#30 初日
「んで……どうするつもりだよ? 五月」
机で頬杖をついている梅が、ジトッとした視線で問いかけてきた。
「そっ、それは――――っ」
しかし、五月はそれに答えることはできない。下唇を噛んで押し黙る。
それもそのはず。
この世界では、女性が男性を自分の家に泊まるように誘うなど、ありえるものではないのだ。
例えるなら、蟻に対して『ねえ、ちょっとそこのアリ地獄(性的)によってかない?』と誘っているに等しい行為。
しかも現状は、男性に無断で決定済み。強制連行とも呼べる状態。
世間から男性の人権迫害と糾弾されてもおかしくない。
(まずいまずいまずい! まずいですわっ!!)
五月は脳が焼き切れんばかりに対応を思索、そして葛藤中だ。
朝日ならば、あるいは理解してくれるかも……いや、いくらなんでもこれは……。
とにもかくにも結論が出ない。
今さら新月に断る道筋も断たれている。まさに八方ふさがりであった。
かたや、そんな五月を見つめる深夜子と梅。
これは朝日を確実に守る手段を実行した結果。仕方がない部分があるのは理解できた。
だんだんと憔悴していく五月に同情も覚える。
二人は顔を見合わせ、小声で相談をしてから声をかけることにした。
「まあな……五月。いっつもお前にばっか手間なことさせてっからよ。たまにゃ――なっ、深夜子!」
「そう。五月、あたしたちが朝日君に説明する」
日ごろ、実務という実務のほとんどを五月が処理している。
善し悪しはともかく、たまにはこういった役割を二人が請け負うのが、人として正しい道。
いかに深夜子と梅でも、さすがに察してしかるべきである。
「ええっ!? や、大和さん! 深夜子さん!」
その発言に驚いた五月。
カバッと顔を上げ、喜びの表情を浮かべながら二人へと顔を向け――――たのだが……。
表情がゆるやかに、喜びから平坦へと変わってゆく。
――深夜子を見つめる。
(対話、交渉スキルゼロの半コミュ障……)
――梅を見つめる。
(脳筋、まごうことなき脳筋……)
「「「………………」」」
しばしの沈黙。
暗く視線を落とした五月が、重々しく口を開いた。
「…………あっ、はい……よろしく……お願い……しますわ……」
「おいてめえ! 今、ものっすげえ失礼なこと考えただろ!?」
「よくわからないけど訴訟も辞さない」
――とにかく任せておけ!
不安げな五月をよそに、深夜子と梅は、彼女らなりの対応を真剣に話し合いはじめた。
それを見て、五月は少し面映ゆい気分になる。
(ふふっ、あのお二方が頭を使われるなんて……ありがたい話……ですわね)
声には出さず、心の中で深夜子たちへ感謝の言葉を口にした。
さあ、チーム結成後初と言っても過言ではない。深夜子たちが頭をひねって出した説明方法とは――。
「よし決まりだぜ! やっぱ、こんなときにゃあ小細工無しでストレートが一番ってな!」
「さすが梅ちゃん。さす梅! ならば、朝日君の待つリビングまで、走れ正直者!」
「いやあああああああっ!」
――残念。そんなものである。
◇◆◇
それから経過すること十五分。
「あのさぁ……僕が聞いているのって、そこじゃないよね」
滅多に聞くことのない、朝日の冷たい声が部屋に響いていた。
「ちょっと、聞いてるのみんな!?」
「「「ひいいいいっ!!」」」
ただいま、五月も含めて三人揃って土下座中だ。
正面に仁王立ちする朝日。笑ってはいるが、目は全然、まったく、笑っていない。
ここで、話がこじれる原因となった二人が、朝日を宥めようと努力はするも――。
「だからよ朝日。その……五月にも悪気があったわけ――」
「梅ちゃんは黙ってて!」
「ひいっ」
その剣幕にびびってしまう梅。
「あ、朝日君。お、落ち着いて――」
「深夜子さんも黙ってて!」
「ありがとうございます」
ご褒美になっている深夜子。
――朝日が二人の間をつかつかと進む。そこには、真っ青な顔面を脂汗まみれにして震えている五月がいた。
「で、五月さん! どうして黙ってたんですか?」
「あひいぃっ、あっ、あああ朝日様。お許しを……お許しを……」
床につっぷして、ただひたすらに許しを請う五月。
それを見た朝日は、話がすれ違いになっているのを察して困り顔。
「もう、五月さん。だから、さっきから言ってるじゃないですか。僕は謝って欲しいなんて言ってないんです!」
「あ゛あ゛あ゛――すびばぜん……どうか、お情けを……お情けを……」
やはり話が通じていない。朝日はほとほと参ってしまう。
これはどうしたらよいものか……。
先ほどから、朝日が問いただしている『黙っていたこと』とは、『五月の母、新月に海土路造船との交渉依頼をしたこと』だ。
無論、五月の実家にお泊まりする事を怒っているのではない。
自分が原因で、五月の母親に手間をかけさせてしまったこと。
それを知らなかった、いや、知らされなかった事実に怒っているのだ。
朝日にしてみれば、五月雨家に御礼訪問するのはなんら不思議でもない。
むしろ、そうするべきだと思っている。日本男児は礼儀正しくあるべきなのだ!
