#31 誘惑
※注意
今回は一部下ネタ表現があります。下ネタが苦手な方はご注意下さい。
五月に続いて、朝日もドアノブへと手をかける。
「あっ、こっちも開かない……完全に閉じ込められた? さ、五月さん――」
「大丈夫! 朝日様、大丈夫ですわっ!!」
五月は不安そうに驚く朝日に駆け寄って肩を掴む。
「今、朝日様のおそばにいるのは五月です。何も、何も心配なさる必要はごさいませんわ」
最初は力強く、そしてゆるやかに。朝日が動揺しないように語りかける。
五月は思案する。
とにかくこの状態は非常によろしくない。
普通の独身男性からすれば、空腹の猛獣がいる檻に閉じ込められたに等しい状況。
軽く見積もっても(性的)死刑宣告。
万が一にも、朝日が『い、嫌っ! 来ないで! ぼっ、僕に何するつもり? た、助けてっ、誰か助けてーーっ!!』などと怯えようものなら、五月的に生きる気力を失なっちゃうクラスのダメージ確定だ。
――などと戦々恐々とする五月に対して、朝日の頭の中は『もう、五月さんのお母さんはイタズラ好きなんだなあ……』と、のほほんとしたものである。
「……朝日様。私から少しだけお離れになってくださいませ」
真剣な表情で朝日を見つめる五月。脱出へ向けて動きはじめる。
「えっ? あ、はい。わかりました」
朝日を後ろに下がらせ、五月は扉の前に立ち、足を開きながら両手を上げ、中段の構えをとる。
現在ピンクのワンピース丈パジャマシャツと、同色のショートパンツ姿。
せっかく朝日に凛々しい姿をアピールできるチャンスなのに、アンバランスな格好なのが口惜しい。
しかし、それと格闘技の腕前は別物。
深夜子と梅の基準がおかしいだけで、五月もそれなりに自信があるのだ。
――スッと息を吸い込み、少し腰をかがめて脚に力を込める。
「せあっ!!」
掛け声に合わせ、しなるように連続蹴りを木製に見える扉にお見舞いする。
ところが、響いたのは鈍い金属音。蹴り足に強烈な反動が返ってきた。
五月は華麗に扉を蹴破ろうとしたつもりだったのだが――。
「つうっ! か、硬いっ!? こっ、この扉……一体何で出来てますの?」
――びくともしていなかった。
残念ながら、新月にぬかりなし。
木製に見えるこの扉。実際の材質は頑丈な特殊合金製となっている。
壁に繋がる蝶番も同材質で、備え付けバッチリ!
仮に車が衝突しても無傷という安心設計のシロモノだ。
扉を確認してその事実に気づき、五月は歯噛みする。
「くううっ……お母様。無駄に手抜かりのない……」
「ちょっと、五月さん。足、大丈夫ですか?」
「ああっ! 朝日様! こんな状態でも私のことを心配してくださるのですね。なんとお優しい、五月は幸せ者――」
「あの……五月さん?」
「ハッ!? こ、こほん……失礼しましたわ。そ、そうですわね……これでは仕方ありませんわ。まずは部屋の中を調べることに致しましょう」
危うく朝日への愛が暴走しかけたが、踏みとどまって冷静に考えを巡らせる。
こうなればもう焦っても仕方がない。
部屋の状態を調べ、脱出の糸口を見つけるべきだと五月は頭を切り替えた。
「さて……」
ざっと部屋を見渡す。
まずは、本来朝日の部屋である右側。……液晶テレビにテーブル、ソファー。それから奥にベットが備え付けてある。
しかも、ご丁寧にダブルサイズがひとつのみときた。
(本当にお母様は何を考えてますの……)
つい天井を見上げ、呆れ惚ける。
そこに、ベッドの上へと乗っかった朝日から声がかかった。
「ふふっ、ねえ五月さんこの枕。表裏にハートマークつきでYESって書いてありますよ。変な柄ですね」
