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#42 特別訓練

『国立男性保護特務警護官養成学校』


 この長くて読みづらい正式名のため。世間一般からは、Mapsを目指す学校として『(エム)校』の通称で親しまれている。

 毎年の合格定員は約百名。対して、受験者は十万人超え――男性警護関連の業種で、不動の一番人気を誇る公安職公務員養成の職業訓練校である。


 満十三歳から受験可能で、合格者の平均年齢は十七.八歳。

 歴代の最年少合格記録は、深夜子が打ち立てた十三歳五ヶ月。不動の最短記録と評されている。

 今回、男性保護省のトップ六宝堂(りくほうどう)弥生(やよい)から直々の特別訓練依頼があった『笠霧(かさぎり)寧々音(ねねね)』は、十三歳八ヶ月で合格。歴代二位となっていた。


 その話題の少女を迎えに行った矢地から梅に、先ほど連絡がはいっていた。

 現在、朝日を連れて餡子と合流し、指定された階層にエレベーターで移動中だ。


「んで、餡子。どんな段取りになってんだ?」

「えっと……場所は203の特別訓練室を使うようになってるっスね」

「餡子ちゃん、特別訓練室って?」

「特別訓練室は要人警護とか、機密性の高い依頼の事前訓練や打ち合わせに使う場所っス。今回は非公式訓練なんで、人目につかない為だと思うっスよ」


 目的の地下二階へと到着。廊下を進みながら、餡子が朝日に施設の紹介をしている。

 説明通りの場所らしく廊下側に窓は無い。

 入り口の扉も施錠されており、梅がセキュリティキーを使って解錠する。


「あー、矢地は例の生徒(ガキ)連れて、もう少しで到着するらしいからよ。先に控えの部屋で待ってろってさ」


 スマホに飛んできた矢地のメッセージを確認した梅が、訓練場の奥側にある控え室の扉を開けて手招きする。

 部屋の中は一部ガラス窓になっており、下がっているブラインドを上げれば、訓練場を見渡せるようになっていた。

 しばらく雑談をして待っていると、訓練室の扉が解錠される音が響く。

 その音につられるように三人は窓へと近づき、ブラインドの隙間から訓練場をのぞきこむ。


「ふーん。あれがババアが言ってたガキかよ。珍しい髪の色してやがんな?」

「ほんとだ……きれいだね。白? いや銀色? それに……目が赤い……」

「あれは多分アルビノっスね」

「えっ!? 霜降りとかエキスとかの?」

「朝日さん……それゲームのアイテムっス……てか、素材っス。クリチャーハンター好きなんっスね……」

「朝日。お前いっつも夜遅くまで深夜子とゲームやってるもんな」

「えへへ。面白いから、ついついね」

「ファッ!? 深夜子(みーちゃん)と朝日さんが!? くっ、みーちゃん自分にそんなことは一言も……くううう!」


 餡子の妬みはともかく――この国の人間は黒髪黒眼を中心に、茶髪赤髪など外見的特徴に多少バリエーションはあれど、基本的な容姿の特徴は日本人に近い。

 アルビノに関しては、珍しいと言う共通認識で間違っていない。


「それにしても……あの制服。なつかしいっスねぇ」

「そういや久々に見たな」


 M校の制服は、ネイビーとホワイトのチェック柄リボンがついた白地にブルーラインのブレザー。下はプリーツスカートだ。

 左胸には校章のワッペンもついており、意外にもお嬢様学校風デザインとなっている。


「へー、なんか警護官学校って感じがしなくてかわいい制服だね」

「でも、あれを見ると地獄の三年間を思い出して辛いっス……トラウマっス」

「そうか? まあ、頭使う授業は面倒だったけどよ。他はそーでもねえだろ?」

「その感覚絶対おかしいっス! 毎年、体力的な理由で脱落者が出まくりだったっス。(あね)さんとみーちゃんは例外っスよ!」


 そんな梅と深夜子は在学中『最も危険な二人組モーストデンジャラスコンビ』の異名で周りから恐れられていたりした。

 武勇伝も数知れず。

 十数名からなる三回生の武闘派グループを、たった二人で壊滅させたのは、今もM校で語り草になっている。

 ……そんなくだらない昔話を交えつつ、三人は訓練室の様子をうかがい続ける。


 少女と矢地を比較したところ、身長は160センチに少し届かない程度。

 細身だが十四歳にしては、しっかりと起伏のある身体つきだ。

 ショートウルフにカットしてある白金色の髪は、ライトに照らされ所々が輝いて見える。

 ルビーのような濃紅(こいくれない)色の瞳に、色素異常とは思えない健康的でツヤのある乳白色の肌。

 そして、顔の造形も非常に整っているのだが、常にぼーっとした半目をしており、しかも無表情なので色々ともったいない。

