#21 解決
騒然たる雰囲気だった海土路造船倉庫F号倉庫に静寂が訪れていた。
その出入口から、梅がテクテクと歩いて出てくる。
パーカートレーナーのポケットに両手をつっこみ、口笛を吹きならしてご機嫌な様子。
「ありゃ?」
少し進んだ先で立ち止まる。見慣れたミディアムストレートの黒髪を揺らす後ろ姿を見つけた。
何やらしゃがみ込んで、ごそごそとやっているようだ。
「おい、深夜子じゃねえか。なんだ、迎えに来てくれたのかよ?」
「はうっ!?」
呼びかけに反応した深夜子の肩が、びくりとはねあがる。
しばし動きが止まると、今度はその体勢ままぎこちなく振り向いた。
「あっ……う、梅ちゃん……」
「ん? お前、何やってんだ――――って、おい!? そこの坊ちゃん大丈夫なのかよ?」
なんと、そこには気絶している遠山以下三人のメンバー。
特に問題なのは、ピクピクと痙攣しつつ、股下の地面を濡らしている主の姿があることだ。
「ちっ、ちがっ! 違うよ! あたし何もしてないから!」
あたふたと焦りながら、手をパタパタとさせ、深夜子は身の潔白を主張する。
どうした? と理由を聞くも、なんとも要領を得ない説明が帰ってくる。
が、まあそこは学生時代からの付き合い。この状況と深夜子の反応から、梅はおよその事態を把握する。
「んだよ、深夜子。お前また勘違いされて怖がられたのか? はぁ……それなら――ってか、その耳のインカムはなんのためについてんだよ? とりあえず五月に連絡すりゃいいだろ」
――ピピッ、ピピッ、ピピッ。
噂をすればなんとやら。まさにベストタイミングで、インカムに五月からの呼びだしが入った。
「あわわわわ! さ、五月ちょうどよかった。えーと、その。んーと、あの――――え? 梅ちゃん?」
右往左往しつつ現状を伝えようとする深夜子。
だが、そこはさすがの五月。すぐに事情を察し、梅に交代をさせて現状確認となる。
その後の五月の指示と対応は、実に正確で素早い。
病院と救急班の手配。タクティクス本部の壊滅を見越し、海土路造船へ直接事情通達を行う。
男性保護省から主の保護チームを派遣。
あとは事後処理の依頼を済ませて現場交代、深夜子と梅は撤収。これで万事完了である。
――帰り道。
深夜子が運転するバイクの後部座席に梅が乗っている。
「ねえ、そういえば梅ちゃん。誰も殺してない?」
「人聞き悪いな、おい? ちゃんと半殺しでやめてやって――あっ、デカ蛇女は四分の三殺しになっちまったっけな…………ま、生きてっからいいだろ?」
「そっか、うん。なら、無問題。でも、あたし全然やることなかった……怖がられただけだし……」
「あー、そりゃまあよ。今回の作戦は二分の一で運だったしな。そうだな、じゃあ、今度ラーメンでもおごってやんよ」
「むう、煮たまごと餃子も希望」
「へいへい……おっ、つかよ。それ、朝日も誘おうぜ! 俺の行き付けの店なら個室もあっからよ」
「おおっ、梅ちゃんグッジョブ! なんたるナイスアイデア」
「だろ? へへへ」
屈指の武闘派と呼ばれる『民間男性警護会社タクティクス』。
その主力メンバーを、たった一人でもれなく病院送りにした梅。
かたや活躍の場はなかったが、結果的にトドメのだめ押しとなった深夜子。
そんな大立ち回り直後の割には、なんともお気楽な会話をしながら、帰路につく肉体労働派たちであった。
◇◆◇
――春日湊の朝日家。
すでに五月と朝日は一足先に帰宅済み。深夜子と梅は少し遅れての到着だ。
「梅ちゃん、お疲れ」
「ああ、俺は顔洗ってからいくかんよ」
「らじゃ」
実は、いまだ顔半分が血塗れ状態の梅。
普通に見れば重症に感じられるが、当の本人は『適当に洗ってから、軟骨塗っときゃ問題ないだろ』と、気にも止めていない。
しかし、実際はコンテナへの激突によって、額から右頭部にかけて数センチの裂傷ができている。
他にも軽度の裂傷、打ち身と捻挫に至っては数知れず。
なのだが、恐ろしいことに額の傷はもう軽く塞がり始めていた。
もし五月が見たなら、全身全霊でツッコミを入れたい場面。――ではあるが、こちらも梅と学生時代からの付き合いがある深夜子。
いつもの事とばかりに完全スルー。
風呂場へ向かう梅と別れ、朝日と五月が待つリビングへと向かうのであった。
「――うっし、こんなもんか?」
さっそく梅は風呂場でシャワーを済ませる。
洗面所で鏡を見ながら、額の傷に軟膏を塗りこみ、雑に切ったガーゼを傷にあて、これまた雑に包帯を巻く。
そこに、パタパタと小走りの足音が近づいて来た。
――バァン!