まあ、何か知ってますけど。的な笑顔の朝日である。楽しそうですね。
「ほっ、ほあああっ!? おほ、オホホホホ……そ、そうですわね。せ、センス悪い柄ですわね! な、なんなのでしょう? さっ、五月はにはさっぱり解りませんわ……さっ、さあ、朝日様! ベッドはもうよろしいですわ。ほかを、是非ほかを当たりましょう」
おのれ! あのバカ親。
明日、絶対に一発殴ると心に誓いながら、今度は五月の入ってきた左側を見渡す。
こちらは奥半分が壁で仕切られ、もう一つ部屋が作ってあった。
「中途半端に部屋を仕切ってもう一部屋?」
また怪しげな……つい、対応に悩んでしまう五月。
「……あっ、朝日様!?」
だが、朝日がさらりと扉を開けてしまう。
「洗面所? ……それにトイレに……あっ、ここお風呂ですよ」
「はいいっ!?」
これは嫌な予感しかしない。
「わあっ、五月さん。このお風呂すごく広いですよ。あれ? なんだろこの大きいイカダみたいな……銀のエアマット? ねえ、五月さんこれって……」
多分アレですよね。的な笑顔の朝日である。とても、楽しそうですね。
「ちょっと……まさか」
嫌な予感どころではない。五月は表情がだんだんとこわばっていく。
対照的に朝日は興味しんしん。大人二人が乗れるであろうサイズの銀イカダを見てニヤケ顔。さらに……。
「ん? ……イカダの横に何か置いてある。これ? えっと……ピピローショ――」
「いけませんわああああああっ!!」
ヌルヌルしちゃう何かを発見してしまった朝日を、五月は背後から担ぎ上げる。
風呂場から猛ダッシュで退散したのち、(五月が)再調査。
やはりと言うか、おのれバカ親と言うか、大人用グッズが大量発見された。
当然ながら風呂場は封印である。
「ねえねえ、五月さん。……さっきのお風呂って?」
「な、ん、で、も、ありませんわっ! 朝日様にはまっっったく関係無い物ですのっ! よ、ろ、し、い、ですわね!!」
「あ、はい」
ちょっぴり残念そうな朝日を、五月は勢いで押しきる。
が、内心はヒヤヒヤものだ。今さらながら、よくわかる通常男性と朝日の違い。
この状況で、この積極性。
一瞬の油断が命取りに繋がるだろう。
「朝日様……ともかく、残りのチェックは私が致しますわ」
どう考えても、この部屋には(性的に)ろくな物が無いことが確定した。
そして、おおよそ新月の狙いは読めた。
朝日と既成事実を作らせ、金と権力にものを言わせて何とかするつもりなのだろう。
ふざけた話だ。
そんなもの、この五月雨五月のプライドが許さない。
何よりも朝日に、この世界で孤独にも頑張っている。心優しく健気な美少年を汚すようなマネ――許されるはずがない!
五月は朝日に、おとなしくしているよう少し遠回しにお願いする。
「あっ、ごめんなさい……僕、ちょっとはしゃぎすぎましたね……」
「ああっ、そんな顔をなさらないでくださいませ。大丈夫ですわ。何も心配することはありませんわ。朝日様が悪いことなど、何一つごさいませんもの! と、言いますか……私の母が諸悪の根元。ふっ、ふふふ、覚えおいてくださいませお母様! ここを出たらたっぷりと――」
「あはは……まあ、五月さん穏便に」
「あっ、こ、こほん……失礼しましたわ。ささ、朝日様はテレビでも見て、くつろいでお待ちくださいませ」
気を取り直して五月は、ベッドの向かい正面に設置してある80インチ大型液晶テレビの電源を入れた。
『んあっ……は……んっ、素敵ッ! ……もっと、もっと動いてっ……あっ……いいっ!!』
「「!?」」
そこで大画面に映し出されたのは、CGムービーによる男女の営み。
しかも、全チャンネルにセットしてある万全の充実ぶり!
