#43 笠霧寧々音
「おい、笠霧? 大丈夫か――」
『きょうもかけっこは、ねねねちゃんがいちばんだ――』
「ダメっスね。これ完全に伸びてるっス――」
『ねねねはけんかもつよいもんね。なんでもいちばんだね――』
混濁する意識の中で寧々音の耳に響くのは、現実なのか過去の記憶なのか曖昧な言葉。
――ああ、そうだ。過去の記憶だ。
その瞬間。眼前に広がるのは子供の頃よく遊んでいた公園。
五歳か六歳か……当時の友達が、別の子供たちと揉めている光景であった。
あの日。
寧々音が友達と公園で遊んでいると、一人の男児がやってきた。
二次性徴前とは言え、この世界の女児たちは初めて見る男児の登場にハイテンションだ。
『ねえねえ、きみおとこのこ? かーわいー!』
『どこからきたの? やっぱりちかくのだんち(男地)?』
『ねーあそぼうよ。あたしとよるのふーふせいかつごっこしよ!』
実にアグレッシブな女児たちである。
ところが、それを見ていた年上女児グループが乱入。
男児と遊ぶ権利を取り合って小競り合いが発生した。
この年齢から”女”の熾烈な競争はすでに始まっているのだ!
形勢不利だった友達を助けるべく。何より”男の子”のために、寧々音は単身で年上女児グループの前に立ち塞がる。
持ち前の才能を発揮して年齢差、人数差すら関係なしに、一人また一人と叩きのめしては公園から追い出した。
あっという間に年上女児グループは壊滅。
友達から喝采を浴びながら、寧々音は興奮気味に爛々と輝く濃紅の瞳を、男の子へ向けて手を伸ばす。
『もうだいじょうぶだよ! わるいやつはねねねがやっつけたから! さ、あそぼ』
『え、え? なにそのめ? あかい……ひかってる……かみのけも、へん……ふ、ふえーーん! おばけこわいよー! ママっ! ママーーーーーっ!!』
『ふえっ?』
目が赤くて怖い? 髪の色? ……お化け?
男の子が泣きながら親の元へと走り去って行くのを、ただ見送るしかできなかった。
以来、寧々音はより『一番である』ことに固執するようになる。
身体的特徴など些細なこと、関係ない。誰もがそう思える位に一番を目指した。
義務教育が終わってすぐにMapsを目指し、M校にも首席合格。もちろん、入学後も全科目オールトップ。
非常に珍しい、民間男性警護会社の男性警護実習受け入れの第一号にも選ばれた。
――九月某日の実習当日。
あの時の記憶は忘れていた。つもりだった……。
『おい、月美! アイツは一体どうなってるんだ? さっきから一歩も進めやしないぞ。だいたい、なんでボクがこんなメにあわなきゃならないんだよ!』
『主様、仕方ないのですよー。夏の件の絡みで、男性保護省から社長に依頼があったのですよ』
『まあねぇ……六宝堂のバアさんからプレッシャーかけられちゃあ、いくら社長と言えど断れやしないからねぇ~。今日は我慢さね。坊ちゃ~ん』
『こら、暑苦しい胸を押し付けるな万里! そんなことはわかってるよっ……ママにも言われているしさ。それよりも、アイツだよ。アイツ!』
『ふむ……わしらとの模擬訓練の時は、全然優秀じゃったのにのう』
花美が振り向くと十数メートル離れた後方で、おどおど着いてくる寧々音の姿があった。
それを見た主が、痺れを切らしたらしく小走りで近づいて行く。
『おいオマエ! さっさとこっちへ来いよ! M校で成績一番じゃ無かったのかよ?』
『ひゃい! すっ、しゅみません。しゅみましぇん』
『だ、か、ら! ボクの顔を見て話をしろよ』
『ひいっ!? み、見なゃいで、見にゃ――ふうっ』
『気絶した? もうコイツ何がどうなってんだよーーっ!』
