#39 事情聴取
三条ら三馬鹿たちを、矢地はたっぷりと指導してから、朝日、餡子と合流する。
以降、特にトラブルもなく各課への案内は終わり、梅の書類作業終了待ちとなったのだが……。
「すまない神崎君。使えそうな時間ができたらと、うるさい奴がいてな――」
課長室で、矢地が申し訳なさそうに朝日に事情を説明をしている。
梅が戻ってくるまで、まだ三十分程度はかかるらしく。その時間を使って、朝日の話が聞きたいと調査課から要望があり、担当が一人やってくることになったのだ。
「えーと……僕の生活環境の聞き取り調査でしたっけ?」
「まあ、そう言った感じだ。こんなことで君に時間を取らせてしまい……すまないとは思うのだが……」
断り切れない理由があったようで、矢地にしては珍しくはっきりとしない物言いだ。
「いえ、大丈夫ですよ。せっかく見学を受け入れて貰っているんですから、この位の協力はなんともないです」
「そう言って貰えると助かるよ」
応接デスクのソファーに座り、矢地とそんな会話をしながら、朝日は内心で五月の言った通りだった。と思っていた。
実は、視察が決まった翌日――。
『朝日様。大変……たいっ、へんっ、申し訳ありませんが、万が一男性保護省で聞き取り調査があった場合のお願いがございますわ』
五月は朝日へ聞き取り調査が行なわれる可能性を予見していた。
なんせ朝日との甘い警護任務生活。通常男性のそれとはあまりにも内容が隔絶している。
中には『常識の違い』の一言で済ませることができない事もある。
もちろん、深夜子ら三人にとって現警護任務が楽園と化しているアレだ。
『――つまり、ご飯の準備や洗濯に掃除。とにかく家事全般は、五月さんたちがやっていることにするんですよね?』
『そうですの。男女間の常識で朝日様のお国と違う習慣。その中でも特にマズイものですわ……ああっ、そんな悲しそうなお顔はなさらないでくださいませ! もちろん五月は朝日様と相互理解の上で、もう夫婦と呼んでも差し支えない幸せな日々を送っており――まへえっ!?』
『五月、脱線してる』
途中から話に力が入り過ぎて、内容が怪しく逸れた五月に、深夜子の物理的ツッコミと梅の冷たい視線がプレゼントされた。
『コホン……失礼しましたわ。まあ、簡単に申しますと私たちは良くても――』
『――社会では問題になる。ってことですね』
『ですわ。さすがは朝日様』
『それ以上に男権が厄介』
『だよな』
実のところ男性保護省は、朝日の特殊性をある程度は認識している。
しかし、この世界の社会倫理にそれを照らし合わせた時。保護男性である朝日が担当Mapsたちの食事を作り、あまつさえ洗濯までこなし、トドメに家の掃除すらもしていると世間に知られた場合どうなるだろう。
まずは、男性権利保護委員会がここぞとばかりに騒ぎ立てる。
そこからマスコミに拡散され、最終的には男性虐待として、想像するだに恐ろしい非難を世論から浴びることになる。
まさに朝日家内の秘密。誰も知らない知られちゃいけないのである。
『他にもご心配があれば、今のうちに聞いてくださいませ。念を入れるに越したことはありませんわ』
『うーん……デートとか、お出かけ系は大丈夫なんですよね? ……あっそうだ! マッサージがNGだから、たまにしてる深夜子さんの耳かきは?』
『んのわあああっ!? あ、朝日君! そそそれ秘密だからあああっ!!』
『はいいっ!?』
ビシリッと五月の握っていた湯飲みがひび割れる音が響く。
さらに、朝日からの追加情報で、深夜子から耳かきボイスの台本が手渡されていた事実が判明。ダメだこりゃ。
『おいこら深夜子。てめえ……マジかよ?』
『深夜子さん……貴女は一体何を考えて生きておられますの?』
『え? ボイス付き耳かきは女のロマン(真顔)』
ここでぶち切れた五月が深夜子に襲いかかり、それを梅がジト目で見守る。
――そんないつもの光景が朝日の脳裏に再生されていると、ノックの音が響いた。
「矢地課長。よろしいでしょうか?」
「ああ、入ってくれたまえ」
矢地が入室の許可をだすと、三十代前半と思われるグレーのスーツ姿の女性が入ってきた。
クリップで黒髪を後ろにまとめ、黒縁メガネに少し濃い化粧と真っ赤な口紅。やり手の美人事務員さんといった雰囲気だ。
書類を片手に、デスクを挟んで朝日の正面に座ると、メガネをくいっとしてから挨拶をする。
「はじめまして、神崎朝日さん。ご本人に会えるとは光栄です。ワタクシ、調査課の係長をしております重隅と申します。本日は矢地課長に無理を言って、少しばかりお時間をいただきました。感謝しております」