余談だが、この世界にセクシー男優は存在しない。
よって、CGによる分野発展がなされている。なるほど実に興味深い。
「「あ………………」」
「なりませんわあああああああああっ!!」
アカン! 五月は覆いかぶさるように抱きついて、朝日の視界を塞ぐ。
同時にマッハでリモコンを操作して、電源をオフに。
(あのバカ親殺す! 明日、絶対にぶっ殺して差し上げますわっ!!)
五月は焦りに息を切らせ、ついでに殺意を漏らす。
「ふがっ、ふぁ……ふぁつきふぁん……ふぉの」
が、何やら声が聞こえる。自分の胸の下でぞもぞとしている温かい感触が……あっ!
「しっ、しっ、失礼しましたわーーっ、朝日様ーーっ!!」
己の胸で視界どころか、朝日の顔をまるごと塞いでいた五月であった。
弾け飛ぶように、その場から離脱する。
「はぁ……はぁ……、も、申し訳ありませんでしたわ。と……とりあえずは落ち着きましょう。とにかく落ち着きましょう。何よりもまず落ち着きましょう」
「あー、うん。僕は大丈夫だけど、その、五月さんこそ……大丈夫ですか? あっ、そうだ! のど渇いてませんか? 冷蔵庫にいっぱい飲み物が入ってたんで! ほら、いっしょに飲みましょうよ」
気をつかってか、朝日が冷蔵庫からぶどうの炭酸飲料らしき物を二本取り出してきた。
「まあ、なんてお優しいお気遣い! 是非いただきますわ」
ここは、とりあえず一旦仕切り直そう。
五月は朝日と隣り合ってベッドに腰掛け、ビンの蓋をねじって開ける。
炭酸の音に乗せて、ぶどうの良い香りがふわっと漂う。かなり上質なモノだ。
「うわっ、このぶどうの炭酸ジュースおいしい!」
一口飲んだ朝日が声をあげた。
どうやら好みの味だったらしく、勢いよく飲みはじめる。
ひとまずセーフ。
ご機嫌になった朝日に、五月も一安心。
同じくジュースに口をつける。
(あら? これは……)
この味は、自分が知っているものだ。せっかくなので、その知識を披露することにする。
「ふふっ、あらあら朝日様ったら、これはぶどうジュースではなくてシャンパンですわ。モエ・シャンと呼ばれる甘口で人気のある……アンペリ……え? ……シャン……パン!?」
あらあら? じゃないですよこれは!?
強烈な悪寒と己へのツッコミと同時に、脳裏にある記憶が浮かぶ。
不覚にも酔いつぶれてしまったとある日。
深夜子と梅から、翌日に聞かされた朝日飲酒事件(※#10、#11参照)の顛末。
そう、朝日家に禁酒令が施行される原因となったアレである。
「あ……」
一気に五月の顔から血の気が引いていく!
首が折れんばかりの速度で朝日の方を向くも、すでに手遅れ。
朝日はハーフボトル(375ミリリットル)のほとんどを飲み干していた。
「あ、あああああ朝日……様……!?」
五月。これはもしかしなくても大ピンチ!!
◇◆◇
「まずいっ! まずいっ! これはまずいですわーーっ!!」
ベッドから駆け出した五月は、再び扉の前に向かう。
「つあああっ!」
殴る蹴る、そして体当たり、渾身の力で扉を破ろうとするがビクともしない。
五月は必死に連打を続けるが、手も、足も、体力も限界を迎え、ついには扉の前に力なくへたり込む。
「これは……ハァ……どんな……ハァ……作りになってますの?」
もう無理。五月は、ぜえぜえと息を荒げてうなだれる。
すると、後ろで何やら冷蔵庫を開ける音。
「おいしー、おかわりー」
「ひえええっ! 朝日様、だめええええええっ!!」
シャンパンのハーフボトルを一本飲み干し。鼻歌まじりに二本目を物色している朝日の姿。
すぐに羽交い絞めにしてベッドまで連れ戻す。
「あ、朝日様いけませんわっ! こ、これはお酒ですの。まだ朝日様は未成年(※この世界は十八歳で成人)ですから――――ちょっ!?」
「んもー、五月さんのいじわるー」
すでに朝日は酔っ払いモードに突入しはじめていた。
するりと五月の腕から抜け出して、逆に抱きつこうとしてくる。
甘えた声で愛しの朝日が、自らせまってくる。
この嬉しくも危険なシチュエーションに、五月の理性はガリガリと削られていく。
「いっ、いいいいけませんわ! 朝日様!」
「えー、五月さんってば、よく僕におっぱい押し当てて、ぎゅってしてるでしょー」
まあ、過去に何度か。あっ、つい先ほども。
「そ、そそそんな! あれは不可抗力と申しますか、なんと申しま――うひぃ!?」
「だから僕もぎゅってするー」
ベッドの上に座り込んで後ずさる五月に対して、朝日は正面からすがるようにのし掛かってくる。
捕まえたとばかりに、両手をしっかりと背中に回して、ぎゅっと抱きつかれた。
さらには、五月の双丘に顔を擦り付けるように埋めて、満足そうに笑みをこぼしている。
「ふぁっ!! ……あ……はあ……」
これは……まずいどころではない!
