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男性保護特務警護官~あべこべ世界は男性が貴重です。美少年の警護任務は婚活です!  作者: Takker
第四章 やっぱり美少年との日常は甘くて危険らしい
25/69

#22 五月と朝日(前編)

 ――海土路主とのトラブル。男事不介入案件から約一ヶ月が経過。

 暦が八月下旬となったある日のこと。


「ふふん。今日はっ、デート! あっ、さっ、ひっ、さまとデート! ふへっ、ふへへっ、ふんはんふふふ――」


 実にキモ――いや、ごきげんでおめかし真っ最中なのは五月雨五月である。

 本日、身辺警護(しごと)はローテーションで非番の日であり、朝日と行動を共にするのは正真正銘『デート』で間違いない。


 なんと、三人の中で朝日と初デートの権利を勝ち取ったのは、前回大手柄の梅でも、なんやかんやと一番距離感のよい深夜子でもなく、五月であった。


 それでは、なぜ五月がこんなビッグチャンスを手に入れたのか……ご理解いただくために、時間を数日前に遡らせていただく。


◇◆◇


 ――五日前。

 春日湊の高級ホテルにあるレストランの一室で、朝日と(あるじ)達による男事不介入案件和解の会合が行われていた。


 事件から三週間程しか経過してなく、万里、花美、月美の怪我は完治に程遠い状態であった。

 それでも、誠意を示すため、この場に無理を押して出てきている。


 三人の中では、右腕粉砕骨折でギプス姿の月美が最も痛々しい。

 だが実際は、現在も絶対安静中の万里が一番の重症者である。

 当の本人は、さも涼しげな顔をして椅子に座っているあたりさすがと言えよう。


 朝日側は梅が軽症(この時点でおかしい)だったが、一週間を待たずに全快。当時は五月のツッコミが実に冴えた。


 そんな面々が顔をあわせ、まずは花美と月美に促された主がしぶしぶと口を開いた。


「ふ、ふん! こ、今回は悪かったね神崎クン。それと、そこの寝待とかいう女も……その、変なことを言ってしまったな。撤回してやる」


 謝罪? 色々とツッコミたくなる朝日だったが、まあ、主はこの世界の男性。

 しかも御曹司である彼としては、精一杯の謝罪だと思われた。そこは察して、苦笑しながらも受け入れる。


 朝日は主と軽く談笑をかわしながら、書面で渡された和解の内容を確認し、謝罪とは別に海土路造船から朝日個人に対して、慰謝料一千万円が支払われることに驚く。

 通常の慰謝料相場は百から三百万円程度で、相当の破格になっているとは深夜子の補足。

 ちなみに、五月は知らないふりを決め込んでいるが、これはもちろん五月雨新月の仕業である。


 その一方で、梅を筆頭とした実戦参加(ガチンコ)メンバーたちは、若干気まずそうな雰囲気だ。

 しかしこの場では社会人として、空気を読んだ対話を期待したい。


「なんていうか、チビ猫は手加減を知らないですよ。月美はあと二ヶ月もギプス生活ですよ」

 口火を切ったのは月美。当然、これに反応したのは――。

「ああん? はっ、俺は手を抜いてたけどな。カルシウム足りてねぇんじゃねえか? 眼鏡チビ」

 ――梅だ。あれ? この流れは……。

「なっ!? 感覚おかしいですよ。チビ猫は頭の中まで筋肉なのですよっ!」

「んだとぉ、コラ?」

 空気さんが読まれないどころか、張りつめていく話題に直行便、これはよろしくない。

 朝日はあわてて間に割って入る。


「月美さん、ごめんなさい! 腕、痛みますか? 梅ちゃんがやり過ぎちゃったのなら、僕の責任です。何かできることがあれば言ってください」


 朝日にとって、男事不介入案件に関する通例は、納得のいかないものばかりであった。

 中でも、自分のために女性たちが傷つけあうなど、あってはならない。

 思わず月美の左手を握りしめ、全力で申し訳ないと気持ちを訴える。


「あぴゃあああぁっ!? かっ、かっ、かかか神崎さん? そのですよ。えとですよ。あのですよ――あっ、治る? ……そう、治るですよ! 月美の骨は明日にはひっつくですよ! だっ、だから、気にしなくていいのですよ!」

「え? 月美さん? あ……あの……」

 