洗面所の扉がノックもなく唐突に開かれる。
「う、梅ちゃんっ!?」
「なにっ、あ、朝日!?」
そこには心配気な表情をした朝日。
つい先ほど、深夜子から梅が怪我をしたと聞いてすっ飛んできたのである。
「そんな……梅ちゃん。ああ……ひどい」
乱雑に巻かれた包帯姿の梅を見て、朝日の表情は愕然としたものに変わる。
「へ? ……は? ぬわあああああっっ!? ちょっ、ちょっ、ちょっと待てえええええ!!」
梅、絶叫。
なんせ風呂から出たばかり、上はノーブラで、薄手のキャミソール。下はお尻部分にディフォルメ猫さんが描かれているショーツ一枚。
痴女呼ばわりされてもおかしくない薄着状態。これはまずい。
「おい、朝日。待て、俺はまだ服を着てねえ――――ぷあっ!?」
が、止める間もなく朝日に抱きつかれた。
包帯の巻き方が非常に雑だったため、大怪我っぽく見えてしまったのが災いしてしまった。(実際、梅でなければ大怪我だが……)
「梅ちゃん、大丈夫!? ごめんね、僕のせいで……こんなに大怪我を……可哀想……」
自分のために、いや、自分のせいで梅が怪我をした。
その思いに、今、朝日の目にはその部分しか映っていない。
梅を抱きしめ、肩に手をまわす。もう一方の手を頬に優しく添え、頭の包帯を、傷の具合を確かめる。
「んなあっ!? あ、あ、あ…………」
もちろん梅の心拍数は急上昇。
抱きしめられた上に、吐息が感じれる間近さで朝日の顔が目の前にある。
「だ、だだだ、だ、か、ら、抱きつくなってーの! 別に怪我も全然たいした……ことない……って…………あれ?」
日頃なら嬉しくても恥ずかしさから、つい遠ざけてしまう。
だが、今日は何かが違った。梅は身体の奥底からふつふつと湧きあがる感情に困惑する。
実のところ、梅は深夜子たち三人の中で一番奥手だ。
しかし、今日は少々事情が違う。
なんせあれだけの戦いの後であり、精神的に昂ぶった状態が完全に治まっていないのだ。
この世界の女性にとって『戦いの後に男を抱く』のは、本能に刻まれた原始的欲求の一つである。
……ああ、目の前にある朝日の顔はなんて愛らしいのだろう。
その、柔らかそうな頬にそっと手をそえて数センチずらし、艶やかな唇を自分の唇でふさいでやりたい!
そのまま舌を滑りこませて朝日の舌を絡めとり、口内も貪るように味わいたい!
ついでにその勢いで押し倒し、衣服を剥ぎとり……最後は本能が赴くままに……。
そう考えている自分にハッと気づく。あれ? ヤバい!? これはマジでヤバい!!