胸元から香る朝日のシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。
背中に回された手の温もり、心地よい圧力、自分の胸が朝日の顔に押し分けられる感触。
ありとあらゆる全てが、恐ろしいまでの快感と満足感になって理性を粉々に砕いてゆく。
これはもうだめかもわからんね。
「あ、朝日さま……まずい……これは……まずいですわ」
「えへへ。五月さん……柔らかくて……いい匂い」
深夜子や梅と違い、五月のボリューム充分な谷間はパジャマシャツからしっかりとはみ出ている。
そこに押しつけられた朝日の冷たく心地よい頬の感触が、甘い刺激となって身体中を駆け巡る。
止めとばかりに朝日の吐息がそこをたどって、鎖骨から首筋と、肌の表面を舐めるように撫でてゆく。
「ッ!? あはっ……ん……はあぁ……あ、あさ、ひさまぁ……五月は……五月はもう……」
胸元にある朝日の顔が、背中に回された手のひらが、わずかでも動く度に、極上の愛撫をされたかの錯覚を五月に与えてくる。
もはや今、自分は理性を保てているのかすらわからない。
すぐにでも服を脱ぎ捨て、下着も脱ぎ捨て、全力で朝日を抱きしめことに及びたい。
しかし、五月雨五月は名誉あるMapsなのだ。
朝日に信用され、身辺警護を任されている身。
たかが同じ部屋に閉じ込められたアクシデント。
この程度のことで、これ幸いと行為に及べば、状況に甘んじて朝日を弄んだ鬼畜として、その名を残すことになるであろう。
五月、まさに正念場である。
「くううっ! あさひさまっっ!!」
気合一閃!
叫び声に合わせ、自分の胸から朝日を引き剥がす。
その勢いを利用して、くるっと回転させベッドに寝転がらせる。
五月はそのまま膝を付いた形で、朝日の太ももの上にまたがる状態となった。
「ふぅ…………それでは……」
眼鏡を外して、ぽいと投げ捨てる。あれ?
「ひゅ~ほほほほ! 四十秒で支度いたしますわっ! ああっ、燃え上がるこの朝日様への愛ッ!! すぐに、すぐに五月が愛して差し上げますわーーっ!!」
五月、燃焼の場であった。
さようなら理性。こんにちは本能。
左手一つで自分のシャツボタンを手早く外し、続く右手はマントを翻すかの如くシャツをバサリと脱ぎ捨てる。
ここまでなんと0.8秒の早業。
続いて上半身最後の防壁こと、ブラジャーのホックに手を掛ける。
そして、あわやホックといっしょに、わずかに残った理性のタガも外れようとした瞬間。
――金属と金属が擦れる甲高い不協和音が部屋に響いた!!