 なんだか月美に動揺されまくった。

 顔はゆでダコ、ぶ厚い眼鏡がまるで生き物のように変形して見える。


「むう……やはり恐るべし天然の傾国よ……妹者(いもじゃ)が三秒ともたぬとは……」

「おいこら月美ぃ! あんまりデレデレしてんじゃないよぉ~?」

 ごすんっ、と月美の後頭部に、万里が椅子から伸ばした足のかかとが乗っかかる。

「でへえっ!? ――はっ!? あれ? つ、月美はいったい何を……」


 意図してかはともかく、彼女らのノリに場は和み、朝日も一安心。

 そこからの会話は円滑に続き、書面にサインまですませる。

 これで和解は遺恨無しにて成立した。


 そして帰り際、ふいに万里が朝日へ声をかけてきた。


「ああ、そうだ美人さん。うちの連中にオタクのファンが増えちまってねぇ。いつでもご依頼は格安……いや、無料でも受けたいって奴らばっかりでさぁ~。Mapsの連中にご不満(・・・)の時にゃ、是非とも男性警護会社タクティクスにお声かけを、ねぇ」

 甘ったるい語尾にあわせて、万里が名刺を差し出してくる。

「えっ? あ、ああ……はい。ありがとう……ございます」 

 朝日が思わずそれを受けとってしまうと、万里は満足そうに笑みをたたえ、うやうやしく一礼。

「あはぁん。ご連絡、お待ちしてるじゃな~い」

「ぬぉああああっ!? 朝日君、そんなの貰う必要ない! 聞く必要ない!」


 ちゃっかりアピール的な流れに、深夜子がお怒りの模様。ぐいっと抱きよせられ、万里の前から引き離された。


「この泥棒蛇! ふしゃあああっ! ふしゃあああっ!」

「ちょ、ちょっと深夜子さん。僕は大丈夫だから、ねっ、威嚇しないで、ねっ」

「はぁ……万里さん。貴女……ほんとうにいい性格してらっしゃいますわね」

 五月はため息まじりに苦笑いを見せている。

「あっはっは! まあ、次からはさぁ~、仲良くやろうじゃな――ぐっ、痛てて……」

「ちょっと、万里(ねえ)。病院を抜け出してきてるのに無理しないですよ。そろそろ顔色が変なのですよ!」

 笑い声が傷にひびいたようで、顔を引きつらせる万里に、月美が心配しながら呆れている。

「けっ、デカ蛇女……まぁ、その根性だけは認めてやらあ」


 どうやら、皆それなりに落としどころは見つけたようである。無事、一件落着となり朝日たちは帰路に着いたのであった。


◇◆◇


 その二日後のこと。


 朝日は保護外国人男性扱いではあるが、国から個人の預金通帳がしっかり発行されている。

 しかも『保護男性生活援助支給金』という名目で、毎月五十万円が振り込まれており、実にこの世界らしいと言うべきか。

 先日、その口座に海土路造船から振り込まれた一千万円。そのうち五百万円を朝日は引き出していた。


「朝日君。そんなにお金どうするの? 何か欲しいものあったっけ?」

 朝日に頼まれて現金の手配をしてきた深夜子は、札束の入ったぶ厚い袋を手渡しながら訪ねる。

「ううん。そうでなくて前にさ、僕の服を色々買ったとき、五月さんがお金を出してくれたんだ。だから今回ので返そうかと思って」

「あ、そっか。五月(さっきー)に返すお金なんだ」

「うん。えへへ」


 朝日は大金の入った袋を大切そうに抱きしめ、ごきげんで五月の元へと走っていった。

 どうやらお金を返せることが嬉しいらしい。

 そんな微笑ましい姿に、ついついデレッと表情が緩んでしまう深夜子であった。

 が、しかし、何か違和感を感じ。ふと考え込む。


(ん? ……五月(さっきー)が服を買った……お金……あれ? あっ、それまずい!)


 ――この世界において、女性が男性に何かを買うのは当たり前どころの話ではない。

 そもそも男性には、自分が働いて賃金を得るという感覚がないのだ。

 国から貰う。女性から貰う。

 否! お金など、自分たちを管理する女性たちが用意して当たり前のものなのだ。

 さらに女性側にすれば、男性のためにお金を消費することは誉れである、などと狂った価値感が根付いている。


 つまりは、女性からなんであろうと貰ったものを男性が『返す』という習慣も存在しない。

 そんな価値観の世界で、女性が男性に贈ったもの――品物であろうと、現金であろうと、それを返される(・・・・・・・)という行為は、男性側から女性側への三行半(みくだりはん)

 お前もう生理的に無理だから、これ持って俺の前から消えてくれない? レベルの拒絶対応である。


 ここで問題。

 ただ今、朝日が五月に「今までごめんなさい。服に使ったお金を返しますね!」と善意100%で伝えておりますが、その結果は――?