「あ……神崎朝日です。よ、よろしくお願いします」
その口調から、朝日にも伝わる”几帳面”を絵に書いたような雰囲気。
これは果たしてごまかし切れるのか? と少し緊張してしまう。
そこへ矢地が助け船とばかりに話に加わる。
「で、重隅係長。神崎君にどうして追加聞き取り調査を?」
「はい。神崎さんの資料は保護当時のデータを元に担当Mapsからの日報、報告資料で更新をしています。……が、寝待深夜子! 大和梅! 大問題Sランク二人が、揃いも揃って……、あの連中はワタクシたちの仕事をなんだと――ハッ!? し、失礼しました」
「む、むう……」
「あはは……」
重隅の愚痴に対して、渋い顔の矢地と苦笑いの朝日。
現在書類再提出中の深夜子、同様に缶詰中の梅。二人の姿が思い浮かぶ。
朝日にも、矢地が調査依頼を断り切れなかった理由がよくわかった。
「もちろん。神崎さんが生活面で困られている点や、改善して欲しい点などの聞き取りが中心です。ただ――」
「ただ?」
「ワタクシ、個人の視点からですが……五月雨さんはともかく。あの二人の報告内容には、どうも腑に落ちない点が多々ありまして、本日は是非とも神崎さんに詳しくお聞きしたいと思います」
やはりそう来た。さあ、ここから朝日の頑張りどころ。
ちなみに餡子は微妙に張りつめた空気を感じ取り、朝日の横でひたすら目をそらして待機中だ。
「こちら……寝待さんの日報を見ますと、まるで部屋の掃除を神崎さんに手伝わせたようにも――」
「えと、それは深夜子さんの勘違いで――」
「この日、大和さんの報告書類からだと――」
「いや、それは――」
あれこれと予想通りの質問が飛び交い、それを朝日が理由をつけてはごまかす展開となる。
しかし、とにかく細かい重隅からするどい質問が続き、朝日の受け答えもだんだんと怪しくなりはじめた。
このまま事実が明るみに出て、三人は担当交代になってしまうのか?
「それから、特に不自然なのが、この食事担当制です。これは――」
食事を朝日が作っているのでは? 切り込んだ質問。もはや、万事休すかと思われたが……。
「んー、でも僕は趣味で料理をするんで……あっ、そうだ! 昔、友達が家に来たときにも、僕が料理を作って食べさせたりしたんですよ」
「ふぁっ!? ――ちょ、ちょっと!」
朝日の一言に、突然メガネがキランと輝いて重隅の手が止まる。
「はい?」
「その……神崎さんのお友達……と言いますと?」
「え? あっ、はい。同級生の男子ですけど」
「ほあっ!? かかかか神崎さんが、同い年のおおお男の子にててててて手・料・理!?」
何やら、ものすごっくツボに入った模様。
「はい。その彼とは幼なじみなんで、よく遊んでました」
「幼な――うっわ! 王道カプ」
「え? お、王ど……か?」
「あっ!? いえいえ! やはり神崎さんのお国における……男性同士の交流関係については……その……非常に気になりますので……」
メガネをくいっくいしながら取り繕って冷静ぶる重隅。
だが、よく見ればボールペンを持つ手は震え。「おっふ。ヤバす」と小声の呟きが漏れているのがわかる。
露骨な反応に、朝日はこの方向性でいけそうなことに気づく。
「あっ、その男友達なんですけど、僕の家に泊まりに来たこともありますよ」
「尊いッ!!」
「おい、重隅係長!?」
鼻を押さえた重隅が、応接ソファーから転げ落ちそうになるのを矢地があわてて受け止める。
「と、とととととと泊まり!? 神崎さんの家に男の子がお泊まり!?」
「あっ、でも、そろそろ質問についての話をしないと――」
ここで軽く引いて……。
「しなくていいです。必要ないです。お泊まりの話を詳しく! KU・WA・SHI・KU!!」
勝負あり。
結果、話題は朝日の男友達との昔話に終始して、無事に聞き取り調査完了。
「ふぅ……同じ部屋でお泊まり。ふぅ……これは、薄い書類が厚くなりましたね……」
とても満足感にあふれる爽やかな表情で、朝日に感謝の言葉を口にしながら、ご機嫌で課長室を後にする重隅だった。
「……結局、何しに来たんスか? 重隅係長」
◇◆◇
無事にピンチ? を乗り越え、時間が十六時を回った頃。
こちらは書類作業を終えた梅が、もの凄い剣幕で課長室へとかけ込んできた。
「矢地いいぃ! てっめえ、謀りやがったなっ!? 何がヘルプ二人だ。この野郎! 鞭を持った調査課のインテリ主任どもが待ちかまえてやがったぞ!?」
そう叫ぶや否や、怒り心頭の梅が矢地へと飛びかかった!