「うわあっ、何!?」
「きゃああっ!? なっ、なんですの!? せっかくいいところ――あれ?」
そのあまりの酷い音に、朝日と五月は耳を塞いで怯み、動きが止まる。
「なっ、何事ですのっ!?」
どうやら五月は理性の一部が復活した模様。
朝日をかばうように、音の発生源へ視線を向ける。
「――ええっ?」
なんと、あの頑丈な扉のノブが周囲の部品ごと、ちぎられたかのようにぽっかりと穴になっている。
そこからスッと小さな手が現れると、同時に声が聞こえてきた。
『梅ちゃん、なんとかなりそう?』
『おうよ、このくらい掴む場所ができりゃいけるぜ!!』
『さっすが』
『はっ、扉ってのは……なぁ! 開けるために……あんだから……よっ! ……ふんぬっ! うおりゃあああっ!!』
梅の掛け声にあわせて、部屋全体の壁が軋まんばかりに揺れ動く。
異様な金属音に、扉が凄まじい力で引っ張られているのがわかる。
壁に繋ながる頑丈な造りのはずの蝶番から、ミシミシと異音が響きはじめた。
バチンッ!!
激しい金属音がする度に、一つ、また一つと蝶番が弾け飛ぶ。
ついには扉自体が歪んで曲がった瞬間。轟音を鳴らして、壁の一部ごと廊下側へ倒れるように外れた!!
「ふぅっ……はぁっ……へっ……俺にかかりゃこんなもんよ」
肩で息をしながら、梅は取り外した扉を投げ捨てた。
「は? え? あれを素手で? 嘘……ですわよね……」
目の前で起きた信じられない光景に、五月は茫然自失となる。
そこへ、梅の横から駆け出してきた深夜子が声を上げた。
「朝日君! 無事? なんにもされ――ぬああっ!? 痴女発見!!」
上半身下着のみの五月を発見! これは事案発生まったなし。
「へっ!? み、深夜子さ――」
「ほわっちゃあ」
「――ぎゃふう!!」
深夜子、一気呵成の飛び回し蹴りが、五月の側頭部に炸裂する。
「きゅううう」
五月は宙を回転しながらベッドの脇へと沈んでいった。
蹴りを放った深夜子は、そのままベッドの上に着地。仁王立ちで怒りをあわらにする。
「五月どういうこと!? これは大問題。朝日君が――――」
この状況を問いただそうとする深夜子だったが……。
「えへへー、こんどは深夜子さんだー」
「うにょおおおおおおおお!?」
背後から、突如朝日に抱きつかれて奇声を発する。
「ふえっ!? あっ、朝日君!?」
さらに、抱きしめてくる朝日の右手は、ちょうど深夜子の左胸の位置。
これは素敵――いや、危険な予感。
「えっ? よ、酔っ払ってる!? ちょっ、……ひゃあ!? あ、朝日君、おっぱい……むにゅってした……あ、ダメ……んっ……ふにゃああああ!!」
「おいおい、こりゃどうなってんだよ? ……って、なんで朝日が酔っぱらってんだ、まずいだろっ!!」
状況を察知した梅が、すぐさま朝日の餌食となった深夜子のフォロー入った。
しばし(おさわり的)攻防が、三者で繰り広げられ――十分が経過。
やっとのことで、アルコールが回った朝日を寝つかせて場を収めた時には、すでにぐったりへろへろの梅と深夜子。
とは言え、見過ごせないこの状況を把握するため、正気を取り戻した五月に事情聴取をはじめた。
「――と言うことですわ」
「……お前の母ちゃん、はっちゃけ過ぎにも程があんだろ?」
「もはや弁解の余地もございませんわ……」
「はぁ、やれやれだな……でもまあ、五月。お前じゃ、またはぐからされんだろ? 今から俺と深夜子で抗議に行ってやんよ。それに、その様じゃまともに頭も働かねえだろうしな。休んでていいぜ」
明らかに消耗しきっている五月を気遣ってか、新月への注意喚起を梅が買ってでる。
「ええ……お恥ずかしい話ですが、お言葉に甘えますわ……ともかく、朝日様は別の部屋でお休みいただいて――私も今日は自分の部屋で休みますわ……」
致し方なし、といった雰囲気の五月。屋敷のメイドを三人呼びよせる。