「あざびざばッ!? ざづぎばッ!! ざづぎばっなにがあざびざばのおぎにざばるごどでもじばじだでじょうがッ!?(朝日様ッ!? 五月はッ!! 五月は何か朝日様のお気に障ることでもしましたでしょうかッ!?)」

「ちょっ!? ええええっ!? さ、五月さんっ!? ど、どしたのっ!?」

「う゛え゛え゛え゛え゛え゛っ! あざびざばッ! ゆるじで! ゆるじでくだざいィィィイ!」


 ――えらいことになった。


 朝日が話しを終えると、最初はニコニコとしていた五月の表情は、まるで虚無ともいえる状態に変化していた。

 それから、ぷるぷると手を震わせつつ眼鏡をはずし、ボロボロと大粒の涙をこぼし始める。

 ついには嗚咽を漏らしながら涙を拭い、だんだんと泣き声へと変わっていく。


「ちょっ、え? だから、なにが――はうっ!?」


 五月の予想外な反応に驚き、朝日が声をかけようとした瞬間!

 タックルもかくやの勢いで、突如五月にすがりつかれ押し倒される。さらに、そこから懇願まじりの号泣が始まった。

 これには朝日も面を喰らう。

 理解ができないままに、とりあえずと思って五月を慰めようとするが、一向に収まる気配もない。


「朝日様っ! なんでもします! なんでもしますから! だからっ、だから五月を捨てないでえええ……え……ええっ、うぐっ、うわあああああぁっ!!」

「ちょっと待って! 五月さん? 落ち着――うわぷっ」


 鬼気迫るとはまさにこのこと!

