#37 訪問
一方で、朝日訪問が決定した男性保護省特務部に激震走る。
「いったい何が始まるんです?」
「第一次男性訪問だ」
深夜子たちMapsが所属する警護課の課長矢地亮子を始め、その他の課長から主任まで、役職者総勢で緊急会議勃発。
本日は木曜日、そして、朝日訪問は週明けの月曜日。これは土日返上確定コースだ。
しかしながら、五月から連絡を受けて男性視察を即断即決した矢地に対して『サンキューヤッチ』と称賛が飛んでいるあたり、実にこの世界らしいと言うべきか……。
事実、過去に男性側からの申し入れで視察訪問があった記録は存在しない。
それが好意的理由ともなれば、男性保護省の歴史に残る一大慶事だ。
その立役者となれるチャンスに、役職者たちのテンションは実に高かった。
土日を通して連日行われた緊急会議。当初は真面目に男性滞在中の安全対策検討から始まった。
だが、無駄に高くなったテンションが災いする。
気がつけば”男性歓迎会”と称した女性陣による隠し芸大会という、恐ろしく頭の悪いイベントが検討されていたあたりも、実にこの世界らしい。
――そんな会議の合間をぬって、矢地は課長室に一人のMapsを呼び出していた。
「えええええっ!? じっ、自分がヘルプっスか!?」
「そうだ。ヘルプの指名は警護任務中の者に優先権があるからな……梅――いや、大和から君をヘルプにとの連絡があった」
「うひょおおおっ! や、やったーーーーっ!!」
矢地の前で喜びのガッツポーズを決めているのは、身長170センチ程で健康的スタイルの女性。
茶髪のおだんごショートヘアー、まるで柴犬を思わせる愛嬌ある顔立ち。
彼女の名前は『餅月餡子』。
梅が可愛いがっている同い年ながら一期下の後輩だ。
深夜子とは同期の間柄で、仲の良かったCランクMapsである。
この度、餡子は期せずして朝日と行動を共にする役割をゲットしたのだった。
「うおーーっ!! やっぱり持つべきものは姐さんっス。ヤバいっス! 噂の美少年の身辺警護ができるなんて夢みたいっス!」
「餅月。気持ちはわかるが、はしゃぐのはここだけにしておけ。当日まで黙っておくことを勧めるぞ。なんせ募集もしてないのに、どこから聞きつけたか知らんが……神崎君のヘルプ希望を私に直談判しにきた連中は山といる」
「はい。も、もちろん了解っス。自分も死にたくないっスから……」
「うむ、よろしい」
ちなみに、先ほど話に出た『ヘルプ』と言う単語。
これはMapsたちの業界用語で、仕事内容を表す言葉だ。
病欠などによる穴埋めや交代、そういった数日間の任務を『ヘルプ』と呼んでいる。
ヘルプは単発、短期ながら、男性の御眼鏡に適うと、追加人員として雇われる場合も稀にある。
それゆえ、意外と馬鹿に出来ない仕事というのがMapsたちの常識だ。
しかし、今回のヘルプが異常に注目度が高い理由は別にあった。
人の口に戸は立てられぬ。
男性訪問があることについての情報は開示済みなのだが……内部ゆえの情報規制の甘さか。
本来、役職者のみでしか共有してなかった朝日個人の情報が、噂レベルながらも出回ってしまったのだ。
その内容は――。
『どうも、やってくる男性はかなりの美少年らしい』
『しかも、何やら女性に結構好意的らしい』
『とどめに、十七歳未婚(最重要)らしい』
――などと、なんだか期待に胸膨らむものであった。
大半の者は、噂に背ビレ尾ビレがついた女性たちの希望的観測だと笑って聞いた。
それでも、次の任務待ちをしているくらいなら……と矢地の元に向かった者が現れたのだ。
