されようとも、彼らは男性としての根本が違うのです。いつか必ずや破綻しましょう。深夜子さんは連れ帰らせていただきます』


 そう、朝焼子は朝日についての確認。あわせて深夜子を寝待家に連れ戻すため、六宝堂(りくほうどう)弥生(やよい)に面会を希望していたのだ。


『ちょっと待てえや朝焼子、弥生(ねえ)さんの言うとおりやぞ。今は時代が違う。そがいに急がんでもええじゃろうが』


 弥生の隣に座り、同意見だと口を揃えているのは五月の母、五月雨(さみだれ)新月(わかつき)

 本日はいつものゴスロリ系衣装ではなく、落ち着いた着物姿である。

 面会を希望する手紙を受けた弥生が朝焼子の考えに気づき、説得手伝いの為に呼び寄せていた。

 本来の縁故(えんこ)を考えるなら、五月の祖母である五月雨(さみだれ)秋月(しゅうげつ)が来るべきなのだが、高齢で体調が優れないこともあって新月が代理を務めている。


『新月殿。神崎さんは麻昼さんと同じ、日本の男性。結局のところどんなに取り繕おうとも、国は我らの常識で彼らを縛ろうとするのみ。されば、いずれたどる道は同じでしょう。このわたしのように――』


 一瞬。声に詰まり朝焼子は胸元で手を握る仕草を見せる。


『朝焼子、お前の言いたいことはワシにもわかる。確かに国は”男”としか考えておらんかも知れん。じゃけど今回は五月雨の家も、ワシもついとる。何より弥生(ねえ)さんも最初からしっかり見てくれとるがな』

『うむ、同じ(てつ)は踏まんでの。それに坊やとお主の娘はうまくやっておるぞ』

(あね)様。それが深夜子さんである必要はありません。五月雨のご息女や、大和さん……深夜子さんの友人も側におられるのでしょう? 充分では?』

 取りつく島もないとはこのこと。朝焼子は一切の歩み寄りを見せない。

『朝焼子……お主……』

『失礼。ならば言い方を変えましょうや。この国は、女子たるものが見合いの場にて男子を夫として迎え入れるのを妨げるや否や!?』

『むむ……』

『やれやれじゃのう。こりゃあ完全に先手をいかれてしもうたぞ、(ねえ)さん』


 いかに関係良好と言えど、特殊保護男性である朝日と担当Mapsの深夜子。今はそれ以上でも以下のでもない。

 お見合いを盾に出された時点で、弥生たちに対抗できる手段はほぼ無くなってしまったのである。



 ――男性保護省から帰りの道中。

 朝焼子は深夜子のお見合い先へ申し入れに行くため、電車に揺られていた。

 だんだん田舎風景へと変わる車窓をながめながら、うっすらとその窓に映る。光を失ってしまった虚空の瞳を、自分の姿を見つめ物思いにふける。


【お前も何かしら理由をつけて、あの男と楽しんでいたんだろう? 結局、彼はお前からも逃げたかったのではないのか?】 


 頭の中に木霊(こだま)するすべての元凶の声。遺伝子研究学会の最高責任者だったあの医学研究者。

 麻昼の身体を(もてあそ)んだ化生(けしょう)

 あの女が最後に残した言葉が、今なお(くさび)として胸の中に突き刺さっている。


 助けることができなかった。間に合わなかった。

 きっと最後に麻昼は自分をも恨み、呪い、逝ったのであろう。いや、気づかれたのだ。自分が男欲しさに、弱っていた麻昼に付け込んで我が物としたことを。

 そして彼ら(・・)は、男女としての愛し方も違う。

 一度深入りしてしまえば、二度と抜けることのできない甘美にして魔性の魅惑。

 深夜子もこのまま深入りすれば、自分と同じ道を歩むに違いない。

 朝焼子の心の傷は呪いとして、未だにその精神を蝕み続けていた。


◇◆◇


 時間と場所は、再び現在の朝日家へと舞いもどる。


「深夜子さん。貴女は遅かれ早かれ寝待の家を継ぐ身です。先方も同じく由緒ある武道の家柄……ちょうど先日、縁談の話がついた。それだけのこと。すでに六宝堂の姉様(あねさま)と話もついております」

