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男性保護特務警護官~あべこべ世界は男性が貴重です。美少年の警護任務は婚活です!  作者: Takker
第四章 やっぱり美少年との日常は甘くて危険らしい
29/69

#26 日常急変

※注意

ストーリーの都合上、後半パートはシリアスになっておます。苦手な方はご注意下さい。

 ――花火大会翌日。午前中のこと。


「おい深夜子、なんか荷物届いてたぜ」

「ん? そう。ありがと梅ちゃん」


 梅がダンボールの小箱を、深夜子の元へ持ってきた。

 見たところ、通信販売で購入した荷物のようだ。

 でも……あれ? これなんだったけか?

 昨日の花火デートの充実ぶりに、ふざけたド忘れっぷりをかます深夜子である。


 とりあえずは部屋に持ち帰って、荷物の送り状を確認する。

 日ごろよく使う通販”アムゾン”が送り元だ。

 宛名も間違いなく自分(寝待様)宛になっており、20センチ四方の小型サイズの箱で重さは軽い……が、やはり中身が何なのか思だせない。

 深く考えても仕方ないので、深夜子はさっさと開封することにした。


 中身を取り出してみると、一通の封筒とジャムビンのようなガラス容器が一つ。

 中には飴玉らしきものが詰まっている。

 封筒を開けると、伝票に加えて取扱い説明書(飴玉なのに?)が出てきたので目を通す。


 そこには――。

幸運色事遭遇(トラブリングダーク)キャンディ。貴女にふりかかるかもしれない幸運色事(ラッキースケベ)。そんな願いが込められた特別配合のダイエット健康食品です。一回一粒、一日二回まで。用法用量を守って服用ください。※効果には個人差があります】

 ――といったことが書かれている。


 思い……出した!


 そう、それは五日前の夜。

 五月と朝日のデート翌日のことだった。

 その日の五月は、朝から晩まで『やはり朝日様は五月のことを……ぐへっ、ぐへへっ!』と、恐ろしく目障りで耳障りでガッデムなデレっぷりを披露してくれおった。

 深夜子はそのイライラを通販にぶつけてしまったのだ。


 今思えば、商品説明のあちらこちらに『個人の感想です。効果・効能を示すものでありません』的な注意書きがあった気もする。

 いや、そもそもラッキースケベに遭遇できる飴玉、という時点でお察しであろう。

 しかし、その時は勢いで『これだ! 君に決めた!』とか、謎テンションで購入し(ポチっ)てしまった、胡散臭いにも程がある一品(ひとしな)

 

「これは……やってしまった……」


 ――なるほどこの世から通販詐欺が無くならないはずである。


「……むう。どうしたものか」


 それなりのお値段で買った物であるし、捨てるのはもったいない。

 何より、もしかしたら、もしかしたらがあるかも知れない!

