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#03 神崎 朝日

「――でゅ、でゅへは、しぇ、しぇちゅめいにょちゅぢゅきうぉ……(で、では、せ、説明の続きを……)」

「深夜子さん。だ、大丈夫ですか?」


 朝日の眼前には、見事なまでグダグダになった深夜子が床にうずくまっている。

 さっきから自分の顔を見ては、顔を真っ赤にしてクッションに押し付けるの繰り返しである。

 これは無理だと感じた朝日は気を使い、早めに夕食をとって今日はもう休むことを提案した。


「むう。なんか申し訳ない」

「いえ。僕も少し疲れてるから、ちょうど良かったです」


 説明半分。職務消化不良。深夜子としては非常に不本意だが、今の状態では仕方がない。

 朝日の気遣いを受け入れることにした。しょんぼり。

 さりとて、そうと決まれば手早く出前を手配するのも仕事の一環。二人で食事、続けて風呂も手早くすませる。


「それじゃ、深夜子さん。おやすみなさい」

「うん。朝日君お疲れ様。おやすみ」


 挨拶を交わし、それぞれが自分の寝室へと移動する。

 朝日は部屋に入って、なだれ込むようにベッドに寝っ転がる。

 きっと高級品だろうな、と感じる布団の上で天井の模様を見つめた。視界に入る蛍光灯の光が少し目にしみてしまう。


 スッと目を閉じ、深呼吸を一息。頭の中にぼんやりと、ニ日前、矢地とやり取りをした記憶がよみがえる。


『無論、我々も君を元の世界に帰してあげたい。だが、今までの話から推測するに、君の世界と我々の世界の文化や科学水準はほぼ同等と思われるんだ。つまり……その……言いにくいんだが、君が巻きこまれた状況は我々の理解も超えている。最大限の努力をさせてはもらうのだが――』

『わかり……ます。難しいんですよね? 僕が元いた世界に帰ることが……』

『……すまない。現状では困難と言わざるを得ない。その代わりというわけでもないが、男性である君は我々にとって完全な保護対象だ。今後の安全、そして充分な生活環境は間違いなく保証する』

『そう……でしたね、仕方ない。……いや、感謝するべき……ですよね』

『そう言ってくれると助かるよ。君は国際規定文化圏外国人として扱われる。これから一年間は我々の保護下で生活してもらうことになる。その後に帰化。または別の法的手続きが適用され、国民として迎えいれさせて――いや、まだ気にしなくて結構だ。まずはこちらの文化に慣れてくれたまえ』

『ははっ、慣れるって! ……矢地さん。例えば、僕たちの世界で重婚は犯罪ですよ? 他のことだって――はいそうですか、慣れました。なんて思える気がしないですよ』

『神崎君。厳しいことを言うようですまないが、それはお互い様なんだ。こちらからすれば、なんのことはない当たり前の話――だが、君にとっては酷なことなんだろうな……(かさ)(がさ)ねすまないと思う。今、ここまでしかできないことを許して欲しい。しつこいようだが、君が元の世界に帰還するための協力は惜しまない。調査も継続する。そこは信じてくれたまえ』


 ――現実はなかなかに厳しい。


「面倒見るかわりに……ってことなんだろうなぁ……」


 快適な生活環境を提供する代わりに自分の身体を差しだせ。朝日はそう言われた気がしていた。

 

「ほんと……異世界って言ってもコレは無いよ。どうせなら、ファンタジー世界に転移してチート能力があって無双してハーレムでしょ? 普通のテンプレはさ……」

 

 自嘲気味に朝日はつぶやく。この世界での自分は貴重な男性。

 しかし、それだけだ。何か特別な力があるわけでもない。ただの保護対象(・・・・)なのだ。

 あまり好きではない自分の容姿がもてはやされるのだけが、わずかな救いであった。



 ――神崎朝日は特別でも何でもない。普通の高校生なのだ。


 世間的な普通(・・)と違う点。強いてあげるなら、母子家庭で母と二人の姉の四人暮らしだったこと。

 それと中性的で美しい容姿の二点である。 

 その容姿もあって、二人の姉に溺愛されていたのだが、所謂(いわゆる)男の娘的扱い。

 かといって、何かトラブルがあったわけでもない。学校生活も中学生までは普通だった。


 環境が変わったのは高校生になってからだ。朝日にとって、高校生活はあまり良い印象がない。

 二次性徴後も外見があまり変わなかった朝日。何より、姉たちに溺愛される中性的な容姿の見栄えが良すぎた(・・・・)

