#閑話 男性健康診断
「#14 邂逅」後半部分、男性健康診断を「朝日側では何が起きていたのか」の閑話となっております。
――七月某日。
武蔵区男性総合医療センターにて実施された男性健康診断。
数多ある会場ビルの一棟『G棟』その中の一番から十三番ルートは通称『看護十三隊』と呼ばれ、男性医療に携わる者でもエリート中のエリートが揃えられている部隊が担当をしている。
彼女らは企業の御曹司から国の指定対象まで、多数の要人男性の健康診断を一手に引き受けているチームなのである。
◇◆◇
朝日と付き添いの深夜子は、本日の健康診断で指定されている十一番ルートの会場へとやってきた。
内部は体育館のような広いフロアで、身体測定の項目ごとに間仕切りを立て区画分けしてある。
それぞれに五、六人程度の看護師がついており、朝日の感覚からすれば過剰な人員配置に見えるが、この世界ではそれが妥当なのだろうとあえてツッコまない。
会場入り口でルートマップと記録用書類の確認をしていると、案内係の一人が近づいて来た。
「身体測定の方ですね。こちら一番から三番まで、どこのラインも現在空いております。お好きな――――ふぁっ!?」
朝日の顔を見た瞬間に言葉が止まる。さらには、鼻息を荒くして口調が変わる。
「きっ、ききき、君の好み、えと、女性のタイプとかはどんな感じかな? わ、私とかどう思う?」
「ええっ?」
いきなり手を取られてのアプローチ。
突然何事? 朝日が戸惑っていると、横を深夜子がスッと通りぬけていった。
興奮気味な案内係のうしろに回りこむと――。
ピシッ!
「あふんっ」
深夜子が手刀をかまえたと同時に、彼女は白眼をむいて崩れ落ちた。
「さっ、行くよ。朝日君」
「あれ? 深夜子さん今、何かしたの? ……あれ?」
一瞬、深夜子の手刀がブレたように見えた気はしたが……。
「対暴女法の範囲内。気にしない」
この寝待深夜子容赦せん! とでも言わんばかりの深夜子に手をひかれ、二番の身体測定ラインの入り口へむかう朝日であった。
――色・即・斬。
朝日に色目を使うもの許すまじ。深夜子、Maps権限フル活用である。
◇◆◇
「ちょっと……何あの子……」
「超美形! ……ヤバくない?」
「やったぁ、うちらの担当だよ!」
すでに看護師たちは、朝日の存在に気付き始めていた。
歓喜の声を上げて、身長測定以外の担当たちも、砂糖に群がる蟻のようにわらわらと集まってくる。
両隣、一番と三番ラインの担当たちも、間仕切りの隙間などから朝日をチラ見をしている。
「し、身長は――スゥハァ、ひゃ164.5センチ――スゥハァ、それでは――スゥハァ、記録しま――スゥハァ」
はやくも過呼吸気味の身長測定担当が、意識朦朧となりながらも測定を進め――。
「そ、そりぇでは、きょ、きょきょ胸囲を測らせて、おっとぐうぜんにもてがすべ――――あふんっ」
体型測定担当は、メジャーを持つ手がうっかり滑りそうになったところで、深夜子の恐ろしく速い手刀により退場となった。
そんな深夜子の脅威におののきつつも、なんだかんだと看護師たちは、朝日を取り巻き眼福を堪能しているようだ。
そして、ことは体重測定で発生した。
「体重は54キロですね。では、記録します」
「あれ……朝日君、少し太った?」
この世界へ転移当初のデータは、一字一句逃さず暗記済み! 『朝日マイスター』寝待深夜子の一言である。
「うえっ!? ちょっと、深夜子さん。もう! 僕、最近ちゃんと運動してるんだよね。それで筋肉がついたから重くなっただけだよ」
実は日々、ゲーム三昧(お菓子とジュース付き)という怠惰な夜を過ごし、危機感を感じていた朝日。
最近、梅に頼んで軽いランニングや筋トレに付きあってもらい、シェイプアップに勤しんでいたのだ。
「さっき測ったウエストはサイズ変わってなかったでしょ? ほら、僕も結構腹筋ついてきたんだよ」
朝日はおもむろに上半身の診察衣を巻き上げる。
「「「「「ん゛ん!?」」」」」
近くにいた看護師たちの視線が、一気に朝日へと集まる。
そこには、引き締まったお腹をさらけ出している美少年の姿があった。
「はうあっ!? 朝日君? わ、わかった。わかったから、次、ね、次に行こ!」
ナイス腹筋……じゃない! 朝日の突発的な脱衣プレイに深夜子は焦りまくる。
こんなところで自らを衆目に晒すのは勘弁と、強引に診察衣を収めさせて移動を促す。
「そういうのはあたしと二人きりの時にね! ねっ!」
「またー、深夜子さんてば」
そして、ちゃっかり欲望に忠実なフォローを入れるマイスターさんであった。
真っ先に色・即・斬されるべきはコイツではなかろうか?
