#27 看病
「隊長。ま、さ、か、救急に出られるおつもりじゃありませんよね?」
柊の背後から声がかかった。
ジトッとした視線を向けるのは、ふわっとした外ハネボブの黒髪に黒縁メガネ、丸顔で優しげな顔つきの女性。
看護十三隊十一番隊副隊長鳴四場エミリである。
白衣を着用し”拾壱”の文字が刺繍された、黒の腕章を身につけている。
そして、何より目立つのは白衣からはみ出さんばかりの豊かな胸。体格は柊よりも小柄だが、痩身の柊とは比べ物にならないソレの持ち主だ。
後ろを取られ、少しバツの悪そうな表情をみせた柊だが、振り返る時にはすまし顔。
スッと髪をかきあげながら、余裕たっぷりに答える。
「フッ……鳴四場。病に苦しむ男性が其処に在る。それ以外に理由が必要なのかね?」
さも堂々と返す柊に、鳴四場は長めのため息をついた。
それもそのはず。
男性医療の頂点と呼ばれる『看護十三隊』。その隊長、副隊長ともなれば、それなりの役割がある。
彼女らは、いかなる状況においても男性救急医療をこなせる、国にとって重要な存在だ。
例え大地震の現場であろうと、戦場であろうと、極限状態で医療行為が行える強靭な肉体と精神。
さらに患者を、そんな環境からでも守る力を兼ね備えていなければならない。
つまり、彼女からが男性救急に動くのは、国から依頼された有事の時のみ。
――のはずなのだが、柊明日火にとっては目の前の患者こそが全てなのだ。
長い付き合いの鳴四場はそれを知っているし、彼女のそんな部分を悪しからず思っている。
「…………移動用の救急ヘリは手配済みです。それから後日、総隊長に提出する始末書もですね」
「フッ……流石だな鳴四場。君が副隊長で――」
「何も出ませんし、始末書を書く手伝いもしませんよ」
こんなやり取りも二人にはいつものことである。
「はいはい。それでは、皆さんちょっと失礼しますね」
鳴四場は愛想をふり撒きつつデスクに向かうと、手際よく救急依頼データをタブレットに転送する。
さらりと準備を終え、ただただ呆然としている栗源ら男性救急対応スタッフに見送られながら、柊と鳴四場は伝達室をあとにする。
ヘリに乗り込み離陸。
すぐさま鳴四場がタブレットを操作して、朝日の救急データを読み上げはじめた。
「神崎朝日さん十七歳。身長164.5センチ、体重54キロ。特殊保護男性で、過去の診療記録データはありません。症状から急性ウィルス性胃腸炎の見立て、意識はあり――あっ、現場からバイタルデータが飛んで来てますね」
「ほう、早いな……医療室の機能をきっちり使いこなせる者がそばにいるのか、それは重畳――ん? どうした鳴四場」
タブレットを見つめ、鳴四場が固まっていた。驚いた表情のまま口を開く。
「え……胃腸炎にかかった状態で……このバイタル数値? ……ほんとに男性……なの?」
「どういうことだ。どれ、見せてみろ…………ッ!? なんだこの数字は! ――ん? 神崎……朝日……はて、何処かで?」
「「…………」」
「「あーーーーっ!!」」
二人の脳裏に男性健康診断時の悪夢が蘇る。
この七月、看護十三隊始まって以来の失態を演じてしまった。それはもう、あとで鬼の総隊長からたっぷりと絞られたアレ(#14、#閑話参照)の元凶。
脅威の体力測定記録に、傾国の美貌、看護十三隊の中でも話題の絶えなかった彼だ。
「なる……ほど……結果的に我々が出て正解と謂うことか……あれだけの美貌の持ち主だ。並の医師ではまともな診察になるまい。なあ、鳴四場……!? ……鳴四場?」
「た、隊長……ちょ、ちょっと思い出し鼻血が……」
医療用ガーゼを数枚手に持った鳴四場が、ふがふがと鼻に当てている。
「おい、診察前からそれでどうする。むしろ二度失態を演じてみろ……二人そろって仲良く除隊モノだぞ」
「す、すびばぜん」
「まあいい、喩え誰であろうと、病に苦しむ男性には変わりない。いかに傾国の美貌と謳われようとも、私にとっては救うべき対象でしかない。行くぞ!」
そうこう話し込むうちに朝日家に到着。
必要な医療器具を携え、意気込んで朝日の診療にむかう二人であった。
◇◆◇
――約一時間が経過。朝日の診療処置は無事終了する。
「あの……先生……大丈夫ですの!?」
「フッ……心配無用だ。輸血用パックは大量に準備してある」
五月が心配する程度には、鼻血による失血を余儀なくされた柊たち。どうにも朝日の診察には、相当骨が折れたようだ。
