#29 黒幕
「探偵? なるほど……了解しましたわ」
深夜子から報告を受けた五月は、今後の対応を思案する。
もちろん朝日に報告はしない。『何もなかった』それでいい。
無駄に心配はかける必要はないのだ。
深夜子たちにもその了承を得る。
それから、いつも通り朝日と四人で朝食を終えて、不自然にならない程度に食後の時間を過ごす。
そして……現在、Maps側リビングルームにて、恒例となったミーティング中である。
「それで……深夜子さん。これは一体なんなのですの?」
「ん? 戦利品。ふふん!」
深夜子が満足そうに胸をはっている。
それはいいのだが、なぜに首から新型の一眼レフをぶら下げているのか?
いや、ともかく。五月は机の上に視線をやる。
深夜子が探偵たちから抜き取った『押収品』と呼ぶべきかは微妙な、彼女らの所有物だった品々が並んでいる。
「スマホに、財布に、手帳に……よくもまあ、これだけ取ってこれたものですわね」
感心半分、驚き半分。
深夜子の器用さに率直な感想を述べつつ、五月はスマホをチェックする。
「はぁ、戦利品……ねぇ?」
うさん臭げな表情の梅は、財布の中身を出しては机に並べている。
「フッ、余裕。あとこれも」
さらに、深夜子が得意気にテーブル上へ何かを放り投げた。
追加された二つの物体。
ひとつはブルー、もうひとつはピンク色で、ポリエステル素材がメインの衣類。
それは女性が胸に着けるべき下着『ブラジャー』であった。
「え……と……、深夜子さん? ……貴女は一体、何を思ってブラを……取ってこられたのかしら?」
理解不能。
五月はプルプルと震える中指で、眼鏡のブリッジをカチャリと持ち上げつつ問いかける。
「ふっ……、朝日君にまとわりついた罰。走って逃げる時におっぱい揺れて超気になるの刑!」
「ア、アホかっ!? 深夜子、なに考えてんだてめえ!」
「いえ、それよりも何よりも……どうやったらブラジャーを取ってこれるんですの!?」
素直な疑問。五月はツッコミ気味に確認をする。
しかし、それを聞いた深夜子は人差し指を唇に当て、首を傾げて考えはじめた。
少しすると、何かを思いついたのか、ふと立ち上がって自分の背後へと移動した。ん?
「えーと。こう?」
深夜子が右手がスッと振り上げた。
指をコキコキと鳴らして、準備運動のように動かしている。
何をするつもりなのか? 五月が理解できぬまま呆然としていると……。
文字通り、目にも止まらぬ速度で深夜子の右腕が振り下ろされた。
あれ? 今、自分のカッターシャツの右袖側から、背中をすり抜けるように左袖側へと風が抜けて――――ッ!?
「はあっ!? なっ……ひっ、きゃああああああっ!?」
次の瞬間。なんと深夜子の右手にぶら下がっていたのは、自分が胸に着けていたはずのベージュ色のそれ!
そんなバカな? 困惑する五月をよそに、深夜子はそれを眼前に掲げる。
「フッ、どう? これ――んなにいっ、90のE!? ……くっ!」
どうやらタグが視界に入ったらしい。
「くっ!」
おっと、梅にも大打撃!
「くっ……じゃないですわあああーーっ!! わっ、わわ私のブラを……返してくださいませーーっ!!」
冗談ではない。
だが、ブラを取り返そうとするも、深夜子にさらりとかわされる。
さらには、ブラを両手で広げてシャキーンと決めポーズ。
「これぞ寝待流格闘術『肋抜』の応用『あ、ブラ抜き』!」
「意味が分かりませんわーっ!」
「器用だなおい!?」
「フッ、母さんはもっと上手く盗む。抜き取る時にホックが外れない」
右手の指をコキコキと鳴らし、深夜子がニヤリと格好をつけた表情をつくる。
「だ、か、ら、さらに意味が分かりませんわーーっ!?」
もうそれ人間技じゃないですよね?
