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#57 温泉旅行終幕

 ――寝待深夜子対影嶋一家の激闘から、七日間が経過した。


 本日。退院した深夜子が朝日家に帰宅。お昼前の現在、深夜子の自室で朝日と二人きりである。

 深夜子が寝ているベッド周りには、点滴スタンドや食事台などが準備されていた。

 退院済みにしては重装備。どうやら、療養にまだ多少の時間が必要な模様だ。

 早速ベッドに食事台が設置され、その横で朝日がリンゴをむきはじめる。


「はい、深夜子さん。あーん」

「ふへっ、はへっ、あ、あーん。むひゅうひゅふふふふふ、はぐっ」


 一口大にカットして、優しく口に運んで貰うまでがワンセット。だらしない笑顔で、だらしない声をもらしながら、深夜子はリンゴを咀嚼(そしゃく)する。

 窓ガラス越しに冬の日差しが入り込み。透明感ある明るさ――のはずだが、深夜子の周りだけはピンク色の光に包まれ、カラフルなハートマークが宙をただよっている空気感。

 これぞまさに二人の世界。……とはいかないのが世の(つね)である。


 ――どかどかと足音が廊下から聞こえ。続けざまに部屋の扉が雑にノックされる。

 そして、明るくのんきな、朝日家で日頃は聞かない声が響いた。


「おぃーっス! 深夜子(みーちゃん)、お昼ご飯持って来たっスよー。入るっスよー。つか、入ったっスよー」


 そう言って、ガラリと扉を開けて入って来たのは、身長170センチほどで、茶髪のおだんごショートヘアーにスーツ姿の女性。

 柴犬のように愛嬌ある可愛い系の顔。CランクMaps”激運(ラッキー)ワンコ”こと餅月(もちづき)餡子(あんこ)。深夜子の友人にして同期生だ。


「あーーーーっ、な、何してるんスか? みーちゃん。昼ご飯前に果物とか、しかも、それ”あーん”ってヤツっスよね? 伝説のアレを、自分の部屋に朝日さんを連れ込んでやってるんスか? なんたるうらやま、じゃなくてハレンチなっス!!」

「むう。餡子(あっちゃん)騒がしい。このくらい、あたしと朝日君の関係なら普通。ふっ」

「んなななっ!? ふんぐぬぬぬぬぬ……なんっスか、その余裕あり気な言い方。勝ち組のつもりっスか? だっ、だいたいみーちゃんはズルいっス! 朝日さんの担当になった後、極端に連絡回数が減ったっス。メールの内容だって『いそがしい』の五文字になったっス。はっ、そうっスね! 女の友情なんて――」


 どうにも思うところがあるらしく。あれやこれやと、私怨込みでわめき散らす餡子。

 そこへ朝日が申し訳なさそうに声をかける。


「あ、あの、餡子ちゃん。深夜子さんのお昼ご飯、受けとるね。僕が食べさせ――」

「無くて大丈夫っスよ、朝日さん。自分がしーーーーっかりとみーちゃんにご飯食べさせるっス! これぞ女の友情っス!」

 そう言って胸をはると、キラリと輝く視線を深夜子へ送った。

「ふぁっ!? あっちゃん何言ってるの? 邪魔しないで。ね、朝日君。ご飯食べさせてくれるって言ったよね。あっ、それとできれば今日はお風呂もぐへへへへ」

 一方の深夜子は、朝日へとエロ――甘えた視線を送る。

「なっ、ななななななにワケわかんないこと言ってるっスか? それもう性犯罪者の思考っスよ! ――ハッ!? みーちゃん。まさか、優しい朝日さんにつけ込んで無理矢理……ひ、ひどいっス!」

「ちょっと、二人とも。さすがにお風呂は無いから……あ、あはは……」


 どうも餡子は深夜子にとって、五月や梅とはまた違う関係性のようだ。

 朝日もどこまで本気のやり取りか掴めず、苦笑いがもれる。

 とりあえずは無難に……と考えて、間をとりもとうとした時。

 開けっ放しの扉から、またしても朝日家に馴染みのない、凛とした声が響いた。


「さっきから騒がしいわね先輩方。はぁ、寝待先輩も……帰って早々そんな(ざま)では、朝日お兄様も落ち着けないわ。Sランクともあろう者が情けないわね。少しは自重したらどうかしら?」