――二人が去ったのち。
「身体測定担当、応答願います!」
「ダメ、新規受け入れの応答も返ってこない……。とりあえず私が現場に向かいます」
「わかった。こちらは任せて」
異常に気付いた案内係の一人が現場に向かい……。
「何これ……!? 全員何かに魅入られたようになっているわ。ちょっと貴女たち……一体何があったの?」
目の当たりにしたのは、まさに惨状。
「ふおおっ! 腹筋ふおおっ!!」
「美少年の生腹筋……ふへ、ふへへ、ふへへへ」
「お腹のくびれが――スゥハァ、やば過ぎ――スゥハァ」
「おへそ……うふふ。可愛いおへそ……うふふ」
「そんな……身体測定のラインが一つ完全に潰れてるじゃない……」
まともに会話ができる者が、一人すらも残っていなかった。
理解不能なありさまに戸惑う案内係――が、無情にも追い討ちの通信が入る。
『視聴覚検査担当も一区画応答不能になってるの! 同じラインよ。すぐに向かって!』
「どういうこと!?」
『どうやら例の男性保護省から依頼で来てた男性が通ったあとみたいなの……』
「ちょっと待って! 事前連絡では注意が促されていたでしょ!」
『ともかく確認を急いで! まだ、隊長たちのいるセンターに情報が入るまでには少し時間差があるわ。できれば……その男性を確保して一旦検査保留に……名前は神崎朝日さん、十七歳。付き添いはMapsが一名。とにかく時間を稼いで欲しいの』
「わかった。すぐに動くわ」
◇◆◇
こちらは、問題の視聴覚検査エリア。
現在、応援部隊が朝日たちへの対応を進めている最中だった。
周りから先輩と呼ばれている立派な眉毛をした看護師が、二人の部下を率いて聴覚検査のフォローをしている。
「おいキミっ! 大丈夫か?」
「聞いてないわよ! こんな美少年なんて! しかも、しかも……優しいのよぉっ……うっ、ううっ……お疲れ様です。ありがとうございました。なんて、あの笑顔で言われたら……わたし、わたし」
何分、検査終了時に男性がする反応のほとんどが、舌打ち、ないしは、ため息などの塩対応であるこの世界。
必然、朝日のそれは神対応と言うか、慈愛に満ちた仏対応とでも呼べるレベル。これは察してあげたい。
「マズいな。例の男性は……これから視力検査か……よし、担当に指示を出してくれ。視力検査はワタシが代わろう」
「え? しかし、先輩の身に何かあれば……」
「ははは、心配無用ッ! ワタシには独自の素敵な男性対策がある!」
「でも、とんでもない美少年と聞きましたが……」
「なぁに、大丈夫ッ!」
不安そうな後輩に向け、サムズアップをして見せる立派な眉毛の先輩。キラーンと白い歯も輝く。
「ワタシは男性の足の動きを見るだけで、ほとんどの動作を把握することができる」
「「ええええ!?」」
その器用の範囲内に収まる気がしない斬新な対処方法に『コイツなにいってんだ?』状態の後輩たち。
だが、困惑する彼女らをよそに、立派な眉毛先輩は視力検査室で待機中の朝日たちに声をかける。
「お待たせしました! 視力検査はワタシが担当しますので、さぁこちらに!」
なんと、本当に朝日の足だけを見ながらスムーズに案内を始める眉毛先輩であった。
ところが天のイタズラか……その時、朝日の手から偶然にも記録用書類がすべり落ちる。
「あっ、書類が……」
当然、朝日はそれを拾い上げようとしゃがみ込む。
そして二つの不運が重なる。
一つは、たまたま朝日の診察衣が少しサイズの大きいものだった。
しゃがむとネック部分にちょうど良い感じの隙間が生まれる。
つまり(女性にとって)実に素晴らしい角度と視野角で、朝日の胸が見えてしまうのだ。
もう一つは、足の部分に向けていた視線が仇となる。それはもうこれ以上無いくらい完璧に、その部分が眉毛先輩の視界に飛びこんでしまった。
――結果。
「ムッ、ムネチラァーーーーッ!? あぶわーっしゅっ!!」
「「せ、せんぱーいっ!?」」
一見必殺! 鼻から熱血を噴き散らし、踊るように豪快に床に倒れ込む眉毛先輩。
しかし息も絶え絶えながら、後輩へのサムズアップは欠かさない!