  

 さらに優しくておとなしい性格が災いし、一部の同級生たちから外見をからかわれ、腫れ物的扱いを受けてしまった時、朝日はそれ(・・)に反発し、自己を確立をすることができなかったのだ。


 人の顔色をうかがい、愛想良く、深入りしない。

 そうやって身を守ること心がけた。ゲームをしたり、小説や漫画を読んだり、一人で過ごす時間が多くなる。

 (おの)ずと人間関係は薄くなっていった。


 そんな微妙な高校生活を送りながら、気がつけば一年が経過して二年生になった。

 だからと言って何も変らない。ただ日常が続くだけだった――――五月、とある日の学校の帰り道まで。


 その日、交差点で突然飛び出してきたトラックと朝日は鉢合わせた。

 そう、異世界転移と言えば皆さんお待ちかねのトラックである。


 ――それはともかく。


 跳ねられた……はずだったのだが、なんとトラックは朝日をすり抜けていった。同時に違和感に包まれる。

 いつの間にか交差点ではなく、淡い光に包まれたトンネルの中に立っていたのだ。


 当然、自分に身に何が起こったのかは理解できない。それでも引き寄せられるようにフラフラと足は進み、気がつけばトンネルが終わる。

 するとそこは色々な機械がところ狭しと置かれている部屋の中であった。

 無論、朝日には知るよしも無いが、ここは曙区にある医学研究施設の地下区域。現在、使用されていない一室だ。


 自分がどこにいるかなど見当もつかない朝日だが、いつまでも同じ場所にいても仕方ないと考えて歩き始める。

 幸いにも建物は複雑な構造ではなく、すぐに上の階段にたどり着き、ひらけたロビーへ出ることができた。


 そこには医療関係者と思える人々が行き交っていた。とにかく、人がいることに朝日は安心する。

 対して、あわを食ったのはこの施設の職員たちである。

 突然どこからともかく貴重な男性が現れた。しかも、非の打ち所が無い容姿の美少年。近くにいた施設の職員たちに軽いパニックが発生した。


 あっという間に朝日は女性たちに囲まれた。まるで目がハートマークになっているのかと思えるほどの熱い視線。

 だんだんと恐怖を感じ始めたが、勇気を出して一人の女性に道に迷っていることを告げた――。



 結果的にではあるが、転移した場所も含めて朝日は非常に運が良かった。

 その場所は男性にとって危険の少ない医療関係の施設。話しかけた女性は施設の責任者、事態を収拾し適切な対応をとってくれた。

 それから、朝日は男性保護省という聞きなれない施設へ保護されることになったのであった。



 ――あわただしかった数日間。

 現在までの出来事が頭の中で整理され、意識が追いつく。

 朝日は閉じていた目を開け、まぶたをこすった。


「帰れるのかな……僕。深夜子さん、変わってるけどいい人だったな……」


 まだ深夜子と出会って二日目。短時間ではあるが、好ましい人柄だと感じる。非常に個性的だけど……。

 まあ何より自分に対してとても好意的だ。

 なんだかんだと職務にも忠実で安心できる――少しでも前向きに考えようとする朝日だが、胸の奥にある違和感はぬぐえない。


 天井を見上げながら、ぐっと心臓を掴むように服の左胸側を握りしめる。

 思い浮かぶのは、多数の女性たちから向けられ続けた熱烈な視線。コンビニで感じた得体の知れない恐怖。

 積み重なった不安で、朝日の心は押しつぶされそうになっていた。

 

「帰り――たいよ。……母さん、姉さん。……誰か。う……ううっ、ひぐっ」

 