 先輩、と言ったわりに容赦のないセリフ。声の主は、腰に手を当てすらりとした立ち姿の少女だ。

 身長160センチほどの細身だが、梅よりは起伏のある身体つき。

 ショートウルフで白金色の髪、ルビーのような濃紅(こいくれない)色の瞳と乳白色の肌。

 顔立ちは間違いなく美形と呼べるが、ぼーっとした半目と無表情さがなんとも言えない。

 笠霧(かさぎり)寧々音(ねねね)。十四歳にして、国立男性保護特務警護官養成学校(通称M校)一回生首席の優等生。

 こちらは餡子と違ってブレザーにスカートのM校の制服姿。左胸の校章ワッペン下には”研修中”と書かれた札がついている。


「朝日お兄様。もう、リビングで五月雨先輩が全員のお昼を準備されてます。……それから! 男性であるお兄様に食事の世話をさせるなど、Mapsの規約違反すれすれ――以前に女性(ひと)として論外だわ。で、す、よ、ね、寝待先輩!」

 ジトッとした目を、さらにジトッとさせた寧々音の視線が深夜子に突き刺さる。

「ぐぬぬ。聞いてはいたけど、このぷち五月(さっきー)。マジ五月(さっきー)

「あはは。寧々音ちゃんは厳しいなぁ……」

「さ、お兄様行きましょう。あ、寝待先輩と餅月先輩はどうぞココで(・・・)ごゆっくり」

 私は一歩も引きません、お兄様のために。そんな心意気が寧々音から伝わってくる。

「うええええっ!? 冗談じゃないっス。朝日さんと食事なら自分も行くに決まってるっス。あっ、みーちゃん。ご飯ここに置いておくっス。適当に食べるがいいっス」

 女の友情とは?