まったく理解できないが、とにかく無駄に時間を浪費するわけにもいかない。
やっとのことでブラを取り返してから、五月は気を取り直す。
本来するべき行動へと、頭を切り替えねばならないのだ。いやほんと。
「はぁ……とにかく! これらの物から、急いで情報を割り出さなければなりませんわ」
「ふぅん。探偵所ねえ……西中島南に、鈴木花子か……でよ、こいつら街で見かけたらぶっ殺していいのか?」
梅が二人の身分証をひらひらとさせながら口にする。
「どうしてそうなりますのっ!? それ貴女が刑務所行きですわよね?」
「んだよ。相変わらずおかてえな! 軽い冗談じゃねえかよ」
「貴女の場合は冗談に聞こえませんのよっ!」
ツッコミながらも、しっかり手は動かしている五月。
どうして頭脳労働になった瞬間にこの二人は……と脳内で愚痴りつつ、パソコンにタブレットをつないで準備完了。
朝日の健康診断前日と同じ、本気の調査モードだ。
「ところで、深夜子さん」
探偵たちのスマホも、ケーブルにつないで解析開始。キーボードを叩きながら深夜子に声をかける。
「ん、何?」
「その首にぶら下げておられるカメラも押収品ですわよね」
「はうっ」
深夜子の表情が曇った。やはりか……。
「こ、これは……その……拾った?」
「小学生の言い訳かよ!?」
「深、夜、子、さん……それはあの探偵の方々が使っておられたものですわよね!?」
「う……は……はひ……五月……そ、その、後で返して……くれる?」
「はぁ……貴女はもう……とにかく、本体のデータを抜きますから……後はお好きにしてくださいませ」
やたらカメラに執着を見せる深夜子。
おずおずと渡してきたカメラ本体のデータを抜き出し、パソコンへと移動する。
メモリーカードは空だったので、そのままにして返す。
カメラを抱き締めて喜ぶその姿に、五月は軽い頭痛を覚える。
が、データの中身をモニターへ映し出した瞬間にそれは霧散した。
「ッ!! やはり……朝日様の盗撮……」
十枚にも満たない枚数だが、朝日が庭でゴミ捨てをしている姿、ランニング中の姿などの写真データであった。
すべてピンボケだったり、見切れていたりと、まともには写ってはいない。
しかし、それが逆に盗撮としての生々しい雰囲気を伝えてくる。
仮に通常の男性が盗撮された事実を知れば、心的外傷後ストレス障害――PTSDを発症してもおかしくない。
いかに朝日であっても、それなりの心の傷は受けるだろうと予想する。
五月は激しい怒りと、何よりも心から愛する朝日に対する不快極まりない行為に吐き気を覚えた。
「うっ……」
震える右手で口をふさぎ、五月はこみ上げる不愉快さを押さえこむ。
すると、ふと肩と背中にぬくもりを感じた。
振り返れば、深夜子が無言で優しく頷いている姿。
左手を肩に乗せ、右手でそっと背中を労るように撫でてくれていた。
「五月の気持ちわかる。朝日君の……こんな写真許せない」
「深夜子さん……」
これは深夜子らしからぬ心遣い、そして共感。
五月はついつい目頭に熱いものを覚えてしまう。
そっと胸の前まで右手を持っていき、きゅっと握りしめて誓う。
この朝日に対する侮辱とも言える愚行!
それを金目当ての卑劣な輩どもに依頼をかけた黒幕を必ずや――。
「この写真はできそこない。見れない」
「はい???」
「五月、これ」
嫌な予感が走る時間も与えないとばかりに、深夜子がアルバムらしきものを手渡してきた。
なんだこれ? 五月はつい流れでそれを開き、そして、驚愕する。
なんと、朝日の写真が大量に収められているではないか!
しかも、撮影日付が古いものだと五月中旬。
つまりは、朝日と出会って程なくしてからの写真集である。
あー、へー、なんだか額のあちこちにピキピキと血管が走りますわ。
眼鏡のレンズにもビシビシとひび割れが入っている気がしますわ。
「……で、深夜子さん。これは、どういったことですの?」
「ふひっ、あたしの愛の結晶。クオリティが違う! これ見て元気だして!」
左手を右肩に置いたまま、深夜子がグッと力を込め、右手でサムズアップしてきた。
まあ、確かに朝日のベストショット集と呼ぶべき見事なものではありますね。
素晴らしい――。
「あっ、あっ、貴女が盗撮集を自慢してどうするおつもりですのおおおおおおっ!!」
――わきゃあるかい!?
