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#48 蛇内万里

今回の前半~中盤までシリアス、アクションパートです。

※苦手な方はご注意下さい。

 こちらは現在、朝日がピンチを迎えている自販機コーナー。

 

 茶髪と黒髪、不届きな二人の警護官。

 これから美少年(あさひ)が怪我をしていないか、その身体をじっくりと調べるお楽しみ(・・・・)直前。背後から待ったの声がかかった。


「「あ゛あ゛ん!」」


 警護官たちは邪魔すんじゃねーよ! と言わんばかりにガラの悪い声を出して後ろを振り向く。

 ところがそこには、彼女らを二回りは上回るであろう巨躯の女性が立っていた。

 スーツと言うより将校服に近い柄のジャケットとズボン。その服装を豊満な胸部だけでなく、腕と脚の筋肉がよりタイトに見せている。

 爬虫類のような瞳をした凛々しい女傑。民間男性警護会社タクティクスリーダー蛇内(へびうち)万里(ばんり)である。


「「んなっ!?」」

 その威容(いよう)に、思わず怯んでしまう二人。

「いや、オタクら何やってんのかなぁ~? と思ってさぁ」

 含みありげに万里は片目をつむり、(はす)に構えてニヤリと口元を歪める。

「そ、そりゃあ、お仕事に決まってんだろお。男性が道に迷ってた上に、可哀想にウチとぶつかっちまって倒れたのさあ」

 それでも中身がヤクザ者だけはある。平静を取り戻した茶髪がズケズケとのたまう。

「そうかい? あたいにゃ嫌がる男に、無理矢理イチャイチャしようとしてる風景に見えたんだけどさぁ~?」

「はっ、何を言ってんのかねえ? 男性を保護して怪我が無いか調べてるだけだろお?」

「そうそう、それにアンタ。彼の担当警護官じゃないんだろ? 言いがかりつけて無いで引っ込んでな――――っ!?」


 理屈をこねる二人の顔をかすめるように、万里の左腕が寺の釣り鐘を突く棒のごとき勢いで通過した。

 壁ドンならぬ壁ドゴンッ!!