 都合のよい思考が深夜子の脳裏をよぎる。

 これぞまさに、通販詐欺の優良顧客。


『みんな、そろそろお昼ご飯できるよー』


 悩んでいると、キッチンにいる朝日から昼食の呼び出しがかかった。

「ん、ご飯! 朝日君らじゃ」

 朝日とのお昼は最優先事項。深夜子はビンを持ったままキッチンへと向かう。


 ちなみに、深夜子を筆頭に感覚が麻痺しているが、美少年が毎日手料理を作ってくれるなど、通販詐欺に引っかかっている場合ではない幸福な日々だ。

 慣れとは恐ろしいものである。


 ――昼食が終わり、本日の食器洗い当番である五月がキッチンへと向かう。

 深夜子と梅は、リビングでテレビを見ながらソファーに寝転がっている。

 これで勤務中というのだから恐れいる。

 そんな食後の梅に狙いを定めて、深夜子が何やら怪しげな笑みを浮かべていた。


「ねえ、梅ちゃん。飴あげる」

「ん? ああ、サンキュー」


 卑劣な手段を……。

 などと言われても仕方ないところだが、こんな騙しアイテム。深夜子は深くは考えていない。

 ポンッと梅が飴玉を口に放り込むのを横でながめる。

 それから経過すること五分――当然何も起きない、そんなものだ。


 やれやれ………捨てるか、食べるか、深夜子が考えていると、キッチンから朝日の声が聞こえてきた。


「おーい、梅ちゃーん。洗い場の蛍光灯が切れたみたい。替え持ってきてくんない?」

「おう。わかったぜ」


 それを聞いて、梅が玄関近くの物置に向かう。

 しばらくして、ストックの蛍光灯を手に持ち、脚立を肩に掲げ鼻歌まじりで戻ってきた。

 そのままリビングを抜けて、キッチンにいる朝日の元へ。


「おう、朝日。俺が替えてやっからよ」

「あ、梅ちゃん。ありがと」


 梅は手際よく脚立をセットして登り、切れた蛍光灯へと手を伸ばす。

 が……わずかに身長(たかさ)が足らず、手が(から)ぶる。


「あれ? 梅ちゃん。もしかして高さ足りてないんじゃ……ふふっ」

「うっ、うるせぇ! 笑うな朝日! あと3センチだ……ふんっ」

 朝日の反応に顔を赤らめた梅。悔しかったのか、ムキになって脚立の天板に立ち、背伸びをはじめる。

「うわっ、梅ちゃん。バランス! 危ないって!」


 ついには、脚立の天板上で片足立ちになる始末。

 ふらふらと危なげな梅を見かね、朝日が支えようと抱きついた。


「うっきゃあああっ! こら朝日っ、尻を鷲掴みにするなああああっ、おいっヤメ――危なっ」

「ちょっと、梅ちゃん暴れないで! ほんとに落ちるって、あああ」

 

 なんという偶然でしょう!

 朝日が梅を正面から抱きしめた為、ちょうど腰の部分から手をまわしてお尻を掴む形となった。

 対して、それに動揺した梅がバランスを崩し、朝日にむかって倒れこんでしまう。


「危ない梅ちゃん!」

「ぬわっ!? ちょっと、朝日、待て! こ、これは――」


 さらになんという偶然でしょう!

 朝日は倒れこんできた梅を、床に落とさまい(・・・・・)と受け止めた。

 結果、朝日の顔に梅の股関が密着した、逆肩車というべき状態となってしまう。

 視界がふさがれ、後ずさりをしながらも、朝日はゆっくりと梅を下ろそうと努力する。


「ぬおわああああ! 朝日、離せ、手を離せっての!」

「梅ちゃん動かないで、大丈夫だから! ゆっくりおろ――あっ」


 しかし、さらにまたもなんという偶然でしょう!

 朝日の後ずさる先には、たまたまキッチンマットが敷いてあった。

 マットに足がのった瞬間!

 朝日と梅の体は、マットごと滑るように床へと吸いこまれた。


「「うわああああっ!?」」


 幸い、二人してキッチンマットにうまく衝撃を受け止められ、怪我はなかった。

 問題なのは、現在の二人の体勢。

 どこがどうなったのかは定かでは無いが、お互いの顔をお互いの股間で挟むような形で、朝日の上に梅が乗っかっていた。


「ちょっと!? 梅ちゃん。こ、これって?」

「むふわぁ、あ、朝日? ちょっ!? こら、足の力をいれるなぁ! か、顔に、顔にぃいいい。い、いや、それよりもしゃべるな、息をするな! やばい、まずい、そこにふーってしちゃらめぇええええ!!」


 まあ、なんというか、お互い股間に顔を埋めて息を荒げてしまっては色々あれですよね!

 

「ひいいいいっ! 朝日様ぁーーっ!?」


 五月が悲鳴をあげ、梅を朝日から剥ぎ取るついでに裏投げに持っていく。

 この光景を遠目に――唖然(あぜん)茫然(ぼうぜん)なのは深夜子である。


「ばっ、ばばばばば馬鹿……な!?」


 ありえない? 本物? そんなハズは?

 などと、頭は混乱するが身体は正直。

 視線は現場に釘付けのままだが、深夜子の両手は器用にビンをあけて取り出した飴玉を二個。口へと運んだ。


「ふへ……ふへへ……ぐへへへへへ!」


 即決即断! すぐさまボリボリと飴玉を噛み砕く。

 さらに手元にあったお茶を飲んで豪快に流しこむ。

 お茶なのか涎なのかはともかく、ぐいっと口元をぬぐい、フッっと淑女的な笑みを称えて――。


「う゛おおおおおおっ!! あっさひくーん!!」


 キッチンから、ふらふらと出てくる廃人化した梅と入れ替わりの突撃。

 食器棚を横目に過ぎ……。

 正面の冷蔵庫を左に曲がれば洗い場――!

 無論! この勢いで曲がれば、朝日と鉢合わせることになるだろう。

 つまりはッ――。

 ぶつかりあって絡みあって転がりあってあら大変唇まで接触事故、がワンセット。

 ――予想通り人影を認識。


 レッツ、ラッキースケベ!!