 我慢ができなかった。自然と嗚咽が漏れてしまう。

 この世界へ来て四日目、落ち着いて考える時間と場所ができたことで緊張の糸が切れてしまった。


「う……うぐっ、うわあああーーーーっ」


 涙が止まらない。朝日はしばらくの間泣き続けた。


◇◆◇


 ――コンコン。


 突然、部屋にノックの音が響いた。朝日は身体をビクッと震わせる。

 深夜子の寝室とはかなり距離が離れていた。自分の泣いている声など聞こえないはずだ。ところが――。


『……あ、あの朝日君。いい……かな?』

 扉の向こうから、深夜子の申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

 泣いているを聞かれてしまったと朝日は少し焦った。一つ年上だけど、女性に泣いていたと知られるのは男子としてちょっと恥ずかしい。

「あ、鍵開いてますよ……どうぞ」

 さっと涙をぬぐって、極力平静をよそおい返事をする。

 

 すると、ゆっくりと扉が開いて遠慮がちに深夜子が入ってきた。

 昼間のスーツ姿と違って寝間着姿。薄いブルーのフリルワンピースがスレンダーな体型とあいまってとても色っぽい。

 朝日は少しドキッとしてしまう。

 

 ところがどっこい。本当にドキッとしているのは深夜子である。

 驚異的な聴力(ミヤコイヤー)によって朝日の異変を敏感に察知し、部屋へとやってきたのだが……。


(ふおわあああああっ、ちょっ、朝日君。上はうっすいTシャツ一枚だけ? ちょとすけけけけ、ふぉあっ、し、下はショートパンツだけ? ふ、ふとももがががががが)


 朝日にとっては寝間着代わりの普通のTシャツとショートパンツ。

 しかし、深夜子にとっては破壊力抜群の薄着(・・)だ。


(何これ? やっべーエロかわ、ちょうエロかわ)

 

 本来ならのたうちまわって悶絶し、健全な女子としての歓喜をいかんなく表現したいところだが、そうはいかない。

 場面が場面だけに朝日の状況確認――業務優先なのだ。


 深夜子は太ももの裏を指でつねりながら真顔を保つ。あいたたた。

 痛みとひきかえに冷静さを取り戻し、朝日を注意深く観察する。

 やはり精神状態が芳しくなさそうだ。すばやく脳内で対処法を検索する。

 

「あの、今……泣いてた?」

「えっ!? いやっ、そ、その……だ、大丈夫……です……から」


 やはり聞かれていた。朝日は恥ずかしさからカッと頬が熱くなる。

 しかも、ごまかし切れずに微妙な返事をしてしまった。


「あの、朝日君。体調悪い?」

「そんな……こと……ないです」

 一方、深夜子は男性学のマニュアル通りにメンタルケアを実行する。

「ほんと、大丈夫?」

「あっ……その、だ、だいじょうぶ。大丈夫ですから!」

 できるだけ優しく、落ち着いた声を心がける。

 深夜子にとって初の実戦だが、自分でも驚くほど穏やかに語りかけることができていた。

 そうか、どうやら思っていた以上に朝日のことが心配なのだ。と自身の気持ちに気づく。

「そっか……気分はどう。辛くない?」

「…………」


 逆に、朝日の弱った心には深夜子の優しく落ち着いた声が針のように突き刺さる。だんだんと余裕が削りとられていく。


「朝日君……あたしの勝手な想像」

「……なん……ですか?」

「もしかして今まで無理してた?」

「――――っ!?」


 図星。


 朝日はこの環境の中、わずかでも自分の立場を守る為、ただひたすら愛想よく、周りに気を使い続けていた。

 それが力の無い自分にできる唯一のことだったからだ。

「その、無理……しないでいいよ」

「いやっ、それは――」

 見透かされた。朝日は心が丸裸にされるような感覚に焦燥感を覚える。優しさがむしろ息苦しい。


 それを知るよしもない深夜子は、朝日のストレスを少しでも軽くしたいと考える。

 男性学で得た知識を総動員中だ。朝日の個人資料の内容もつぶさに思い出す。

 今、彼の置かれている環境。今日までの状況を基に推測――導きだされる答えは……。


「朝日君。帰りたいん……だね?」

「なっ……」

「さみしいんだよね。いいよ……無理しないで、大丈夫」


 核心の一言。

 朝日は心の中で押さえていたモノが一気に吹き上がるのを感じた。


「―――――だよ」

「え?」

「そうだよっ、帰りたいさっ! でも……でも、どうしろって言うんだよっ!?」


 突如、振り絞るように朝日が叫んだ。

 深夜子は驚くと同時に感じとる。まだ二日だけだが、知っている穏やかな彼とは違う。

 無理をしていた反動――本音だと。


「いきなりっ、気づいたらっ、こんな世界に放り込まれるとかなんの冗談だよっ。女の人ばっかで、僕のことを変な目で見てさ!」

「朝日……君」

 