 轟音が響く。新築の壁が(きし)み、つたい(・・・)にある自動販売機がぐらりと揺れる。


「「ひいいっ!?」」

「いやいや、はいそうですかぁ~ってワケにゃいかないじゃな~い」

「「―――――っ!!」」

 明らかにタダ者では無い。万里の威圧感に負け、二人は狼狽(うろた)えはじめる。

「ここは男性福祉が(うた)い文句の温泉だろぉ。オープン直後に男性トラブルとか出しちゃまずいと思うのさねぇ」

「おっ、おいっ、だから、ウチらは、そうでなく――――」

 しどろもどろになっている茶髪。それを見た万里はペロンと舌なめずりし、ずいっと笑顔を近づけ(ささや)いた。


「なあ、あたいも交ぜておくれよぉ」


「はっ!?」「へっ!?」


 交ぜてくれ。そのあまりにも想定外な言葉に、茶髪と黒髪は驚き顔を見合わせる。

 そして一秒……二秒。

 二人は安堵とも取れる嫌らしい笑みを万里に向けた。


「あっ、あれえ? もしかしてアンタもいっしょに楽しみたいわけえ?」

「そ、それならそうと早く言ってよ。もう」


 悲しいかな、警護官による男性への性犯罪も存在する。

 しかも、男性警護に関する法律を逆手に取る性質上立件されにくい。

 例えば、今まさに朝日が直面しているのも典型的なパターンだ。

 それに、海土路(みどろ)(あるじ)のような女性を見下す強気なタイプは少数派。むしろ朝日よりもおとなしく、何より女性を恐れる男性が過半数だ。

 状況証拠(・・・・)が不十分で泣き寝入りも珍しくない。


 ここで警護官たちの名誉の為に断言しておくが、そんな行為に及ぶ不逞(ふてい)(やから)など極々一部である。

 ただし朝日の場合、女の理性を飛ばしてしまう美貌も災いしたと言えよう。


「んでぇ、オタクらこれから診察(・・)ってことぉ?」


 万里の一言。これは隠語である。

 警護官による男性への性犯罪内容ぶっちぎりナンバーワン。怪我、病気、健康の確認を理由に男性の身体を触りまくる痴女行為。

 それを『診察』と犯罪に及ぶ者たちは呼んでいるのだ。


「そうそう、診察(・・)。この可愛い子の、ねえ」

「それに早く診察(・・)してあげなきゃ。もたもたしてるとプロパー(担当警護官の隠語)が来ちゃうもんね」

「いやぁ~嬉しいねぇ。その一言(・・・・)が聞きたかったよぉ」

「あはは、そうかい? あんたも好きだねえ」


 一連のやり取りに安心した二人は万里を仲間だと認識する。

 自動販売機コーナーの袋小路に、自身らを壁代わりに閉じ込めていた、哀れで可愛い獲物を自慢気に万里の前に披露した。


 ――と同時。茶髪と黒髪、二人の肩にどしりと万里の太く重い腕がのし掛かる。

 そして……。

「あれ? あれあれあれあっれぇ~? こりゃあ、五月雨の(・・・・)お嬢様んトコの神崎朝日さんじゃな~い。お久しぶりだねぇ。あっはっはっは!」

 やたらと嬉しそうに、やたらとわざとらしくセリフが放たれた。


「「なああああああっ!?」」


 驚愕。絶句して固まる不届き者二人。

 一方の朝日は、突然の出来事にきょとんとして万里を見上げる。


「えっ? ……あれっ? ……た、確か(あるじ)君とこの――――えと、蛇内……万里……さん?」

「ん~、覚えてくれてるたぁ光栄だねぇ。そう万里さ。あたいのことは万里と呼んでくれるかい? び、じ、ん、さ、ん」


 ちゃっかり下の名前呼びをリクエストする万里。こんな時でもマイペースは崩さない。


「はっ? えっ!? さっ、ささささ五月雨えっ!?」

「そんな、まさか、こ、この子……あ、あの五月雨の……」

「なぁ美人さん。お嬢様からも教わってるだろぉ? こういう時、ねぇ、ほらぁ、あたいの名前を呼んで、あと一言(・・・・)


 万里が朝日に何やら促したその言葉は正に効果覿面(てきめん)だった。

 茶髪も黒髪も一気に青ざめる。


「おいおいおい! ちょっ、ちょっと待ってよお。ア、アンタさっき自分も交ぜろって? いや、診察するって言ったよねえ?」

「はぁ~? 何言ってんのさぁ。あたいが聞いたのはオタクらが(・・・・・)診察するのか(・・・・・・)。だよねぇ?」

 すでに状況証拠は確定済みだ。

「なあっ!? まさか? て、てめえ! くっ、くそっ、離せえ!」

 気づいた時にはすでに遅し、万里の腕からかかる圧力にその場を離れることも許されない。

「でぇ~ほらぁ~、美人さぁ~ん」

 万里は甘ったるい声を流し目に乗せて、朝日に催促をする。

「あ……あっ!? え、えーと」

「ちょっと待って! キミ! ごめん。ごめんね、なんか勘違いさせちゃったかもだけど。何もしないし、道に迷ったと――」

 焦る黒髪が、苦しまぎれの言い訳をはじめたところで――。

「万里さん……たすけて(・・・・)

 朝日の”一言”は発せられた。


「あっ~はっははは! そうそう。えらいねぇ~美人さん。よくできましたぁ。オタクら、これで対暴女法第二条が適用じゃな~い?」


『対暴女法第二条(一部抜粋)』

 特定男性警護業に従事する者は、暴女と認められる相手から男性が救助を求めている場合。自らの判断で暴女を逮捕することができる。


「ふっ、ふざけるなっ。ウチらまだ何もしてねえだろ! 誤認逮捕になんぞコラあっ!」

「そうだよアンタ。知り合いなら自分が送ってあげりゃいいだけでしょ?」

 例え未遂であろうと男性警察に突き出されるのは、本業が本業(やくざ)なだけに非常にまずい二人。

 威嚇に弁解、果ては恫喝、あれこれと(わめ)きたてる。

 しかし万里にはどこ吹く風。ぐいと二人の頭を抱き寄せる。

「安心しなよぉ~。男性警察の厄介になるこたあないさぁ。なんせオタクら……今からあたいに、ぶっつぶされるんだからねぇえ~~~~~っ!!」

 豹変。獲物を狙う大蛇の如く凶悪な表情に変化する。 


「はあっ!?」「て、てめえっ!?」

「はっ、第二条補足って奴じゃない!」


『対暴女法第二条(補足)』

 状況によっては武力を行使して排除することも許される!


「クソがあっ、えげつない理屈こねやがってえ! ヤクザかこの野郎!」

「いや、ヤクザはあたしらだろ?」


 完全に逃げ道は無くなった。

 それを直感したのか、ヤクザ者の経験か、二人は即座に戦うことを選択した。

「「おらあっ!!」」

 肩に手を回されている体勢を逆利用して、万里のわき腹へと肘打ちを試みる。呼吸を合わせ、茶髪と黒髪の肘が同時に放たれた。

 ――鈍い音を立て、万里の両わき腹に直撃!