「うぐ……そ、それは……」


 正論。Mapsが所属する男性保護省の長と話がついている。

 そう言われてしまえば、成す術が無いのが実情。口下手な深夜子には反論できる言葉は浮かばなかった。


「よろしいですね? 深夜子さん」

「ううーっ! あ、あたし自分で仕事辞める!」

 やけっぱちか、かんしゃく気味に深夜子が弾ける。

「ええ、ですから家に戻って貰います」

「家にも帰らない! あたし寝待もやめる!」


 ドラマなどでよく見るパターン。とは言え、それを目の前で見せられては(たま)らない。

 朝日のみならず、五月と梅も心配そうに側に寄り添う。


「いいえ。やめられません」

 それでも朝焼子は冷たく淡々とした返事を返す。

「やめる!」

「やめられません」


 駄々をこねる小さな子供と母親のように、同じやり取りが繰り返される。

 数往復かしたのち、仕方なくといった風に、ため息を朝焼子が漏らした。


「ふぅ、聞けないのなら仕方ありません。ならば貴女も寝待の者。母にその力で示してみなさい」

「おいおい、おばさん。そりゃ無茶苦茶だろ?」

 朝焼子の力を知っているのか、梅が驚きの表情で口を挟む。

「梅ちゃん黙ってて。わかった。じゃあ、あたしが勝ったら仕事続けていいの?」

「未熟な貴女には無理なこと、答える必要はありません。さあ、かかっておいでなさい」

「ちょっと二人とも止め――」


 朝日が止めに入ろうとするも、深夜子が即座に座卓を飛び越えて朝焼子へと蹴りを放った。

 だが、朝焼子は正座姿のまま微動だにしない。

 日頃、梅とのじゃれ合いで見せる蹴りとは明らかに違う。殺気すら纏っている深夜子の飛び蹴り。

 だが――。

「ぎゃふうっ!」

 次の瞬間には深夜子が宙を舞い。客間の畳へと叩きつけられた。


 それから何度も同じ光景が繰り返される。

 違うのは深夜子の攻撃方法のみ、拳、抜き手、肘打ち、膝蹴り、全てが正座したままの朝焼子の手のひらに吸い込まれていく。

 深夜子が本気なのは梅も五月も、朝日ですらわかる。そう思えるほどの攻撃を繰り出している。

 しかし、朝焼子の手であらゆる攻撃はピタリと止まる。軽くその手を捻るだけで、攻撃の勢いがそのまま深夜子に返るが如し――宙を舞っては畳に叩きつけられた。


 朝焼子の座る座布団も、座卓に出されている湯飲みすらも微動だにすることはない。

 ただ、凄まじいまでの技量差がそこにあった。


「もうやめて! 深夜子さん。もういいから、僕のことはいいから!」

 ついにいたたまれず朝日は畳に転がる深夜子を抱き止める。

「違う朝日君。これはあたしの――」

「そうじゃない! 深夜子さん……もうやめようよ……。僕が、やっぱり、僕といたら……ダメだよ……」

「え? 朝日君……なに……を……」

 

 口惜しい、悔しい、悲しい。

 それ以上に朝日は自信がない。自分は、何もできない護られてだけの自分は、深夜子を幸せにできる自信が無い。

 あげく、自分の為にまた深夜子が傷ついている。

 好きになったが故に、好きな女性を護れない自分が情けなかった。

 深夜子の背中に顔を押しつけ、朝日はこぼれる涙をごまかして言葉を続ける。


「深夜子さん。せっかくの機会を、お見合いを、僕なんかの為に無駄にしちゃいけないよ。すごい……ことなんでしょ……僕にもわかるよ」

「何を、何言ってるの朝日君? そうだけど、そうじゃない! あたしは、あたしは――」

「僕のことはいいから、深夜子さんは、ちゃんと、普通に……幸せになって、ね」

「そんな……ヤダ……。そんな……言わない……で……朝日……君」

 深夜子の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「これで充分にわかったでしょう。貴女はもう婿を取ることが決まっている身」