そして彼女たちは、実物が背ビレ尾ビレどころか、噂にフィンファンネルとサテライトキャノン装備レベルであることを知らない。
◇◆◇
出発当日、朝日家の玄関。
現在、朝日にまとわりつく往生際の悪い者が約一名。
「うう……あ、あしゃひくん。いかないでー、いかないでぇー」
「あー、えーと……み、深夜子さん。僕が行かなくてもさ……その、お仕事はしなくちゃいけないんじゃないかな?」
半べそで足にまとわりついてくる社会人女性(十九歳)を、優しく諭す男子高校生(十七歳)の図。
「あ、朝日君が居てくれれば……朝日君に五月の機嫌とって貰って、あとタイミング見てなんか理由つけて頼んだら……五月代わりに仕事してくれるからー」
「よくも本人を目の前に堂々とその発言ができますわね……」
「むしろ清々しいな……どんだけ冷静さ失ってんだよ!? つか、俺だって向こうで半日缶詰め確定だっつーの」
ごもっとも。
「はうううう……地獄。これから地獄の三日間が……悪魔が、五月が待ってるうううう」
「誰が悪魔ですのっ、誰がっ!? そもそも自業自得ですわよねっ!」
「しょうがないなあ。じゃあ深夜子さん――」
しつこくグズる深夜子を見かねた朝日。深夜子の耳元で、何やらボソボソと耳打ちをする。
すると、その猛禽類のような目がたちまち大きく見開いたかと思うと、凄まじい勢いで跳ねるように立ち上がった。
「さっ、さささ五月!!」
「えっ? は、はいいっ!?」
おもむろに五月の腕をつかむや否や!
「やるぞおおおおおおっ! 朝日君いってらっしゃーーーーーいっ!!」
「っ!? きゃあああああああっ!? 何? 何事ですのぉーーーーっ!?」
鼻息あらく見送りの言葉を叫ぶと同時に、深夜子は猛ダッシュで玄関から家の奥へと五月を連れ去っていった。
「ああああ朝日様お気をつけてーーーーーっ!!」
遠ざかっていく五月の声が廊下の奥から響き、続けて部屋の扉が閉まる音が聞こえた。
「……なんだありゃ、おい? ……朝日、深夜子に何言ったんだよ?」
一部始終を呆然とながめていた梅が、朝日に問いかける。
「ん? 僕が帰って来るまでにちゃんとお仕事終わらせてたら、ほっぺにちゅーしてあげるって」
「はああああああ……あのアホ……。しっかし、お前もあいつらの扱い上手くなって来たな」
「そうかな? それに梅ちゃんだったらいつでもしてあげるよ」
と、イタズラっぽい笑みを梅に向ける朝日。梅の顔が一気に上気する。
「んなななななな!? な、に、を、言ってやがる! 俺をあんなエロスケベどもといっしょにすんなってーの!」
「もー、梅ちゃん。またまたー」
「うるせえっ、いいから出発すっぞ! それから、向こうで変な話とか、いらねー話すんじゃねーぞ。いいな? わかってんな? 絶対にだぞ!」
「えー、せっかくのデートなのに梅ちゃんのけちー」
「けちじゃねえっつーの! 一応仕事場なんだっての。それに俺は硬派で通ってから、深夜子たちとは違うんだよ」
「あはは。はーい、了解」
どこかで聞いたことのある絶対に押すなよ的理論を展開しつつ、梅は朝日を連れて車へ乗り込み、男性保護省へ向けて出発した。
◇◆◇
朝日たちの出発と同時刻、午前七時三十分。
こちらは男性保護省一階にある正面入り口のホール。
五月から朝日の出発連絡が入って、あわただしく職員たちが動き始めていた。
現場の混乱を避けるため、本来開庁時間は午前九時だが朝日の到着予定は午前八時。事前対応となっている。
本日、矢地たち役職者は通常のスーツ姿ではなく、正式な場で着用する男性保護省の記章付き制服で身を固めている。
