#38 餅月餡子
「ねえ、梅ちゃん。なんか今さ、すっごい面白そうな話をしてなかった?」
「あわわわわ、あああ朝日……あの……そ、それはよ――うひいっ」
しどろもどろな梅に、ずいっと顔を近づけて朝日がのぞきこむ。
「えーと、それで僕が梅ちゃんに……どうなんだっけ?」
内心、今にも笑ってしまいそうな朝日だが、梅の反応が面白いので、わざとらしく聞いてみる。
「はうっ、そっ、そそそそーだなー。えーとおれなんてったっけかなー」
(ぷふっ)
梅のごまかし方に、思わず吹き出しかける朝日。
聞いているこちらが恥ずかしくなるレベルの棒読みだ。
しかし、ここはぐっと堪えて……セーフ。危ない危ない。
では、ちょっとしたイタズラを仕掛けてみようと、朝日、小悪魔モードに突入。
「えっ、そ、そんな! ついさっき言ったことも忘れるなんて……。――あっ、もしかして、僕の身体を毎朝(筋トレや柔軟体操で)、あんな好き勝手に弄んでるのも忘れちゃったんだね!? 梅ちゃん……ひどい」
「言い方あああああああっ!」
「な、なんだってーーっス!?」
チラチラと、餡子に悲しげな視線を送りながらだけに食いつきバッチリ。ふふふ。
「朝日っ、何人聞きの悪いこと言ってんだッ! あっ、おい、こら餡子? 勘違いすんじゃねえぞ。筋トレだ! 柔軟体操だ!」
「筋トレ……? 柔軟……? ……ハッ!? まさか、姐さん。朝日さんの寝起きに――」
『んん……ふああぁ……っ!? う、梅ちゃん、いつの間に僕のベッドに!?』
『よう朝日、お目覚めか? へへへ、今日も柔軟体操をしに来てやったぜ』
『もう、ダメだって言ってるでしょ。僕は依頼主で、梅ちゃんは警護官なんだよ。こんな不純な関け――あっ……ちょっ、そ、そこはっ!』
『何言ってんだよ朝日。お前のここは、もうこんなに固くなっちまってるじゃねえか?』
『やああぁ……ち、違うもん! 朝だからだもん! 僕はそんな――あっ……やっ……ダ、ダメぇ!』
『うえっへっへっへ! さあて、俺がじっくりとここを柔軟にしてやるぜぇ』
「――姐さん。今からでも遅くないから自首して欲しいっス」
「とんでもねえ勘違いをするなあああああっ!?」
実に柔軟な妄想であった。
餡子のナイスリアクションに、ご満悦な朝日の追撃は続く。
「で、梅ちゃん。思い出してくれたー?」
「うぐぐ」
言葉に詰まる梅。
これはどう考えても大ピンチ。男性を恋人扱いするのがまずいのは周知の事実だ。
ここで『俺に惚れてる』発言を認めてしまおうものなら、きっと『こっ、ここに妄想で僕のことを辱しめる変態がいますこの変態!』と朝日に騒ぎ立てられ、社会的に死亡確認されること間違いなし。
やべえよやべえよと、日頃はあまり用事がない梅の頭脳もフル稼働中である。
「そ……その……あっ、そうだ! 矢地のヤロウは何してやがる? 朝日。ほら、矢地といっしょに行っただろ? そろそろ戻って来てもいい頃じゃねえかと思うんだけどよ」
人間、追い詰められると案外頑張れる。梅にしてはナイスな牽制球であった。
ここに矢地がいれば、朝日もそこまで悪ふざけ出来まい。状況は大なり小なり改善するはずだと考える。
「あっ、矢地さんは用事が出来たから、先にお昼済ましておいて欲しいって」
「ちくしょおおおお――――っ!!」
残念!