他にも、心配が空回りしていた深夜子が途中で暴走したりと別のトラブルも発生。
だが、そこはさすが男性医療の頂点と言われる看護十三隊の二人。
朝日の状態をうまく深夜子に説明して落ち着かせながら、朝日の処置も完璧に行った。
現在は五月たちに処置後の説明をしている。
「さて、本来なら回復まで最低二週間はかかる疾患だ。しかし神崎君の場合は、そうだな……あと二日もあれば、医師の経過観察も必要なくなるだろう。全快まで五~六日と言った感じかな」
「「「…………ぷはああああっ」」」
深夜子たち三人の口から、そろって空気が吐き出された。
朝日の無事に安心して、安堵の表情、と言うよりは放心状態。口を開く者もおらず、柊はそのまま話を続ける。
「では念のため、私が彼の経過観察に二日程付き添おう」
「ちょっと待ってください隊長……今、なんとおっしゃいました!?」
柊の一言に、鳴四場が即座に反応する。
「いや、経過観察にあと二日と言っただけだが……」
「ま、さ、か、後任の医師を呼んで交代もせずに、隊長自らが経過観察をするとおっしゃってる訳ですか?」
ニコニコとしながらも、まったく笑っていないと感じれる器用な表情で、鳴四場が問い詰める。
「フッ……鳴四場。この私が一度診た患者を中途半端で投げ出すなどありえぬな」
「さっき明日の非番申請を出されてましたね?」
「うっ」
「ついでに、その後もう一日くらいならセーフとか思ってますね?」
「ぬっ」
あれこれとやり込められながらも言い訳を続ける柊に、深夜子たちから微妙な視線が送られている。
(おい……あいつ絶対朝日のそばにいたいだけだろ?)
(ですわね)
(ま、気持ちはわかる)
一安心した深夜子たちによる軽いやり取り、いつもの調子に戻りつつある彼女らだった。
一方の朝日は、医療室で点滴と投薬が終わってから、自室へと運ばれる。
少し強めの睡眠薬が投与されていて、今はぐっすり眠っていた。
柊が最終のバイタルチェックをしている間に、リビングで鳴四場から深夜子たち三人へ、今後についての説明が行われる。
「それでは、夜間の看護対応説明をさせてもらいます」
朝日はこの世界に肉親がいない。
そのため、身の回りの世話はMapsたちの役目となる。
夜間看護のチェック項目、客間に待機する柊たちを呼び出す必要判断の基準など、鳴四場がテキパキと説明していく。
ところが、しばらくして突然表情を曇らせて口ごもった。
「最後は……その……貴女方にお願いするしかないの……ですが……問題と言うか……負担と言うか……」
先ほどまでとはうって代わり、何故かはっきりとしない鳴四場。
もちろん朝日の世話とあれば、それなりの自負がある三人。五月が真っ先に声を上げた。
「どうかなされましたの? 何かはわかりかねますが……私、朝日様のためなら、例えこの身がどうなろうともかまいませんわ」
「あたしも、なんでもするって言ったよね」
「そうだぜ。俺らをみくびるなよ」
「あ……はい。そう言われますと安心ですね。では――」
再度、説明が始まり……。
「「「きっ、ききき着替えっ!?」」」
「ええ、本日は睡眠薬も効いてますし、体調的にもご本人だけでの着替えは難しいと思います。神崎さんは通常男性より回復が恐ろしく早いので、間違いなく熱が出ますし、汗も相当かかれると予想してます。なので、お着替えが必要ですね下着込みで」
「「「し、しししし、したっ、したっ、下着込みぃ!?」」」
あら大変。
安易に想像できてしまう朝日のあられもない姿。
三人とも動揺は隠せない。
普段であれば――やったぜ大勝利の深夜子、冷静にして内心歓喜悶絶の五月、単純に恥ずかしい奥手の梅なのだが、今は事情が違う。
病に倒れた朝日の看病なのだ。
そんな神聖な行為に対して、性的興奮を覚え、あまつさえイタズラでもしようものなら『女性のクズ』トロフィー獲得間違いなし。
では、冷静にこなせる自信があるか? と問われれば戦々恐々の三人。
唯一梅だけは奥手で純情な分、多少は切り替えできそうな気配ではある。
「神崎さんの布団に敷いてあるマットから、こちらの計測器に発汗と体温が表示されます――って、ほんとに大丈夫ですか?」
鼻息荒く、血走った目を爛々と輝かせる深夜子と五月。
まったく大丈夫に見えない二人を心配する鳴四場であったが――そんな空気を打ち破り、突然リビングの引き戸が勢いよく開いた!