――そこから、朝日が梅の下着オンリー状態に気づき、顔を真っ赤にして出ていくまでの数分間。
本日最大の(社会的)ピンチを迎えた梅であった。
◇◆◇
翌日。
武蔵区の高級ホテルの会議室を貸し切って、とある会合がおこなわれていた。
実際には、その階層全体が人払いをされた状態になっている。
通路の所々にサングラスをかけた黒服女性が立っており、常に警戒を怠らない。
室内では二人の女性が革張りの椅子に座っている。
大きめな会議用の黒テーブルを挟み、会話を交わす。
お互いの背後には、SPと思われる屈強な女性が数人。そう言った立場の人間であることが伺えた。
「……それじゃあ、これで手打ちってことでいいかね?」
タバコに火をつけながら、気だるそうに切りだしたのは、見た目四十代後半と思われる女性。
ダークブラウンの高級スーツに身を包み、椅子にどっしりと座っている。
海土路造船代表取締役にして主の母、『海土路竜海』である。
浅黒く日焼けした血色の良い肌、ショートカットストレートの黒髪。
身長は180センチ程度、スーツの上からでも、はっかりとわかる筋肉質な体格だ。
下がり眉に鋭い目で端正な顔立ち、いかにも場数を踏んだビジネスウーマンといった雰囲気を醸しだしている。
「うふふ。そうねー、とりあえずはこれでー、いいんじゃないかしらー」
対称的に、なんとも力の抜ける可愛らしい声と口調で返すのは、五月雨ホールディングス代表取締役CEOにして五月の母、『五月雨新月』である。
彼女の年齢は四十代半ばなのだが、見た目は三十代前半でも通用する若々しさだ。
身長は160センチに届かない。この世界の女性にしては小柄な体格。
顔立ちは五月とよく似ているが、娘とは違うおっとりタイプの美人。少したれ目で、右目に泣き黒子、独特な口調がその印象をより強めている。
こちらの服装は、スーツにしてはベタなピンク系で、かつ少々ドレスチックなヒラヒラ感ある加工が襟元や袖のすそなどに施されている。
ロングウェーブで明るめ茶髪。それをかわいい赤色の大きめなリボンでサイドアップに結んである。
確かに似合ってはいるが、なんとも実年齢とギャップを感じさせるファッション。
そんな可愛い系ママの五月雨新月。
彼女は五月から、朝日の後見人として海土路造船との交渉――つまりは抑え込みの依頼を受けていた。
「とにかく万里たちが回復したら、坊やを連れさせてお宅のお嬢さんたちに仁義を切らせてもらうさ。しかし、まあ……あの連中を一人で十人以上病院送りかよ。男保(男性保護省の略称)もとんでもない弾を持ってやがったもんだね」
タバコをふかしながらぼやく。
海土路造船側が非を認め、朝日に対して謝罪をする方向性で話が進んでいる。
ぷはっ、と煙を吐き終わり、一息ついてから竜海が説明を続ける。
「それで、あとはウチら側から男保と男権に顛末書を出す。ああ、もちろん男権にはあたしから動かないように根回しはしとくよ。これで万事解決かね」
「んふ、お手間をとらせちゃうわねー。でもー、竜ちゃんトコの子たちはーやんちゃさんだからー、最後までよろしくねー」