怒りにまかせ、五月は深夜子の襟首をつかんでガクガクと揺さぶる。
しかし、当の深夜子は心外と言わんばかりの表情。しれっと話を続ける。
「五月、文句は最後の五ページを見てから」
「はい!? 貴女は何を言って……だいたい朝日様を……盗撮して……そもそ――ッ!?」
文句は尽きないが、朝日の素敵な写真の数々に、ついページをめくる手が止まらない。
最後の五ページ。そこに到達した瞬間に、五月は我が目を疑った。
「かはあっ!? み、みみみみ深夜子さん!? こっ、このこのこの……こ、れ、はッ!?」
あっ、ヤバい。これ超ヤバい。
写真におさめられた朝日の姿に、呼吸、ついでに心臓も止まりかける。
「ふひっ、朝日君にお願いして撮らせてもらった。ご機嫌でないとやってくれないから超レア!」
「いやっ、ちょっ!? この素敵――いや、けしからん……そう、けしかりませんわっ! こんな写真、許されるわけが……はっ、はふうんっ!」
「んだよ。ちょっと俺にも見せろよ」
梅が間を割ってはいる。
ここまでお茶をすすって静観していたのだが……。
先ほどまでとは一転して、大興奮の五月。
にやけドヤ顔とでも言うべき深夜子。
挙動不審な二人の反応に、梅はその朝日の写真とやらが、気になって仕方なくなってしまった。
五月の手元をのぞき込み、どれどれとその写真を見る。
「んなあああああっ!?」
これはっ!? 梅の顔から蒸気が吹き上がる。
「おっ、おい深夜子てめえ! 朝日になんて格好させてやがん――むぐっ」
「しーっ! 梅ちゃんにはまだ早い」
深夜子に口を塞がれるが、梅は即座に手をはねのける。
「アホかぁーーっ! 俺の方が年上だろうが――――むぎゅう!?」
すると、今度は別方向から伸びてきた手に顔をがっちりと掴まれた。まともにしゃべる間もない。
「み、深夜子さんっ!! この写真……いや、このデータを是非……あっ、その……こほん。また、今回のような事件があるとも限りませんので……そ、そうですわね。わ、私も今後、動揺しないように慣れる必要もありますから……参考データとしてお譲りいただけますかしら? も、もちろん! やましいことに使う気など毛頭もございませんから……ほほ、オホホホ」
なにやら五月が深夜子に詰めよって、よくわからない理論を展開している。
どう聞いても、やましいことに使いたいとしか思えない。
梅はあきれ気味に二人のやり取りを見守ることにした。
「えー。どうしよっかな?」
今度は深夜子がわざとらしく渋っている。
すると、五月は密着せんばかりに深夜子に近づいて、耳元で何かを囁いた。
それでふにゃりとにやけ顔を見せた深夜子が「必要だもんね! しょうがないよね!」と、USBメモリーをポケットから取り出す。
それからお互いがお互いの手をがっしりと握って、熱い女同士の友情を表現しながら、それは手渡されたのであった。
(けっ、最低かよ……エロスケベども)
もちろん梅の驚異的動体視力は見逃してはいない!