「話は聞かせてもらった! 本来ならば些事にまで、隊長格ともあろう者が対応はしないのだが、今回は特別に私がお着――がっはあああぁっ!?」
颯爽と現れた柊を、無表情の鳴四場が容赦なく引き戸を閉めて挟みこむ。
気の毒なうめき声を上げてダウンした柊の首根っこを掴むと、ニッコリと深夜子たちに笑顔を向ける。
「では、後は皆さんで詰めてくださいね。あっ、コレにはしっかりと言い聞かせておきますので……腕は抜群なんですけどね……ほんと」
そのままずるずると柊を引きずり、客間へと戻って行った。
――それからしばらく。
なんとか朝日のお着替え対策の打ち合わせを終えた深夜子たち。
柊らとローテーションを組んで、食事や入浴を終わらせる。その頃には二十一時を回っており、予定通り朝日の看病のため部屋へと移動する。
そして、二十三時を過ぎた頃。
部屋の隅で雑魚寝状態になっている三人であったが、もちろん寝ているわけが無い。
悶々としながら、その瞬間を言葉も発さずに待っていた。
朝日と三人の呼吸音だけが聞こえ、一秒が十秒に感じられるような空気感が支配する。
そんな中――ついに小さなアラーム音が室内に響いた!
朝日のベッドから伸びるケーブルの先、計測器の発汗チェックに警告ランプが表示される。
深夜子ら三人はびくりと身体を震わせランプ凝視する。
来てしまった。ついに、この瞬間が来てしまった。
「はうあっ!? きっ、ききき着替えの着替えが、さささ五月!?」
「みみみみみ深夜子さん、おち、おちおちちち着いて」
「おまえらが落ち着けよ。つか、静かにしろよ。朝日が起きるっての」
さあ、ここからが本番。三人(特に内二人)の緊張はピークに達する。
打ち合わせで決めた、三人連携による速やかなる朝日のお着替え完了作戦『オペレーション・オキガエ』の発動である。
◇◆◇
作戦行動開始!
まずは明かりを常夜灯に切り替えて、限界まで光量を落とす。
深夜子と五月はその上でサングラスを装着し、ギリギリの状態で視界を確保する。
そして二人に、梅が指示を出すという段取りである。
朝日を起こさないように、小声で確認を取りあいながら作業を開始だ。
(よし、じゃあ上着から行くぜ。最初は深夜子からだな、俺が朝日をささえっからよ。うまく脱がせてくれ)
(らじゃ。それでは)
一番手は深夜子。
五月を後ろに待機させて、震える手で朝日の上着を脱がしはじめる。
暗がりでプチプチと上着のボタンをはすず行為、手に伝わってくる胸の感触。
こいつはやべえ! それはもう情欲が煽られないはずがない。
だが、それすらも折り込み済みなのがこの作戦なのだ!!
(よしっ、ぬっ、ぬげたぁ! さっ、五月タッチ!)
(りょ、了解ですわっ!)
上着を脱がし終わった瞬間に、すばやく五月と交代する。
そのまま音を立てずに転がって部屋から廊下へと離脱!
猛ダッシュで一気にある場所へと駆けだす。
それこそが本作戦の要『煩悩冷却用氷風呂』だ。
「ぬおおおおっ! そいやっ!」
氷風呂、深夜子飛び込む、水の音。
「あぴゃああああ! ちっ、ちべたいいいっ! でも回復! 回復ゥ!」
煩悩退散と同時に、氷風呂から飛び出て朝日の部屋へとリターン。
当然、廊下では鼻血を滴らせつつ、おなじく猛ダッシュの五月とすれ違う。
「ひいいいいっ! つつつめたいですわぁ! でも朝日様ぁああのためにいいっ!」
深夜子の耳に、背後から聞こえる五月の悲鳴。
ちょっと氷が多すぎた気がする。誰がいれたの? ――などと考えている間に、上着とシャツは交換完了。
ズボンを脱がして、最後にして最大の砦『トランクス』まで到達した。
担当は自分だ。深夜子はしっかりと目を閉じて深呼吸、梅の誘導にしたがって朝日のトランクスに手をかける。
あっ、これ、まずい。やばすぎる。
手に伝わる腰の感触、少し高めな朝日の体温。深夜子の理性にひび割れが入る。
これを下ろせば……下ろしちゃうと? 朝日君の(検閲削除)?