 朝日からすればジト目系美少女、と言ったところだった。


 余談だが、本来アルビノは色素不足から肌が紫外線などに弱く虚弱なイメージがあるが、この世界の屈強な女性にその理論は一切通用しない。

 ぶっちゃけ、髪と目の色が珍しいだけの存在である。


「おっ、ジャージに着替え始めたな……そろそろだぜ。朝日、帽子とマスク忘れるなよ」

「うん。了解」


 朝日は朝礼時と同じく、帽子を深めにかぶってマスクを装着する。

 梅と餡子は事前に着替えを済ませており、すでにジャージ姿だ。


「僕が男ってことは言わないんだよね」

「ああ、最初は男役(・・)ってことにするらしいからな」


 矢地の立案で、最初は朝日が男性であることを隠して接する流れになっていた。

 ある程度慣れたところで、男性だと知らせる――『ほら大丈夫だったでしょ? できるじゃない作戦』である。


「でも……これでダウンコート着るだけで大丈夫? バレないのかな?」 

「あまり喋らなけりゃ、そう簡単にバレやしねえよ。そもそも、男が訓練相手に出てくるとか思っちゃいねえだろうからな」

「えっ、そうなの?」

「朝日さん。普通の男性は、こんな訓練の相手とかは受けてくれないんスよ」


 いくらM校の生徒とは言っても、訓練で本物の男性を相手にする機会は多くはない。

 男性相手の訓練は、実際の男性警護をしている現役Mapsグループに生徒が数名同行する『現場実習』のみとなる。

 訓練のためだけに協力をしてくれる男性など、世界広しと言えど朝日くらいなのだ。


「よし、全員入って来てくれたまえ」


 部屋の扉がノックされて、矢地の声が聞こえる。


「うし、朝日。準備は大丈夫か?」

「うん」

「では、行くっス」


 少し緊張した面持ちで、朝日は梅と餡子の後ろについて訓練室へと入っていった。


◇◆◇


笠霧(かさぎり)寧々音(ねねね)よ。よろしく」

「なんだあ? やたら愛想のねえガキだな」


 矢地が朝日たち三人を簡単に紹介し、寧々音から自己紹介開始の直後。いきなり梅が割って入った。

 見た目通り、と言うべき無愛想な口調と態度が(かん)に触ったようだ。

 不満そうな梅の言葉に反応して、視線を向ける寧々音だが、表情に変化はない。

 ぼーっとした半目で朝日、餡子と三人を順番にながめると、無言のまま梅たちへと近づいてくる。


「あん? なんか文句でも――って、おい?」


 煽りに反応したと取った梅だったが、寧々音はその前を完全スルーで通り過ぎる。

 それから、餡子の前で立ちどまり、ジトっとした視線を向けた。


「え? 自分っスか? どうかしたっスか?」

「貴女が矢地教官のおっしゃられていたSランクの先輩? 今日は色々と教えて――」

「ちょーーっと待てえーーーっ!!」


 梅が叫び声を響かせながら、小走りで寧々音の前に回り込む。


「うるさいわね。何かしら?」

「何かしら? じゃねえっ! 俺だ! お、れ、が、Sランクの先輩だ! 見た目で判断してんじゃねえぞクソガキ!」

「Sランク……貴女が? 冗談」

「冗談じゃねえ! おらっ、これが目には入らねぇかってんだ!!」


 そう言って梅は、取り出したMaps身分証を見せつける。


「………………?」


 身分証を見た寧々音。本日、初めてその半目をくわっと見開いて驚きの表情をみせる。

 しかし、すぐに元の表情に戻るとため息をつく。


「ふぅ……それなら仕方ないわね。まあ、せっかくの機会だから勉強させて貰うわ……大和先輩。それと、私はクソガキではなく笠霧寧々音よ」

「ちっ、いちいち上から目線なヤローだな。笠霧っつったよな? お前十四歳の一回生(ヒヨコ)だろ。正真正銘のガキじゃねーか」

 ぴくり。その言葉に、わずかだが寧々音の目元がひくついた。

「はぁ……ガキ、ね。大和先輩……Mapsを目指す者に年齢は関係ないわ。それに――」


 寧々音の視線が、梅の慎ましやかな胸部へ向かう。

 そして、十四歳にしては充分と思える自分の膨らみに目をやってから、梅の顔へ視線を移すと目を伏せながら……。


「フッ」

「今どこ見て笑いやがったーーーっ!? てめえ、ぶっ殺されてえの――――ふぎゃ!」

「よし、自己紹介はそこまでだ」


 突撃寸前の梅の頭を、矢地の手がわしづかみにしてロックする。

 そのまま、あれこれと喚く梅を引きずって、訓練室の中央から離れていく。


「時間も限られている。予定通り、まずは単独警護訓練を始める! 襲撃側(アタック)餅月、警護側(ガード)笠霧でワンセットだ。警護対象の男性役は神崎さん(・・)にやって貰う」