「母さん!?」

「さあ、深夜子さん。ご挨拶なさい。すでに家の者には迎えを準備させています。荷物は後日に別の便を向かわせます故」

「うううううううっ! かあさああああああ――――あぐうっ」

 雄叫びを上げて掴みかかろうとした深夜子の首に、朝焼子の恐ろしく早い手刀が放たれた。

「ああっ、深夜子さん!」

 気を失い倒れ込む深夜子に朝日が反射的に駆けよろうとする。

 そこに朝焼子がさりげなく間へ入って制止し、深夜子を担ぎ上げた。

「あ…………」

「朝日様……」「朝日……」


 がっくりとうなだれる朝日に、五月と梅が寄り添う。二人はなんとも言えない表情で朝焼子を見上げる。


「すでにわたしから(あね)様に頼んであります。男性保護省に申し入れをすれば、すぐにでも新規の担当が手配されるでしょう」

 変わらず淡々とした口調のまま、朝焼子は朝日にも話しかけた。

「神崎さん。貴方の感覚からすれば理不尽と思われるやも知れませぬがこれも親心。別の世界の男女は、本来相いれぬが良いのです。どうぞご容赦を」

「……えっ!?」

「寝待様……なぜそれを?」

「おばさん、そりゃどういう意味だ?」

「貴女方にお話できるのはここまで。それでは深夜子さんが長い間お世話になりました」


 混乱に疑問が重なる。結局はただ何も言えずに、深夜子たちを見送るのみとなった三人であった。



 ――その晩。

 最も暗く沈んだ朝日家の一日が終わろうとしていた頃。


「五月。なんとか朝日は寝ついたぜ」

「そうですか……お痛わしい。あれから何も口になさってませんわ」

「一晩寝て少しでも良くなりゃいいんだけどよ」

「単純に考えればただの担当外れ……それであんな反応をされる殿方は普通おられませんわ。どう対処したものか……」


 常識が揺らぐ。朝日の担当をして、共に過ごし、色々とわかってきたつもり(・・・)だった。

 ところが、結局のところ”つもり”は”つもり”でしか無かったと言うことだ。


「いえ、その前に。大和さん、(わたくし)少々調べものを思いつきましたわ。一旦、今日はこれで」

「ああ、それじゃあ俺は寝るわ。ま、明日のことは明日考えりゃいいさ」

「ええ、それでは……」

「それじゃな……」


 自分の部屋へと向かう二人。

 あえて口には出さないが、仮に自分たちが深夜子と同じ立場になったら……お見合いと朝日、果たしてどちらを選ぶだろうか?

 朝日は自分たちにも深夜子同様の執着を見せてくれるのだろうか?

 ――いや、今は何より朝日が最優先。五月も梅も、複雑な想いを胸の奥へとしまいこんだ。


◇◆◇


 部屋に戻った五月は、そそくさとスマホを取り出して電話をはじめる。

 連絡先は母である五月雨新月だ。


『おう五月。そろそろじゃと思っとったぞ』

 出だしから()の口調。どうやら予想通りだ。

「お母様。その口ぶりですと――」

『朝焼子の件じゃろう。そっちもその口ぶりだと、ボンと一悶着あって、朝焼子が娘を連れて帰ったってところか?』

「ええ、その通りですわ。それで教えて欲しいことがありますの」

『……特殊保護事例X案件』

「ですわ」

『……まあ、ここまでくりゃ知っといてええか。五月、国の極秘案件じゃ、心して聞けよ』


 新月の口から、二十五年前の悲劇にまつわる話が説明された。



「――そう……ですの。それで深夜子さんのお母様は……これで、全てが納得できましたわ」

 それと同時に、大きな葛藤が心に産まれる。

『それで五月。お前はどうしたいんじゃ?』

「それは……」


 言葉に詰まる。深夜子を取り戻す。きっと、朝日が最も望んでいることであろうと五月は思う。

 しかし、他人(ひと)のお見合い話に口を出す権利もない。


「やはり、我々が口を出すことでは……」

『ほう? そうか……なら簡単な話じゃろうが、目の上のタンコブは取れた。愛しのボンは弱っとる。チャンスじゃのう五月』

「そう……ですけれども……お母様」


 言葉を濁したが、五月の心の中にはその想いもあった。

 常識(・・)で考えれば、男性を手に入れる絶好のチャンス。

 何を躊躇(ためら)う必要があるのか? だが、それを許せない自分もいる。


『なぁに簡単じゃ、お前が一言”うん”といやあ()を送ってやるわ。男性保護省にも根回しはしとく。後はそれを使ってボンをたっぷりと可愛がって、己のもんじゃと言えば――』