一方、そんなことを朝日が考えているなど知るよしもない五月たち。
強制お泊まりになっちゃいました。と聞いて、朝日が怒ったと思っている。
それは会話が噛み合うわけもない。
以後、ひたすらすれ違いが続くこと十数分。
あわれ五月の精神耐久力は限界を迎えてしまう。
「ふふっ、ふふふ……うふふふふ……朝日様……五月はもう、すっかり疲れ切ってしまいましたわ。ああ、五月は……五月は、朝日様のそばで暮らしとうございました」
死んだ魚のような目になった五月。
突然、そうつぶやくと同時に、テーブルの果物ナイフへと手を伸ばす。
ポロポロと涙を流しながら、穏やかな笑顔を朝日に向け、その切っ先を自分の喉元へと――――!?
「ちょっとおおおおお!? 深夜子さん! 梅ちゃん! さっ、五月さんがまた勘違いしてるぅーーーっ!!」
「ぬわあーーっ、五月ご乱心!」
「うぉぉい五月ぃ! さすがにシャレになんねえぞ、てめえ!」
「は、離してぇ! もうっ、もうっ、五月は死んでお詫びをするしかありませんの! 朝日様ッ! どうかこれで五月を許してくださいませーーーっ!」
「だから五月さんやめてえーーーっ!!」
ちょっと重たい系女子から、とても重たい系女子へと進化中の五月であった。
その後、三人がかりでの説得と説明が続くこと三十分。
とりあえず全員の意思疎通は完了した。
◇◆◇
――数日後。出発当日の朝がやってくる。
五月雨家からの迎えは、午後四時到着の予定となっていた。
現在、時間五分前。玄関にお泊まり用荷物は準備完了だ。
ちょうどそこに迎えの車が到着する。車種は日本基準で言う超高級車リンカーン。
ちなみにお値段五千万円。
玄関横の駐車場に停車するリンカーン。
その運手席から出てきたのは、黒の高級スーツに身を包み、紫柄のネクタイをしめた身長175センチほどの女性。
少し細めながらモデル並みのスタイル。歩く姿もさまになっている。
朝日の送迎役。五月雨ホールディングス社長秘書室長『播古田蘭子』三十歳である。
「こうしてお会いするのは……四年ぶりでしょうか? 五月お嬢様。おかわりなく――いえ。より、お美しくなられましたね」
五月の前まで来ると、サングラスを外して一礼。
オールバックの髪型だが、腰まである美しい漆黒のロングストレートヘア。
少しアイシャドウがきつめで、鋭くも凛々しい切れ長の目。
五月のそばにいた朝日。蘭子を見て、宝塚の男役トップスターを思い浮かべる。
五月と方向性は違うが、今まで出会った女性の中でもトップクラスの美形だ。
「ええ、お久しぶりね。蘭子さん」
「んだぁ? また気障なヤロウがきやがったな」
蘭子の態度が気に入らなかったのか、梅が近づいてきて悪態をつく。
「ふふっ、これはこれは、中々に元気なお嬢さんだ」
しかし蘭子は、余裕を持ってそれを軽く受け流す。
バチっと視線がぶつかり合い、しばしの沈黙。しかし、お互いそれ以上何を言うわけでもない。
「……ふん。なるほどな」
ぼそりとつぶやいた梅は、踵を返して五月へ耳打ちをする。
(おい、五月)
(はい、なんですの?)