「了解したわ」

「了解っス!」

「は、はい」


 単独警護訓練は、一対一の対戦形式だ。

 正面、背後、自由の三回ワンセットの攻撃を襲撃側主導で行う。

 警護対象に襲撃側が接触したらアウト、警護側は襲撃者を捕まえればセーフとなる。


「それから餅月、実戦形式でやってくれ」

「えっ、いいんスか? この子、一回生っスよ?」


 実戦形式は本来三回生から行う訓練方法で、対戦者同士に熱が入れば、怪我人続出の本気対戦(ガチンコ)になるのも珍しくない。

 それをM校一回生と現役Mapsが行えば、普通なら勝負にもならないであろう。


「私は問題無いわ」

 餡子に送られたジトっとした視線から、寧々音の自信と余裕が伝わってくる。

「なあっ!?」

「ぷっ、言うじゃねえか笠霧? おい餡子。手加減すんじゃねえぞ!」

「け、怪我しても、自分は知らないっスからね」



 ――十五分後。



「きゅううううう…………そ、そそそんな馬鹿な……っス」



 結果は寧々音の完勝。床に突っ伏して、餡子はがっくりと落ち込む。

 まがりなりにも現役Mapsである餡子。一般女性を基準にすれば、圧倒的に強い部類に入る。

 ところが、寧々音はその餡子から攻撃を一度も受けること無く、一方的に撃退したのである。


「ふうん……マジでやんじゃねえか」

「ほう、余力を残して完封とは想像以上に逸材だな。閣下が目を付けられるわけだ」


 しかも、餡子に怪我をさせないように手加減すらしていた。

 それに気づいた矢地と梅は感心の声を上げている。

 一回生としては、異様な強さと言えよう。


「はうう……か、噛ませっスか? 自分、噛ませ犬っスか?」


 哀れ傷心の餡子は、ここで朝日に泣きつき癒されたいところだが、今は男性であることを隠しているので不可能。

 うるうると主人に甘える犬のような視線を送るので精一杯。しょんぼりしながら待機位置へと戻る。


面白(おもしれ)え! おい矢地。俺にもやらせろよ」

「うむ。よし、餅月交代だ。そして笠霧! お望みのSランク相手だ。胸を借りるつもりでやってみるがいい」


 寧々音のジトっとした視線が梅に向かう。

 変化にとぼしい表情だが、どうやらやる気満々らしい。


「大和先輩……先に、少しいいかしら?」

「あん? なんだよ」

「Sランクである先輩の警護に対する見識も興味あるの。聞かせて貰える?」

「はあ? んなもん男を守るに決まってんだろ」

 シンプル・イズ・ベスト。


「「…………」」


「大和先輩、もしかしなくても脳筋(ばか)かしら?」

「失礼か、てめえ!? それ以外に何があんだよ?」

「…………はぁ、では大和先輩。警護対象男性のカテゴリをエグゼクティヴと仮定。警護環境はハイリスクで屋外商業区域。クライアントからローファイル警護を要求されていて、複数の脅威者によるアンブッシュの可能性がある場合にコンフリクトマネージネントはどう組み立てる?」


「「…………」」


「敵が襲ってきたら、片っ端からぶっ殺す!」

「矢地教官、脳筋(ばか)が限度を超えています」

「矢地に同意求めてんじゃねえーーっ!」

「そうだな」

「そこで同意するなあああああ!!」


 梅の回答に、絶句と言わんばかりの表情を見せた寧々音だったが、今はこれ以上ないくらい気の毒なものを見る目に変わっている。


「ぐぬぬぬぬぬ」


 事実は事実なので仕方のないところではあるが、梅にもこれまで朝日を守ってきたプライドがある。

 筋肉――いや、脳をフル回転させて、小生意気な後輩に威厳を見せつける手段を考える。


「…………よしっ、決めたぜ! 男を守んのは理屈じゃねえってのを、身体でわからせてやんぜ! へへっ……俺は左手だけで戦ってやんよ。それならお前でも少しは楽しめんだろ」