――幼少時の心的外傷。そして、弥生が朝日に特別訓練を頼むきっかけになった一件である。
◇◆◇
しばらくして、気絶から回復した寧々音。とっさに起き上がり、自分の状況を把握する。
嫌な記憶を思い出してしまった。根深く残っていた男性への苦手意識。
だが、それから何もしていなかった訳ではない。自分なりに克服する努力はしてきた。
冷静さを取り戻した寧々音は、スッと白金の髪をかきあげて腰に手をあてる。
「ふっ――とて――――男――ね。私と――――が――驚い――しまっ――ど。そ――――特別――練――そう―――ね。矢――官も――悪いわ」
「んな遠くでしゃべっても聞こえねぇつーの!!」
「訓練場の端っこでカッコつけて無いで、こっち戻って来るっスよーー!」
一定距離さえ離れていれば、男性がいても普通に会話できるまでには進歩していた。
ただ、距離的にまったく意味が無いのが残念である。
「はは……なんだか、思ったより大変そうだね。あの子」
寧々音と梅たちのやり取りに笑うしかない朝日。矢地も困り顔で顎に手をあてる。
「ふむ、これは参ったな。どうしたものか……」
「おい矢地。俺に考えがあるから耳貸せよ」
思案に暮れる矢地に、梅が耳打ちをする。
(む!? しかしそれは――)
(ババアもショック療法でいいっつってただろ? ちんたらやってたら埒があかねえぞ)
(うむ……そうだな、仕方あるまい。それで行くか)
(よっし、朝日。ちょっといいか?)
(うん。梅ちゃんどしたの)
(いや、それがよ……)
今度は朝日にも何やら耳打ちをはじめた……。
梅たちの相談終了後。
まずは朝日が一人で少し離れた所へ移動する。
寧々音の周りには梅たちが集まり、改めて矢地から特別訓練の趣旨説明が行われていた。
「大和先輩……私に目隠しをさせてどうするつもッ!? ――もしかしてっ」
「そうだよ。見えてなきゃ朝日に近づいて行けんじゃねえか?」
「ちょっと待って! あんな素敵な男のしとに……近じゅいたら……私」
「こら、まだ近づいてねーっての!」
訓練内容の説明で、寧々音は朝日を完全に男と認識した。
しかも、以前見た美形と評判の海土路造船の御曹司すら遥かに超越する美少年。もはやナイトメアモード以外の何物でもない。
「笠霧。経緯は説明した通り、これは特別訓練だ。失敗を気に病む必要はない。結果はどうあれ非公式であるし、何よりお前の未来を思って閣下からのお心遣いだ。思い切ってやってみろ」
「はい……やって……みます」
「うっし、じゃあ俺が手を取って誘導するぜ」
「わ、わかった……わ」
目隠しで視界が塞がれた寧々音の両手を、柔らかくて暖かい手がきゅっと握ってくる。
あれ? この感触は?
「え? 大和先輩。思ったより手のサイズが大きいわね? それに何か……」
「あっ、あああ、お、俺よ。身体の割りに手が大きいって良く言われんだ」
そうなのか。と考える間もなく両手がぐっと引っ張られた。
仕方なく、引かれるままに歩き始める。
進むこと十数メートル。
「うっし、笠霧。もう目隠し取っていいぞ」
ついに朝日の前に到着したらしい。
恐ろしいまでの緊張感が寧々音を襲う!
……それにしても、大和先輩はどうして自分の片手を離さず握ったままなのだろうか?
しかも現役Mapsのくせに、やたら柔らかでふわふわな感触の手だ。
どうにも気になるが、今はそれどころではない。
「う、ううう――」
目隠しを握る手が震える。
しかし、これは男性への苦手意識を克服する為の特別訓練だ――意を決して目隠しを取り外す。
「えいっ! …………え!? や、大和……先輩?」
目の前にいたのは、小柄で赤茶色のショートヘア猫娘こと梅であった。
……と、言うことは?