「えっ!? きゃあああああっ!」

「ひゃっふう! あーさひきゅ――――んなあああっ!?」


 朝日だと思った? 残念! 五月でした。


 出会い頭に激突した上、無駄な勢いが仇となる。

 朝日はすでに脚立へ登って蛍光灯を交換中、上から転がってゆく二人を見送っている。

 

「むきゅう……ふぇ!?」


 何やら深夜子の唇に触れるやわらかい感触。

 そして、かすかに感じる鼻息。

 まさか? 朝日は『あら~♪』と、ちょっといいもの見ちゃいましたよ的な声を漏らしている。

 そう、そのまさかであった。

 深夜子の身体の下にいるのは五月。右手は豊かな胸に、唇と唇はしっかりと重なり合っていた。


「「いやああああああ!?」」

 

 悲鳴と同時に、五月から巴投げを食らう。

 なす術もなく深夜子は宙を舞い食器棚へと激突。

 しかし、その衝撃よりも衝撃なのは、ファーストキスの相手が五月(同性)という事実!

 

「うぉええええ……」


 床に四つん這い。もはや落ち込む以外の行動選択肢が見当たらない深夜子。

 何てこったい! 梅のアレは一体なんだったのだ?

 いや、それよりも! 自分は二粒(・・)食べてしまっているではないか!

 もう嫌な予感しかしない。

 さっきから五月に罵られまくっている気はするが、それどころではない。

 とにかく飴を吐き出しておくのが先決であろう。

 そう考えて、深夜子はトイレへと猛ダッシュで向うのであった。


 ――かたや、一部始終を見ていた朝日が、恐る恐る五月に声をかける。


「さ、五月さん。大丈夫……ですか?」

「ううっ……朝日様。五月は、五月はもう(けが)れてしまいましたわ。清らかな身体で朝日様をお迎えすることが……」

「い、いや、別に僕はそんなこと気にしないと言うか……それより怪我はありませんかと言うか……」


 両手で顔を覆い。やたらと絶望にくれる五月を朝日は慰める。

 すると、先ほど深夜子が駆けていったトイレの方角から絶叫が響いてきた。


『うっ、ぎゃああああ!! みっ、深夜子、てめえノックくらいしやがれ! バカかっつーの! アホかっつーの!』

『ギャアアアーーーッス!? なんで梅ちゃん、鍵しめてないの!? てか、変なもの見せないで!』

『見るなぁ! つか、でてけぇ! なんでか知らねぇが鍵が壊れてたんだよーーっ!』

『ちょ! パンツおろしたままで――うおぉ! あ、足が滑ったあぁぁ!?』

『アホかぁっ!? こんなところで器用に足滑らしてんじゃねええええ!』

『『ふんぎゃああああ!!』』


 ――なんだか、朝日だけがいいもの見て得した気がした、とある平和な昼下がりであった。


◇◆◇

 

 平穏な日常とは、やはり偶発的なものに破られる運命(さだめ)にある。

 例えば人間、病気と無縁でいることは困難だ。

 今日の朝日も例外ではない。就寝前、少し体調がおかしいなと違和感を感じたが、そのまま眠りについたその早朝の出来事。


 強い倦怠感を覚えて朝日は目を覚ます。

 意識が覚醒するにつれ、腹痛、何よりも嘔吐感が強くなって行くのを自覚する。

 トイレに行こうと思い、リモコンを手に部屋の電気をつけ、ベッドから起き上がる。

 するとやけに身体が重たい。風邪だろうか? それとも何か食べたものが当たったのだろうか?

 疑問に思いながらも、よろよろと部屋を出てトイレへと向う。


「うええっ!!」


 どうやら自分が思った以上に体調が悪いらしい。

 下痢はそうでもないが、とにかく嘔吐がひどい。それも過去に経験したことが無いひどさだ。

 一旦、吐き切ったと思い便座から離れようと立ち上がるが、そこで襲ってくる強い眩暈(めまい)