「……す、す、素晴らしきかな……青春の隙間ッ――ぐふっ!」
「ダメだ。もうこいつは使い物にならないっ!」
「た、隊長! 指示を! はやく指示を!」
悪化してゆく事態に、インカムで看護師ステーションの隊長に必死の絶叫を送る後輩たちであった。
――そんなこんなで、結局被害のひろがった視聴覚検査エリアを横目に、案内係は問題の男性確保を優先するために素通りする。
しばらくして、採血検査へと向かう朝日たちの後ろ姿を見つけた。
「すっ、すみません。神崎様でいらっしゃいますか?」
「はい、そうですけど?」
呼び止められ、朝日が振り向いた。
◇◆◇
「遅いわね……何かあったのかしら……!! ――はいっ、ナビ本部です」
待機中の案内係が、いまだ連絡がないことに心配を募らせていた矢先、通信の着信ランプが光った!
即座にインカムを繋ぎ、早口で確認を急ぐ。
「ああ、良かった。それで、例の男性。神崎さんはどうでしたか?」
『それが……とんでもない美少年なんです。それだけでなくて、ほんとヤバいんです。なのでちょっと見てきますね』
「はい? 貴女、見てくる? 一体……何を……言って……」
『だから神崎様って、超可愛いんです。素敵なんです。あっ! ……早くしないと行ってしまわれるじゃないですか。じゃあ、見てきますね』
「いや、だから見てくる見てくるって貴女!? ちょっと、確保、神崎さんの確保を――」
『うへへ。可愛い……可愛いよう……』
あっ、これダメな奴だ。
察してしまった待機中の案内係は、インカムを外し、祈るように天を仰いだ。
――それとほぼ時を同じくして、看護師ステーションでは看護十三隊十一番隊隊長『柊明日火』と副隊長『鳴四場エミリ』がこの惨状に気づき、必死に各ラインの立て直しを指示し始めたところである。
さて、そんな朝日は――看護師さんたちって、リアクション好きなんだなぁ。と、あえて追究はせず。採血検査会場へと到着する。
今までと違って、採血検査は個室になっていた。朝日たちは空き表示になっている部屋へと入る。
「採血か……うーん。ねえ、深夜子さん。注射ってあんまり気がのらないよね」
「うん。だから採血担当はメンタル強くないとできないらしいよ」
「はい?」
朝日の耳に、これまた想像の難しい説明が返ってきた。
どういうことかと確認をする――。
深夜子によると、男性健康診断の採血担当者は嫌われ者の役どころとのこと。
男性にとって、注射器を刺すイコール苦痛を与える女性という扱いらしい。
罵詈雑言を浴びせる者も多く。担当看護師は宥めすかし、ひたすら気を使わなければならない。
実際、採血担当になって耐えきれず退職する者も珍しい話では無い、との説明だ。
「あ、へ、へえー。た、大変……なんだね……」
まさに、こんな時どんな顔をしていいかわからない内容だった。
とは言えど、それを聞いた。いや、聞いてしまった朝日の頭の中で、採血の担当看護師はとても可哀想な女性のイメージとなった。
『それでは、次の方どうぞ』
「じゃあ、行ってくるね」
「らじゃ、朝日君がんばって」
ここで、深夜子は採血検査の個室内にある待機室へ、朝日は診察室へと入る。
「こんにちは。今日はよろしくお願いしますね」
「ん!? あ……は、はい……よろしくお願いします」
さすがはメンタルが必要と言われる採血担当の看護師。朝日の容姿と愛想のよさに、動揺はみせたが対応は崩れない。
「神崎朝日さん……ですね。あまりに素敵な男性でびっくりしました。それで、今日の体調はいかがですか?」
「あっ、あの……僕、採血の注射とか全然平気ですからっ、気にしないでくださいね」
「はい!?」
採血担当の看護師は、己の耳を疑い、思考が停止しかける。
あれ……採血対象の男性に気を使われた?