「わかるんだよ。僕のことを獲物のように見てるのが! だから怖くて、怖くて……」

「……ごめんなさい」

 

「深夜子さんだって……あの人たちと同じなんでしょっ?」

「…………ごめんなさい」


「……帰して」

「え?」

「ねえ、帰してよ! 僕を元の世界に帰してよっ、家に帰してよっ!」


 (せき)が崩れたダムのようだった。感情をあらわにした朝日が、訴えながら掴みかかってくる。


「……それは」 

「どうして? 協力してくれるんでしょ!」

「ごめんなさい……今は無理」


 それでも深夜子は冷静に、穏やかに対応を続ける。

 

「なんだよ。なんなんだよそれ……」

「でも……いつか必ず帰してあげる。だから」


 深夜子は自分の服を握る朝日の手に、そっと手を重ねる。

 今ばかりは役得だとか、美少年のおててすべすべハァハァだとか、そんな場合じゃない。

 もうマニュアルでもなんでもない。目の前にいる弱々しい男の子が、ただただ可哀想だった。


「落ち着いて、ね。大丈夫」


 そんな深夜子の対応に、朝日は少し落ち着きを取り戻した。ハッと我に返って現状に気づく。

「あっ!? 僕、その……ひどいことを……ご、ごめんなさい」

 やってしまった。意地の悪いことを、ひどいことを言ってしまったと。 

「ううん。朝日君は悪くない。何も悪くない」

「で、でも僕……」

「大丈夫、悪いのはあたしたち。朝日君は気にしない」

 うろたえる自分に、なおも深夜子は優しく穏やかに語りかけてくれる。


「なんで、どうして僕にそんなに優しくしてくれるの? ……ただの……仕事でしょ」

「ううん、仕事じゃない。……朝日君。あたしのこと怖くないって言ってくれたから……カッコイイって言ってくれたから」

「え?」

「その……嬉しかったから……あ、朝日君のこと。す、すす好き、だから」

「ははっ……何それ。ちょろすぎでしょ……まだ、会って二日だよ?」

「そ、それは……」


 それは違う。この世界、ほとんどの女性にはその一日(・・・・)すら無いのだ。


「と、とにかく。いつか、絶対、元の世界に……ニッポンて国に、帰す。……それまで朝日君はあたしが守るから」

「え? 何を……」

Maps(しごと)よりも朝日君が優先……あたしがんばる。だから……朝日君も少しだけ、がんばって」

「深夜子……さん……?」

「ね、約束……するから」


 深夜子の鋭く猛禽類を思わす目だが、その真剣な眼差しと微笑みに不思議な優しさを感じる。

 間違いなく本気で言っている。まだ出会って二日の、自分のために、そんな――深夜子を見つめていると、朝日はぎゅっと胸がしめつけられた。

 嬉しくて、目から涙がポロポロとこぼれ落ちてしまう。


「み、やこ、さん……う、うぅ……うわあああああっ」

「ふぇ、うわっ……ちょっ、ちょっと。あ、あああ朝日君!?」


 なんと、泣きながら朝日が抱きついてきた。深夜子の動揺ゲージは一瞬にしてマックスに直行。

 それも当然、男性に抱きつかれるなど産まれて初めてだ。なんたる幸運(ラッキー)

 おっふ。あまりの衝撃(しあわせ)に意識が根こそぎ刈り取られそうになる。

 しかしそうはいかない! こんな素敵な感触を堪能せずして何が女か! 深夜子は根性で踏みとどまる。


 ふにっ――自分の胸のふたつの膨らみが朝日の顔に押し分けられた。

 密着した上半身、背中に回された手から心地よい圧力と体温を感じる。

 あ、そういえばブラ着けてくるの忘れてたな……やっちゃったな……でも、むしろ忘れて良かった。やったぜ!

 早くも深夜子の思考はセクハラモード全開になっていた。


 淑女モードは本日閉店時間である。ガラガラッ!


