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男性保護特務警護官~あべこべ世界は男性が貴重です。美少年の警護任務は婚活です!  作者: Takker
第三章 男事不介入案件 闘え!男性保護特務警護官
21/69

#20 決着

※注意

ストーリー進行の都合上、今回までアクション回となっております。

シリアス、バトルシーン、暴力的な表現・描写が苦手な方はご注意下さい。

 現在、海土路造船倉庫F号倉庫では、梅と万里たちが激突の真っ最中である。


「うらぁっ!」

 万里がその巨躯を活かし、梅のリーチ外から左回し蹴りを仕掛ける。

 さすがの梅も、ノーガードで受けれるレベルを超えている一撃だ。

「んなろぉ!」

 ならば、と蹴り足にあわせて左拳で迎撃をする。

 その腕力ならではの常識外の対応。

 

 まさに、力と力のぶつかり合い!

 互いの蹴りと拳が重なった瞬間に、弾けるように反発した。


「いっ(つう)! 蹴ったあたいの足が痛いとか……プロテクターもつけてんのに、なんの冗談かねぇ」

「ちっ! 足をへし折ってやるつもりだったんだが……よっ、と――」

 そう言い放つ梅の右手に、鉄製の鉤爪(かぎづめ)が握られていた。

 花美が攻防の隙を狙い。万里の股下から、突きだしたものだ。

「こっ、これを止めおるかっ!?」

 絶妙のタイミングだったはず。その凄まじい反射神経に、花美は目を白黒とさせる。

「へっ、たりめぇだ。おらぁっ!」

 梅がつかむ右手に力をこめた。

「ぬおわっ!?」

 凄まじい腕力。抵抗もままならず、間合いへと一気に引きずり込まれる。

 

「貰ったぜ!」


 梅の力を込めた左拳が唸りをあげ、体勢を崩した花美の胴体へと吸い込まれていく。

「くうっ!」

 これはまずい! 危機を察知して、花美は瞬時に右腕の鉤爪をはずす。

 すばやく離脱。――だけで終わらず、ここは腕の見せ所。

 拳をギリギリで見切りつつ、懐から吹き矢を取り出す。

「うおらあっ!」「プッ」

 乱暴に振りぬかれた左拳は、花美のわき腹にわずかにかすった(・・・・)のみ。

 それと同時に、梅の肩へ吹き矢が突き刺さる。


 命中。花美はニヤリと笑みをうかべ、バックステップで間合いを取る。

「ふっ、これで――――ぐはあああああっ!?」

 突然、脇腹から全身へ走る衝撃に膝から崩れ落ちる。

 かすっただけで、内臓が飛び出るかと思えるバカげた威力。

「あ、姉者!?」

「いや、妹者(いもじゃ)大事ない。いやはや……とんでもない剛力(ごうりき)じゃのう」 

「ちっ、吹き矢のせいで狙いがずれちまったぜ」

 愚痴りながら梅は肩の吹き矢を抜く。

 手に残された鉤爪は、タオルでもしぼるかの如く軽くひん曲げ、床に投げ捨てた。


「チビ猫氏。すまぬが、これで勝負ありよ」

「あん?」

 すでに成果(・・)は出した。花美は余裕の笑みを崩さない。

「先程、お主へ放った吹き矢には、熊用の麻酔薬が塗ってあっての。悪いが、もう三十秒程度で夢の中よ……万里氏、楽しみが減ってすまんのう」

「はっ! まあ、面白くないけど、しょうがないじゃない。これで再度予定通りと行くかねぇ」

「てめえら! 訳わかんねぇこと言って、なに余裕ぶっこいてやがる! 熊の麻酔だあ? 知ったこっちゃねえぞ、この野郎!」


 梅が吠えた。よほど気に食わなかったのか、すぐさま万里たちへと突撃する。

 怒りに任せた悪あがき。そう思って花美、月美は悠々と迎撃体勢をとった。


 ――そして、しばらく四人の攻防は続く。

 三十秒経過……。

 一分経過……?