(あいつ、相当やるだろ?)
(あら? さすがですわね。蘭子さんはお母様の秘書室長ですけれど、兼任で護衛部隊の隊長でもありますわ)
(ふーん、やっぱりそうかよ。一度手合わせしてみてえな……まっ、とりあえず荷物積んどくぜ)
梅は蘭子を一瞥すると、車のトランクへ荷物の積み込みをはじめた。
対して蘭子は朝日の前へ、丁寧に一礼をする。
「神崎朝日様、初めてお目にかかります。本日、お迎えに上がりました五月雨ホールディングス社長秘書室長播古田蘭子と申します。僭越ながら道中、神崎様の護衛も勤めさせていただきます。何なりとお申し付けくださいませ」
「あっ、はい。か、神崎朝日です。えと、今日はよろしくお願いします」
一分の隙もなく、流れるように美しい所作を見せる蘭子。
その華麗さに圧倒され、朝日は緊張ぎみに挨拶を返す。
かたや、間近で朝日を見た蘭子の動きが止まる。少し間をおいて、軽くため息をこぼした。
「ふぅ……なるほどお噂通り。いや、それ以上にお美しい。この私ですら心を奪われんかと思うほどの美貌。貴方を五月雨家までご案内できること、心より光栄に思います」
朝日の前で膝まづき、なんとも歯の浮くようなセリフ。
――のみならず。当たり前のように朝日の左手を取って甲にキスをした。
「えっ!?」
宝塚っぽい人だけど、まさか行動までもと驚く朝日。
むしろ堂に入った一連の動作に感心すら覚える。
――がっ!
「んなああああっ!? ちょ、ちょっと待ったああああっ!」
当然、そうはいかない深夜子が即座に朝日の左手をかばう。
「これはセクハラで立件もの! 朝日君、大丈夫? あっ、あとでそこあたしが舐めて消毒してあげる」
「それ貴女が立件ものですわよねっ!?」
深夜子が朝日を隠すようにして、蘭子の前に立ちはだかる。
さらに、猛禽類のような目をより鋭くして威嚇もする。
「フッ……」
が、なんと蘭子はそんな深夜子の視線にもまったく動じない。
どころか、つかつかと深夜子に近寄って、クイッと顎に指をかけて顔を近づけた。
「うええええええっ!?」
「フフッ……なんとも気の強いツバメちゃんだね。それに、君のその力強い目つき……私の好みだよ! 君、歳はいくつだい?」
「んななななななな? ちょっ、ちょちょ、さ、五月……まさか、この人?」
播古田蘭子三十歳、モノホンのガチ百合である。
「はぁ……蘭子さん! お戯れはそのくらいで」
「これは失礼しました。深夜子さん……と言ったね。五月雨家にお泊まりの間、私でよろしければ何時でもお相手しますよ」
深夜子にウィンクしながら、蘭子がチラリと舌をのぞかせる。
「ンノオオオオオオッ!!」
――まさかの展開。ターゲットとなった深夜子の悲鳴が朝日家の玄関に響いた。
◇◆◇
朝日たちが住む曙区の西側に隣接する武蔵区。
多数の大企業が集まり、日本の品川区を思わす都市である。
中心部近くの居住区には高層マンションなどが多数あり、富裕層がひしめいている。
しかし、その中でも真の大金持ちと呼ぶべき者達は、中心部ではなく郊外に居を構えている。
無論、五月雨家も例外ではない。
武蔵区の中心部を通過してから数十分。
武蔵区郊外。敷地の外壁と呼ぶには立派すぎる壁が見えはじめた。
「この壁から向こう側が五月雨家の敷地ですわ。玄関口までもう少しですわね」
五月がそう言ってから、経過することすでに五分。
「おい、五月。いったいどこにその玄関ってのがあんだよ? てか、広すぎだろこれ」