 そして、アニメや映画でしか見たことのない場面を深夜子は思い出す。

 こういった時は確か……と恐る恐る朝日の頭を撫でて、軽く抱きしめ返した。


 ぎゅ、なでなで――。


 ……なんたる至福!!

 ああ……今、自分は男の子を抱きしめている。

 さらに、自分の胸に男の子が顔をうずめてくれている。圧倒的万能感に深夜子の脳は支配されていく。


 心を痛めた美少年の頭を撫でつつ、自分のおっぱいで抱きしめ癒す。

 たとえ、百万回転生したとしても出会えないであろう、おっぱいにとって至高にして究極。聖母が体現するがごときおっぱいシチュエーション。

 おっぱい冥利に尽きるとはまさにこのこと。

 今、深夜子(あたし)のおっぱいは神聖属性を得た! おっぱいの未来に栄光あれ! おっぱい! おっぱい!

 

 しかし悲しいかな、至福の時とは長く続かないようだ。

 なんとも言えない朝日のいい匂いと感触が、深夜子の理性をゴリゴリと削り取る。限界は瞬く間に訪れてしまった。


 やばい!!


 このままだと間違いなく朝日を押したおし、本能の(おもむ)くままにこと(・・)に及んでしまうだろう。

『Mapsによる保護男性強漢事件』

 明日の三面記事とワイドショー出演確定。ついでに人生終了確定じゃないか。


「あ、ああああさひくん……げ、限界……かも」

 

 朝日を抱きとめる形のまま、深夜子は限界を迎えてしまった。

 そのまま力尽き、後ろに倒れこむ。必然、朝日が自分の胸に顔を密着させたまま覆いかぶさる形になる。


 だが、その衝撃が上手く冷静さを呼び戻してくれた。

 自分も、朝日も、まるで磁石が反発するかの如く、弾けるように起き上がりながら離れた。

 見れば朝日もこの状況を理解し、顔を真っ赤にしている。ちくしょうめちゃくちゃ可愛い。


「みっ、みみ深夜子さん。その……ご、ごめんなさい」

「いや……朝日君は気にしないで……我がおっぱいに一片の悔いなし! ぷっしゅーー」


 深夜子昇天。


◇◆◇


 ――深夜子が復活してからも、ぎこちなさは残る。回復まで若干の時間を要した。

 会話の切り口らしい切り口も見えず、さらに時間が経過していく。


 そんな中、ふと何かを思いついたらしく深夜子が口を開いた。


「そだ! あたし元気になれる方法知ってる!」

「え?」


 そう宣言すると、深夜子はリビングからバックを持ってきて、中からごそごそと何かを取り出した。


「朝日君、はいこれ」

「はい? これって」


 ポンと渡されたのは、ゲーム機のコントローラーのようだ。

 これは? ……もしかして。

 それは朝日の知っている国民的人気メーカーのものにそっくりだった。


「え、えーと……深夜子さん?」

「大乱戦クラッシュシスターズ。楽しい」

「はぁ?」

 そのあまりの脈絡のなさに、朝日は唖然(あぜん)としてしまう。

「あたし強い。ピンクの悪魔と呼ばれてた」

「はあぁ?」

「対戦すると楽しい、元気出るよ」


 一方的にやる気まんまんの深夜子。朝日はただ呆然と見つめる。

 そして――。

 ああ、この人は本当におもしろいな。それに……優しいな。

 そう感じた瞬間。自分の表情が、感情が、心が、一気に緩んでいくのがわかった。


「……ぷっ」

「え?」

「ぷ、はは、あははははっ、何それ? ばっかじゃないの?」

「ふぇ?」

「ははっ、あはは! あはははははは!」

 朝日は腹を抱えて笑い続ける。

「え? え?」

 深夜子はどう受け止めて良いのかわからず困惑する。

「いや……ありがとう深夜子さん。少し元気が出たよ」

「ほ、ほんと?」


 泣きはらした目が少し腫れぼったいけど、さわやかな気分で朝日は感謝を口にした……だけでは終わらない。


「それに……多分。僕、このゲーム強いですよ」

「!? ……ふ、ふふふふ。それは楽しみ。いざ!」


 その後、二人の対戦は早朝五時まで続くのであった。

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