で、結局のところ、朝日が満足するまでからかわれてしまう梅。
――が、餡子からすれば、朝日と梅がひたすらイチャコラするのを見せつけられたに等しい状態。
今度は朝日との関係について、身の潔白を説明するのに四苦八苦する梅であった。
◇◆◇
そんなこんなで、現在十一時四十五分。
そろそろお昼にしようかと、三人の流れがそれとなく決まる。
「んー、それじゃあせっかくだから、みんなの使う食堂でご飯食べたいな」
とは朝日の意見。
「食堂か……そうだな、まだそこまで混んではねえか」
「そうっスね姐さん。すぐ行けば大丈夫っスよ」
とは言え、警護課は体育会系女子の集まりだ。
実のところ梅としては、そんな連中で混み合う食堂に朝日を連れて行くのは遠慮したい。
しかし、朝日は男性保護省の視察に来ている。その希望は最優先にするべきだろう。
それに館内に注意喚起は行き渡っているはず。ここは――。
「うっし、行ってみっか! 朝日、帽子はちゃんとかぶってろよ」
「はーい。じゃあ、梅ちゃん。僕と腕を組んで――」
「組まねーっての!」
「手を繋いで――」
「歩かねーっての!」
「ちぇー、デートなのにー」
あの手この手でちょっかいをかけてくる朝日をさばいてる間に、食堂の前へ到着。
「うわっ、けっこう人多いんだね。……ふふ、でもなんか学食の男子学生のノリみたいでいい感じだなぁ」
「ちっ……先発の連中がそこそこいやがるな。これに並んでたらピークにぶつかっちまうぞ」
予想外に人は多く、食券売場には順番待ちの列が出来ていた。
学食での思い出にひたる朝日と、対照的に苦い顔の梅。
このままでは、混雑のピークに巻き込まれるのは間違いない。
どうしたものかと思った矢先。
「姐さん、朝日さん。ここは自分にお任せっスよ!」
腰に手をやって、餡子が自信ありげに胸をはる。
「あん? なんか手があんのか?」
「え? 餡子ちゃん。僕は並ぶのとか平気だよ」
「いやいや、朝日さん。そういう訳にはいかないっス」
すると餡子はインカムの電源を入れて、口元にマイクを当てる。
「あっ、お疲れ様っス、餅月っス。あの、自分の回線を特務部フロアA回線に接続して欲しいっス」
「なぬっ!? おい餡子、お前フロア放送をかけてどうするつもりだよ?」
男性保護省の本庁舎は全二十階。その五階から十一階までが特務部のフロアだ。
餡子が依頼したのは、五階から十一階の全フロアに流れる館内放送回線に、自分のインカムを繋げることである。そして……。
【あーあー、特務部の皆さんお疲れ様っス。えーと、これから視察男性の方が食堂でお昼ご飯を食べることになったっス。だからあんまり混んでると困るんで、時間をずらして来て欲しいっス】
餡子の館内放送を聞いて、みるみる梅の顔が青くなっていく。
「馬鹿かてめえーーっ!? そんな放送かけたら逆効果に決まってんだろうがっ!」
放送を終えたと同時に、餡子の後頭部を叩いて怒鳴りつけた。
「ふえっ?」
これは梅の言う通りだ。
基本的に朝日が視察に回らない限り、お目にかかる手段は非常に少ない。
ところが”休憩時間”の大義名分が通る場所に、噂の美少年が来てますよ。とアピールすればどうなるだろう?