警護課を始めとして企画課、広報課、調査課と課長総出での出迎えであり、朝日訪問にかける意気込みがうかがえた。
それから、経過すること約三十分……。
「む、遅いな……」
ロングの黒髪を後ろで束ねた、大柄でスタイルの良い美女がそう呟く。
キリッとした眉、わずかに下がり目で知的な雰囲気。警護課課長『矢地亮子』だ。
腕時計を確認すると、針は八時三分を指し示していた。
矢地は眉をしかめる。
事故や渋滞など、交通トラブルの情報は入っていない。
仮に控えめな速度で走ったと考えても、すでに到着していなければおかしい時間だ。
もしやトラブルでも? 周りの職員たちもざわつき始める。
「矢地課長、やはり何かあったのでしょうか?」
「いえ、大和からトラブル連絡は入っていません。問題はないはずですが……(梅の奴、一体どうした……ふーむ。梅……!?)……あっ――」
「どうかされましたか?」
「あ、ああ、なんでもありません(あのバカ……まさか……?)」
――わずかに時間は巻き戻る。
矢地たちの待つ正面入り口から、ぐるりと建物の裏へ移動すること数百メートル。
ちょうど梅が運転する車は、男性保護省の職員用駐車場へと到着していた。
車を駐車場へ停めて、荷物を持った梅と朝日が出てくる。
当然、梅はスーツ着用でダウンコート姿。
朝日は冬モノの上着に紺のセーター、ジーンズにダウンジャケット姿だ。
そして、外出時に余計な注目を避ける為の帽子をかぶっている。
「よし、行くぜ朝日。あ、そういやパスとか貰ってたっけか?」
「え、パス? うーん……五月さんからも、そんなのは貰って……ないかな?」
「そっか。んじゃ、窓口がある方から通りゃいいな」
さらりと言ってのけた梅が、朝日を連れて向かっている先。
そこは男性保護省職員と関係者の通用門。
その名の通り、職員や業者などが出入りする場所だ。
まかり間違っても、来賓扱いである朝日が通るべき場所ではない。
「お疲れ様です。あれ? 大和さん、今日はどうされました」
当然、自動パスゲートを通れる梅が窓口に来れば、受付の職員は疑問に思う。
「おう、今日は連れがいんだけどパスがねえんだ。事前申請はしておいたはずなんだけどよ」
「お連れ? えーと、Maps関係の業者さんですか? 事前申請は……あれ? おかしいな……。とにかく、こちらの書類に必要事項の記入を……あっ、帽子は取ってくださいね。それから、手荷物は――」
この直後。受付の職員たちは、朝日が男性であることに気づいて大パニックを起こす。
矢地ら課長連中が、血相を変えて飛び込んでくる数分前の出来事である。
◇◆◇
十五分後、警護課課長室にて。
「うぐわああああああっ!」
「うぅーめぇーーっ! 貴様と言う奴はあああああああっ!」
「おいっ、矢地っ、頭を掴んで持ち上げんなっての! くーびっ、首が痛いってーの!」
アイアンクローで、矢地の眼前に梅が吊り上げられている。さもありなん。
「あ、あの……矢地さん。僕は別に……」
「神崎君、甘やかさないでくれたまえ! この脳筋は自分が何をしたか、きっちりと身体にわからせてやらねばならん」
「んだよっ。朝日もいいって言ってんだから、別に――――ぬおおっ!?」
梅の顔をわしづかみにしている矢地の指先から、メキメキと嫌な音が響きわたる。
「来賓男性に対して公衆の面前で帽子を取るのを強要! さらには個人情報を書類に書かせる! 挙げ句に持ち物検査だあ!? トリプル役満だこの大馬鹿モンがあああああああ!!」
「ぎゃああああああ! 握力握力っ、だから、頭つぶれるっての。首が折れるっての。矢地っ!? おいっ!? ――ふんぎゃああああああっ!!」