 ところが、二人の肘に返ったのは頑丈な大木の(みき)を打ち据えた感触。

「ぐあっ?」「つうっ?」

 反対に肘が痺れる始末だ。

 ――その刹那。

「があっ!?」

 黒髪の視界が突如として塞がれる。万里の右手が黒髪の顔をがっちりとつかみ込んでいた。


 一方の茶髪は肩に回された万里の腕が外され、顔を掴みにかかる一瞬の隙を突いて離脱する。

「おっと、今のをかわすたぁなかなか素早いねぇ」

 その動きに感心しながらも万里の視線は、離せと叫びジタバタする黒髪に向かう。

「ま、あとのお楽しみだねぇ。とりあえずはオタクからぁ!!」

 その頭はまるでハンドボール扱い。投球モーションを思わせる動きで、万里は右腕に力を込め振りかぶった。

「はっはぁっ!!」

 掴んだ頭ごと全体重を乗せ、万里の右手が自動販売機へと叩きつけられる。

 それなりの体重であろう体格の黒髪だが、空気人形のようにその身体は軽々と宙を舞った!


「ひぎゃぶうっ!!」


 プラスチックが砕ける音。鈍い金属音。気の毒なうめき声。全てが同時に響き渡る。

 バラバラと床に飛び散るプラスチック片に見本缶、ペットボトル、金属の部品。

 自動販売機には、肩まで突き刺さった黒髪の身体が力なくだらんとぶらさがっていた。


「あっはぁ~ん。たまんないねぇ……この感触」


 快感に酔いしれ、ペロンと舌なめずり。

 そして、万里の爬虫類を思わす眼球がギョロリと動く。

 その視線は、たった今腰のベルトから特殊警棒を取り出し、構えをとっている次の獲物へと向けられた。


「――クソおっ! このバケモんがああ!!」


 特殊警棒(エモノ)を構えて、茶髪は威嚇の声を上げる。

 ……そうは言ってみたものの、万里が自分より各上なのは明らかだ。

 正直、尻尾を巻いて逃げたいところだが、彼女の上司(・・)はそれを許さないだろう。ヤクザ者としての意地もある。

 茶髪は間合いを取りながら、一矢報いるための手を必死に考える。


「あっれぇ~? 特殊警棒(エモノ)を出したのにオタクからこないわけぇ?」

「ちっ、舐めやがって――」


 安い挑発だが、茶髪はあえて(・・・)それにのる。

 舐められている内がチャンス。そう判断したのだ。

 右手に持った特殊警棒を振りかぶりながら、巧みに半身を(ひね)って、それの出所を隠す。

 そして、いざ振り下ろすぞと見せかけてからの、左肩によるタックル!

 武器の存在を活用したフェイントだ。

 しかし、万里にあっさりと反応される。即座にバックステップで間合いを確保。

 本来はタックルの死角から振りだされる特殊警棒だが、これでは丸見え。軽く逸らされて、奇襲は空振りに終わる。

 

「ふぅ~ん。オタク、思ったよりやるじゃな~い」

 先の攻撃に感心しながらも表情はニヤケている。所詮は少しイキのいい獲物に過ぎないと言うことか。 

「ちいいっ、ふざけんなぁ!!」

 今度は一転。

 特殊警棒のリーチを活かして、踏み込みながら万里の頭を徹底的に狙う。

 傍目(はため)には、怒りにまかせて乱暴に警棒を振り回し、万里はそれを楽しむように捌いている。――ように(・・・)見えているはすだ。

 茶髪には狙いがあった。

 ただひたすらに、右横から、左横から、万里の頭を狙う。右、左、右、左、横のみ(・・・)の攻撃を単調に繰り返す。

「あれぇ~、もうヤケクソかい? つまんないねぇ~」

 かわしながら万里がぼやいた。


 茶髪は内心でニヤリと笑う。ハマった、油断した、と。

 人間の目というのは左右の動きには強いが、上下には滅法弱い。

 視野角、眼球の動き、身体の構造上そうなっているのだ。


 すぐに狙っていたタイミングが訪れる。


 充分に左右の動きに慣れさせたところで、今日一番高め(・・)に特殊警棒の攻撃を繰り出す。

 それを万里が軽くしゃがんでかわした。

 ――ここだ!!

 狙いすました茶髪の蹴りあげが、万里の顎を真下から襲う。

 ガツンッ!!

 鈍い打撃音といっしょに万里の頭が後ろに弾ける。

 蹴り応え充分。意識を刈り取ったであろう改心の一撃だ!