「っ!? なっ、一体何を……ふざけな――いえ、わかったわ。じゃあ、私が襲撃側(アタック)で。大和先輩……その言葉、後悔させてあげるわ!」


 梅の挑発にしっかり乗ってしまった寧々音であった。


◇◆◇


 梅VS寧々音。

 単独警護訓練が始まって、約二十分が経過。


「嘘よ……。そんな……ありえない。この私が……手も足も出なかった?」

「いや、ちょっと見くびっちまってたな。お前、一対一(タイマン)ならAランクの連中と変わんねえと思うぜ」


 結果、片手の梅に善戦できただけ(・・・・・)。寧々音はショックでがっくりと床に膝をつく。

 震える手を悔しさごと握りこんで拳をつくる。

 そして、そのジト目に力を込めて梅をにらみつける。


「ふっ、ふざけないで! ……警護対象の安全エリア確保と誘導。襲撃者への牽制、脅威度の策定も一切無し。そんな男性警護が許されるわけがないわ!」

「あん? つってもお前。俺から一度もアウト取れてねえだろ」

 そう、片手で完封されてしまった。

「くっ……それは……。警護任務の基本中の基本だから――と言いたいけど……。そうね、私の実力不足は理解したわ。……あっ、それにしても貴女(・・)

 ふいに寧々音のジト目が、朝日に向けられた。

「えっ!? ぼ、僕?」

「そうよ。矢地教官から警護訓練の臨場感を出すための男性役。と聞いてたけど……本当に凄いわね」

「そ、そうかな……は、ははは」

「ええ。本物の男性を警護をしてるって感じがして驚いたわ」


 矢地は今回の件を、男性警護訓練の内容改良試験と称していた。

 寧々音はM校生徒代表。朝日は一般から募集した、訓練に男性役として参加する男性っぽい女性(・・・・・・・)と伝えたのだ。


(おい矢地。全然普通に朝日と会話してんぞ)

(これ、意外といけるんじゃないっスか?)

(ふむ。そうだな……ちょうどタイミングも良さそうだ)


 事前に弥生から聞いていた『男性の前だと極端に緊張してしまう』寧々音の問題点だが、今のところ影も形も見えない。

 餡子、梅との訓練中も、しっかり朝日を警護対象として対応できていた。

 これならば予定通り『ほら、大丈夫だったでしょ? できるじゃない作戦』で、任務完了になると思える。


「よし、笠霧。そのままでちょっといいか」

「はい」

「実はここからが君の特別訓練本番だ」

「はい……!? えっ?」


 全体を通して冷静、ほぼ無表情の寧々音だったが、この矢地の一言には少し困惑と焦りを見せた。


「神崎君。それでは帽子とマスクを外して貰えるかな」

「あっ、はい」

「ふえ? えっ……女性……じゃ、ない?」

「あの……ごめんなさい。僕、本当は男なんです。弥生おばあちゃんから頼まれて笠霧さんの――――って、ええっ!?」


 事情説明をしようとした朝日だが、目の前にいる寧々音の豹変に驚いてしまう。


 まさに一変。


 常にぼっーとしていた半目は完全に見開き、本来のぱっちりとした可愛らしい形を取り戻す。

 さらに、乳白色だった頬から耳まで真っ赤に染まり、金魚のように口をパクパクとさせ、呼吸も荒くなっている。


「おっ、おとっ、男の人…………あわっ、あわわわわ、わたわたわたし」

「ええっ!? ちょっと、大丈夫?」

「あああっ、はひっ、ふへっ……」


 だんだんと濃紅(こいくれない)の瞳に涙はたまり、声にならない声を発しながら後退(あとずさ)って行く。

 ついには――。


「ふっ、ふええええええええええええん!!」


 まるで幼い子供のように手をバタつかせながら、猛ダッシュで出口のある扉へ向けて走って行った。


「――――ぴぎゃあっ!?」


 訓練時の身のこなしはどこへやら、扉に全身がへばりつかんばかりに激突!

 弾かれて、そのまま後ろに倒れこんでしまう。


「……おい、矢地。これどうすんだ?」

「……緊張とかのレベルじゃ無かったっスね?」

「……ふむ。想像以上だったな」


 床に大の字になってピクリとも動かない寧々音。気絶してしまったようだ。

 特別訓練は続行どころか、むしろこれから開始の空気が漂いはじめた。

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