 ついに身体ごと覆い被さられ、なんだかやわらかでボリューミィなものが顔に乗っかってくる。

 泣き続けながら許しをこう五月の、豊かな双丘の感触に抵抗できず、しばしの間、この状況を堪能してしまう朝日であった。


 ――そうこうしている内に、深夜子が梅を引きずるようにつれて部屋へとやってきた。


「おっふ、こいつは想像以上の惨劇」

「おいコラ、深夜子! てめえ、説明なしに引っぱってくのやめろっていつも言っ――ぬおおっ!? なんだこりゃ!?」

「あっ、み、深夜子さん! 梅ちゃん! お願い助けて! 五月さんが、五月さんが……こんなになっちゃって」

 五月の胸の下側から、手を振って助けを求める朝日。

「こりゃあひでえな。おい、五月どうした? しっかりしろよ」

「ほら五月(さっきー)。朝日君なら大丈夫だから、ちょっとこっちに」

「やあっ、ちょっ、離してっ! あ、朝日様ぁ! おっ、お情けを、お情けをーーっ!」

 深夜子と梅に両脇を抱えられ、力ずくで朝日からはがされるも、五月は混乱しているらしくしぶとく抵抗する。


 しかし、「じゃ、ちょっと説明してくる」と軽いノリの深夜子と梅。

 必死に抵抗を続ける五月を容赦なく部屋から引きずり出す。


「いっ、いやああああああっ! 朝日様っ、朝日さまぁーーーっ!」


 朝日の名を呼び続け泣きわめくその姿は、まるで無実の罪で処刑場へ送られる兵士のようであった。


◇◆◇


「ごめんなさい五月さんっ! ほんとに、ほんっとに知らなかったんです」

「ふううっ……ふぐううううっ……朝日様ぁ、朝日様ぁ」


 謝り続けながらも、困惑中の朝日である。


 深夜子たちによる説明の甲斐あって、少しは落ちついたようであるが、いまだ床に突っ伏して泣き続けている。

 三人の中でこういったこと(・・・・・・・)に最も敏感な五月だけに、相当なショックだったらしい。


 ここから約一時間、あれこれと朝日は慰め続けて……結果。


「ほんっとうに、ほんっとうですのね!」

「だから本当ですって!」


 泣きやんではいるが、五月は憔悴した表情で身体にすがりついてくる。

 その迫力に朝日もたじたじだ。

 深夜子と梅は『こいつめんどくせぇー』と言いたげな表情を浮かべて静観している。


「では……ではっ! 次の(わたくし)の非番は朝日様と……朝日様とデート!」


 しばしループが続いた『五月のこと捨てない?』を終え、どうやら納得してくれた模様。朝日は胸をなでおろす。


 ――五月は尽くしちゃう系女子なのだが、ちょっと重たい系女子でもあるようだ。

 ……とまあ、こういった具合で話は冒頭に戻るのであった。


◇◆◇


 それでは本題。

 五月と朝日のデートについてだが、深夜子と梅から抗議もあって、さすがに朝から晩まで丸一日ではない。

 清く正しく美しく。健全な時間帯での半日デートである。

 その代わりに、朝日の気遣いで主導権が五月に渡されていた。


 なので、考えに考えに抜き。昼下がりから出発、まずは映画館にて映画鑑賞。

 それからショッピングの後、ディナーを共にして帰宅の予定を組み上げた。二日徹夜した。


 さてただいま、ルンルン気分でおめかしも完了。

 本日のファッションだが、髪型は日頃の編み込みサイドアップをやめて、ポニーテールにした。

 少しでも朝日に好印象をもって貰おうと試行錯誤した結果だ。


 服装は、首から胸元にかけてカット加工が施してあるミディアムワンピース。

 下品ではないセクシーさを意識して、白を基調としたブルーストライプ柄を選択。

 もちろん、それなりに自信のある己の美貌とスタイルをフルに活用し、装飾品も嫌みでない程度にバランスよく――。


 まあ、一言で言い表すなら『(わたくし)、すっごく気合い入れましたわ!』なのだ。


 そして、その瞬間(とき)は刻一刻と迫ってくる。

 家からの出発はいつも通り、車で全員揃って市街地まで移動する。

 だけなのだが、五月はあまりの緊張で現地に到着するまで、一言もしゃべることができなかった。これは失策。

 

 ――現地到着。

 車から下りて、Tシャツにデニムジーンズ姿の朝日の側へ。ああ、胸が高鳴る。

 深夜子と梅は遠距離からの私服警護なので、自分たちから距離をとる。

 別にもっと離れてくれてもいいですのに、と目をやれば二人から冷たい視線が返ってきた。

 まあ、これはこれで愉悦。


 さあ! それでは! 待望の愛する朝日とデートスタート! 最初の目的地は映画館。

 しっかりとエスコートせねば! 五月のテンションは最初からクライマックスだ。


「そ、しょ、そそそそそれでは、あああああしゃひ様。ままままま参りますですますしょうか?」

「五月さん?」


 残念。緊張もクライマックスを迎えてました。

 それもそのはず、思えば齢二十四にして人生初デート。勝ち組中の勝ち組と言えるこの僥倖(ぎょうこう)

 しかも相手は絶世の美少年こと神崎朝日である。

 沸点に達していたはずのテンションはどこへやら、五月は出発までに約十分間の深呼吸と精神集中を必要としてしまった。


「――でも、こうやって身辺警護(おしごと)じゃない形でいっしょにお出かけできるって嬉しいですね」

「まあ! 朝日様ったら。……そうですわね。本日は五月にお任せくださいませ! しっかり楽しめるようにエスコート致しますわ」

「えへへ、うん。よろしくお願いします!」


 出発してしばらく、会話も弾みはじめる。

 さっそく朝日が、思わず深夜子たちをまいて、実家に連れ去りたくなるようないじらしいセリフをさらりと放つ。

 これはいかんと煩悩を振り払っていれば、五月の左腕にさっと絡みついてくる素敵な感触。

 来ましたわね! ここで朝日が自分の手をとって、きゅっと恋人つなぎに持ってきた。


「おっふ!!」


 予想よりも早い仕掛け。五月は危うく膝に矢を受けてしまった衛兵の如く崩れかけた。

 ――だがッ! だがすでにッ! 五月雨五月は、デートを成功させるべく断固たる決意(・・・・・・)はできている!


「ふふ……さあ、参りましょう。朝日様」


 瞬時に脳内の情報伝達経路を切り替え、立ち直る。そのプロセスはわずか0.05秒!

 以前とは違うのですわ! 以前とは!

 さらに余裕の笑みを朝日に向けて、五月は軽く手を握り返す。ついでに脳内麻薬もあふれでる。

 ああ、これがしあわせ。


(くっ!)

(ちっ!)