男事不介入案件では、非を認めた側が顛末書。簡単に言うと『こういったことで揉めましたけど、ウチが悪かったです。もう大丈夫です。すみません』といった書類を提出するのが慣例となっている。
これで事実上、主側の無条件降伏ではあるが、新月はほんわかとした口調で念を押す。
「わかってるさ。それにしても……坊やの揉め事相手のケツモチにアンタが出てくるたぁね。正直、肝を冷やしたよ」
「えー、そうかしらー。ワタシ、最近はーあんまりこういうことしてないからー竜ちゃんにお電話するのもドキドキしちゃったのよー」
「はっ! その道のプロが何言ってんだか……」
苦笑する竜海。
とにかく口調も話の内容も、本気とも冗談とも取れない新月にペースを乱されている。
それもあってか、ふと思い出したように話題を変えた。
「あー、そうそう。五月……お嬢さんだったかい? 余計なお世話かもしれねぇが……たしか、五月雨家の跡取りって奴は自力で婿を取ってくるまで外に放り出すとか、手は貸さねぇとか、そんな家訓でなかったけか?」
「あらー、よくご存じねー。確かにそうだけどー。だってー、五月ちゃんの彼氏ー? 朝日ちゃんっていうんだけどー。もう、ちょー可愛いのよー。うふふふ、ワタシーこれは頑張らなきゃーって思っちゃったのー。きゃっ」
話題を変えるも新月はぶれない。いやむしろ悪化した。
今度は桜色に染めた頬を両手ではさんでくねくねしながら、朝日の可愛さをだらしない表情で語り始める四十代。
まあ、見た目的にはぎりぎりセーフ判定である。危ない危ない。
それはともかく、竜海の質問通り五月雨家には『自力で婿を取れる器があるものが家長を継ぐべき』という家訓が古くからある。
五月もそれ故、Mapsを目指して現在に至る。ただ、新月への反目があったりと、家庭に微妙な事情も存在するのだが――ここでは割愛させていただく。
さて、いまだ一人。思い出しくねくねを続ける新月。
いい加減呆れ半分の竜海だったが、ここで新しいタバコに火をつけながら、再度話題を変える。
「へいへい、まあどうでもいいさ。……ともあれ、ウチは造船業。お宅の情報を買わなきゃ、やってられないことも多いからね。アンタに出てこられちゃどの道お手上げだよ」
そう言いつつ、竜海は少し声のトーンを落とす。
「そうだねえ……こりゃあリベンジしたくて――」
パァン! 『リベンジ』の言葉を遮るように、突然柏手が打たれた。
見ると、ニコニコとした新月が、合わせた手のひらを離し口を開くところだった。
「あー、そうそう! 竜ちゃん。あのねー、五月ちゃんてばー、実はおうちを出てから今までー、連絡の一つも入れてくれない冷たーい子だったのにー。今回はねー、泣きながらワタシに電話してきたのよーびっくりなのよー。もー、だからー」
ピタリ。そこで新月の言葉は止まる。同時に、動きも止まり目線は伏せられる。
――ゾクウッ!!
竜海の背に強烈な悪寒が走る。
突如、部屋全体の空気が重くなったかのような錯覚を感じた。
後ろに控えているSPたちの様子も同様。まるで猛獣の檻の中に閉じ込められているかの如き圧力。
誰もが息をのみ、冷や汗を流す。
その原因。ピクリともせず異様な雰囲気を放つ新月に、全員の視線が集まる。そして――。
ドゴン!