「…………はっ!? え……えーと。本日は……採血と言うことですが、こちらの注射器は痛みの少ない最新型です。なので安心して――」
「僕なら、痛くても平気です! 看護師さんは僕たちの為に頑張ってくれてるんですから! 文句とか言ったりしないですから!」
「はへ!?」
なんですか、このお気遣いマックスハートの美少年? どうにもペースを崩され、言葉を失ってしまう。
こんな男性、健康診断採血の歴史上で初めてじゃなかろうか……感動にうち震えつつも、看護師は根性で問診を続行する。
――お気遣い朝日と困惑看護師のすれ違いな会話が続くこと数分。
「うっ、ううう……それで、それでね……本当はあたし、辛くて……辛くて……」
「ですよね。大変なお仕事ですもんね。でも、こんなに優しい看護師さんに酷いことを言うなんて、信じれないです」
「優しい! 優しいって言ってくれるの!? て、天使?」
診察室は、いつの間にか美少年の人生相談室に成り変わっていた。
「ありがとう! あたし……頑張れる気がしてきた!」
「良かったです。じゃあ、そろそろ採血をお願いしますね」
「あっ、そうだったわ。あたしったら……うふふ」
おっと、職務遂行を忘れてしまうとは恥ずかしい。
そこで看護師は我にかえった。
では、と朝日の腕を取ってゴムチューブを軽く巻き、血管を浮きだたせる。
そして、注射器を手にして腕の血管に針を向けたその時!
――突如、彼女の脳裏に先ほどまでの光景がフラッシュバックした。
自分の事を心配してくれた。
仕事について励ましてくれた。
愛らしい笑顔を向けてくれた。
何より自分を優しいと言ってくれた。
そんな心優しい美少年に、こんな野蛮な針を刺して苦痛をあたえる?
「えっ? ……あり得ない……そんなの……そんな……」
「ちょっ!? な、なんか注射器が三本に見えるくらいに手が震えてますよ?」
これは……女として許されざる鬼畜の所業。
ガクガクと体の震えが止まらない。全身から血の気が引いていく。
看護師は注射器と朝日の顔を交互に見る……そして。
「いやぁあああっ、こんな子にっ! こんな可愛くて優しい子に採血なんて残酷なマネ、あたしできないっ!!」
「えええー?」
逃げる様に部屋を出て行く採血担当の看護師であった。
「うわっ!? あれ、朝日君何かあった?」
深夜子が待機室から顔を覗かせる。
「え? いや……あれ? どうしたんだろ……」
診察室に一人取り残され、何がなんだかの朝日。
そして、床に落ち、同じく残された彼女のインカムから、雑音と共に何やら声が響いてくるのみであった。
『隊長! さ、採血担当が一名逃げ出しました……』
『なんだとぉ! そ、それでも名誉ある十一番隊の隊員かぁっ!?』
◇◆◇
朝日の採血は、医師と看護師が数人かがりでなんとか完了となった。
さらに、そのままその医師たちに囲まれ、内科検診の会場へと移動になる。
到着した内科検診会場では、もの凄く一仕事終えた感が漂っていた。
あちらこちらで、安堵の会話がかわされている。
その内容は、内科検診が終われば、朝日の健診はレントゲンなど機械によるものを残すのみ、もう問題は起きないであろうというものだ。
さらには、この内科部門。自身も優秀な内科医師の一人である柊明日火、直轄の部隊だ。
皆、朝日の美貌を楽しめる程度の自制心は持ちあわせている。
しかし、そんな彼女らの余裕は、一人の医師が聴診器をもって発した一言のあと、崩壊することになる。
「それでは最後に心音などを聞かせてもらいますね」