 二分経過……!? いまだに梅はピンピンとしている。


「バ、バカな……ありえぬ。大型の(ひぐま)ですら、一分もたずに動けなくなる麻酔薬じゃぞ!?」

「どうなってるですよ?」

 困惑する花美たち。すると、梅が攻撃をやめて立ち止まり、ビシリと指さす。

「ふん! バカはてめえらだろ。そんな麻酔薬(モン)が俺に効くかよ」

「なにぃ!? どういうことじゃ。お主、何か特別な――」

「熊用が人間に効くワケねえだろうがっ!!」


「「「効くわあああああああっ!!」」」


 その通り。梅が異常(ばか)なだけである。


 ――それからしばらく。一進一退が続く。

 梅のパワーとタフネスに、万里ら三人がかりでも攻略の糸口すら見えなかった。


「あっははは、参った参った。やってらんないんねぇ~、こりゃあ」

「理屈はともかく、とんでもない奴じゃのう……」

「あ、ありえないですよ……なんで素手で鋼鉄製の武器を破壊できるですよ……それに殴ったこっちの手甲(てっこう)が凹むとか、もう意味わかんないですよ」

「んで……メガネチビに狐ノッポ。てめえらの手品(・・)も、そろそろ品切れか? 言ってたわりにゃ、たいしたもんがねぇな?」


 梅の足元には、鉤爪を始めとして、苦無、鎖分銅、手裏剣、短刀などなど、多数の武器が破壊され散乱していた。

 手甲を使った近接格闘を得意する月美とは違い、花美は投擲(とうてき)武器や刀剣類による、中~遠距離戦に長けている。

 そんな二人がぼやいている通り、そろそろ手詰まりだ。


「つーかよ。いちいちちょこまか(・・・・・)小細工しやがって、やる気あんのか? 女なら足止めて殴り合いくらいしろってんだ。面白くねぇ!」

「チビ猫みたいな馬鹿力相手に、冗談じゃないですよっ!!」

「やれやれ……万里氏。こりゃあ、どうしたもんかのう?」


 花美と月美は、すでに息も荒い。かわしきれずに受けた攻撃で、それなりにダメージも負っている。

 残る万里は今のところほぼ無傷だが、スタミナの消耗は否めない。


「オチビちゃん、ちょっと聞きたいんだけどさぁ~。Mapsのチーム構成から考えると、ありえないんだよねぇ……その強さ。オタク、何者だぁい?」

 万里が唐突に質問をぶつける。梅がのってくる来ないは別として、スタミナ回復の時間稼ぎだ。

「へっ、五月の言った通りだな。人質だの、脅迫だの、そんなせこいことばっか考えてっからこうなんだよ。後悔しても、もう遅いぜ。最強のSランクMaps、大和梅様たぁ俺のことよ! それから――」

 最強かどうかはともかく。ノリノリで時間稼ぎに付き合ってくれる脳筋(ばか)なのはわかった。

 ベラベラと、聞いてもないことまでしゃべり続けている。

 そして、お嬢様(さつき)にしてやられたことも理解した。

 残るもう一人までもがSランク。もし、ここに合流されると厄介ではすまない。

 万里は心の中で舌打ちをする。


「いやはや。さすがはお嬢様だねぇ、こりゃ一本取られたじゃな~い。超特急でオチビちゃんを潰さないとヤバいかもねぇ」

「万里(ねえ)、どうするですよ?」

「お、おいっ、万里!」

 悩む万里たちの様子に焦ったのか、コンテナの影に隠れていた主が顔を出して声を張りあげる。

「いつまでそんなチビに苦戦してるんだよ? は、はやくなんとかしろよっ! もし、オマエたちがやられたら……きっと、ソイツは―――ボクに乱暴する気だぞ! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」