「んなあっ!? なら、あたしもリビングで食べる!」

 昼食を載せたプレートを持って、深夜子がベッドから飛び起きた。


「ちょ、ちょっと!? 深夜子さん。まだ安静にしてなきゃなんでしょ? 寝てないとまずいよ」

「ん? 朝日君、無問題。お昼くらい全然余裕」

 朝日に向け、にこやかにサムズアップしているが、深夜子の顔には脂汗がにじみ出ている。

「いや、みーちゃん……お腹の手術して、全治三ヶ月の重傷っスよね? そもそも一週間経たずに退院してる時点でどうかと思うっス」


 餡子の想像通り、本来なら病院で絶対安静中の深夜子である。

 もっとも退院する際、担当医師の一言が『ありえん。何故動けるんだ?』だったので、その回復力たるや恐るべし。

 それでも普通の生活に戻るには『絶対に一ヶ月はかかるはずだ。頼む、かかってくれ』と悔しそうに宣言されていた。


 とは言え、現状あきらかに無理をしている深夜子を引きとめる朝日。餡子と寧々音も援護に加わる。

 騒がしさが増す一方で。今度は朝日家で聞き慣れた、可愛らしくも乱暴な口調の声が廊下から響いた。


「おいこら! さっきからうるせえぞ! 傷に響くっつーの、静かにしろってんだ」


 毎度お馴染み朝日家のロリ猫娘、大和梅(二十一歳)である。

 今日はウサギさん風パジャマ姿だが、こちらはこちらで頭に巻かれている包帯が痛々しい。

 さらには胴体にも怪我をしているらしく、胸元から巻かれた包帯がのぞいていた。


「ちょっと!? 梅ちゃんまで! もう起きても平気なの?」

「ん? 何言ってんだ朝日。このくらい三日もありゃ動けんだろ、普通」

「いや、(あね)さん。全治一ヶ月の重傷が三日で動けたら大問題っスけど……普通」

 度合いはともかく、梅の怪我もそれなりだ。

「寝待先輩、大和先輩、二人とも重傷のカテゴリーよね。そもそも、今ここにいること自体がおかしいと思うのだけど」

「ふっ、全治三ヶ月は一週間あればなんとかなる」

「ま、そんなもんだろうな」

 深夜子と梅が目と目で通じ合う。全治の意味を一回辞書で引くべきだろう。

「それもう絶対何かがおかしいっスからね!」

「二人とも……一度、病院で診察して貰うことをお勧めするわ。特に頭ね」

「うるせえっ! 余計なお世話だ笠霧。つか、てめえなんかをヘルプに寄越(よこ)すとか、ババアも何考えてやがんだ?」

「心外ね。これは私の実力よ。謹慎中の脳筋平面体(やまと)先輩」

 寧々音の含みある呼び方に、梅の顔がピキピキと引きつる。

「だ、か、ら、てめえはその口の利き方をだな――」

「はいはい。梅ちゃんも寧々音ちゃんもここまで。ね、ご飯、食べに行こうよ」


 腕まくりをはじめた包帯だらけの梅の前に、朝日がさらりと割り込む。

 しつこくいがみ(・・・)合う二人だったが、朝日が寧々音の頭を撫でながら(さと)すと「はひっ、しょ、しょの……お、お兄しゃまが、しょう言われるにゃら……しっ、しきゃたにゃいわにぇっ!」と両手の人差し指を胸の前で絡みあわせ、おとなしくなる。

 ――梅と餡子の視線が実に生暖かい。


「ぬわああああっ、みんな待って! あたし放置。ダメ、絶対」


 あわや話題終了から解散寸前の空気に、危機感を覚えた深夜子が再度アピール。

 すると、梅が廊下から顔だけのぞかせ、眉間にしわを寄せてジロリと視線を送った。


「おい、深夜子。これ以上朝日を心配させんじゃねえよ。何日かすりゃ動けるようになんだろ? 飯食べる時くらい我慢しな。んじゃ、俺は先に行くぞ」

 そう言い放つと、梅はパタパタとスリッパを鳴らして先に行ってしまった。

「……むう。梅ちゃんのクセに正論」

 

 ぶつぶつと言いながらも思い当たるふしがあるのか、深夜子はプレートを持ってしぶしぶベッドへと戻っていく。

 それを見た朝日がそばに付き添う。餡子と寧々音は部屋の入り口で待機する。

 

「ごめんね深夜子さん。でも、お昼終わったらまた戻ってくるから」

「むううううう。あっ、そ、そだ! じゃ、じゃあ、あたし、そそそそその寂しいから。あ、あああ朝日君が……キ、キキキキキキキシュしてくれたら我慢できるかも。う、うひ、うひひ」

「「はあああああっ!?」」

 

 こいつ何言ってやがる。頭おかしいのか? 深夜子の一言に、餡子と寧々音が絶叫する。表情も固まる。

 もちろん、深夜子は軽い冗談(・・・・)のつもりである。

 ここのところ、朝日との距離感が非常に良かったこと。

 約六日間の入院生活で、お見舞い程度でしか朝日と時間を共有できていなかったこと。

 そんな背景もあって、つい軽はずみで出てしまった言葉だ。


 本来であれば餡子、寧々音がいる前では自重すべき表現であった。

 警護対象である男性相手に『キスをしろ』などと冗談では済まない。即訴訟、いや逮捕。そこから社会的退場までまっしぐらだ。

 餡子と寧々音の顔色は真っ青になっている。

 しかし、深夜子最大の誤算は別にあった。なんと朝日が、餡子と寧々音とは別の意味で冗談と(・・・)受け取らなかった(・・・・・・・・)のだ。


「もう、深夜子さんってば……今日は退院した日だから特別だよ」

「ふえっ!?」

 