「あっ、はい。ちょっと待ってくださいね」
おもむろに上半身の診察衣を脱ぎ始める朝日がそこにいた。
◇◆◇
「み、見えちゃってるううっ! これはあたしが隠さねばぁ! いやっふう!」
「ちょっと、深夜子さん!? なんで抱きついて来るのさ! これじゃ服着れないよ? それに、なんか、みんな困ってるみたいだし……」
「くっ……あのMapsは何故……事態を悪化させているのだ?」
そう呟くのは看護十三隊十一番隊第九席内科部隊所属『最峰川キヤラ』である。
彼女は朝日について充分な情報を把握し、隊長である柊と綿密な打ち合わせも行った。
結果、何事もなく、無事に終わるはずだと認識していた。
ところが事態は一転。
まさかの上半身裸な美少年が出現してしまった。
真正面にいた担当医師は、満面の笑みをたたえ卒倒。
歓喜の悲鳴を上げた看護師たちにつられ、別ラインからも医師と看護師が集まり、パニックにおちいる始末。
現在、隊長と副隊長は別ラインの復旧に手を取られているはず……ならば、ここは自分が収めるしかないと最峰川は考える。
この現場で最も上席者たる者の責務、それを果たすべく声を張りあげた。
「皆、落ち着けーーーっ! 我々は名誉ある看護十三隊の十一番隊だぞ! この様なことで己を見失ってどうするっ、看護道の心得を思い出せ!」
『看護道の心得』
男性医療の歴史は、Mapsなどの男性保護業と比べて非常に古い。
その長い歴史の中で、男性への対応や自制心を養う為に研鑽を重ね、淑女たり得る教えを説いた。
そしていつしか四十八ヶ条となった心得こそが、男性医療に携わる者達の教訓となっている。
医師や看護師たちはそれを暗記し、朝礼などで日々斉唱することによって、男性への節度ある対応を戒めているのだ!
最峰川は、有象無象に成り果てたもの、周りにいるものを一喝。
その一節を斉唱する指示をだし、場を収めることを試みる。
「よぉし、全員!『男子ニ見惚レヌ対処法』を斉唱だ! 私に続けぇ!」
「「「「「応!!」」」」」
「看護道の三十三『男子ニ見惚レヌ対処法』! 看護師よ。禁欲の仮面・恋慕・懸想・オトコの名を冠す者に潔癖・節制――」
「んーと、とにかく。ち、ちく……おっぱい隠して! 朝日君」
「えっ? え……と、こう? かな?」
「「「「「てっ、てっ、手ブラぁーーっ!?」」」」」
嗚呼、誰が言ったのだろうか……手ブラはヘタな上半身裸よりエロいと……。
嗚呼、わかる。
こんな美少年の手ブラ……嗚呼、無理だ。これは無理だ。
絶対にあがらえぬ、全てをなぎ払う圧倒的な破壊がそこにある。
言葉で拒絶しようと、心で拒絶しようと、魂がそれを理解しているのだ。
――最峰川キヤラ、七月某日のブログより抜粋。
会場は一瞬にして壊滅した。
そんな中で、自身も薄れゆく意識を繋ぎ止め、最後の意地をみせる最峰川がいた。
「タダでは、タダではやられんぞ……それでも隊長なら……隊長なら、きっとなんとかしてくれるハズだ……!!」
もう目も見えない。音もほとんど聞き取れない。
最後の力。震える手で、呼び出しのかかるインカムをオンにする。
『どうしたっ!? 何がっ、一体何があった!?』
「た、隊長……そ……その、男性が……美少年が……内科検診時に突然上半身裸に――あふん!」
見事に散りゆく最峰川……そんな彼女の想いは届かず。
――当日、十一番ルートは健康診断続行が不可能となり、閉鎖と相成った。
その復旧には丸一日以上の時間を要したと言う。