「あ、あれ? 僕……どうしたんだろ……これって? うぷっ!」


 ひたすた嘔吐が続く。

 もう胃の中には何も残っていないのに、強烈な嘔吐感だけが残り続けるのだ。

 胃液すらも吐き続け、体力を奪われた朝日はついに便座へもたれるように倒れこんだ。


『急性ウィルス性胃腸炎』

 有名どころだと『ノロ』とか『ロタ』と呼ばれるウイルス感染によって発症する胃、小腸の炎症である。

 十二~七十二時間程度の早い潜伏期間で発症し、概ね嘔吐、下痢による脱水症状、急激な体力消耗による衰弱が見られる。

 もちろん、日本では致死率は限りなくゼロに近い疾患だ。


 しかし、ここは日本ではない。

 そして、この世界の胃腸炎はそれらと違い症状がひどい。

 屈強な女性たちにとっては致死率ゼロの病気と言って問題ないが、この世界の男性となると話が変わる。


 男性人口が少ないのは、出生率のみが理由では無い。

 身体が弱く、女性よりも怪我や病気で命を落とす可能性が高いのも一因なのだ。

 胃腸炎も男性に限定すれば、致死率は約五%に迫る高さである。

 ただし、朝日の身体の丈夫さや体力は、どちらかと言えばこの世界の女性側に近い。

 実のところ症状はひどいが、致死率発生までには至らない。


 だがしかし、傍目からすれば貴重な男性である朝日が、致死率のある(・・・・・・)病気に罹患(りかん)してしまったと言う事実のみ。

 その事の重大さは、たった今、異変に気づいて第一発見者となった五月の反応が如実に示している。


「あっ……はっ……そ、そんな……あさ……ひ、さま?」


 彼女らMapsは男性学を学ぶ過程において、医学知識もある程度修めている。

 五月はもちろん、深夜子もこの分野は学校でトップクラスの成績であった。

 それ故、現在朝日がおかれている状態が正確に把握できてしまう。


「い、いや……いやぁ……いやあああーーーっ!!」


 完全なパニック。

 本来AランクMapsであろう者と思えない失態。

 朝日への愛情がそのまま裏返しとなって、五月の心を削り取ってしまった。

 響き渡った悲鳴に、すぐさま深夜子と梅が駆けつける。

 が、これまた梅にとっては、最も苦手な座学分野な上に――。


「なんだよこれ? 朝日……どうした? ……なんで倒れてんだ? おいっ、おいっ、冗談だろ……お、起きろよ朝日。ひっ、ひぐっ……あさひぃ……おい」


 このような場面にはめっぽう弱い。すでに半泣き状態。

 残すは深夜子一人であるが……。


「これ、間違いなく急性胃腸炎。朝日君! 意識はある?」

「あ……? み、深夜子さん……う……ん。ちょっと吐き気が……ひどいけど……多分、だいじょ――」

「朝日様っ、何をっ、何をおっしゃっていますの!? ああっ、は、はやく、病院? いえ、きゅ、救急車? よ、よよ呼ばなくては!?」


 少しは冷静さを取り戻しているが、慌てふためき対応がままならない五月。

 そこへ、恐ろしく冷淡な口調で深夜子が指示を始めた。


五月(さっきー)馬鹿なこと言わないで! この家は男性福祉完備。まずは医療室に朝日君を運んで! 嘔吐が続くから、対応準備は忘れないで」

「はっ!? あっ……わ、(わたしく)としたことが、失礼しましたわ……了解……ですの」

「朝日君。すぐお医者さん呼ぶから五月(さっきー)の言うとおりにして待ってて」

「う……うん。……僕なら……だいじょ――、ご……ごめん……ね」

「それでは朝日様。失礼しますわ!」


 五月が朝日を抱え、医療室へとつれて行く。

 男性福祉対応の家は、男性の急病対応を僅かでも短縮する為に、簡単な医療処置ならば、その場で対応できる設備付き部屋がある。

 あえて救急車で病院まで運ぶので無く、対応可能なら医師が直接やってくる。

 この世界の男性専用の独特な救急システムだ。


「ひぐっ……あ、さひ……うぇ……」

 廊下でへたりこんで泣いている梅に、深夜子がツカツカと近寄る。

「梅ちゃん!!」

 バシッと平手打ちが頬を捉えた。

「泣いてないで五月(さっきー)の手伝いして! あたしは医師の手配するから。医療室の冷蔵庫にある経口補水液を朝日君に飲ませる。多分すぐ吐くと思うけど、とにかく続けて少しづつでいいから飲ませて、今の朝日君に必要なこと!」