 ベッドに寝転がる深夜子の頭横に朝日が片手をついた。すっともう片方の手が頬に優しく添えられる。


 ――そして、二人の唇が数秒間重なり合った。


「ぷあっ!? ちょ、あ……え……あ、ああああああ朝日……君?」

「はい。それじゃあ深夜子さんは先にご飯食べてね。僕もこれから――って!?」

「ぴぎぃいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

「ぶるわあああああああああああああああっス!?」

 朝日が振り返ると、そこには絶叫による酸欠で顔色が紫になっている二人。

「ちょ、ちょっと!? ふ、二人とも、ど、どうしたの?」

「み、みみみ、みーちゃんが朝日さんとっ、キ、キキキキキスっスっスっス――――きゅう」

 餡子、撃沈。

「不潔っ! ね、ねねね寝待先輩、不潔だわっ。こ、ここここここんな些細なことで、ちょ、ちょっと付け入る隙を見つけたからって、お、おおおお兄様を脅迫して、に、に、肉体関係を強要するなんてっ!!」

「脅迫? に、肉体関係? ちょ、ちょっと、ね、寧々音ちゃん!?」

「あああああっ!? し、しかもく、くくくくくくちとくちで……いやあ、えっちぃ……はっ!! じゃ、じゃあ、赤ちゃんが、赤ちゃんがあああああ――」

「いや、できないからね!? ほ、ほら、寧々音ちゃん落ち着いて――あっ、ちょっ」

「うっ、うわああああああん! 五月雨せんぱーーいっ!!」


 この後、五月にめちゃくちゃ怒られた。深夜子が。


◇◆◇


 ――それでは、朝日家の混沌(カオス)とでも言うべき現在の状況。

 どうしてこうなったのか?

 朝日と深夜子が武蔵区男性総合医療センターへと搬送されたあの晩。そこから順を追って説明させていただこう。


 救急輸送ヘリの中。

 朝日は気絶したのみだったが、必要以上に心配されるのが貴重な男性。翌日一日は検査入院となる。

 で、ちゃっかり担当を(ひいらぎ)明日火(あすか)が受けているあたりはさすがである。

 一方の深夜子は全治三ヶ月の重傷。

 内臓に損傷が無かったのが幸い、と言うか、そうなるように(・・・・・・・)攻撃を受けたらしい。こちらもさすがである。

 しかも、外科専門医の看護十三隊隊長の一人が『出てきたからには仕方ない』と、深夜子の手術を担当。あっさりと手術は成功した。


 五月はと言うと、もちろん事後処理に追われていた。

 移動中のヘリ内で、男性総合医療センターに到着すればロビーで、ノートPCをフル活用で四十八時間耐久デスマーチがスタートした。


 ――翌日。早くも事件が発生。

 さすがの深夜子も手術翌日は病室のベッドでぐったり。

 点滴やらバイタル管理やらで機械も多く。見た目はやたら物々しい。

 そこに、目覚めた朝日が五月に付き添われやってきたのだが……。


「あああああああっ! 深夜子さん、深夜子さん! やだぁ、やだああああああっ!!」

 深夜子の痛々しい姿を見た朝日は、過去に無い動揺を見せ、泣き叫ぶ。

「朝日様、落ち着いてくださいませ。深夜子さんは麻酔が効いているだけですの。手術も無事成功しております。命にも別状はございませんわ」

「僕のせいだ! 僕がいるから、僕がいるから、深夜子さんがこんな目に、うわああああっ、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! うわあああああああああ――」