その時、五月が深夜子のジャージのポケットへと、万札の束を素早く差し込んでいたことを――。
◇◆◇
さて、深夜子と梅が見守る中――。
パソコンに必要な情報入力と接続を完了させた五月。(朝日写真集の効果で)テンション高く、調査開始を宣言する。
「さあ、本気を出した私に追跡できないデータなどこの世にありませんわ! しっかっもっ、愛する朝日様のためっ! 五月雨ホールディングスのセンター情報バンクも(違法に)フル活用ですわ! おーほっほっほ!」
――そう言えば、そういうお話でしたね。
さっそくバチバチと音を鳴らして、五月はキーボードを軽快に叩きはじめた。
パソコンモニター、タブレット、押収品したスマホ。
それぞれに凄まじい勢いで表示されるデータを、一文字残さず精査していく。
「ふふ、たかが一介の探偵如き。過去の依頼データを余さず解析して、すぐに依頼主を特定して差し上げますわっ!」
まずは下ごしらえ完了。
続けて五月はスマホの操作をしながら、タブレットを確認。
「履歴データは……なるほど、仕事の依頼はスマホでやり取りされていますわね」
順調。独り言にも力が入る。……先程から深夜子たちに、どん引かれてる感じもするが、気にしない。
それから数分。
五月は目的のデータへとたどりついた。思わず声も表情も明るくなる。
「見つけましたわよっ! さて、こちらに転送して……データを解析に……ん? やたら固いですわね、このプロテクト…………やっと一部表示……あら? このIPアドレス……どこかで……」
「どうした五月。何かわかったのかよ?」
「いえ、そうではありませんわ。もう少しお時間はかか……なぁっ!? こっ、この暗号形式……」
目に映った情報に、思わず驚きの声が漏れてしまう。
そんな馬鹿な? 五月はデスクに両手をついて、パソコンモニターを凝視する。
よぎる嫌な予感。ふぅーっと、たまった息を吐き出す。
デスクに肘をつき、両手を口の前で握り締めて精神集中。今一度、データの精査を開始だ。
「おい、深夜子。五月のヤツ大丈夫なのか? 喜んだり驚いたりよ……」
「んーわかんない。けど、ブツブツ独り言とかちょっとキモい」
「いや、そりゃいつものお前だろ!」
「えー」
一方、こちらは後方で五月を見守る深夜子と梅。
先ほどから、何が起きているのかさっぱりわからない。
しかしながら、モニターを凝視する五月の顔色がどんどん悪くなってきているので、なんとなくは察することはできる。
「――――ッ!? こっ、これはっ!!」
バンッ! と五月がデスクを叩くように体を起こした。
「五月どしたの?」
「なんかあったのかよ? おい、五月?」
「いやっ、そんなはずは……くっ!!」
心配する深夜子たちの声も届いてないらしく、焦る五月は乱暴な手つきでタブレットを確認している。
再びパソコンのモニターに向かうと、ブツブツと難しい専門用語をつぶやきはじめた。
ついには左手でキーボードを打ち、右手でスマホを操作している。
「そんな、まさか……あはっ、あははは」
最終的には乾いた笑い声をあげ、顔を引きつらせながら、五月はパソコンモニターの前にがっくりとうなだれた。
これは大丈夫なのか? 事態がまったく把握できない。
深夜子と梅は、顔を見合わせて首をかしげるだけで精一杯。
ここはなんと声をかけるべきか……二人が口を開こうとしたその時。
――五月個人のスマホが、呼び出し音を鳴らした。
「うぐうっ……や、やっぱり……ですのね……」
連絡相手が表示されているであろうスマホの画面を見ながら、五月はこれ以上無い渋い表情をしている。
だらだらと汗を流して固まっていたが、ついには通話に応じた。
◇◆◇
「はい……五月……ですわ」
『もしもしー、あらーお久しぶりねー。五月ちゃん元気にしてたー? ママですよー』
「やはり……ですか……お母様」
『えー、もしかしたらーってお電話してみたけどー。やっぱりもうわかっちゃってたー? さすが五月ちゃーん。えらいわねー』
電話相手は五月の母にして、国内屈指の大企業『五月雨ホールディングス代表取締役CEO五月雨新月』であった。
データ解析の最中、最初は気のせいだと思った。途中からは気のせいであってくれと願った。
しかし、五月の願いは容赦なく潰える。
朝日の調査依頼主。依頼メールの発信元こそが、解析に使用している場所そのもの。
つまりは、五月雨ホールディングスとなっていたのだ。
それでも、せめて関連会社止まりで、などと淡い期待をしながら最終解析開始。
結果はしっかり『発信元:五月雨ホールディング社長秘書室』な上、トドメに暗号形式で『やったね五月ちゃん!』の表示がでるオマケプログラムまで仕込んである始末。