「な、なんでだよぉ……朝日のやつ、あんな苦しそうで……ひっく……無理矢理飲ますとか――」

「梅ちゃんしっかりして!!」


 日ごろの深夜子からは想像もつかない、絶叫に近い声が廊下に響き渡った。

 ふと、梅が目を向けた深夜子の右手は、血がにじむほど握り締められ、かすかに震えていた。


「あっ……ああ、す、すまねぇ……わかったよ」


 こうして医療室で朝日の応急処置を五月と梅が行い。その間に深夜子は矢地へと連絡を取って状況説明。

 すぐさま男性保護省より、男性総合医療センターへ緊急コールが飛んだ。


『ふむ。時間的にもほぼ完璧な対応だな。念のため一つ緊急性の高いランクで申請しておいたから、それなりの医師が向うだろう。発見タイミングが早かったのは何よりだ。それにしても深夜子、見直したぞ! 普通はこういった場面に初遭遇した場合は――ん、どうした?』

「……やっちー……朝日君……あっ、あぐっ…………あしゃひくん……し、しんじゃったら……ど、どうしよ? ……う、うぇ……ひぃ、ひぃーーーーーん!」


 緊張の糸が切れたのか、スマホを握りしめ、その場に座り込んで号泣をはじめる深夜子であった。

 泣き続ける深夜子の前で、スマホから矢地の声が響く。


『はあぁ、お前も難儀(なんぎ)なやつだな……。大丈夫だろう。健康診断のデータを見るに、神崎君なら普通の男性と同じとはなるまい。万全に越したことは無いが、対応も完璧だと言っただろう? きっと問題ない。ほら、泣くな……』

「うえぇ……あ、あたし……あたし……あしゃひくぅ……ひぃーーーーーん」

『わかった! ほら、わかったから、な! 五月雨と梅だけじゃなくて、深夜子。お前もはやく神崎君のそばに行ってやれ、もう十分もかからず、医師たちも到着するから、な?』


 しばしの間、深夜子を慰め続ける矢地であった。


◇◆◇


 武蔵区男性総合医療センター。

 その男性救急コール中央伝達室で怒号が飛び交っていた。


「ふざけないでっ!! 対応できる内科担当医がいない? はぁっ!? 非番と他の救急が同時……馬鹿言わないで! そんな偶然ありえてたまりますか? 男性救急なんですよっ! わかってるんで――――くそっ!!」


 受話器を投げつけるように置いて、デスクに拳を叩きつける音が響く。

 激昂しているのは、白衣姿の三十代後半くらいの女性。男性救急対応事務局長『栗源(くりもと)早奈英さなえ』だ。

 その姿に動揺して、焦る部下たちがおろおろと質問を投げかける。


「局長どうしますか? 男性保護省からの緊急、しかもBランク要請……もう対応リミットが五分を切ってます。とにかく最低限でも対応できる医師を派遣するしか……」

「そんなのわかってるわよ! でも、下手にランクの低い医師を派遣して……万一、万一にでも患者(だんせい)に死亡されたら――」


 大事件では済まない。

 それこそ国の男性医療トップである、男性総合医療センターの骨幹をも揺るがしかねない醜態にして大罪。

 ―――張り詰めた空気の中。

 一秒、二秒、貴重な時間が沈黙と共に過ぎ去る……。

 そこに突然! 何者かが口ばしを挟んだ。


「やれやれ、なんだね騒がしい……宿直室での安眠を妨害しないでくれ(たま)え」


 つい先ほどまで寝てました、と言わんばかりの軽い口調。

 無論、栗源は烈火のごとき形相で、声の主。この伝達室入り口に立つ影を睨みつける。


「な……ん……ですてぇっ!? ば、馬鹿にしてるのっ!! こんな時間に、なんの宿直担当だか知らないけど。今がどれだけの緊急事態かもわから……ないで……勝手な……」


 怒声。しかし、だんだんと語尾は弱まる。

 中央伝達室の入り口に立つ影――それが何者かを認識したからだ。表情もこわばってゆく。


「あ、ああ……何故……どうして貴女がここに……!?」


 院内での医師たち職員の着衣は、清潔感の観点からも白衣(・・)に統一されている。

 しかし今、目の前に現れた者の着衣は黒!

 この男性総合医療センターで、黒衣(こくい)を纏うことが許される医師はわずかに十三名。

 そして、その黒衣の肩に銀糸で刺繍されるは”拾壱”の二文字――。


 燃えるような赤髪のマッシュショート、少し長めの前髪が左目を隠す。

 代わりに力溢れる切れ長でキリッとした右目。すらりとした痩身、その凛とした佇まいから、カリスマ性があふれでる美女がそこにいた。


「ああ、内科医がいないと耳にしたものでね」


 そう、彼女こそが男性総合医療センターの内科医長にして、看護十三隊十一番隊隊長。

 (ひいらぎ)明日火あすかその人である!!

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