「っ! ……あっはぁ~ん。今のはいい蹴りだったねぇ。ちょっと感じちゃったよぉ」


 なのに! ありえない!

 茶髪は混乱する。たった今、渾身の蹴りあげが決まったはずだった。

 だが、結果は、万里に抱きしめられている(・・・・・・・・・)自分がいた。


 ――蹴りが入ったその瞬間。

 万里は意識を刈り取られるどころか、お構いなしに間合いを詰めて羽交い締めに持っていったのだ。

 茶髪はその耐久力(タフネス)、いや、実力差を完全に理解して絶望する。


「は、離せえ! くそっ、どうする気だよお?」

「……そうだねぇ。オタク、アナコンダって蛇を知ってるかい? 大型の奴になると獲物を締め付ける力は500キロを遥かに超えるってねぇ。いやぁ~あたいもさぁ、ちょっと自信あるんだよねぇ……し、め、つ、け」

「っ!? ひいいいいいいいいっ!」


 本当の絶望はここからであった。


◇◆◇


「あ、あの……万里さん。あの人たち放置して良かったんですか……?」

「ん? あぁ、気にしない気にしない。うちの社長(ボス)お掃除(・・・)は頼んだからさぁ」


 ただいま万里が朝日に付き添って移動中だ。

 もちろん、目的地は五月が待っているであろうロビーである。

 例の不届き者二人は、社長(ボス)である海土路(みどろ)造船代表取締役『海土路(みどろ)竜海(たつみ)』に万里が片付けを依頼した。

 この物件へ出資絡みで、何か理由もあるようだ。しかし、竜海と電話でしている会話を朝日が横で聞いても、内容はさっぱりだった。


「それにしても、あの二人も運が良かった(・・・・・・)ねぇ。あたいじゃなくてオチビちゃんか、もう一人のお嬢ちゃんに見つかってたら殺されてたんじゃな~い?」

「えっ? あっ、あー……、あはは……」

 もし、あの場に駆けつけたのが、梅か深夜子だったならばどうだろう?

 ……先ほど以上の惨劇が容易に想像できる。ちなみに五月だった場合は、社会的に抹殺されたと思われる。


 時間にして数分。話途中で本来の待ち合わせロビーへと到着。

 しかし、深夜子、五月、梅の姿は見あたらない。


「んー、やっぱみんな僕を探して――あっ!? そうだ……忘れてた……」


 朝日がポケットからスマホを取り出す。突然のピンチにその存在を忘れていた。

 画面を確認すると、三人からの着信履歴が表示されている。着信回数は二桁。朝日は苦笑いだ。


「うう……やっぱり……でも、連絡しないと……五月さん怒ってるかなぁ――――?」

 そっと、万里の手が朝日の頭に乗せられた。

「なんだぁい? そんなこと気にするなんて本当に変わってるねぇ。うちらの坊ちゃんなら、ここは逆に怒りの電話をするところだよぉ。それにあのマジメなお嬢様のこった。どうせすぐにすっ飛んでくると思うけどねぇ。あっははは」

「そうですか……うん……じゃあ……」

 スマホに手をかけながら気に病む朝日の頭を、万里が優しく撫でる。


 ――連絡して間もなく。


「うわああああさひさまああああああっ! ごっ、ごごごごごごぶじでええええええ!?」

 五月がすぐにすっ飛んで来ました。

「さっ、五月さん。その、ごめんなさい。ちょっと道に迷って――――うわぷっ」

 その勢いのまま抱きつかれ、朝日の顔は問答無用で五月のやわらかな胸に埋められる。

「朝日様っ! 大丈夫ですの!? 何がっ! 一体っ! お怪我はっ!? 体調はっ!?」 

「あはは……」

 抱きしめながら、ぽんぽんハタハタと朝日の体中を触れまわる。撫でまわる。

 決して診察(・・)ではありませんよ。


「この五月雨五月、一生の不覚ですわ。このような場所で朝日様を一人にして不安にさせるなど……五月は、五月は――――って、万里さんんんっ!?」

 とにかくせわしない。

 今さらになって万里の存在に気づいた五月。驚きつつも顔を見合わせる。

「こりゃ~ご無沙汰だねぇ、お嬢様。ところで……どんだけ焦ってんやがんのさぁ」

「これは? ……まさかっ!? 万里さん、貴女がっ」

 朝日を連れまわした。と言わんばかりの勢いである。

「ちょっと待って五月さん! ち、違いますよ。万里さんは僕を助けてくれたんです」

「えっ!? と……言いますと?」


 五月たちの間を割って、朝日が説明をする。危機一髪のところを助けてもらったのだ、と。

 ――ところが、さらに万里が割り込みをかけてきた。


「そうそう。そうなんだよぉ、お嬢様。実は変な連中に絡まれてた美人さんを、たまたま見かけてさぁ――」

「「えっ!?」」

 しれっと朝日の肩に手を回した万里が、五月の元からぐいっと抱き寄せる。

「助けたお礼にって言いくるめてぇ。ちょうどこれからあたいの部屋に連れこんで、お楽しみ(・・・・)の予定だったのにさぁ~。美人さんたら、お嬢様へ電話なんかしちまうから参ったじゃな~い。あっははははは」

