#54 寝待流・表
今回はストーリーの都合上、シリアス、アクションパートを含みます。
※特に暴力的な表現が苦手な方はご注意下さい。
ピンク髪のギャルツインテールに、紫リボンのセーラー服姿。影嶋不知火がゆっくりと進み出る。
手に握られた鉄棍はやたらカラフルで、星やハートや蝶柄をデコレートした『ギャル系鉄棍?』とでも聞きたくなる代物。
不知火の右手で、それは虹色の円形を描き、最後に肩の上でピタリと止まる。
そのまま棍の先を軽く揺らしながら、少し並びの悪い歯をちらつかせ、ニヤついた表情を浮かべる不知火。
パーティションの上を半分ほどまで進み、斜に構えて深夜子を見据えた。
「あっりゃりゃ~ん? その顔ぉ、例の五月雨ンとこの奴じゃね? キャハッ! な、ん、で、ここにいるのかなぁ? 不知火ちゃん、チョ~びっくりしちゃったかもぉ~? おっどろきぃ~キャハハッ!」
察しましたよ。
ふざけた態度、ヘンテコな格好とは裏腹。不知火の目はそう言っている。
一瞬だけ交差したお互いの視線、深夜子はそう感じた。
五月の狙いにどこまで勘づいているのかはわからない。
だが、ここはなるべくそれを悟らせないようにするべき場面であろう。
ふっ、我ながらちょっと格好いいな。と深夜子は無駄な思考も忘れない。
夜間迷彩柄の戦闘用スーツの腰に手を当て、薄手のグローブをはめた片手で前髪を軽くかきあげる。
深夜子はその猛禽類のような眼差しをゆっくりと向け、涼しげに返した。
「んー。えと、道に、迷った?」
はい残念。深夜子なのでこれが精一杯。
――対して、不知火も深夜子を値踏みしていた。
影嶋一家相手に一人で潜伏し、それが発覚。普通なら絶望的な状況であろうはずだ。
しかし、この女は全く動じていない。どころか挑発ともとれる回答。相当に場馴れした手練れと評価する。
さらには気配の消し方。公務員だとは到底思えない。
何よりもあの目つき。あれは間違いなくこちら側の人間の目だ。
きっと裏では殺人もやっている人間に違いない。
……だからと言って、自分たちの圧倒的優位に変わりはない。
不知火は余裕の態度を崩さず煽り返す。
「キャハッ! 何それぇ~、ギャグのつもりぃ? チョ~サムいんですけどぉ~。キャハハッ! ま、いっかぁ~わざわざ獲物ぴっぴが自分からお疲れちゃ~んな感じぃ?」
「んー。何言ってるかわかんない」
お互い様である。
――深夜子と不知火の微妙な会話を皮切りに、取り巻きの組員たちも動きはじめる。
『なっ、なんだてめえは?』
『ふざけたこと言いやがって!』
『くそっ、どこから入って来やがった?』
例えばアクション系漫画。取り巻きたちは動揺して、こんな反応を見せるのがテンプレ展開だ。
ところが、現実はそう甘くない。
「おう、出口をソッコーで固めな」
「「「へい!」」」
「おい、そっちは三人一組でコイツの周りを囲め」
「「「了解しやした!」」」
さすがは数ある暴力団の中でも屈指の武闘派。組員たちは脇目もふらずに最善手の連携をはじめる。
これで深夜子は包囲されてしまうのか? 逃げ道もふさがれてしまうのか?
――それは違う。
半コミュ障で空気が読めないのとは別問題。
こう言ったことは、幼い頃から実家で散々叩き込まれている。
まず、影嶋不知火。これの相手をまともにすることは論外。
最優先すべきは撤退である。
よって最も手薄、かつ、最も出口として近い場所を捜索。右手側の奥にある扉と断定。
途中の交戦は控えるか迅速に、出口近くまでたどり着ければ強行突破あるのみ。
これが寝待深夜子の判断だ。
――取り巻きたちが動き始める直前。
深夜子はすでに行動に移っていた。
不知火には目もくれず。自分の行く手をふさごうと、集まりかけている組員たちへと向かって、猛然と駆け出した!
「んっ?」「えっ?」
手前の二人が、深夜子の接近に気づいた時にはもう遅い。
金属音と同時に、二つの頭は重たい何かに弾かれたように揺れる!