尋常ではない緊張、無駄な妄想が頭を駆けめぐってしまう。
いや、待て! もしも、もしも、朝日がこの事実を知ったら? どうなる――。
『深夜子さん……深夜子さんは、僕のことを辱しめたんだね』
『んなっ!? 何を言ってるの朝日君。あたし、病気だから仕方なく』
『でも、見たんだよね……僕の産まれたままの姿を、薬で寝てる間に容赦なく服をはぎ取って……それはもう、ねぶるように、たっぷりねっとりと見たんだよね……』
『ちっ、ちが――ッ!? 朝日君!! その先は崖。だ、ダメだよ? なんで?』
『サヨナラ、深夜子さん。こんな辱しめを受けてしまったら僕は……もう……』
『いやあぁあああーーーっ!!』
(無理。五月代わって)
(いったい何事ですのおおおーーっ!?)
深夜子、突然のギブアップ宣言にワケがわからない五月がキレる。
(と言うか、貴女がご希望されましたわよねっ! 朝日様のさ、ささ最後の一枚をっ!)
(おいっ! 静かにしろっつってんだろうがっ!!)
(じゃあ梅ちゃんして)
(アホかぁ、だから静かにしろっつーの!)
お約束の光景。
梅も加わって、朝日のトランクスを脱がす役割の押しつけあいが始まったところで……。
「ん……んん? ……あ、あれ……僕……なんで……みんな……ど、どしたの?」
「「「ぴぎゃあああああっ!?」」」
結局、目が覚めてしまった朝日。
この世の終わりとばかりにオタオタする三人に「このくらいの体調なら着替えはできるから……」と、見事な回復力をみせつけたのであった。
◇◆◇
深夜子たちが氷風呂コントを披露してから二日が経過。
朝日の体調は予想よりも早く回復に向かっていた。
微熱が残る程度で、嘔吐もほぼおさまっており、本人は食欲を訴えている。
なので、消化の良い食事を昼から摂らせることになったのだが……。
「朝日君のご飯。あたしが作るから」
「あらあら、深夜子さん……貴女お料理はできまして? それにこんなこともあろうかと、私はすでに食材を準備済みですわ。貴女方の出番はありませんことよ」
「おいおい、おまえらじゃロクなことになんねーだろ? 俺が作ってやっから引っ込んでな」
三人が三人とも、自分が朝日の食事を作ると主張して激突した。
さらに、何故かはわからないが、それぞれが朝日の食事を作って、柊と鳴四場が審査する料理バトル漫画のごとき流れとなってしまったのだ。
朝日がある程度回復したとたんにコレである。
仕方なしに審査員を引き受けた柊たち。
彼女らの待つ客間に、先陣を切ってきたのは深夜子であった。
料理を乗せた広めの丸皿をテーブルに置く。
丸皿の時点で、すでにいい予感はしない。それに乗ってるモノを見た柊が、こめかみを押さえながら口を開く。
「……君たちMapsは確かに優秀だ。そして医療に関しては、我々医師に患者を受け渡すまでに特化している。それはわかっている。……だが、だがね。これは一体なんなのかね?」
「ふ、生地はご飯をやわらくして作った!」
ふふん! と鼻息あらく、自信満々に右手をサムズアップの深夜子。
確かに米が原材料であろう白い円形の生地が、こんがりと香ばしい匂いを漂よわせ、皿に乗っている。
「ほう……で、その生地とやらに乗っている具材は何かな?」
「有機栽培のトマトソースと三種のチーズ。身体にいい!」
「……ピザだな」
「……ピザですね」
「「胃腸炎から回復中の患者がピザを食べれるかーーっ!!」」
深夜子落選。
「えー? ピザは総合栄養食……」
「そう思う君は自身の食生活を見直し給え」
まあ、予定通りに深夜子が撃沈。
すると、次は何やら厚手の手袋をはめ、アツアツの土鍋を持った五月が登場した。
それを見た鳴四場の眉間にシワがよる。
「土鍋……ですか? これは……」
「もちろん。朝日様に食べていただく『雑炊』ですわ!」
雑炊と聞いて、少し安心する鳴四場だが「さあ、ご覧あれ!」と、こちらも自信満々の五月が蓋を開けた瞬間。
柊たちの表情が凍りついた。
「ほう……で、この具材は一体なんのつもりかな?」
「それはもう、朝日様に栄養をつけていただく為に取り寄せましたフグとアワビ。それと今が旬のイワガキ。さらに北海区から直送のウニとイクラをお好みで……あっ、もちろん、出汁は精のつくスッポン! 五月特製『愛の海の幸まる雑炊』ですわ!!」
「正気かね?」
五月落選。
がっくりと落ち込む五月を横目に、最後は梅が少し小さめの鍋をもって現れた。
すでに疑いの眼差しの柊が、気だるそうに確認をする。
「はぁ……それで次はなんだね? プロテイン入り煮込みうどんでも持ってき――」
「あん? 何言ってんだ? 普通、病人にゃお粥だろ。朝日もまだ本調子じゃねぇしよ……つっても二日も食べてねぇからな。少しは塩っ気のあるもんがいいと思ってよ。雑炊風に出汁が取ってあんぜ」
「「「「えええええっ!?」」」」
意外ッ!