 いや、残念。

 朝日を抱きよせ、そんな空気で万里はカラカラと笑いながら、ベロンと舌を出して五月におどけて見せた。

「なっなななななっ、ばっ、万里さんっ!? 貴女と……貴女という人はああああああああっ!?」

「ちょっ!? ふ、二人ともーーっ!?」


 ――怒りの五月とご機嫌な万里による、実戦組み手(らしきもの)が開始されること五分間。


「はぁっ、はぁっ、くっ……本当に貴女は……何を考えてますのっ!」

「あっはははは! いやいやいや、相変わらずお嬢様の反応は最高だねぇ~」

「五月さん。本当に違うから! 万里さんも、五月さんをからかわないで――――」


『うおおおおおおおおおっ!! 朝日君いたあああああああ!!』

『くぉらあっデカ蛇女。なんでてめえがここにいやがるううう!!』


 そこへ、それぞれ別の階を捜索していた深夜子と梅が絶叫しながら戻って来た。

 正面通路のはるか奥から突っ走ってくる。


「ありゃあ。こりゃそろそろあたいにゃ分が悪いねぇ。小悪人はさっさと退場させて貰おうじゃない」

 ピシャリと額をうっておどける万里。そのまま(きびす)を返そうとしたところで、五月が声を掛けた。

「はぁ……万里さん。暴力沙汰の事件ばかりで、野蛮で、粗野で、どうしようもない貴女でしたけど……男性に対してだけは誠実でしたものね。忘れてましたわ……」

 腕を組みつつ右手で眼鏡のフレームをカチャリと鳴らし、顔を伏せた五月がもごもごと続ける。

「その……朝日様の件。ご協力……感謝……しますわ」

「ぷっ、お嬢様。女のツンデレってのはあんまりいただけないねぇ」

「はあっ!? いやっ、それをおっしゃるなら貴女も似たようなものですわよねっ!? 朝日様を助けたなら助けたで、変な照れ隠しをしないで欲しいものですわっ!」

「照れっ!? なぁっ!? あ、あたいは、たまたま暇つぶしの運動をしたくなっただけさぁね!」


「「…………」」


「「……ふんっ!」」


 五月と万里が背を向けあったところで、深夜子と梅が到着。

 あれこれと騒ぎたてはじめる。「やんのかオラ? くんのかコラ?」とやたらオラつく梅に、「ふしゃあああああっ! かふうううううっ!」とナワバリを主張する獣と化した深夜子。

 無駄に興奮する二人を、朝日が宥めてなんとか場を収めるのであった。


「万里さん。今日は助けて貰って、本当にありがとうございました」

 朝日は感謝の言葉を口にしながら、万里と目を合わせその手をきゅっと握る。

「んっ……ま、まぁ、それじゃあ、男性警護会社タクティクスを今後ともごひいきに。ねぇ、美人さん」

 そう言って万里はさらりと朝日から離れ、(うやうや)しく一礼をする。

 結局、報酬を要求することもなく。飄々(ひょうひょう)とした態度のまま去って行った。



 ――さて、程なくして、タクティクスメンバーの宿泊部屋に戻って来た月美が、部屋の扉をがらりとあける。


「ふう、主様は夕飯まで部屋で休むからって、姉者たちと交代したで――――うえっ!? ば、万里(ねえ)、鼻にティッシュなんて詰めてどうしたのですよ? 鼻血? 顔も赤いし。こんな時間から温泉で長湯とかしてたのですよ?」

「うるさいっ、ほっときなぁ!」

「もう……変な万里(ねえ)ですよ……?」


 蛇内万里、二十六歳。結構やせ我慢をしちゃうタイプである。

深夜子「で、梅ちゃん。対暴女法第六条は?」

梅「えーと……。男性の貞操を奪い、その純潔を傷つけた罪は特に重い。だっけか?」

五月「な、わ、け、ありませんわよねっ!? それ法律の体を成してませんから!」

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