「朝日様!? 朝日様ぁ!!!」


 センター内は騒然。心療内科の医師も飛んできての大騒ぎとなる。

 さらに、その声で深夜子が目を覚ますと――。


「ア、アサヒクン。アタシゼンゼンヘイキダヨー」


 看護師たちが止めるのも振り切って、朝日に空元気を見せつける始末。

 当然、傷口がしっかり開いて手術室ヘ逆もどり。なんとも落ち着かない初日であった。


 ――二日目。

 朝日もようやく落ち着き、深夜子も順調に回復の気配を見せる。

 五月の事後処理は、目元のクマのサイズと同様にピークを迎えていた。

 深夜子が録音してきたデータをもとに、影嶋一家の男性略取準備罪を立件。

 残すは男性保護省から男性警察への動員要請。一気に影嶋一家解体を進めれば任務完了、と言って差し支えない。


「えっ? 矢地課長が海外出張ですって!?」

「おいおい、矢地の野郎……タイミング(わり)すぎんだろ?」


 トラブルとは続くものらしい。

 こう言った決裁権を持つ責任者の矢地が長期の海外出張。

 それも、最近世界的に注目を集め始めた芸能・芸術分野の世界大会。その招致活動を視察するため開催候補地へ。非常に遠方で時差も大きく、即時連絡は不可能に近かった。


「これは……困りましたわ。ただでさえ取り逃がした組員も多いですのに。みすみす相手に時間を与えることになるのは、痛恨ですわね……」

「矢地の代理じゃあダメなのかよ?」

「無理ですわ。公務員に越権行為はご法度ですわよ。どちらにしても矢地課長と一旦繋がるまで待つしか……ありま……あ、朝日様?」

「どうした朝日? さっきから誰と電話してんだ、珍しい」


 五月たちがあたふたとしている横で、朝日はどこかに電話をしていた。

 この状況で朝日が連絡する先など、五月と梅には思い浮かばない。気になって聞き耳を立てると……。


「はい。それで、五月さんも困って……え? あ、僕は大丈夫です。でも、深夜子さんがひどい怪我をして……うっ、……あっ、いや、な、泣いてないよ。うん。――じゃなくて、はい。……え? ほ、本当ですか? ありがとうございます! えと……じゃあ、よろしくお願いします。弥生おばあちゃん(・・・・・・・・)

「弥生……?」

「おばあちゃん? ……だあああああっ!?」

 五月と梅の顔色が変わる。

「あ、あああさひさまああああああああああ!!」

「えっ!? ど、どうしたの五月さん?」

「まままままままさか、まさかっ、今のっ、お電話のっ、お相手はっ、り、りりり、六宝堂(りくほうどう)弥生(やよい)閣下ではありませんかっ!?」

「うん、そうだよ。五月さん困ってたみたいだから」

「ひええええええええええええっ!」

「うおおおおいっ! よりによってババアに頼んじまったのかよ?」

「あ、あれ? あれ?」

 