「ふえええっ!? まままままままさ……か?」
寧々音はぎこちなく首を曲げ、視線を誰かに握られている左手に伸ばす。
そのままプルプルと震えながら、握っている手を辿って相手の顔を見上げる。
「笠霧さん。驚かせてゴメンね」
それはまぎれもなく朝日であった。ヒュー。
――お察しの通り。
目隠しをさせた寧々音と梅たちが会話をしている間に、朝日がこっそり移動して誘導役を代わる。
梅のアイデア『実は手を引いてたのは朝日でしたショック療法』である。まさにパワーレベリング。
「あああああ、おっ、おとっ、男のしとと、てててて手をににににぎにぎり――」
「あっ、えと、大丈夫。落ち着――」
「やっ!? みっ、見にゃいで、私ダメ――なのっ! ゆ、ゆりゅして……やあああああああっ!!」
絶叫と共に、握られている手を弾くように手放し。
勢いあまった寧々音は、床に倒れて転がってしまう。
「わっ、大丈――――あれ?」
朝日が手をさしのべようとするも、寧々音は寝転がった体勢のまま、ゴロゴロと回転してその場を離脱して行った……。
「ハァ……ハァ……」
転がり終わって動きが停止してから少しの間。
寧々音は床に突っ伏し、肩で息をしていたが、落ち着いたのかパンパンとジャージの誇りをはたきながら立ち上がる。
「ふう……ま、まずまずだったかしら?」
「全然まずまずじゃねーよっ!?」
「目測で九メートル。これが限界距離みたいっスね」
梅のツッコミに、餡子が冷静な分析を返す。
寧々音は強がっているものの、足腰がおぼついていない。産まれたての子鹿状態だ。
「くっ……や、大和先輩!」
それでも、思うことがあるらしく。ビシッと梅を指差した。
「あん、なんだよ。よくも騙したな、とでも言うつもりかよ? お前の訓練だ――」
「男の人に女の手を握らせるとか、何を考えているの!?」
「はあっ!?」
「かっ、かっ、神崎さんが、お婿に行けなくなったらどうするつもり!?」
「はああああっ!?」
寧々音は顔を真っ赤にして、もじもじとしながら話を続ける。
「そんなの、も、もう……私、私。責任を取って神崎さんと結婚するしか――」
「ちょっと待てえええええ! どんな思考してやがんだよっ!?」
「だって……男と女が……手を……繋ぐなんて……ひゃん」
何やら恥ずかしさに耐えられなくなったらしく、両手で顔を覆い。寧々音はその場に座り込んでしまった。
「おい、矢地……もしかしてこいつ?」
「ふむ……閣下の言っていた箱入り娘。本当の意味だったか」
「ここまで行くとむしろ面白いっスね」
梅の想像通り。
寧々音は男性への性的知識がやたら乏しかった。もちろん、原因はトラウマに起因する。
この世界の女性が思春期ともなれば、男性への性的興味は尋常ではない。
それはもう貪るように知識も求める。医学書すらエロ本扱いだ。医学書に謝るべきである。
ところが、寧々音はトラウマが原因で性的知識に興味はあれど、求めることができなかった。
つまりは男性に対する苦手意識に加え、稚拙な性的知識と言う二重苦持ちなのだ。
ここで悲劇と言うか、仕方ないと言うべきか。
矢地たちは目に見えるそれを問題の原因と捉える。
無論、本質であるトラウマは、寧々音が語らない限り認識することができない。
――よって以降に行われた特別訓練の内容は。
◇◆◇
「ふおおおおおおおっ!? あ、朝日さん、指っ、絡めてっ、ちょっ!? あっ、姐さん? さっきは手を握るだけって言って――むひょおおおおおおっス!!」