 ちなみに、本日非番ではあるが、朝日の安全確保のため五月もインカム装備は必須だ。

 ちょくちょく地獄の底から響くような、舌打ちやらうめき声が聞こえてくるが気にしない。


「あっ、そうだ五月さん。今日観る映画ってどんなのか聞いてなかったけど、教えてもらえますか?」


 朝日が映画の話題にふれた。

 何分この世界の映画は、男女文化の違いから、朝日にとって図りかねる内容のものが多い。

 自分の好みで選んでとは言われたが、そんな手抜かりをするわけもない。対策済みである。


「ええ、朝日様が楽しめそうなものは少なそうでしたが、ちょうど春先から大ヒットしているアニメ映画がありましたわ」

 五月は自信を持って回答をする。

「へえ、アニメ!」

「ふふ。きっと実写よりは、アニメの方が朝日様が楽しめるかと思いましたので、その中から選びましたわ」


 そもそも男性俳優が存在しないので、実写映画は朝日には違和感が強いだろう。

 よって、声優でカバーできるアニメならば、男性出演者を気にすることなく制作できるのが強みだ。

 実は深夜子に頼みこんで教えてもらった映画ですけどね。


(わたくし)も観るのは初めてですが『君の名を言ってみろ』というタイトルですわ」

「わぁー。なんかすごいタイトルですね」

「ふふふ。これ今、超ロングヒット中。あたしはすでに三回観た」

 突然、深夜子がぬっと朝日の後ろから顔をだした。

「うわっ、深夜子さん!」

「んで、深夜子。どんな話だったけか?」


 同じく、梅もやってきて口をはさむ。

 映画館が近くなったことで施設対応警護――合流可能になったからだ。

 まったく、ここぞとばかりに……、と五月は近寄ってきた二人にジト目を向ける。

 が、ふふん! と鼻をならして深夜子が自信ありげに朝日へ説明を続ける。ぐぬぬ。


「んと。最初はキャッチコピーの『姉より優れた弟など存在しない!』が大炎上した。けど、実際の中身は落ちこぼれの姉に対して、優秀で健気な弟の無償の愛が描かれた名作。はっきり言って泣ける」

「へ、へぇー、な……なんか色々と凄そうだね……」


 深夜子の説明が終わるころに、映画館のある超大型商業ビルへ到着。

 一階層丸ごとが映画館になっており、エレベーターを使って、四人はその階層へと移動する。

 五月のデート最初の目的地。春日湊、いや国内でもスクリーン数、客席数ともに最大級の映画館『曙シネマズMAXシアター(ナイン)』だ。


 エレベーターを降りてからロビーを進む途中で、梅が深夜子に小声で話しかけた。


「おい深夜子。そういや五月の奴どういうつもりだよ。映画館っつたら普通――」

「うん。男性は専用観賞室で別」


 そう、二人の単純な疑問。

 暗がりで不得定多数の女性の中に男性が混じるなど、男性特区であっても(性的)自殺行為に等しい。

 男性は専用の場所で、女性とは別に映画を観賞するのが常識だ。

 確かに世間知らずのお嬢様ならば、それを知らないであろうが、五月限っては……と二人は首をかしげる。


「だよなぁ……朝日も映画館に行ってみたいって言ってたらしいけどよ。五月、あいつわかってんのか?」

「んー。五月(さっきー)何も言ってなかったけど」


 そんなこそこそ話を朝日たちの後ろでしている間に、映画館の入口ホールの中へたどり着く。


 フロアはふかっとした絨毯タイプの床に変わり、少し暗めの照明に、ネオンやカラーライトを駆使して、非日常的雰囲気が演出される。

 チケット受付の他、グッズや飲食物売り場がずらりと並び、ホールの天井近くにところ狭しと設置された二十面以上の大型モニターから、上映中作品のプロモーション映像が大音響で流されていた。


 その驚きの広さと豪華さに、朝日が歓喜の声をあげた。


「うわー、すごく大きい映画館! 日本でもここまで大きいのはなかったかも?」

「ふふ、喜んでいただけると嬉しいですわ。上映に使うホール(・・・・・・・・)は、朝日様がご自由に選んで(・・・・・・・)くださいませ」

「あん? あいつ何いってんだ……ん? そういや……なんで店員以外、誰もいねぇんだ? 平日っても客ゼロはねえだろ?」

「うん、ありえない。あたしここ何回か来たことあるけど……これは異常……なんで?」

「あらお二人とも、何をおっしゃってますの? もちろん今日は『貸し切り』でしてよ」


「えっ!?」「はあっ!?」「なにぃ!?」


 五月雨五月プレゼンツ『愛しの朝日様とのデート』の始まりである。

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