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男性保護特務警護官~あべこべ世界は男性が貴重です。美少年の警護任務は婚活です!  作者: Takker
第五章 特殊保護事例X案件 五月雨家へようこそ!
36/69

#33 特殊保護事例X案件

※注意

今回はストーリーの都合上、シリアスかつネガティブな要素がございます。

苦手な方はご注意下さい。

以降、完結までこれ以上のシリアス要素はありません。

よろしくお願い致します。

 朝日たちと別れた新月(わかつき)は、経済推進同盟の定例会合前に、ビル最上階のとある部屋に来ていた。

 まるで劇場のドアにも見える立派な扉の前に、新月護衛部隊の黒服と警備員たちが待機している。


 部屋は五~六人程度が会議をするのに適した広さで窓はない。

 天井から三つほど吊り下がる高級感(あふ)れる小型シャンデリア。

 照明は弱めで薄暗く、かろうじて新月の顔が認識できる明るさに調整されている。

 わずかな明かりを受けて、黒い光沢を放つ楕円形のテーブルが部屋中央に一台。

 本革のプレジデントチェアーが二席あり、奥中央に一人、その向い側に新月が座っていた。


「それで……五月雨のお嬢。わしと差しで話とは――連れ回しておる坊や(・・)に関係することかの?」

「わかってくれとるなら話が(はよ)うて助かるわ。弥生(やよい)(ねえ)さん。じゃけど、本題は別にあっての……ワシが聞きたいのはボン(※朝日)のことよりも、その前(・・・)の話じゃ」


 薄暗い視界。どのような人物かはわからないが、声から察するに弥生と呼ばれた女性は高齢のようである。

 それと、この明るさでもはっきりわかるのは、新月よりも二回りは大きく、立派な体格の持ち主であることだ。

 

「……ふぅ。あんまり耳に良い話ではないぞ」

「ああ、それなりには知っとる。五月雨も……いや、お袋も絡んどった話じゃけえの。それでワシもお袋に聞いてはみたんじゃが、姐さんに聞けの一点張りで……こうなっとるわけじゃ」

「やれやれ、(あき)ちゃんも相変わらずじゃな。わしに丸投げかい? ……まあ、寝待の娘に加えて五月雨の娘までも関わるとは、なんの因果がかと思うたが……そうよの、おぬしは知っておいてもよかろう」