 事件その二。まさかのトップダウン。

 本日、男性保護省と警察庁は蜂の巣をつついたような騒動となる。

 一件落着後。五月は新月(わかつき)に連れられ、関係各所へのお参り(・・・)が大変だったとかなんとか。


 ――三日目。

 無事? 影嶋一家解体の運びとなる。

 男性警察特殊部隊三十名に加えて、陸軍からも腕利きの一個小隊が派遣されることになった。

 戦力充分と思われたが、桐生建設がしぶとく裏で反発の動きを見せていた。

 自身の関連組織である暴力団”鬼竜会”から援軍を派遣。

 なんと、五十名近い武闘派組員を影嶋一家の事務所に待機させていた。

 これは本格的な抗争になる。情報を知った現場に緊張が走った。


 ここで事件その三が発生。

 もちろん、こんな時と言えば大和梅である。

 武蔵区にある影嶋一家の事務所。繁華街から少し離れ、閑散とした通りにある無表情な三階建てコンクリートビルだ。

 ――早朝。

 秘密裏に人払いされたその通りに、男性警察と軍の連合部隊がマイクロバス数台で到着。バスを防壁に素早く部隊を展開。

 部隊長が突撃のタイミングを見計らおうとしたその時、異変が起こった。


「うぎゃあああああああっ!」

「ひいいいいいいいいいっ!」


 突如、事務所二階のガラス窓を突き破り、組員とおぼしき女性が落下してきた。

 それは一人で終わらず、部屋を変え、階を変え、次から次へと悲鳴をあげ落ちてくる。


「くそおっ!? なんだこのバケモンはぁ!?」

「バカなぁ!? ド、ドスが刺さらねえ!?」

「じゅ、銃弾を受け止めやがったあああああっ!?」

「この女の風上にも置けねえクソどもがぁっ! てめえら……俺の男(・・・)を泣かせて、五体満足でいられっと思うなよコラあっ! 全員ひき肉だああああああっ!!」

「「「ぎゃああああああああっ!!」」」


 今回、部隊に加わるのを志願して却下された梅。なんと、単身で殴り込みを掛けてしまったのだ。

 深夜子を見て、泣き崩れた朝日。傷付いた後輩にして親友。

 朝日や五月の前では平然を装っていたが、内心は完全にぶちギレていたのである。

 恐るべきはその結果。

 連合部隊が急ぎ突入した時には、事務所内はすでに血の海。総勢四十七名の組員たちのほとんどが半殺しという惨状。

 梅自身も銃弾数発、十数ヶ所に及ぶ刃物での刺し傷、切り傷を受けていた。

 ――が、なんの冗談か、全治一ヶ月の重傷で済んでいるのだから笑えない。


 当然ながら、命令無視に加えての私闘。弥生から温情はあれど、二週間の停職処分となる。

 ここで本来なら、謹慎中の梅は朝日家に滞在できない。

 しかしこれに対して、朝日が頑として譲らなかった。

 結果、男性保護省側が折れて、梅は朝日家で謹慎と言う。謹慎なのか休日なのかよく分からない処分となった。

 男性に対して甘々なのは相変わらずの世界であった。


 ――この一連の事件から、朝日の担当Mapsが五月一人という事態になってしまった。

 必然、待機中のMapsからヘルプ派遣となる。まず、餡子は梅の指名に加えて、過去のヘルプ実績もあって即決定。

 残るは深夜子のヘルプでもう一名となるのだが、ここで弥生が面白がって寧々音を指名。

 ヘルプ希望者に加わえて、実力選考テストへ参加させたのだ。

 そこで寧々音は、最終選考に残ったAランク一名、Bランク三名をも蹴散らし、愛しのお兄様の警護任務(ヘルプ)を勝ち取ったのである。


 余談だが、最終選考で寧々音にあっさりと蹴散らされたBランク三名は、三条、門馬、鹿松の三馬鹿トリオであった事を追記しておく。


 ――以上。これで話は冒頭に戻る。


◇◆◇


 賑やかさも極まる朝日家で、さらに一週間が経過した。


 梅の謹慎も解け、深夜子ともども、警護任務に支障が無い程度に回復したと本人たちが豪語。

 そんな二人が、そろって任務可能か診断を受けたところ。担当医師が『そんな馬鹿な、そんな馬鹿な……』とつぶやきながら診断書を作成することになった。お気の毒。


 さて本日は、餡子と寧々のヘルプ終了前日。朝日家は六名全員で、あるところに来ていた。


「わー、お久しぶりねー朝日ちゃん。会えて嬉しいわー。もう大丈夫なのー?」

「はい! もう元気ですよ。新月(わかつき)ママ、今日は招待してくれてありがとうございます」

 外出先は武蔵区の五月雨家であった。五月の母『五月雨(さみだれ)新月(わかつき)』が、やって来た朝日を優しく抱きしめている。

「そー、それは良かったわー。あっ、朝日ちゃんにーイジワルした子はー、ママが”めっ”てしてあげましたからねー」

 桐生建設の子会社、鬼竜会の末端組織。その幾つかは、何者かによって潰されたとの事だ。へー。


五月(さっきー)のお(うち)久しぶり。あと楽しみ」

「だな! 五月、期待してんぜ」

「もちろんですわ。朝日様のため、二週間の突貫工事で準備万端ですわよ」

「ふおああああああっ!? か、金持ち、これが金持ちの家っスか!?」

「すごいわね。さすが五月雨先輩の実家だわ。でも、今日は、朝日お兄様と温泉プール(・・・・・)……お兄様の水着姿……ごくり」

「す、すごい! この建物って、今日のために? うわあっ、温泉なのになんだかレジャープールみたい! じゃ、水着に着替えてみんなで入ろうよ!」


 朝日にとって、不本意に終わってしまった温泉旅行最終日。

 それを少しでもフォローしようと、五月を中心に立案。なんと『屋内プール型温泉施設』を建設したのだ。

 早速着替えを終えて、プールの前に全員集合となる。


「ほら、みんな行くよー!」

「「「「「いやっほーーーーっ!!」」」」」


 全員の歓声が響く。

 朝日に続いて、深夜子たちも次々とプールへも飛び込むのだった。

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