各フロア騒然に決まっている。
――デスクで弁当を食べていた者たちは。
『ああッ、手がすべってベントウガーーッ!! これは食堂に向かわねばなるまいッ!』
――食堂のメニューに飽きて、昼飯は外食に出ようと思っていた者たちは。
『あ゛あ゛ー、今日は無性に食堂の定食が食べたくなってキターーーーーッ!!』
――あげく、休憩時間が十三時以降の連中も。
『すみません。祖母の遺言で、本日の休憩は十二時からと決まっておりまして……』
結果、男性保護省の始まって以来の最大人数が、同時に食堂へと押し寄せた。
――朝に続き、再び矢地ら課長連中がすっ飛んでくることになる。
◇◆◇
「仕事を増やすなと言ってるだろうが、この大馬鹿者めええええええ!!」
「うっ、ぎゃあああああーーっス!!」
「あのー、矢地さん……その辺で。餡子ちゃんも悪気があってやった訳じゃないし……」
アイアンクローで、餡子を食堂の壁に張り付け状態にしている矢地に朝日がフォローを入れている。
「ふわああっ天使、まさに天使っス! 朝日さんのその優しさ、自分、超感どうし――――むぎゃああああっ! や、矢地課長。ギブッス! あ、頭が、頭が壁にめり込みゅうううううぅ」
口から魂がはみ出ている餡子の頭から手を離して、矢地は大きくため息をつく。
「はああぁ……まあ、男性の食事時間をこれ以上邪魔する訳にもいかんか……。神崎君。君たちの席はあの奥に取ってあるので、そこでゆっくり食事をしてくれたまえ。食券を買う必要も無いように話はつけてある。好きものを注文して欲しい」
「はい……な、なんかすみません。ありがとうございました」
矢地が指差したのは、食堂の奥にある”あからさまにスペースが取られた”場所。
床には"無断侵入禁止"と書かれたテープが貼られ、その中心にポツンと四人掛けテーブルが設置されている。
さらに警護課主導で食堂の人員整理が行わなれ、使用が妥当なものたち以外は十三時まで入場不可となった。
「このテープの中に入って、君にちょっかいをかけるような馬鹿者はいない。とは確認済みだが……もし、そんな不届き者がいたら遠慮なく私に言ってくれ。たっぷりと指導する予定だ――――わかっているな貴様らあああっ!!」
「「「「「ひいいいいっ!? や、矢地課長。りょ、了解でありますううう!」」」」」
朝日に優しく説明をしてから、矢地は鬼の形相で振り返る。
食堂内の職員たちは、もれなく震え上がっていた。
ズカズカと食堂を後にする矢地を見送って、朝日ら三人はやっと落ち着いて食事にありついた。
朝日は本日の和風定食、餡子はカツカレー、梅はカツ丼、ラーメン、カレーのフルコンボである。
――昼食終了後。
三人は警護課の課長室に一旦戻って、矢地と午後の予定を相談していた。
「私は午後に一件緊急の会議が入ってしまってな。何より、午前中をほぼ無駄に潰してしまったのが痛い。それから、梅。お前はすぐに書類再提出の作業だ」
「うげっ!? もうそれかよ」
「うるさいっ! 代わりに作業ヘルプを二名つけてやる。三時間以内で終わらせろ」
「おっ、気が利くじゃねーか? 矢地もたまには――ぎゃふっ!」
調子に乗る梅の脳天に、矢地の拳が突き刺さる。
「神崎君の為だ、神崎君の! そもそもお前が原因で、午前の時間が減ったのを忘れたとは言わさんぞ」
「えーと、矢地さん? 僕はこの後どうすればいいんですか?」
「ああ、すまない。梅の書類作業が終わるまでは、餅月に各課の案内をさせる予定だ。私も会議が終わり次第合流できると思う。それまで任せたぞ、餅月!」
「じ、自分が朝日さんと二人きりっスか!? ふおおおおっ! が、頑張るっス! 自分、人生で一番頑張るっス!」
「おい、餡子。お前は深く考えずに普通にしときゃいいんだよ……。まあ、朝日を頼むぜ」
「じゃあ、餡子ちゃんよろしくね」
「了解っっっス!!」
やる気まんまん。元気いっぱいで朝日を連れて、餡子は館内の案内を始める。
スキップで通路を軽やかに進み、行く先々で……。
「あっ、ここのトイレはだいたい空いてるっス、穴場っス」
「あ、うん」
「あっ、ここの自販機は超品揃えがいいっス、穴場っス」
「へー、そうなんだ」