 弥生が太い指で葉巻をはさみ、先端に火をつける。

 軽く煙を含んで、ゆっくりと吐き出しながらその話は始まった。


『特殊保護事例X案件』

 男性保護省によって保護された、極めて特殊な事情を持つ男性。

 過去、発令されたのは二件のみ。一件はもちろん現在進行形である朝日についてだ。

 そして、もう一件残されている記録。今から二十五年前に起きた、特殊保護事例という言葉が生まれる元となった事件。

 この事件に関しては、意図的に(・・・・)ほとんどの記録が残されていない。

 仮に男性保護省の全データ閲覧権限を持つ者が調べたとしても、全貌を把握することはできない。

 それは何故か? 答えは至ってシンプル。記録に残せない(・・・・)内容だったのだ。

 黒歴史――二十五年前の政府及び男性保護省の大失態。前例に無い、あまりにも特殊な保護男性の身に起こった悲劇である。



 ――当時、十九歳のある男性が保護された。

 中肉中背、見た目は日本基準にすれば標準。少し地味で暗めな印象、どちらかと言えばもてないタイプの男であった。

 街中で右も左もわからず途方に暮れていた彼に、一人の女性が声をかけた。

 どこから来たのか? どうしたのか? 問いかけても返ってくるのは、聞いたこともない国や地名。

 そう、彼は朝日と同じく。偶然にも、この世界に転移してしまった日本人男性だったのだ。


 その彼を保護した女性こそが『寝待(ねまち)朝焼子(あやこ)』、深夜子の母であった。

 朝焼子は当時、新月の母(五月の祖母)である『五月雨(さみだれ)秋月(しゅうげつ)』の護衛部隊に所属。

 弱冠十八歳にして、秋月の親衛隊リーダーを務める腕利きであり、その信頼も厚かった。

 朝焼子と日本人男性。この二人の出会いから悲劇ははじまる。



「――まさか……深夜子さんのお母様が、お婆様の護衛を務めておられたなんて……」

 移動中の車内、五月が驚きながら口にする。

 タブレットに表示されたデータを、真剣な表情で見つめている。深夜子に聞かれ、朝焼子について調べていたのだ。

「んー、母さんのそんな話聞いたことない」

「もう二十四年以上昔のことですし、深夜子さんは産まれておられませんもの。それに、任期も二年くらいで退職されてますわ。何かあられたのかしら……」

「ほう……寝待様のご母堂が私と同じ……やはりこれは運命かも知れませんね、愛しい深夜こ――」

「それ関係ない、変態っ! ふしゃあああああっ!!」


 とりあえずガチ百合は放っておこう。



 ――さて、完全に常識の基準が違う朝焼子ら二人。

 朝焼子からすれば、彼の外見は一般的な男性とは比べ物にならないほど健康的で魅力溢れる美丈夫に映った。

 一方で彼からすれば、朝焼子の外見は高根の花と呼べるほどの美しさに思えた

 朝焼子はそんな彼に一目惚れをしてしまう……のだが、彼女はこの世界の女性にしては珍しく、(日本的に)古風で控えめな性格。


 本来なら彼に声をかけることもできなかっただろう。――が、一目惚れの力は実に偉大だった。

 朝焼子は自分でも驚くほど積極的に、彼への猛アタックを敢行する。

 さらには、保護男性として届け出ずに、彼を個人で匿ってしまった。

 むざむざと彼を国に引き渡す前に、何かしらの手段を講じようと考えたのだ。

 それに朝焼子は、男性を匿うだけの力も持っていた。

 結果、朝焼子の容姿に惹かれていた上、女性免疫のなかった日本男子たる彼は見事陥落した。


 しばしの交際を経て、準備万端。

 あとは国に保護の届け出をする時『この女性といっしょに居たい』と彼が主張すれば万事解決。

 男性保護省との交渉は、雇い主の五月雨秋月のバックアップもあって順調に終了。

 これで国も公認。二人はそのまま愛を育み、めでたしめでたし――とはいかなかった。


 ――ここから、朝焼子と彼の運命の歯車が狂いはじめる。



「ふうーーーーっ」


 新月の手元にある灰皿には、タバコの吸殻で小山ができていた。

 薄明かりに照らされた煙の帯が、部屋中に広がっている。


「よし、ここまでは知っておるな? ならば……」

「ああ……わかっとる。この先は然るべき相手にしか伝えんし、必要なけりゃ墓まで持ってくわ」

「うむ。それでは……」


 当時、この国の男性権利は発展途上であった。

 今、朝日が守られているしっかりとした男性福祉は、ここ十年で急速整備された法案も多数存在する。

 その根幹とも言える『男性権利改革』が始まったのが二十五年前。発端であり犠牲となったのが『彼』なのである。


 順風満帆な朝焼子と彼の関係だったが、恋は盲目とは良く言ったもので、あまりにも短期間にこと(・・)を進めた影響が出始める。

 男性を共有(シェア)することが常識の朝焼子たちに対して、非常に女性へ一途な性格であった彼と隔たりが生じたのだ。

 当時、男性は一人の女性と結婚した場合。以降一ヶ月以内に法律で定められた人数――最低でもさらに二人と結婚しなければならない。