「ふざけないでっっ!!」


 カッ、と頭の中で何かが弾ける。荒げてしまった自分の声が部屋に響くのがわかる。

 でも、もう、押さえきれない。


「それの、それのどこに朝日様の幸せがありますの!? そんなものは違いますわ! その後でどうしようと、何をしようと、決して朝日様は幸せになりませんわ! お優しいあの方の側にっ、五月がっ、深夜子さんがいて、大和さんがいるから、だから朝日様はっ!」

『なんじゃい。わかっとるやないけ?』

「へ?」

『じゃから、最初っから答えはわかっとったんじゃろ? 情けないのう』

「んなっ!? おかっ、お母様」


 スマホの向こう側で、ニヤニヤしている母の姿が思い浮かぶ。


『それでええんじゃ。前にも言うたが、ボンを普通の男と同じに考えるな。それにワシらはついつい男を物扱いし過ぎる。そんな常識にしばられとったら、ボンの一番(・・)にはなれんぞ?』

「はうっ」


 やはりスマホの向こう側で、ニヤニヤしている母の姿が思い浮かぶ。


「……コホン。そう、ですわね……わかりましたわお母様。もう五月は迷いません。常識なんてクソっくらえ! ですわっ!!」

『よう言った! それでこそワシの娘じゃ! ほいじゃあよう聞けよ五月。確かにワシら女は見合いを盾に取られたら動きは取れん。じゃがの――』



 すでに時間は深夜午前二時を回っている。

 ――が、バタバタとMaps側の廊下を走る音が響き。その音はとある部屋へと近づいて行く。

「大和さん!! 大和さん!! 大和さん!!」

「ふごっ……はへ? うひゃあああああっ!? てっ、敵襲かっ、賊かあああああっ!?」

 問答無用。ノックなし、容赦なしで梅の部屋に五月が突撃してきた。

「なんだっ!? 五月? び、びびらせんじゃねえよ! ノックくらいしろっつーの。こんな時間にどうしたよおおおおおおお?」


 勢い余って梅のベッド上に飛び込んできた五月が、興奮気味にまくし立てる。

 ちょうど梅を押し倒し、五月が覆い被さるような形で四つん這いになっている。あら~。


「大和さん。聞いてくださいませ! 名案ですわっ!」

「おいっ、わかった、わかったから。五月、とりあえずその体勢はやめ――顔を近づけてくるなああああああ!」

「大和さん! 聞いて、聞いてくださいますかっ!?」

「聞く! 聞くから顔を離せ、いや、ここから離れろおおおおおお? ひ、膝を股下に入れるなあああああ! とりあえず聞くから落ち着けえええ、ヤ、ヤメロォーーッ!!」


 落ち着いてベッドから机に移動するまで、しばし五月を(なだ)め続ける梅であった。

 そして――。


「はああああああっ? 男事不介入案件に持っていくだぁ!?」

「そうですわ! お見合いに対して、殿方(・・)が物言いをつける。過去に前例が無いからこそですの。これならばお見合い相手側への体裁上、深夜子さんのお母様が示談に応じざるを得ませんわ」

「そりゃいいとして、どうやっておばさんを納得させんだよ。それに、万一やり合うことになっちまったら、ヤバいなんてもんじゃねえぞ? おばさんに勝てる奴なんざ……ぶっちゃけババアでも怪しいぜ。わかってんのか?」


 五月の突拍子もない提案に、梅も眠気がふっ飛ぶ。

 かたや五月はひたすらハイテンション。時には腕を振り上げ、時にはビシリとどこかを指さし、まるで演説である。


「ふっ、権謀術数(けんぼうじゅっすう)。情報戦こそ五月雨五月の真骨頂ですわ! きっちり深夜子さんを取り戻し、朝日様には五月に惚れ直していただきますことよ! これで朝日様の一番は五月のものですわ。オーホッホッホッホ!!」

「おい……俺ですらクソやべえ計画だってわかんぞ。五月、マジかてめえ?」


 これぞミッションインポッシブル。

 果たして、この計画やいかに!?

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