「おら、餡子! 一分は持たせろよ。手本になんねーだろうが!」
早速、朝日から恋人繋ぎの洗礼を受けている餡子を一番手に『美少年とのスキンシップお手本見学会』が絶賛開催中。
恥ずかしがる十四歳乙女に色々と見せつける。日本の紳士諸兄の一部からは、高い評価を得られそうなシチュエーションだ。
「あっ、あああ、あんなに! おっ、男の人と女の指がっ、濃密に求めあって、絡みあっ――いやあああっ、えっちいいいいいい!」
とか言いながら、ついつい凝視してしまう十四歳思春期真っ盛り。
――続いては。
「おい、矢地。今度は協力して貰うぜ。人目もねえから問題ねえだろ」
「少しやり過ぎな気もするが……仕方あるまい。まあ、既婚者である私の方が神崎君も相手として安心だろう。では笠霧、よく見ておくように」
まさに既婚者の風格を漂わす矢地。
それを感じた朝日は遠慮の必要なしと判断する。
手を繋ぐつもりでのばしてきた矢地の手をするりとかわし、その腕に絡みついてぎゅっと抱きついた。
恋人繋ぎの上を行く、ラブラブ恋人腕組みの披露である。
「ほら見ろ笠霧。矢地だって訓練だったらこのくらいすんだからよ。お前の感覚は――」
「かっ、かかかかかか神崎君? そんな積極的に? も、もしかして!? ダ、ダメ! 私には夫が……夫がいるのっ!!」
「てめえが折れてどうすんだああああああ!?」
開始数分で二人がグロッキー状態。早くも残るは朝日現役担当の梅のみ。
ここは、慎重にお手本を見せたいところだ。
「ねえ、梅ちゃん。さっきから気になってるんだけど、笠霧さんの問題ってさ。これで治るの?」
「ん? つか、これ以外に何があんだ? それに短時間で男慣れさせるにゃあ、ちっと過激に行くしかねえだろ」
「うーん、そっかなぁ……。――まあ、それで僕と梅ちゃんは何するの? あっ……ふふん。もしかしてキスとか? いつもみたいに」
朝日が小悪魔的笑みを梅へと向ける。寧々音にもチラッと視線を送るのが重要ポイント。
「きっ、きききききききしゅううう!?」
ぷしゅー、と音を立てて寧々音の乳白色の肌が、瞳と同じ紅色に染まる。
「いつも言うなああああああっ! おい、笠霧。冗談だからな? 嘘だからな? 本気にすんじゃ――」
「やっ、大和先輩の痴女ぉおおおおっ! あっ、あっ…………赤ちゃんができたらどうするつもりなのおおおおおお!?」
「できてたまるかあああああああ!!」
とまあ――終始こんな調子で、あれこれと試すも改善の気配は一向に見えない。
これは打つ手なしではないか? 矢地を筆頭に、梅、餡子ら三人にあきらめムードが漂う。
そんな中で、朝日だけは何か思案に暮れている。
「もう時間が無いな。ここまでか……」
腕時計を確認して矢地が呟く。
「あれだけやって縮んだ距離が二十センチっスか……これ、もう無理じゃないっスかね?」
「おいおい。いくら優秀でも、これじゃあ使いもんにならねーじゃねえか」
「――っ!?」
グサリ! 『使い物にならない』その一言が、寧々音の胸に突き刺さる。
フルフルと肩を震わせ、きゅっと下唇を噛み締める。
――薄々は気づいていた。
自分はMapsには適していない。いや、このトラウマを背負って男性警護など、夢のまた夢であることを。
では、過去のトラウマをキッカケに、今まで努力して来たことは? 全てが無意味!?