 これは長期間男性を独占すると、一人目の妻と以降の妻たちとの関係がうまく行かない場合が多いためだ。


 それゆえ彼はこの世界の常識に慣れる間もなく、朝焼子と結婚する為にも、国から二人の女性と関係することを迫られてしまった。

 朝焼子にとっては常識であり、当然なんとも思わない。しかし、彼は朝焼子に対して不貞の念、罪悪感を抱いてしまう。

 それでも、まだその時は破綻していなかった。

 ――であれども、一旦狂い始めた歯車は、容赦なく大きな悲劇を呼び寄せていく。


 発端は男性保護省の聞き取り調査にて語られた、日本についての情報だった。

 当時は低い男性出生率の対策として、遺伝子研究が盛んな時代。

 結果的には神の領域であり、解明は不可能に近い。だが……それにすら気づいていない時代である。



「――おいっ、姐さんまさか?」


 まだ長さの残るタバコを灰皿に押し付け、テーブルに身を乗り出した新月が、食い気味に声を上げる。


「……そのまさかじゃよ」


『曙遺伝子研究学会』

 二十五年前。遺伝子研究最先端として、軍の一部も関わり、過激な派閥を内部に抱えた医療研究機関があった。

 研究者らは男性の遺伝子情報、精子の仕組み解明こそが男性出生率を改善する鍵と公言。

 政府を通して、世の男性への協力という名目で精液提出義務の強化、提出回数の引き上げなどを行った。

 その影響は学会解体後も数年残り続け、男性や既婚者からは男性虐待の根源と目の敵にされた組織である。


 そんな組織の研究者たちが、彼の情報を手に入れて黙っているわけがない。

 なんせ男性出生率が約50%、男女比1:1の世界から来たという研究対象(サンプル)だ。

 しかも、ご丁寧に戸籍を持たない身元不明のオマケ付き。

 すぐさま医学会と軍の一部から、男性保護省に彼の戸籍取得、及び朝焼子との結婚に猛烈な妨害工作が仕掛けられた。


 だけに終わらず。政府に対しては、世界救済の研究と言わんばかりに彼の身柄の即時引渡しを要求。

 政府、男性保護省に加え、五月雨秋月と朝焼子が泥沼の戦いを繰り広げる事となる。


 ここで決定打になったのが、特殊保護男性に関する法整備がなされて無かったことだった。

 彼は数ヶ月に満たない期間ではあったが、遺伝子研究会に拘束される状態となってしまう。

 政府と男性保護省が、急ぎ(のち)の『特殊保護事例X案件』と、それに関連する特殊保護男性の対処法案を作成、成立させるも、悲劇はその前に起こってしまった。


 人体実験とまでは行かないが、彼は恐ろしく管理された生活を強いられた。

 研究と称して、好きでもない女性をあてがわれ身体を合わせることも多々あった。

 唯一、心の拠り所だった朝焼子との時間もほとんど奪われてしまう。

 ついにある時、散歩と称して出た海岸沿い。

 そこで監視の隙を見つけて逃走した彼は、断崖絶壁付近で行方不明となる。


 現場近くは全てが海に面した断崖絶壁。

 国を上げての捜索をするも、彼の発見には至らなかった。

 自殺を疑う他はなく、この一件から政府と男性保護省は一転攻勢にでる。

 遺伝子研究反対派の議員を擁立して、曙遺伝子研究学会の解体と遺伝子研究の凍結を敢行。

 それから約三年の月日をかけて、男性権利の根幹的見直しと共に悲願を達成するのであった。


 後日、彼の隔離されていた部屋から、直筆の書置きが見つかった。

 それは彼の故郷の文字で書かれているため、誰にも読めない。

 誰かに宛てた手紙か、はたまた遺書か、その真相は現在も不明のままである。



「――なるほどの……えぐい話じゃのお……ん!? 確かあの頃……遺伝子研究に関わった奴等が、大量に自殺やら事故死やらして――」

「ふぅ……寝待の仕業よ。先代――寝待朝焼子の母は、次期当主を辱しめられたと取ったからの。それに朝焼子自身も修羅と……まあ、これは余計な話じゃな」

「あー、ワシも家を出とった頃じゃし、朝焼子と言うほど面識も無いしのお。こりゃあ聞かんかったことにしとくわ」

「うむ。で、おぬし、これを知ってどうするつもりじゃ?」

「いや、今は国がボンをきちんと扱えるのがわかりゃあそれでええ。ワシもボンの情報見たときゃ目を疑ったけえの……。その上、五月(むすめ)が担当とくりゃ気にもなるわ」

「ほっほ、老婆心のひとつでもわきおったか? ……いや、おぬしはあれか、確か旦那を拘束し過ぎてやらかしとったの? その罪滅ぼしに娘と坊やに――」

「やっかましいっ! どっちにしても、あとは若い衆にまかすけぇ……そっちもいらん手出しは無用で頼むで。なあ、弥生姐さ――いや、男性保護大臣六宝堂(りくほうどう)弥生(やよい)閣下」


 今となっては、当事者とそれに関わった極一部の者のみが知る国の黒歴史である。


◇◆◇


 午後二時三十分、館内にアナウンスが流れた。


『本日のご来場、誠にありがとうございます。当会場のイベント案内をさせていただきます。四階特設イベント会場にて、プロレスショーを午後三時三十分より開催致します。なお、メインイベントからご観戦希望のお客様は――』