――だが、矢地に頭をつかんで押さえられ、ぶんぶんと手を振り回すが、そのリーチ差でまったく届かない。
「ふん! 誰が手を抜くためのヘルプをつけるんだ、誰が?」
「ふざけんなっつーの! あいつら鞭を振るいながら『あれが違う』だの『これを直せ』だの……俺はサーカスの動物かっつーの!」
「良かったじゃないか、梅。早く終わった上に”自分で成し遂げた”という達成感があっただろう?」
笑顔の矢地が、苦い顔をしている梅の頭をぐりぐりと撫でまわす。
「ぐうう……おかげで頭が痛くてかなわねーぞ……ちくしょう」
「梅ちゃん……大丈夫? 大変だったね」
「あ、姐さん。マジお疲れ様っス……」
朝日と餡子に、気を使われるくらいにはぐったりの梅であった。
こうして、再び全員が揃ったのだが、すでに終業時間まで後一時間程度。
どうしたものか? と、矢地から問われるが、すでに朝日と梅の間で次の予定は決まっていた。
希望内容を矢地へと伝える。
「む……しかし、神崎君。本当にいいのか?」
「ええ、家だと五月さんが反対するから」
なんとも難しそうな表情で矢地が再確認する朝日の希望とは……。
「男性が護身術の訓練……か、これも男性保護省始まって以来だろうな」
「それ冗談抜きで初めて聞いたっス」
ダイエットを兼ねて、梅と日々身体を鍛えている朝日。ある時から護身術を覚えたいと希望していた。
これまたこの世界の常識からすれば前代未聞の希望だ。
しかしながら、朝日の精神構造や闘争本能はこの世界の女性側に近い。
別に変な希望をしているつもりもなく。
自分の身は自分で守るため、最低限を身に付けたいと考えただけだ。
家だと五月が泣きながら反対するので、今回はちょうど良い機会だったのだ。
矢地の計らいで、場所はMaps用の屋内訓練場を使用することになった。
朝日、梅、餡子ともジャージに着替えて準備万端。軽く準備運動をしてから訓練に入る。
最初は正面から襲われた時の対処方法として『目潰し』『指とり』などの反撃技を、梅と餡子相手に組み手風に行う。
それからだんだんと本格的な練習に進み、暴女に身体を拘束された場合の対処方法となったのだが……。
「よし、次は後ろから羽交い締めにされた時の抜け方だな。おい餡子、ちょっと朝日を後ろから羽交い締めにしな」
「ちょおっ!? あ、姐さん!? そ、そそそそんなこと、朝日さんにできるわけ無いっスよ」
「俺じゃ身長が足りねえんだよ。んじゃ矢地が――」
「馬鹿を言うな! できるわけが無いだろう。立ち会いから離れる訳にはいかん……以前にだ。練習とは言え、私が男性を拘束している姿など、事情を知らん連中が見たらどうなると思っているんだ!?」
「あー、わかったよ。んじゃ、誰かヒマしてる奴を呼ん――」
「「「待ったーーっ!?」」」
突然、複数人の叫び声にあわせて、訓練場の扉が勢いよく開いた。
「その役目、あたしらにお任せっしょ!!」
再び登場、三条、門馬、鹿松三馬鹿トリオ。
三人とも顔面に矢地の手のひらマークがきっちり残っている。
「うおあっ!? 何事っスか?」
驚く餡子たちをよそに、三条と門馬が腕を組みながら背を合わせてポーズを決める。
「「なんだかんだと聞かれたら! 答え――――って、うっぎゃあああああ!?」」
「こ、の、馬、鹿、ど、も、は、まだ懲りんのかああああっ!!」
二人の顔面が、矢地の両手にガッチリと捕らえられた。
まったく懲りていない面々。果たして、朝日の練習やいかに。