一人は梅と深夜子を新月の元へ案内、残る二人は寝付いている朝日を連れてくるように指示した。
「うっし、行くぞ深夜子!」
「ふへへ……朝日君におっぱい揉まれ――」
「揉まれんなっ、喜ぶなっ、ガード甘えんだよっ!」
「これはもう妊娠――」
「しねえよっ! おらっ、しゃんとしやがれ! いくぞっつってんだ!!」
どうにも半分呆けている深夜子の頭を小突きながら、梅はメイドの後について、深夜子を引きずるように連れて行く。
一方の五月は、朝日を担架にのせて運ぶメイドたちを連れ、自室のある二階へと降りる。
「お嬢様。神崎様の寝室はどちらを?」
「そうですわね……お父様の部屋を使いますわ。空いて……ますでしょ?」
「……よろしいのですか?」
「構いませんわ。私は自室を使いますから……それと、朝日様が寝ておられる間は部屋に見張りをつけて誰も入れないように」
「「かしこまりました。五月お嬢様」」
◇◆◇
「ふう……さすがに、参りましたわ……」
段取りを済ませ、五月は自室のベッドで横になる。
これで落ち着ける――訳もなく、梅たちに任せはしたものの、気になって仕方がない。
しかしその気持ちとは裏腹に、すでに精神的疲労が限界を迎えていた五月。
自分でも気がつかない内に、その意識を手放していた。
――五月は夢を見る。
十二歳の時、父が家を出て行くことになった日の夢だ。
『ねえ、ママっ! どうしてっ、どうしてっ! パパが家を出て行かれるんですのっ!?』
『五月……蓮也君は病気なんじゃ。それにな、ワシら……いや、ワシがそばにおっちゃあ治らん病気じゃけえ……のう? わかってくれえや』
『どうしてっ、ご病気なら五月がパパの看病をしますわっ! 五月はずっとパパの側に――どうしてっ!? どうしてっ!? ――――』
(……久しぶりに……見ましたわね……あの夢――――)
翌日の朝、いつもより少し遅く目が覚めた五月は、眠気覚ましに紅茶を飲んでいた。
窓際のテーブルに座り、物憂げな表情で紅茶を口にする。
ふとその香りに気づく、リラックスのためか無意識にカモミールの葉を選んでいた自分に小さく苦笑した。
さて、と頭を切り替える。
昨晩の失態の穴埋めをせねばならない。
まずは梅と深夜子の結果確認からか……と考えはじめたところで、部屋に蘭子が訪ねてくる。
「どうぞ、お入りになって」
「お嬢様、おはようございます。ご気分はいかがでしょう?」
「ええ、おはよう蘭子さん。昨晩はなかなか大変でしたわ……それはともかく、どうしまして? あっ、昨晩の件……お母様と深夜子さんたち、いかがでしたの?」
「いえ、そちらの件もあるのですが……先にお耳に入れておくべきかと思うことがありまして」
「先に?」
「はい。実は先ほど、社長が神崎様と大和様をつれてお出かけになりました」
「はぁ、まったく……本当にお母様は……で、朝日様はともかく、大和さんも? 一体どちらに……」
もうこれ以上、新月の行動に動揺してなるものか。
内心は頭を抱えながらも、五月はそう思ってよぎる嫌な予感をかき消す。
ところがどっこい、現実はそう甘くはなかった。
「経推同盟の定例会合です」
「………………はっ?」
引きつった顔のまま固まる五月の手から、ティーカップが床へと滑り落ちる。
それもやむ無し。
『社団法人経済推進同盟』
国の財界人によって構成された、いわゆる経済団体。
政府など国の公的機関とも、方針によっては対立的な立場をとる有力者たちによる組織である。
表向きには国家経済の発展、企業利益増加を図る政策を国に提言することを掲げている。
しかし、その構成会員は五月雨新月を始めとして、裏の顔を持つ者たち、中にはフィクサーと呼ばれるような人間までも所属している団体。
そんな連中の会合内容が、おおよそ真っ当で無いのは簡単に察しがつく。
「あっ、ああああ、あさ、朝日様をそのような場所に……あ、あああのバカは何を考えてますのーーーっ!?」