 そんな中、こちらは六階のゲームセンターで、何故か対戦格闘ゲームにハマっている朝日。

 日頃、深夜子としている練習の成果を――いや、アーケード筐体でする通信対戦は久々で新鮮だったのだ。

 朝日はゲームを続けながら、アナウンスされている賭けプロレスの案内を聞く。

 まずは前座扱いで予選が実施され、賭けの対象となる本選は、夕方からディナー形式であるとの説明だ。


「ん? 梅ちゃんどうかしたの?」

 隣の椅子に座っている梅。放送が流れてから少しそわそわしている。

 不思議に思い、ゲームをプレイしながら確認する。

「ん? ああ、ちょっとな――おっ、五月の母ちゃんが戻ってきたみたいだぜ」

 微妙な反応の梅だったが、ちょうど新月たちが六階に到着したことに気づく。

「ほんとだ。じゃあ梅ちゃん行こっか」

 ゲームを終了して、朝日たちは新月の待つロビーへと向かった。


「朝日ちゃーん。どーですかー、楽しめてるかしらー?」

「そうですね。ここは春日湊よりも色々あって……と言うか、向こうは行ってもあんまり人がいなくて――はは」


 一度、深夜子らに連れていって貰った遊興施設。

 あまりに閑散たる状況で、全く楽しめなかった記憶に朝日は苦笑いする。

 それだけに、今日はとても楽しめていた。

 パッと笑顔を輝かせて、新月に喜びを伝える。


「だから、ここには本当にびっくりしました! 男性でも遊べる場所なのに、女の人もずいぶん多いから……その、やっぱり賑やかなのって凄くいいですよね!」


 朝日にとって、男性保護省の関係者以外の女性と交流するのは実に久々であった。

 何分ここは財界人関係者限定の社交場だ。

 しっかりと男性の安全確保がなされた上で、健全な男女交流ができる機能を合わせ持っている。

 ここに来ることができるのは、財界人の家族や関係者など、身元の確かな女性ばかり。

 そうは言っても、女性たちの最終的な狙いは一つだけ。

 朝日への粉かけ具合は半端でなく、梅と黒服たちは終始大忙しであった。


 まあ、最終的には一人でゲーム筐体の通信対戦に没頭してくれたので、一息付けた梅たちである。


「そうなのよねー。男の子がのびのびできる場所ってー、お(うち)以外はほんとに少ないのよー。気に入ってくれて嬉しいわー。また行きたくなったらー、いつでもお電話ちょうだいねー」

「はい、五月さんのお母さん。僕のために気を使ってくださってありがとうございます」

「あらあらーまあまあー、朝日ちゃんはいい子ねー礼儀正しい男の子ってそそる……いや、素敵だわー。いいのよー、よそよそしくしなくてもー。ママのことはママって呼んでくれれば――」

 目を輝かせた新月が、朝日の手を握ってスリスリし始めたところで……。

「呼ばせねーよ!」

 梅が首根っこを掴んで引き剥がした。


「んもー、大和ちゃんたらーわかってますよー」

 ぷーっ、と少し不満そうなふくれ顔を見せた新月。四十代ですけどね。

「はーい。それじゃあ、みんなー、これからプロレスのイベント会場に行きますよー。観戦席にディナーも予約してありますからねー、五月ちゃんたちもー、その頃には到着すると思いまーす」


 ふにゃりと顔を和らげ、新月はやたら気の抜ける号令をかける。

 かくして、朝日御一行はイベント会場へ向けて出発となった。


◇◆◇

 