「えっ、そうですの? このあたりではこれが普通でしてよ」
「「「へえー」」」
あっ、普通ですか、そうですか。朝日ら三人そろって返す言葉もない。
それからしばらく。
映画でしか見たことのない、やたら大きくて、やたら豪勢な造りの門を、車に乗ったままくぐりぬける。
車道の周りは一面の芝生。手入れされた樹木がほどよく並び、噴水広場まで完備されていた。
さらに車で数分ほど進むと、朝日の目に中世のお城と見まがう白壁造りの巨大な建物が飛び込んできた。
側にいる梅と深夜子も、まさに開いた口がふさがらない様子。
「うおっ……くっそでけえ家だな。深夜子ん家も寺みてえで、大概でけえと思ったけど……こりゃスケールが違うな」
「梅ちゃん。うちは道場だし、方向性違うし」
「大和さん。こちらはお客様用の別館ですわ。本邸はもう五分ほど進んだ先でしてよ」
「おい、何言ってるかさっぱりわかんねぇぞ?」
うんうん。朝日も無言で梅に同意する。
「それに、そもそも朝日様をこのような粗末な場所に泊まらせるわけには参りませんわ」
「そ、粗末なんだ」
もう、苦笑いで相づちを打つのが精一杯。
「けっ、これだから金持ちは――つっても、まあ……なっ深夜子!」
「梅ちゃん。まさに!」
「「おいしいご飯が出ればオッケー!」」
深夜子と梅、二人して五月へ向けてサムズアップ。
「だ、か、ら、貴女方にはそれしか判断材料がありませんのーーっ!?」
◇◆◇
車は五月雨家本邸へと到着。
先ほどの別館に比べて大きさは三倍以上、どうなってるのこれ? 朝日は呆然と館を見つめる。
「ささ、朝日様。参りましょう。深夜子さんたちもこちらへ」
五月に促され、恐る恐る屋敷内へ足を踏み入れると……。
「うわぁ……」「うえぇ……」「うへぇ……」
大都会の超高級ホテルと言っても違和感のない玄関ホール。
その内装から家具、調度品、果ては家電製品まで、男性福祉で充実している朝日家ですら、比較にならない高級品ばかりなのがはっきりわかる。
オマケに、待機しているメイドが五名。
まさかリアルで「お帰りなさいませ。お嬢様」を聞くことになろうとは……。
朝日を筆頭に、ぶっちゃけ全員ドン引きレベルのお金持ち具合。
話に聞くのと見るのでは大違いであった。
次に通されたのは、これまた無駄に広くて豪華な客間。
絵画からツボまで、ずらりと並ぶ定番美術品の数々。
ふわっふわでふかっふかなソファーに、朝日は落ちつかない。
深夜子と梅はもの珍らしさからか、やたら部屋をうろうろとしている。
――待つこと数分。
メイドたちの手によって、奥側の扉が開かれた。
「いらっしゃーい。まってたわー」
のほほんとした口調の可愛らしい声。
パタパタと身長160センチに満たない小柄な女性が入ってきた。
ひと目でわかるゴスロリファッション。
その姿に、朝日たちは目をみはる。
スカート部分は黒、首もとから胸にかけて白を基調としたゴシックドレスに黒のボレロ。
全身あちこちに十字架や蝙蝠を模したアクセサリー。
そして、これまた黒と白で、ふんだんにフリルの施されたヘッドドレスが、ウェーブがかった茶髪のツインテールを引き立てる。
そう、御年四十四にして五月の母。優しげな顔に、右目の泣き黒子が印象的な美魔女。
国内有数の大企業『五月雨ホールディングス代表取締役CEO五月雨新月』である。
見た目は三十代前半で通用するからギリギリセーフ!