右手に吊るされたまま、ピクピクと力なくぶら下がっている梅を、矢地はソファーへと投げ捨てる。
一転。爽やかな笑顔を朝日へと向けると。
「いや、すまなかったね神崎君。色々と順序が入れ変わってしまった。さて、……取り急ぎは君の滞在中、梅の補佐につくMapsを紹介しておこう」
「おーい梅ちゃん大丈ぶ――――あっ、はい。えと、梅ちゃんの補佐ですか?」
ソファーでKO中の梅が気になる朝日だが、矢地の話しかけられ、そちらへと気を向ける。
「ああ、この男性保護省内で君の身辺警護……と言うのもおかしな話だが、それでも君を一人にすることはできない。私も案内担当ではあるが、常時近くにいるのは難しい。そのフォロー要員と言う訳さ」
「なるほど、わかりました。じゃあ、よろしくお願いしますね」
「うむ。……よし、餅月入れ」
「は、はははははいっス!」
緊張に震える返事と共に、クリーニングしたてのスーツに身を包んだ餡子が課長室に入ってきた。
ビシッと敬礼をして、自己紹介を始めようとするも、朝日と目があった途端にガチガチに固まってしまう。
その様子に、仕方なく矢地がフォローを入れる。
「神崎君。紹介しよう、餅月餡子だ。これから三日間、君と行動を共にすることになる。……で、実はこいつは梅の後輩でね。しかも深夜子とは同期で友人でもある。よろしく頼むよ」
深夜子と友人! その情報に、朝日のテンションが一気にあがる。
自分に近しい人間と親しい間柄と聞けば、やはり親近感もわく。
「うわー、深夜子さんの友達で、しかも梅ちゃんの後輩さんなんですね。すごーい!」
初対面ではあるのだが、柴犬のような親しみやすい餡子の顔立ちもあって、話しかける時に思わず手を握ってしまった。
「はひいっ!?」
びくり、と餡子の肩が電気でも走ったかのように弾ける。
「あっ、すみません……つい、嬉しくて。僕、神崎朝日って言います。三日間の短い間ですけどよろしくお願いします。僕とのことは朝日って呼んで……あ、あれ?」
握った手はぐったりと力なく、餡子の目から完全に光が消え失せていた。
「あれ? 餅月さん? 餅月さん!?」
声をかけ続けるも、餡子は口を半開き状態で無表情のまま微動だにしない。
「おい、餅月どうした? ……これは……立ったまま気絶してるな……。ん? も、餅月!? い、息が止まってる? こらっ、息はしろ、おいっ、餅月!?」
「えええええっ!?」
「んだよ。情けねえな――」
まさかの呼吸停止。あせる朝日たちをよそに、復活した梅がひょいと顔を出す。
「――おら、起きろ餡子!!」
バチンッ! 軽いノリで餡子の背中に張り手を入れた。
「こひゅっ、ぶはあっ!! はひゅぶはっ、はぁっ……はっ!? あれ? ここはどこっスか? ……さっき、天使が自分の手を引いて悩みも苦しみも無い世界に連れていってくれるって……」
「「おいこらしっかりしろ!!」」
「い、いやいやいや……矢地課長。聞いてないっスよ、これ。男のっ……いや、その美少年……とか、もうそういうレベルじゃ無いっスよ……ヤバいっスよ」
辛うじて復帰した餡子だが、足腰立たずのへろへろ状態。
ぐったりと壁にすがりつきながら、混乱気味に感想を述べている。
それを聞いていた矢地が、もの言いたげな視線を梅に投げかけた。
(おい梅! だから言っただろう。せめてもう少し格上の連中からヘルプをつけろと)
対して梅も視線で答える。
(知るかっ! それに朝日相手じゃ誰でも変わりゃしねえよ)
(む、それも一理ありか……)
((ならば!!))