などと、必要の無い場所を必要以上に案内をしつつ、朝日を先導する。
「あの……餡子ちゃん。案内って、多分そういうのと違うような……」
「えっ、そうっスか? じゃあ、もっと穴場なスポットを――」
一生懸命が伝わってくるだけに、対応に困る朝日と、やっぱりご機嫌でルンルンの餡子。
そんな二人から離れること数メートル。
なんと、この男性保護省内で朝日と餡子をつけ狙う不届きな影が三つ。
廊下の陰から仲良く頭を三つ並べ、ぼそぼそと相談しながらのぞき込んでいた。
◇◆◇
廊下の陰から、朝日たちを見つめる三つの視線。その一つがぼそりと呟く。
「ねえ、三ちゃん……マジでやんの?」
三人のうち、一番上に頭を出している細身で黒髪ロングの女性。
胸の名札には、BランクMaps門馬と記されている。
「何言ってんの、あたしの仕入れた情報通りっしょ。今なら矢地課長も大和の奴もいないし、ワンコ一人だけのここしかないっしょ?」
そう意気込むのは、真ん中にいる中肉中背の金髪ショート。
名札には同じくBランクMaps三条と記されている。
その口ぶりから察するに、彼女がリーダー格のようだ。
ちなみに、『ワンコ』とは餡子のあだ名である。
犬顔で名前が餡子なことから、一部の連中に『ワンコ』と呼ばれているのだ。
「で、でも、あんまり乱暴なことするの……い、いけないと思うけど」
最後に気弱そうな発言をしたのは、一番下にいる背が低くゴツゴツとした女性。
四角い体格で黒髪おかっぱ頭。弱気なそうな雰囲気とは正反対のゴツい顔立ちをしている。
これまた名札には、BランクMaps鹿松と記されていた。
「はあぁ……、門ちゃん。鹿っち。二人とも見たっしょ? 食堂での光景。あんなドジかましても優しくされてさ、その上――」
『あ、そうだ。餡子ちゃんにも僕の卵焼きあげるね。はい、あーん』
『はふわあっ!? あ、ああああーんっスか? これが伝説のあれっスか? ふおおおっ! もう自分、今が最後の食事でも悔いなしッス!!」
『あはは。もう、大袈裟だなあ。どうぞ――って、ちょっと餡子ちゃん!? あっ……あーあ、お箸の先まで食べちゃった……』
『むっはあああっ! この卵焼き、具に竹が入ってるんスね。これ、歯ごたえあっておいしいっス』
「――とか、神崎さんの竹箸までバリボリ幸せそうにかじってやがったっしょ。ふああああっ! なーにが『食物繊維たっぷりっスね』だああっ!? こんなおいしいヘルプ役を、ワンコなんかに取られてどうすんの? そもそも、あたしらが一番先に立候補したっしょ」
「ちょっと三ちゃん静かに、落ち着いて! 気付かれるわよ」
興奮気味の三条を、門馬がなだめる。
「ともかく、ワンコにゃ不慮の事故で退場して貰って、あたしらが代わりにあの素敵な神崎さんのヘルプにつく! これしかないっしょ」
「でも、実際どうやって交代するのよ?」
「ふふん! ほら、見るっしょ。ちょうど今、ワンコたちが向かってる先は突き当たりになっていて、左にまがれば階段、右にまがれば通路。そこで、あたしらは右の通路側に先回りして待ち構える。でもって、鹿っちが出会いがしらにショルダータックルをかませば、ワンコは階段落ちして退場。どう? 完璧っしょ」
三条は実力行使で餡子を退場させ、交代要員として名乗りでるつもりらしい。
なんとも体育会系な発想である。
「そ、それはちょっと……ろ、露骨だと思うけど?」
「何言ってんの鹿っち、構やしないっしょ! 通りすがりのショルダータックルくらい、警護課じゃ普通普通」
「三ちゃん。それはいいけど、どうやって神崎さんのヘルプにつくのよ」
「もちろん、階段落ちしたワンコの介抱と称して近づいて……後は、まあ、この”トークの三ちゃん”にお任せっしょ!」
トークの三ちゃんがどうなのかはさておき。
今現在、警護課で待機中のMapsの中にAランクはいない。
なので、三条たちBランクは朝日のヘルプ対象として妥当なのは間違っていない。
――そんな三条らの企みも露知らず。
案内と称した寄り道を繰り返す餡子の進行速度はとても遅い。
あっさりと三条たちに先回りを許し、待ち伏せされてしまう。
餡子が階段手前まで来た瞬間。
((よし、今だ。鹿っち行けえええっ!!))