「お母様ーーっ!? なっ、ななな、なんて格好をされているのですかっ! 少しはご自分の年齢を考えてくださいませぇーーっ!!」
残念、五月的にアウトだったらしい。
数年ぶりの母娘対面と聞いていたのだが、顔を真っ赤にして衣装にクレームをつけている。
「んもー、五月ちゃんてばー、せっかくー久しぶりにあったのにー。これはーママの最近お気に入りの服なんですー。それにー今日は愛しの朝日ちゃ――」
「よ、け、い、にアウトですわーーっ! ……ハッ、あ、朝日様? 違っ、これは何かの間違いですわ!」
「えーと、五月ママなんかすごい」
「金持ちってヤツはよくわかんねぇな。つか、なんで家の中で日傘をさしてんだ?」
「いやあああああああ!」
梅と深夜子の口からは、ストレートな感想が漏れている。
混乱気味の五月は、新月の姿をかばうように隠しつつ、必死に言い訳をする。
その賑やかさに、朝日が一歩退いて様子をうかがっていると、新月と目があった。
ニッコリと笑顔をつくった新月が、五月の側をするりと抜けてくる。
「んまー、まーまーまー。朝日ちゃーん! 会いたかったわー。ふわあー、写真よりもーすっごい、すっごーい可愛いのねー! ワタシびっくりしちゃったわー」
新月が手を取って、ぎゅっと握しめてくる。
さらに握った手をぐいっと引いて、やたら距離を詰めてきた。
自分の母親とそんなに歳は変わらないはずだが、その若々しさと、五月そっくりの美しさに朝日は少し照れてしまう。
「あっ、はい。あの……は、初めまして、神崎朝日……です」
ちょっとギクシャクした挨拶になってしまった。
「あらあらー、緊張しなくても大丈夫ですよー。うふふー」
とても嬉しそうな新月に頭を撫でられる。
肉食系女子ばかりのこの世界ではレアな対応。朝日は母のことを思い出し、照れくさくも少し嬉しい気持ちになった。
「ちょっ、ちょっとお母様っ、いきなり朝日様に何をされてますのっ!?」
ここで五月が新月を制止にかかる。
しかし、その瞬間。さらりと朝日から離れて五月をかわし、イタズラっぽい笑顔を向けてきた。
そして――。
「うふ! 知ってるわよー。朝日ちゃんてばー、すっごい遠い国から来てー、迷子になっちゃたのよねー。可哀想ー、いいのよーワタシのことをママと思ってもー」
「えっ!?」
「おっ、お母様、何をっ」
深夜子と梅もピクリと反応する。『遠い国』『迷子』のキーワード。
どうやら新月は、朝日についての情報を全て入手しているようだ。
五月は冷静さを取り戻す。
そもそも情報収集において、世界のトップに君臨する母である。
よからぬことを企んでいなければ……。
「でも、五月さんのお母さんって、すっごく若々しいですよね。とっても綺麗だし。僕、最初は五月さんのお姉さんかと思っちゃいました」
おっと、ここで朝日のターン。五月の警戒もよそに、天然女殺しの面目躍如だ。
自ら新月の手を取り直して、今回のお礼が遅れたことを謝りはじめた。
これにはさすがの新月も面を食らい、年甲斐もなく顔を真っ赤にしてあたふたしている。
さすがは私の朝日様。
こちらのペースに引きずり込める、と五月はほくそ笑む。
「ふっ、ふっ、ふえーーーっ!? あっ、あの、朝日ちゃん? そっ、そんなー、ちょっとーそんなこと言われちゃうとーワタシ困っちゃうわー。もー、こっ、これー養子縁組の書類だからー。ちょーとここにサインを――」
「お母様ああああああああっ!?」
が、油断も隙もない。さすがの新月であった。
◇◆◇
夕方出発だったこともあり、時間はすでに午後六時を回っている。
本日はすぐにディナーとなった。
もはや語る必要もないゴージャスなダイニングルームにて、新月と食事をともにする。
終始なごやかな雰囲気で時間は進み。朝日たちは食後のデザート、新月と五月は軽く酒を嗜み談笑する。
と、そこで――。
「あっ、そうそうー朝日ちゃん。うちの五月ちゃんのー、お婿さんにはーいつなってくれるのかなー?」
「おっ、お婿さん!?」
「ぶばっはあああああっ! おかっ、お母様っ!? んなななな何を突然!?」
「おいおい、いきなりとんでもねえこと口走ってんじゃないぜ?」