キラン! と合わさる視線。二人の中で意見が一致した。
「神崎君。ちょおおおっと協力して貰っていいだろうか?」
「え? あっ、はい」
「朝日、餡子の奴だけどよ。ちょっと驚いただけで本当はお前とすっげえ仲良くしたいってよ」
「ふあぁっ!? あ、姐さん?」
「そうなんだ神崎君。餅月は少し人見知りなだけでな、実は君のことをもっと知りたいそうだ」
「ふわああぁっ!? 矢地課長?」
しかして、矢地と梅監修の元。
コミュニケーションという名目の、美少年順応訓練が突貫で行われた。
しばしの間、課長室から餅月餡子の歓喜とも悲鳴とも取れる切ない声が響き渡ることになる。
――対応訓練完了後。
「うぐおおお……! 自分には何も思い出せぬっス……。しかし何をやるべきかはわかっているっス。それは朝日さんを護ることっス!」
「「よし、ばっちりだな」」
「こればっちりなの!?」
朝日もびっくりの怪しげな進化をしてしまった餡子だが、とりあえず、ヘルプ行動は可能なのでセーフ判定。
ここで、朝日は宿泊するフロア確認の為に矢地と企画課へ向かうことに。
梅と餡子は課長室に残って、朝日の身辺警護のすり合わせとなった。
「よし、それは頼んだぞ梅。三十分程度で戻ってくる」
「じゃあ、梅ちゃん、餡子ちゃん。行ってくるね」
「おうよ」
「は、はいっ、朝日さん! 行ってらっしゃいっス!」
――そして。
課長室の扉が閉まった瞬間。餡子が目を輝かせながら梅に飛びついた。
「うおおおおおっ! 姐さああああああんっ!! どうなってんスか? ヤバい、超ヤバいッスよ! 超可愛いし。超優しいし。あんな男の子、見たことも聞いたこともないッス。てか、姐さん超勝ち組じゃないっスか? 朝日さんの警護任務してるなんてさすがッス。最高――ぐはぁ!?」
梅の拳が餡子の頭に直撃。
「こら、落ち着けっての! 別にそれほどのこっちゃねえよ。俺にとっちゃ、朝日の外見とか関係ねえしよ……。ま、本当に護ってやりてえと思える可愛い男さ」
「ふおおおっ! 姐さん、さすがっス! 普通の女じゃ言えないセリフっスね! 最高にロックっス!」
「へへっ、俺を男の尻ばっか追っかけてる女どもといっしょにすんじゃねーよ!」
餡子のアゲアゲな褒め言葉に、梅の自分語りエンジンが点火。
朝日に出会ってからの話を、あれこれと自称硬派のそれっぽく披露することしばらく。
「――それにだな。Mapsの連中にも勘違いしてる奴が多いけどよ。男ってのはな、女の背中に着いてきなって気合いでいりゃ、自ずと向こうからよってくるもんなんだよ」
聞き上手な餡子に、梅も饒舌になってしまう。
実のところ、深夜子と五月にリードされてるのは感じているし、自分が奥手なのも自覚はしている。
さりとて、こんなたまのシチュエーション。ついつい見栄をはってしまうのも仕方ない。
「でも、姐さん。朝日さんって、やっぱもうアレっスか? すでに姐さんに惚れちゃってる感じっスか?」
「あん? へへへ。まあな、やっぱ餡子にもわかっちまう感じか?」
吝かでもないらしい。
この餡子の一言が、実にいいコースに入った。さらにご機嫌となった梅の武勇伝は加速していく。
それでも、上手く相づちをうち続けていた餡子だったが、ふと視線を課長室の入口へと向けた、その時。
「ッ――――!?」
だが、梅は餡子の反応に気づかない。べらべらと自分の男性観を語り続けている。
一方、餡子は愛想笑いをしながら、顔を青ざめさせるという器用な状態に追い込まれていた。
それもそのはず。部屋の入口に、朝日がニコニコ顔で立っている!
矢地よりも先に戻ってきたらしく。一人梅の背を見つめ、先ほどからのありがたい講釈を聞いてましたよ。と言わんばかりの表情である。
「それに今回の件もよ。朝日がどうしても俺とデートしたいって聞かなくてな……おっと、餡子。こりゃあ内緒の話だぜ。へへへ」
朝日の気配にまったく気づいてない梅。完全に自分の世界に酔っている。
そして、ついに梅の真後ろへ朝日到着。
「ま、それに朝日の奴は間違いなく俺に惚れてるしな!!」
言っちゃった!
「へー、そうなんだー」
「はひいっ!?」
梅の背後から、静かに、それでいて力強く、朝日の声が響いた。
「あ……ああ……あ、ああああ朝日?」
顔面脂汗まみれの梅。今までの人生の中で、最高にギクシャクした動きで振り返る。
押すなよ、絶対押すなよ。的なこと言ってた本人が、自ら押しちゃった瞬間であった。