 少し時間は経過して、午後四時を回った頃。

 イベント会場のある四階へ向かうべく、バタバタと階段を駆け上がる影が三つ。

 五月、深夜子、蘭子の三名である。


「ハァ……ハァ……。やっと……やっと着きましたわ」

「大丈夫ですか? お嬢様。ずいぶんお疲れのご様子」

「てか五月(さっきー)、あちこちで話し込みすぎ」

「しっ、仕方ありませんでしょっ! ここには五月雨家の者として来ているわけですから、ご挨拶をいただいて無下には――」


 肩で息をしながら、困り顔の五月。

 なんとか少し早めに到着はできたものの、何分場所が場所。

 道中、新月の顔見知りに蘭子が呼び止められて挨拶をする。

 すると、相手の『そちらの方は?』に始まり『なんと五月雨のご息女でいらっしゃる!?』の流れが発生する。

 必然会話は長引き、それを繰り返すこと数回。この時間になってしまった。


 ともあれ、新月たちがいるイベント会場になんとか到着。

 四階はワンフロア丸々が、円形コロシアム風のプロレス観戦場になっている。

 中央にあるリングを観戦席がぐるりと囲む形で、二階席、一階席、それとリング近くにVIP席としてガラス張りの個室が設置されていた。

 新月たちがいるのは、もちろんそのVIP席の一部屋だ。


「おまたせしまたわっ、朝日様! 貴方の、貴方の五月が参りましたわーーっ!」

「やっほー、朝日君おまた。どう楽しかった?」

「あっ、五月さん、深夜子さん。二人も到着したんだね」


 五月と深夜子。入室と同時に朝日の元へとすっ飛んでいった。

 一方で蘭子は黒服たちを労いつつ、新月の前で一礼。


「社長。お待たせしました……が、お嬢様のお世話ならば、事前にお申し付けいただければよろしかったかと……」

「まあ、そう言うなや。五月のヤツが事前に知ったらうるさいじゃろうと思うて――」

「お、か、あ、さ、ま」

「う゛っ」


 五月は新月の背後に立ち、腰に手を当てて威圧感たっぷりに声をかける。

 額の血管がぴくぴくして、おのずと引きつった笑みが浮かぶ。

 なんだか眼鏡も、嫌な感じにキラーンと輝いている気がする。

 その気配を感じとったのか、ふり返った新月は、両人差し指を両頬び当てして……。


「あれー、五月ちゃーん。遅かったわねーママさみしかったわー。きゃぴっ♪」

「何がっ!? 何が『きゃぴっ♪』ですのおおおお!?」

 このバカ親! 思わず新月の襟をつかみ、ガクガクと揺さぶってしまう。

「ぬわああっ!? こっ、こら五月、着物が崩れるがなっ。そう興奮すなや」

「これが興奮せずにいられますかっ、お母様っ! そもそも、朝日様を連れ出すどころか、我々(Maps)を置き去りにするなど言語道断でしょうに! いくら大和さんを連れて……え? 大和さん? ……大和さん!?」


 ここで、ふと梅の姿が無いことに気づいた五月。ぐるりと部屋を見渡す。

 奥側の席では朝日と深夜子がプロレス観戦。部屋のあちらこちらに黒服たち、自分の近くには蘭子と新月。

 あれ? ……やはり梅の姿が見当たらない。


「なんじゃい五月。ほれ、大和ちゃんならあそこじゃ」

「はっ?」


 思わず五月は、新月が指差した先を見て目をこする。

 そこは現在プロレスの予選が行われているリングの一つ。

 ちょうど試合開始直前だったらしく、各コーナーにレスラーが登場している最中だった。


 一人は顔にペイントを施した、身長185センチほどの筋肉質なダイナマイトボディ。

 これぞ女子プロレスラー、と言える体格の持ち主だ。

 もう一人は、どこかで見た記憶のある150センチ以下の小柄で中学生並みなお子様ボディ。

 雷模様の入った黄色のレスリングスーツに身を包み、同じ柄をしたマスクで、鼻と口元以外は隠れている。

 さらにそのマスクの上には、夜店で売っている子供に大人気のモンスター、黄色いネズミのお面が装着されていた。


 えーと、……なんですかね。これ?

 

 そのなんとも言えない姿に、思考停止する五月。

 そこへ、アナウンサーによるレスラー紹介コールが流れる。


『さあ、予選二回戦。もちろん注目は衝撃のデビューを飾った謎の覆面レスラー。――身長149センチ、体重49キロ! 小さなボディからは想像もつかない脅威のパワー。一回戦を秒殺KO勝利……お面の戦士ぃぃぃっ! マスク・ド・ピカテューーーーッ!!』


 ………………。


「あっ、あああああの脳筋(ばか)公務員(Maps)が闇の賭けプロレスに参加してどうするつもりですのおーーーっ!?」


 ダメだ……あらゆる意味でダメだ。あまりの脱力感に五月はその場でがっくりと膝をつく。

 対象的に、朝日と深夜子は対戦相手のコールが流れる中、ご機嫌で『マスク・ド・ピカテュー』に声援を送っている。

 そんな朝日たちに複雑な視線を送っていると、肩に誰かの手がそえられた。


「あらあらー、だめよー五月ちゃーん? あれは大和ちゃんでなくてー、恵まれない孤児院の子供たちにーファイトマネーでプレゼントをするー正義のおめ――」

 ――ぶちんっ、五月の脳内で何か切れた音が響いた。

「誰がっ……誰が設定の話をしてますかぁーーっ!!」

「うおあっ? こらっ、五月!?」


「「「お、お嬢様ああああああっ!?」」」


 マスク・ド・ピカテューたちと同じく、こちらでも試合開始のゴングが鳴り響く。

 開幕と同時に、ネック・ハンギング・ツリーを新月に仕掛ける五月であった。

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