「――ぎゃふっ!?」「――ぐはぁ!?」
その衝撃は、砲丸でもぶつけられたのかと錯覚するレベル。
二人は体勢を持ち直すこともなく、意識を手放し、その場に崩れ落ちた。
「なっ!? こいつ、今何をしやがった!?」
後ろで一部始終を見ていた組員の一人が驚愕する。
今、倒れた二人と深夜子の間は二メートル以上は空いていたのだ。
これぞ寝待流指弾術『飛椚』――深夜子の手に、いつの間にか握られているのはゲーセン用コイン。
出掛けにネタが滑った奴である。その威力はいつかのポップコーンとはワケが違う。
「くそおっ! 何か手に持ってやがるぞ?」
「飛び道具か? おい、間合いをつぶせ! 身体掴んで動きを止め――ぐぎゃ!?」
深夜子はわずかな隙も見逃さない。指示に集中していた一人を『飛椚』で片付ける。
これで、ここから出口までの間に残るは二人。
だが、たどり着くまでにもう二人、いや、三人は加わるだろう。
しかも、残りの二人に間合いを詰められてしまった。これでは『飛椚』は使えない。
想定より動きが良い、なかなか厄介な連中だ。深夜子は一旦足を止める。
「はぁ、お腹空いた」
ついでに愚痴も漏れた。
「やっ、やろう! バカにしてんのかぁ!?」
おっと、意図せず挑発成功。愚痴を聞いた組員の一人が怒って鉄パイプを振り上げてきた。
「ほわっちゃあ」
これはラッキー隙だらけ。がら空きになった顎へ向け、深夜子は右回し蹴りを放つ。
「――あがっ!?」
カウンター気味に蹴りが入って、あっさりと意識を刈り取ることに成功。しかし、その陰からもう一人の組員が飛び出てきた。
「うおらあああっ!」
深夜子の胴をつかむように、低姿勢でタックルをしかけてくる。
蹴りの戻り際を狙っての一撃。本当に厄介な連中だ。
これはかわせない。深夜子は胴を取らせる代わりに、右手を相手の左脇へと滑り込ませる。
「おら! 捕まえたぎゃあああああ!?」
――次の瞬間。
深夜子にタックルを成功させたはずの組員は、左肩をかばいながら悶絶していた。
「寝待流格闘術――『纏絡』」
蹴り足を戻す隙をついて、確実にタックルは入った。
しかし、そこから胴締めが決まる寸前。深夜子は組員の左腕に絡みつくようにして身体を回転させる。
そして、まるでウナギが握り締める手から滑り出るかの如く、組員の背後へするりと抜け出した。
相手の左肩脱臼のオマケ付きである。
「なんだよ今の? 捕まったはずなのに……なんで?」
「そ、そんな、コイツ……一体何モンだ!?」
わずか一分にも満たない間に、五人がやられるという異常事態。さすがの影嶋一家組員たちにも動揺が走る。
「てめえ! 一体何をしやがった?」
「んー、肩を外しただけ?」
「んなこたぁ見りゃわかるわ!」
「くそっ、舐めた返事しやがって!」
「え? ……あっ、んーと。お腹減ったのは五月と打ち合わせして、おやつ食べそこねたから」
「ちくしょう会話が成立しねえ!」
深夜子さんは初対面の方々とお話しするのは苦手なのだ! 人見知りなのだ!
なんだかよく分からないが、相手が動揺してくれるならば話は早い。
出口の扉までもう少し。組員たちは何故か自分を警戒して動きが鈍っている。
深夜子は交戦を控え、組員たちの間を抜きにかかった。
一人は跳び箱でも越えるようにして、一人はその顔を踏み台にして、深夜子は軽業師のように飛び跳ね、組員たちをかわし、翻弄する。
これで扉までの距離はわずか、あとは着地と同時に加速して、扉に体当たりすればいい。
そのまま外に転げ出ることができれば、任務完了したも同然だ。
――しかし!
「キャハハッ! もしかして逃げ切れるとか思っちゃったぁ? ざぁ~んねん。不知火ちゃんが間に合っちゃいましたぁ~!」
「なっ!?」
まさに深夜子が床に着地したと同時。背後から不知火の声が響き、鉄棍が唸りを上げて襲いかかってくる!
どうやって追いつかれた!?