クリスタルガラス製の灰皿が粉々に砕け散り、分厚い黒テーブルに亀裂が走る。
「「「――――――っ!?」」」
ハンマーのように叩きつけられた右拳。そこには、豹変の言葉すら生ぬるい鬼の形相が存在していた。
「おどれらぁ……もし、またワシのガキらに手をだしゃあがったらクチャクチャに潰すぞぉ!? わかっとんのかボケぇええええっ!!」
五月雨新月。
大手IT企業の代表が表の顔。しかして、その本業は裏の情報屋であり、政治から裏社会にまで広く顔を利かせる猛者である。
余談ではあるが、彼女の夫にして五月の父である『五十鈴蓮也』(この世界では夫婦別姓が認められている)と出会ってから、彼を口説き落とすために現在のキャラが定着したとのこと。
朝日たちの預り知らぬ所でも、結果は圧勝と相成ったのであった。
◇◆◇
それでは、現在の朝日家をのぞいてみよう。
深夜子がフラフラと携帯ゲーム機を片手に、リビングから出てきた。
何やらMaps側の廊下をうろうろとしている。
そこに五月がちょうど通りがかったので、深夜子は声をかけ呼びとめる。
「ねえ、五月。朝日君見なかった?」
「あら? 先ほど大和さんのお部屋に入っておられましたわよ。今回のお礼をどうしても、とおっしゃっておられましたわね。……確かに、大和さんが一番危険な役割でしたし、怪我もされたようですけど。わざわざ出向いてまでMapsなどを労われるなんて……朝日様は本当に素敵なお方」
そう言って頬を赤らめ、ため息をつく五月。
「むう。せっかく続きをしようと思ったのに」
こちらは不満そうに頬を膨らませる深夜子。
「深夜子さん。昨日の今日ですぐゲームとは、いかがな物ですの? まだ、朝日様も精神的にお疲れと思いますわ。気晴らしを悪い、とは申しませんけど……慎重にお願いしますわね」
「うん。それはわかってる」
そんな二人の視線は、梅の部屋へと向う。
今日の梅は羨ましくもある。だが同時に、微笑ましい気持ちになるのも事実。
朝日の女性に対する気遣いや優しさは、通常男性とは一線を画している。
なんとなく視線を合わせ、深夜子と五月はそれぞれの部屋へ戻ろうとすれ違った――――その時!
『んあっ!』
扉越しに聞こえる、梅の切ない声。
「「ん゛!? あ゛あ゛っ!?」」
おっと難聴かな? 深夜子と五月は自分の耳を疑う。
同時に身体は無意識に動き、ギギギ……と油の切れたロボットのように、二人は部屋の扉に近づいて停止する。
きっと聞き間違いだろう。そのはずだ。そうであってくれ! ――祈りとともに、耳を澄ました。
今度は、朝日の声も聞こえてくる。
『あれ? 梅ちゃん、ごめんね。もしかして、今の痛かった?』
『いや……そんなこた無いぜ。全然いい感じだっ――――んくうっ!? ……あっ……はぁんっ! こっ、こらぁ朝日! 不意打ちで指を動かすなっての』
『えへへ。だって、梅ちゃん反応がいいんだもん』
『な、何を――んんっ!? ……やっ……も、もうちょっと優し……くっ……して……はあっ』
なんだって? おいおい、『こら』は本来叱るべき時に使う言葉でしょうよ。
なんですかね。その甘く扇情的な声色の『こらぁ』は?
こんちくしょう。痛かった? へー。指? へー。優しく? ガッデム。
……これ、もしかして? 深夜子と五月は、引きつった顔を見あわせる。
「「なんじゃこりゃあ!?(ですわっ)」」
全身から血の気が引くとは、まさにこのこと!
否! そんなレベルではない!
まるで、全身の血液が沸騰して、蒸発するかの新感覚。
深夜子と五月は部屋の前で氷像と化す。
なんというか、会話の内容から中の光景をリアルに想像してしまったじゃあないか。あ゛あ゛ん。
されど現実は無慈悲。追い討ちの如く、朝日と梅の声が扉の向こうから響き続ける。
『ふっふーん! 梅ちゃん。僕、なんとなくわかったよ。え、と、ここの少し上が気持ちいいんでしょ? ほら』
『あ、はぁんっ! そ、そこぉ……ん……くっ……あっ、いい…………はんっ、や、あ、朝――――』
「「むわったあああああああああっ!!(ですわっ)」」
もはや我慢も限界! 二人して、ドアを破壊寸前の勢いで開け鳴らす。
許せない……! 許しがたい行為……!
残像が残らんばかりの速度で部屋に転がり込み、深夜子と五月が絶叫する!!