鹿松が通路から飛び出た。まさにその時!
「あっ、朝日さん。ちょっと喉がかわいたっスね。さっきの自販機コーナーに戻っていいっスか?」
「えっ???」
まるで、鹿松の突撃に呼応するかのように餡子がUターンをした。
((何いいいいいいいっ!?))
「い、いやあああああっ!?」
あまりにも絶妙なタイミング。鹿松の勢いは止まらない。
そのまま階段から単独ダイブとなった。
「えええっ!?」
もちろんびっくりの朝日。
悲鳴といっしょに階段下へダイブしていった鹿松を、餡子の後ろで見届けてしまう。
「あ、餡子ちゃん……今、なんか……誰かがもの凄い勢いで階段から飛び降りていったんだけど……」
「ん? そうっスか? まあ、警護課ではよくあることっスよ。普通普通っス」
「へえー、そ、そうなんだ……」
――それから、やっと寄り道の終わった餡子。朝日を調査課、広報課へと案内をする。
そこへ、これまたしつこく背後を狙う三つの影。
しかも、今度はなんと門馬の両手に小型のライフル銃が握られていた。
Maps専用の対暴女鎮圧用麻酔銃だ。
「さ、三ちゃん……。ま、麻酔銃を使うのは、さ、さすがにマズいと思うけど……」
アザだらけで、ゴツい顔立ちがよりゴツくなった鹿松が気弱そうに忠告する。
「うっさい! バレなきゃ犯罪じゃないっしょ。それに門ちゃんの腕なら、間違いなく一発で夢の中へ直行便さ。そこであたしらが颯爽と登場して、ワンコの代わりと称して神崎さんのヘルプにつく。完璧っしょ」
「静かに! 広報室からワンコが出て来たわよ。三ちゃん、鹿っち、後ろから人が来ないか確認よろしく」
「「了解」」
広報室から数メートル離れた通路の陰から、三人が姿を現す。
門馬は素早くライフルを構え、スコープをのぞき込んで餡子に照準を合わせる。
そして――。
(今だ!!)
餡子の肩に照準が合ったところで、引き金を引く。
――が!
「へっ、くち!」
これまた同時に、偶然餡子がくしゃみをする。
オーバーアクション気味に身体を屈ませる餡子。麻酔弾はかするように上を通り抜た。
キンッ!