完全にやられた。顔色も悪くなると言うものだ。
で、挙句の果てには接続をあっさり逆探知され、電話までいただけた。
ともなれば、完全に掌で転がされていたのは自明の理。
「お母様っ! 一体、な、なななななんのつもりですの!? こっ、このような犯罪者のマネごとなどを!?」
当然、五月の返事はこうなる。
『んもー! 犯罪者さんなんて、五月ちゃんひどーい。だってー、五月ちゃんたらママがいくら言ってもー、朝日ちゃんをおウチにつれて来てくれないんだからー。もう、ママったらさみしくってー、毎日毎日シクシク泣いてたのよー。だからーつい――――プッ』
通話終了。むしろ切断。
五月はとてもさわやかな笑顔で、深夜子と梅の方へとふり返った。
「まちがい電話でしたわ!」
「「絶対嘘ッ!!」」
実に正確な指摘をされてしまうと同時に、五月のスマホから再び呼び出し音が鳴り響く。
「もう……しつこいですわねっ! もしもし、お母様。いいかげ――」
『くぉらああああっ、五月ぃ!! おっどれ、誰の電話を途中で切っとんなゴラァ!? ええか、ワシの堪忍袋の緒にも限度があるっちゅうとんじゃあボケぇ! おどれ、いつになったらワシんとこにボン(※朝日のこと)をつれて来るんかい? あ゛あ゛ぁ!?』
「ひっ、ひいいいいいっ!? す、すすすみません! お母様っ! お、落ち着いてっ、落ち着いてくださいませーーーっ!」
一瞬にして顔から血の気が失せ、己の母の気性を五月は思いだす。
すぐさま謝罪モードへと移行。
なんとか電話口で新月をなだめるが、そこから朝日に関しての話題に切り替わる。
一進一退。
連れてこい。それは無理。の押し問答が続いた。
『んもー、五月ちゃんてばいじわるー。しょーがないわねー、じゃあママはー、最後の切り札をつかっちゃいまーす!』
「はぁ!? き、切り札?」
しびれを切らしたのか、新月が怪しげな宣言をしてきた。
『そーでーす。五月ちゃんがー、朝日ちゃんをおウチにーつれて来てくれないならー。このデータを朝日ちゃんやー、五月ちゃんのお友達にー送っちゃうんですー!』
そして電話口の向こう側から聞こえる機械の操作音。
なんのつもりかと思えば、録音音声らしきものが聞こえてきた。
【えぐっ……ママ、あのね。五月にね、すごい意地悪する人たちがいるの……海土路造船って言ってね……それでね、それでね……ひぐっ……五月のね、大好きな人――】
「ひええええええええっ!? スッ、ストーーーップ! ストップですわーーーお母様っ、わかりました! なんとか、なんとかしますからっ!!」
これは投了もやむ無し!!
『あらー、やっとわかってくれたのねー。五月ちゃんはーやっぱりいい子ねー、大好きよー。じゃあ、来週ママはお休みをとりまーす。そうねー、二泊三日で朝日ちゃんとーおウチへお泊りしに来てくださーい。あっ、詳しくは後で蘭子ちゃんに聞いてねー。じゃあ、楽しみにしてるわねーうふふ。ばいばーい』
「あ……ああ……」
全身から力が抜け落ちる。
五月は震える手でスマホを握り締めながら、がっくりと床に崩れ落ちた。
「おい五月。まあ、とりあえず説明しろよ。一体何がどーなってやがんだ?」
「そう五月、意味わかんない。なんで五月ママが電話してきたの?」
もちろん梅と深夜子から質問が入る。
まあ、そばで会話を聞いていたとは言え、二人に内容が理解できるはずもない。
しかし、あれをどう伝えるべきか……いや、そもそも――困り果てる五月。が、全容を説明する以外に道はない。
「うっ……うううう。そ、それが……その……実は――」
ポツポツと死にそうな声で、語りはじめる五月であった。
――すべての原因はタクティクスとの闘い。男事不介入案件において、海土路造船の押さえ込み交渉を新月に依頼したことにある。
五月はその時に、新月へ軽い口約束をした。
いずれ朝日をつれて挨拶に行く。と言う内容だ。
母である新月は、国内でも指折りの有力者。それが、いち警護対象である朝日に興味を持つとは考えなかった。
その時はすぐに忘れてしまうだろう、程度のつもりだったのだ。
確かに以来何度か、秘書室長の播古田蘭子から連絡があって、珍しいなとは思いながらも、のらりくらりとかわしていた。
ところがこの子供にして親あり。
話の流れから、朝日の身の上に興味を持った新月は、独自ルートを駆使して機密であるはずの朝日の詳細データを入手。
それを見て、すっかりご執心になっていたのである。
「はああっ!? お前の実家に朝日をつれて行くだあ?」
「マジで? ……五月。それ、朝日君にどう説明するの?」
「ど、どうしましょう? ……あ、あさひさまぁ」
どうする五月!!