当然ながら、深夜子は最も交戦したくない相手である不知火との位置関係も考慮して逃げを打った。
わずか数秒間のアドバンテージとは言え、それを埋められた事実に驚きを隠せない。
「――くっ! のわっ!? うわたっ!?」
考える間もなく。鉄棍による突きが深夜子の足元を狙って二発、三発と床をえぐる。
厚手の絨毯に、直径4センチほどの穴がしっかりと残る。
不知火の鉄棍は長さ六尺(約180センチ)、先端が六角錐になっており貫通力も高い。
深夜子は飛び跳ねるようにかわしながら、鉄棍の長さと形状をしっかり把握する。
「じゃあ、土山ぁ~! 不知火ちゃんが遊んでる間にぃ~固めちゃう感じぃ? キャハッ! それからぁ~、誰か来ても邪魔になるからぁおまかせでよっろぉ~」
軽い口調とは別物。
中段に構えた鉄棍の尖端を深夜子に向け、ゆらゆらと揺らしながら、不知火はじわりじわりと間合いを詰めてくる。
扉には近づかせない。と言わんばかりの牽制である。
一目でわかる隙のない構え。もう強行突破が困難なのは明白だ。
不知火と見合ったまま数秒間が経過。指示された組員たちも動き出してしまった。
「お前ら、これから姐御は一対一だ。今のうちに逃げ場がねぇようにガッチリ固めな」
「「「了解しやした!」」」
これではもう戦いながら次のチャンスを伺うしかない。
一対一になった今、集中あるのみ。深夜子は頭を切り替える。
鉄棍のリーチは把握した。
バックステップで間合いを取りつつ、両手にそれぞれ八枚のゲーセン用コインをこっそりと握り込む。
「ひゅ~やっぱ、いい動きしってるぅ~。キャハッ! 楽しめそぅ――――って、ありぃ?」
ここは出し惜しみせず出端を挫く! 不知火に向け、深夜子の両手から金属音が響く。
一秒間に十六連射!
『飛椚』は両手を使って、最大十六枚まで連続発射が可能である。
「キャハハッ!」
目の前に広がり迫る銀の弾丸。だが、不知火は動じない。
素早く鉄棍の中心に両手を移動させると、猛烈な勢いで回転させた!
カラフルな虹色の円形盾が不知火の前に描かれ現れる。
『扇風棍』――十六の金属音が響くとコインは左右上下に弾き返され宙を舞った。
「すっごぉ~い! 今の手品マジでウケるんですけどぉ、コインを弾いてんのぉ? キャハッ! チョ~器用。……んじゃあ~、お礼にぃ~、不知火ちゃんの手品も見せたげるよぉ。キャハハッ!!」
軽い口調でそう言いながら、足を引き、姿勢を低くし、陸上競技スタート直前と言わんばかりの体勢で鉄棍を構える。
そして、不知火が床を蹴った刹那! 深夜子はその姿を見失った。
「――キャハハッ! ハロハロ~」
ほんの一瞬。二メートル以上間合いがあった深夜子の後ろに、不知火が回り込んでいた!
「んなぁっ!?」
いつの間に? 目は離していなかった。
不意を打たれた深夜子の頭上に、鉄棍の降り下ろし攻撃が迫る。
「くうっ」
それでも持ち前の反射神経で、身体をひねってギリギリでかわす。
鉄棍は空を切って床に叩きつけられた。
――にも関わらず不知火はニヤリと口元を歪めている。
そう、鉄棍術の本領はここからである。
空振った鉄棍が床に当たった反動を使って軌道を変える。初撃をしのいで油断したところに、追撃が入るまでがワンセットだ。
床を打った力を利用して、生き物のように鉄棍をうねらせる。加速した尖端を、深夜子の胴体に向けて突き放つ!
「キャハッ! くらえ…………えええっ?」
その時。不知火の目に映ったのはしゃがんだ状態から、左右に身をかわそうとしている二人の深夜子!
「はあああああっ!?」
さすがの不知火も驚愕で手元が狂う。
それでも勢いで左側の深夜子へと鉄棍を突き入れた瞬間。――そこには何もいない。
まるで、元々そちら側にしかいなかったかの如く、右側へと回避を完了し、さも涼しげな顔をしている深夜子がいた。
「ちょっと、ちょっと、今の手品さすがにヤバくなぁ~い? 分身系女子とかチョ~キモいんですけどぉ」
「寝待流体術――『影法師』。……そっちも今どき『縮地法』とかスーパーレア」
どうやら、自分が思っていた以上に厄介な相手らしい。深夜子と不知火、お互いに同様の再評価を行う。
「……ねえ、姐御のアレを完全にかわした奴、初めて見たんだけど……」
「あたし、何やってるかほとんどわかんなかった。アイツ……マジやばくね?」
どっちもどっち、観戦している組員たちは人間離れした技の応酬に呆然となっていた。