「そう、朝日君は特殊保護男性。そんなのまだ早い」
突発的にぶちこまれた新月の爆弾発言。
無論、五月を筆頭にMaps三人は食ってかかる。
通常の男性であれば禁句に近いテーマだ。
それこそ精神的苦痛を受けたと、五月が訴えられてもおかしくない話題。
「あらあらー、もーみんなお子ちゃまねー。うふふ、それにー朝日ちゃんだってー。そろそろ、先のこともー考えていいころじゃないかしらー?」
しかし、そこは新月。うまく自分のペースに巻き込んで行く。
五月たちを手玉に取りつつ、朝日に対しても揺さぶりをかける。
「え? あっ……僕は……その……」
「朝日様、お気になさらないでくださいませ。ごめんなさい……お母様ったら、少し空気が読めないもので……」
「そうかしらー。でも、ごめんなさいねー。ワタシったらー、ついつい余計なお世話さんをーしちゃいましたー。さ、ともかくーみんなでくつろいでー、ゆっーくり休んでねー」
そこから話題は変わり、五月雨家の話などでしばしの歓談。
食事が終わり、全員が風呂を済ませたころ、時間は午後十時を過ぎ、寝室に案内する流れとなった。
新月が五月に、部屋の鍵を渡しながら声をかける。
「あらー、五月ちゃん。今日はお疲れなのねー」
「だいたいお母様のせいですわっ!」
「あららー。でもー、ママは五月ちゃんのこと応援してるからー、色々頑張ってねー」
「はぁ……お願いですから、もう大人しくしてくださいませ……」
かなりお疲れの五月。とは言え実家で弱音を吐くわけにもいかない。
気を取り直して、朝日たちを寝室へと案内する。
「お客様向けの寝室は三階から五階ですわ。ええと、私と朝日様は三階で、深夜子さんたちは四階ですわね。こちらのカードキーを使ってくださいませ」
「ホテルかよっ!?」
「いえ、大和さん。もちろん春日湊の最高級ホテル以上ですわ!」
「へいへい……なんかすげえわ、お前ん家」
梅ががっくりとうなだれつつ、キーを受け取る。
「あっ、そだ朝日君。今日はクリーチャーハンターする?」
こちらはマイペースな深夜子。どこに来てもやることは変わらないらしい。
「うん……あっ、まだ装備作ってないや。んー、できたら下の広間に行くね」
「らじゃ」
「お二人とも、あまりゲームで夜更かしはお控えくださいませ」
「「はーい」」
階段の踊り場でキーを渡して説明を終え、一旦それぞれの寝室へ荷物を置きに別れることにする。
五月は朝日といっしょに三階へ。
「あっ、僕と五月さんの寝室、隣同士なんだね」
二人の寝室は一番奥にある隣合わせの部屋になっていた。
(ふう……そうきましたか。まあ……お母様の考えそうなことですわ……殿方と寝室を隣にするとか……。しかし、朝日様との生活に慣れている私にとっては――ふふ、甘いですわね、お母様)
そう、朝日との甘い生活は、一般の男性警護とは比べ物にならない誘惑の数々である。
それに慣れている五月にとっては些事でしかない。
さして気にも止めず、朝日と挨拶をかわしてドアにキーをかざす。
「ええ、そのようですわね。それでは朝日様、後ほど」
「うん、五月さん。また後で」
五月は部屋に入って電気をつける。
(んっ!?)
瞬間、何か違和感を感じた。――そう、部屋が広く感じるのだ。
五月にとって入って右側は、朝日の部屋があるから壁のはず。
これは? 空間。人の気配?
おかしい。五月が違和感を感じる壁があるべき方向を見ると……。
「あれ!? 五月……さん?」
「あ、朝日様ッ! ……はいいっ!?」
そこには別れたばかりの朝日の姿。
そう! 入り口は違うが、一部屋になっている。つまり、五月と朝日は今、同じ寝室にいるのだ。
「ちょっと、これは……ハッ、まさかっ!?」
嫌な予感が五月の頭をよぎった。
「――――っ!!」
そのまさか、二人の後ろで静かにドアが閉じ、同時にカチャリと音がする。
まずい!!
五月が急ぎドアノブに手をかけるも、時すでに遅し。
オートロック! 朝日側五月側、ともにドアは内側から開けることが出来なくなっていた。
「やっ、やっ、やってくれましたわねえええええッ! お母様ああああああッ!!」
どうする五月!!