日頃は怠けてそんなそぶりは全く見せていないが、実は梅はいわゆる下町育ち。
三人いる妹の面倒をよく見ていたので、この手のスキルは深夜子たちの中で群を抜いていたのだった。
「むうっ、薄味ながらしっかりと旨味が感じられる。ご飯のやわらかさも適度……完璧と言わざるを得ない」
「すごいですねコレ。病人食とは思えない」
「へへっ、だろ?」
さも、当然とばかりに梅が控えめな胸をはる。
「あわわわわ、これ、そんな、梅ちゃん……ふぐぐ、梅ちゃんのクセに……そうだ! これはきっと悪い夢」
「くっ、こんな……大和さんにできる訳が――――ハッ! 雇った……雇いましたわね? プロをッ!?」
「てめえら俺をなんだと思ってんだ!?」
味見をして、全員がその完成度に驚愕する。
もちろん結果は梅の圧勝。
副賞として『朝日にご飯を食べさせてあげる権』も贈呈された。パチパチ。
じゃあ、茶番も終了したことで、とみんなして朝日の部屋に向かおうとした時、鳴四場が柊の肩に手を添えて軽く声をかけた。
「ところで隊長」
「なんだね?」
「ついつい言い忘れてましたが、早朝に立花総隊長からお怒りのメールが入ってましたよ」
「なん……だと……!?」
しれっと梅たちの後ろついて、朝日の部屋に向かおうとしていた柊が、ぎこちなく振り向く。
「まあ、隊長が三日も空ければそうなりますね」
とてもいい笑顔の鳴四場である。
「ぬっ、くっ……わかった…………寝待君、五月雨君、大和君。済まないが我々はこれで失礼させてもらおう。朝日君にもよろ――」
「「「「朝日君!?」」」」
「おっと、い、いや失礼! か、神崎君にもよろしく。ほら鳴四場、出るぞ、帰るぞ! ハハハハハ――」
全員からの冷たい視線が柊に集中する。
そう、実は経過観察中に朝日と仲良くなり、ちゃっかりメアド交換までしていた彼女。
無論この事実は後日、看護十三隊内にて発覚。
しっかりと吊るし上げを食らうことになるので、ご安心いただきたい。
――それはさて置き。
いそいそと帰還していった柊たちを見送ってから、梅が朝日の昼食を準備する。
病人の世話も妹たちで経験済みか、さすがに手馴れたもの。
「ほら朝日、食べさせてやっから」
「あ、うん。ありがと梅ちゃん、へへへ」
ベッドに腰掛け、スプーンのお粥をふーふーと適度に冷ます。
照れ臭そうな朝日に、これまた照れ臭そうに梅が食べさせては世話を焼く。
「あっ、そういえば……僕がトイレで倒れてた時に梅ちゃん泣いてなかった?」
「んなぁ!? な、泣いてねぇし! お、俺が泣くわけねえだろ。俺を泣かせたらたいしたもんだぜ」
「あはは。だよね。梅ちゃん強いもんね」
「あ、当たり前だっつーの」
朝日の部屋で、心温まる二人のやりとり。
それを扉の隙間から、深夜子と五月が土偶と埴輪のごとき能面で見つめている。
「ああ、朝日様……あの二人の世界……ぐぬぬ」
「勝負の世界は厳しい。無念……ところで五月の雑炊うまし」
「ふううぅ、今さらですがドッと疲れが……はぐっ、あら? このピザ意外とおいしいですわね……でも、残念、もぐっ……でしたわ」
お互いの料理を交換して、やけ食いながらも満足する二人。
とりあえずは一段落。平常運転に戻る朝日家であった。