外れた弾丸は、たまたま通路に設置されていた消火器に命中。
軽い金属音と共に弾き返された麻酔弾は……。
プスッ。
「あ痛っ!?」
「「………………あ痛???」」
門馬と鹿松が振り返る。
そこには、左肩へしっかりと麻酔弾が突き刺さっている三条がいた。
「ちょっ? えっ? あ……、なんか……、眠いっしょ―――ふうっ」
「「さ、三ちゃーーん!?」」
◇◆◇
――それからも、懲りずにあの手この手で餡子を退場させようとする三条たち。
だが、何をやってもことごとく回避されるか、ひどい時にはカウンターを食らう始末。
ぐったりの様子な三人。三条は頭をかきむしってぼやいている。
「あーもう! 一体どうなってんのよワンコの奴? いくらなんでもおかしいっしょ」
「ねえ、三ちゃん。あの噂、やっぱり本当なんじゃない? 絶対異常だよ……」
あの噂とは――。
実のところ、餡子はMapsとしての能力判定はDランク下位。
さらにそそっかしくてドジっ子属性のサービス付きである。
それでも、彼女がCランクなのには理由があった。
餡子は男性警護――つまりは男性の近くにいる時に限って、恐ろしい強運を発揮することが多いのだ。
さらに、その強運は警護対象にも影響を及ぼす。
例えば過去、警護任務中に餡子が突然お腹を壊したとトイレに駆け込み。警護対象の男性と電車に乗り遅れたことがあった。
すると、乗る予定だった電車は、なんとその後に脱線事故を起こして乗客に怪我人が発生。
結果的に、餡子たちは事故を回避する形となっている。
餡子のこう言った類似案件は、枚挙に暇がないのだ。
その為、結果的にどうしても評価が上がってしまう謎のCランクとして、上層部から一目置かれている。
『餅月餡子』――通称”激運”餡子。
梅も餡子がただ可愛い後輩だから、と朝日のヘルプに指名した訳ではない。
「ラッキーワンコか……」
「どうすんの三ちゃん。まだ何か手があるの?」
「も、もう、あきらめた方がいいと思うんだけど……」
「いや、大丈夫っしょ! こう言った場合のセオリーは強運を発動させないこと。例えば攻撃を仕掛けずに、複数人で包囲をしてゆっくり拘束すれば問題ないっしょ、つまりは――」
餡子の強運封じとして、三条は直接的な危害を加えずに、とり囲んでから交代を説得することを提案する。
しかし、それを実行すればいっしょにいる朝日を怯えさせてしまうのでは? との意見もでる。
ところが焦りからか、だんだんと自分たちに都合の良い方向へ話は変わっていった。
朝日は従順そうだから、強引にお願いしてみるのもありじゃないか? などだ。
その時――――!!
「ふぎゃああああっ!?」
「「っ!?」」
突然、鹿松の悲鳴が響き渡った。
驚いた三条と門馬が後ろを振り向く。すると、ガッチリ頭を掴まれて、宙に浮きながら呻いている鹿松の姿が。
――その手の持ち主はと言うと。
「ほう、三馬鹿ども……面白い話をしているじゃあないか? 神崎君はおとなしそうだから、なんだって……?」
「「や、やややややや矢地課長」」
二人の顔が一気に青ざめる。
「三条……貴様。ヘルプ希望に来た時に、余計なことはするなと言っておいたハズだが……いや、何よりも食堂で私がした注意を聞いてないとは言わせんぞ」
「い、いやいや……あ、あたしらが……か、神崎さんに何かするわけないっしょ。そうで無くて、ああああああ」
どうしたトークの三ちゃん。
「やたら餅月から不在着信が入っていたので早めに切り上げて来てみれば……貴様ら……余罪ありだな!!」
ぎらりと鋭い眼光が輝く。矢地は、右手でビクンビクンと痙攣しながら泡を吹いている鹿松を投げ捨てる。
そして、ポケットから黒色の革手袋を取り出し、装着した。
「「ちょっ、ちょちょちょちょ!?」」
「問答無用だ! 喜べ!! たっぷりと指導してやろう」
「「ヒイイイイイイイイイイッ!!」」
現役時代に使っていた黒革手袋。指導と言う名の本気のアイアンクロー時に装着される為、Mapsたちの間では恐怖の対象である。
元SランクMapsにして、警護課長兼戦闘訓練担当教官『矢地亮子』。
黒皮手袋をはめたその姿は、畏怖を込めて”黒の万力”と呼ばれている。
――その頃の朝日たち。
「餡子ちゃん、どしたの? 困った顔して……」
「やっちまったっス」
「え? 何を?」
「スマホのロックをし忘れて……矢地課長にポケット発信二十連かましてたっス……後で絶対怒られるっス……」