十四歳の少女には充分な絶望であった。
その濃紅の瞳から、つうっと一筋の涙が流れ落ちる。
「ひっ……ひぐっ、うえ……うえええええええ」
その場に崩れ落ちるように座り込んで、寧々音は号泣を始めた。
「ちょっと、姐さん。まずいっスよ、言い過ぎっスよ」
「なっ、俺かよ? いや、ちょっと待て餡子! おっ、お前だって、さっきもう無理とか言ってたじゃねえか」
バツが悪そうに擦りつけ合う二人。その前に矢地が進み出る。
「……笠霧。そんなに落ち込むな。今回は無理だったが、ダメと決まった訳ではない。さあ、今日はもうこれで終了にしよう」
「あっ、矢地さん。ちょっと待って下さい!」
矢地が訓練を終了しようとした時。先ほどから黙って寧々音を見つめ、何かを考えていた朝日が口を開いた。
「む? どうかしたのかな神崎君?」
「はい。ちょっと気になることがあるんです。だから、笠霧さんと話をさせてください」
朝日は元々、人の顔色を伺うタイプの性格である。
それゆえ、寧々音の細かい仕草や言動を観察し――そこに、深夜子とどこか重なる印象を感じていた。
男性に対する苦手意識。恥ずかしいとか、純情とか、そう言ったものでは無いと直感的に理解したのだ。
「おい、朝日。つってもあんなザマでどうするんだよ?」
「ううん。逆に今の方がいいと思うんだ。普通の時だったら、近づくのも大変そうだしね」
朝日は座り込んで号泣している寧々音の前で立ち止まり、高さを合わせてしゃがみ込む。
「ねえ、笠霧さん」
「うえっ? あ、あひっ!? か、かか神崎しゃん。らめ……らめなの、わらしは……あぐううう」
泣きじゃくりながらも朝日に気づく寧々音だが、ぐちゃぐちゃの感情が作用しているのか、最低限のコミュニケーションが取れている。
朝日は微笑んだまま沈黙し、寧々音と視線が合うのを待つ。
「ひっく、え……あにょ……?」
「聞いて、笠霧さん。……君はまだ十四歳なんでしょ? それでMapsの学校で一番って凄いことだと思うよ」
ゆっくり、優しく、語りかけるように言い聞かせる。
「それに何よりも、君の目の色と髪の色――」
そして、核心に触れる。
「ひっ!?」
朝日がそれを告げた瞬間! 寧々音の身体が、びくりと強く跳ねあがるように反応した。
ぼーっとした半目を限界まで見開いて、朝日を見つめる。
全身は小刻みに震え、涙と鼻水でくしゃくしゃの表情は、奈落の底でも見ているかの怯えようだ。
「――すごく綺麗で、すごく可愛いと思うよ!」
「…………………………………………えっ!?」
ピタリと震えが止まり、寧々音は呆然と朝日の顔を見つめ続ける。
そんな彼女の頭を朝日は優しくなでる。白金の細くさらりとした髪がとても心地よい。
「髪の毛もとっても綺麗。ふふふ、僕もこんな妹が欲しかったなぁ」
「そこは相変わらずだな、おい」
朝日お兄ちゃんモード健在!
「綺麗……私の目の色が、綺麗?」
「うん」
「綺麗……私の髪の色も、綺麗?」
「うん、そうだね」
寧々音の内で、甲高い金属音が響く。
何かをがんじがらめにしていた”トラウマと言う名の鎖”が砕け散る。
「か、かわ……い、私が可愛い?」
「うん。すごく可愛いと思うよ。妹みたい」
呪縛が解ける。翼でも生えたかのように寧々音の身体は軽くなる。
天に、そう! 天に向けて飛んで行ける。いや、今、寧々音は天に向かって飛んでいるのだ!
「妹……私が、神崎さんの……お兄様の……はうっ!? ――――コヒュッ!」
突如、寧々音が力なく崩れ落ちた。
「えっ!? ちょっ、ちょっと笠霧さん? か、顔が真っ青? 息してない? うっ、梅ちゃん! 餡子ちゃーん!」
朝日のヘルプ要請に、梅たちが急ぎ駆け寄る。
「おいおい、笠霧。息しろって、餡子じゃあるまいし……ん? ……あれ? ――――心臓止まってんじゃねえかあああああ!?」
「「「えええええ(っス)!?」」」
本当に天に向かっていた。
「なにいっ!? これはいかん! すぐに蘇生を行うぞ。梅、餅月、急げっ!」
「どんだけ手間かけんだよ! あー、気道確保して胸骨圧迫だったっけか?」
「AED! AED! っス!」
結果、朝日によるショック療法ならぬ、ショック死療法となった。
――『笠霧寧々音』十四歳。
これより二年と数ヶ月後――男性への苦手意識も克服し、彼女はM校史上最高成績を収めて卒業。見事SランクMapsとして配属されることになる。
そんな彼女が在学中、口癖のように語っていたのは『愛しのお兄様』の担当になる。であったと言う。
本当に『愛しのお兄様』の担当になれたのか? それはまた別の物語である。