「朝日警察だ! 梅ちゃんには弁護士を雇う権利と黙秘権がある!」
「現世で最後に言い残す言葉はありまして? 大和さん、審判の時ですのっ!!」
「――――日。お前,足ツボマッサージうまいよなぁ…………って、うおおおおっ!? な、なんだぁっ!?」
ビシィッと響かんばかりの効果音と集中線を背負って、深夜子と五月が指差しポーズを決める。
指し示したその先には、ベットに寝転がり足を伸ばしている梅。
その足を膝へと乗せて、マッサージ中な朝日の姿があったとさ。
――ここから事態の把握と収拾まで、約十数分間を要することになる。
結果、収まりがつかない深夜子と五月から、梅への猛抗議がはじまっていた。
「や、ま、と、さん! 殿方にっ、いえ、朝日様にマッサージをさせるなど……もはや女性の風上に置けない蛮行ですわよっ!!」
「あたしの知ってる梅ちゃんは穢れてしまった。返せ! きれいな梅ちゃんを返せ!」
「お、おい、なにいってんだよ? その……朝日がいいって言ってんだから……。それに……俺がしろって、言ったわけじゃねえしよ……」
興奮冷めやらず。ずいずいと詰め寄る深夜子と五月。
勢いに圧されて、ぼそぼそと説明をする梅だが、分が悪い。
そこへ、朝日が三人の間へと割ってはいった。
「あのさ、僕が梅ちゃんに、今回のお礼にマッサージはどう? って聞いたのほんとだから。ね、二人ともちょっと落ち着いて……」
まあまあ、とにっこり笑ってフォローしてみる。
しかし、そうはいかない。と深夜子と五月の鼻息は荒い。
けれども、二人の話を聞いていると『うらやまけしからん』的ニュアンスをやたら感じる。
もしやと思い、朝日はある提案を持ちかけることにした。
「そうだ! じゃあ、もしよかったら、深夜子さんと五月にもマッサージしよっか? 今回はみんなに助けて貰ったもんね。それに僕、こう見えてもマッサージ得意なんだよ!」
事実、過去に母や姉たちのマッサージ係を散々してきたこともあって、朝日にとっては得意分野の一つだ。
「ですので朝日様。そうは言われまして―――はいっ!?」
「そう朝日君。男の子にそんなこと――――ファッ!?」
ん? 今、マッサージしてくれるって言ったよね?
「「よっ、よよよよよよろしくお願いします(わ)!!」」
深夜子と五月、見事な手のひら返しである。
「あはは。んと、梅ちゃんは足裏の続きと……追加で希望ある? それから、深夜子さんと五月さんは、マッサージして欲しい場所を教えてね」
なんともわりやすいなぁ。朝日は内心で苦笑いしつつ、にこやかに答える。
すぐさま三人は、我先にとアピールを開始した。やはりわかりやすい。
「んじゃあよ。俺は追加でふくらはぎ揉んでくれよ」
「わっ、私は、その、か、肩でお願いしますわ」
「あたしおっぱい――――ぎゃふっ!?」
深夜子の頭上に、梅と五月の肘鉄が落ちた。空気は読みましょう。
◇◆◇
「さあさあ、朝日様。それではリビングに参りましょうか?」
「おう。そっちでゆっくり頼むぜ!」
「ちょーーっ、ちょっと待ってええええ! ストーーップ、セターーップ! じょ、冗談、冗談だから! あたしを天井に吊るしていかない。ね、それに朝日君もまんざらでもなさそうだった。ぐへへへへ」
現在、天井にてよだれを垂らしながら言い訳中の寝待深夜子さん。
「ささ、朝日様こちらへ。深夜子さんのことはお気になさらずですわ」
「そ、そうなの? あはは……いい、の、かな?」
「うえっ? あっ? わ、わかった! じゃ、じゃあ……お尻! お尻でいいから!」
「いいわきゃねえっつーの! ほら、深夜子はほっといて、行こうぜ朝日」
「ま、待ってええええええ! 朝日君カムバーーーーック!!」
朝日家に、いつもの日常が戻ってきたようである。