「するかああああっ!!」

 さすがにそれは心外の梅である。

「ふむ……坊ちゃんもああ言っておるし、仕方あるまい。妹者(いもじゃ)あれ(・・)をやるぞ」

「む、わかったですよ」

 花美と月美が頷きあい、万里へ目配せする。

「あとは任せたぞ、万里氏」

「ああ、下ごしらえは頼んだよぉ。あたいがきっちりぶっ潰すさぁ!」


 時間稼ぎは完了。

 万里は爬虫類を思わせる瞳をギロリと梅に向け、静かに歩をすすめて間合いをはかる。

「へっ、そうこなくっちゃな! おらっ、かかってきやがれ!」

「ならばゆくぞ、妹者(いもじゃ)!」

「了解ですよ。姉者!」

「「流石寺(りゅうせきじ)朧月花(おぼろげっか)!!」」

 迎え撃たんとする梅に対して、万里の背後から花美と月美が同時に飛び出した。


『流石寺朧月花(おぼろげっか)

 花美による大量の飛び道具投下にあわせ、死角に潜んだ月美が隙をついて渾身の一撃を加える。必殺のコンビネーション攻撃である。


「けっ! 数が多けりゃいいと思うなよっ!」

 大量に飛んでくる手裏剣や苦無。だが、銃弾すら見切る梅の目にはスローモーションに等しい。

 防刃グローブをはめた両手を振るって、軽々と叩き落とす。

 が、しかし。

「――あん?」

 手裏剣の死角に重なって飛んできた一本の苦無。

 それにぶら下がる超小型の火薬玉。

 反射的に苦無を弾いた途端、梅の眼前で火薬玉が炸裂した。

 光と音が、わずかの間だが視覚と聴覚を奪う。朧月花(おぼろげっか)狙いの一手だ。

「ちぃっ!」

 梅の視界は光にふさがれ、炸裂音が鼓膜に響き渡った。

 

「貰ったですよ!」

 ここで花美の影から月美が飛び出し攻撃を繰りだす。

「奥義・螺旋双竜撃(らせんそうりゅうげき)! 内臓をぶち()けろですよっ、チビ猫っ!!」

 回転を加えた特殊な踏み込みが床を鳴らした。

 (ひね)りを込めた両手甲突きが、通常の数倍以上の破壊力を産みだす。

 普段は出が遅く使えない。コンビネーション専用の必殺技だ。


 ずどんっ!!


 鈍い音が響き渡り、梅の左脇腹に月美の両手甲拳が突き刺さる。

 手応え充分、内臓が破裂してもおかしくない。――だが!


「ちっ、()ってぇなあ、おい?」

「なあっ!?」


 そこには必殺の打撃を、無防備な状態で受けながら「少しだけ痛かった」と言わんばかりに口元を歪めた梅。

 さらに、その左手はすでに(・・・)右の手甲を握りしめていた。

 ありえない! あの手応えで無傷などありえない!!

 驚愕に凍りつく月美に対して、梅から無慈悲な宣告がなされる。

「まあまあ、だったなメガネチビ。三十点ってトコか」

「ひいいいいっ!? そんな、う、うそ、嘘なのですよ……」


 梅の真の恐ろしさは、その常軌を逸した耐久力(タフネス)にある。

 過去、強敵(とも)と呼べた相手、大人数で挑んできた相手。

 最終的には防御を捨て、驚異的な身体能力の全てを攻撃に集中し、ことごとくを葬り去っている。


本気(マジ)でぶん投げるぜ……覚悟しな!!」

 梅の眼光が鋭さをます。鋼鉄製の手甲がメキメキと音を立て、月美の腕を圧迫しはじめた。

「ひっ……ぎゃっ!」

「くっ、妹者(いもじゃ)!」

(おせ)えっ!」

 飛びかかろうとした花美に向け、野球の投手を思わせる挙動で踏み込んだ足が床にめり込む!

 後輩(しゃてい)命名『死の特急列車(デス・トレイン)』梅、必殺の全力投げだ。


「うきゃあああっ!!」

「うぐわあああっ!!」


 まるで投げ槍にでもなったかと思える月美が、花美へと激突!

 その凄まじい勢いはまったく衰えず、もろともコンテナの山へと突っ込む。

 さらには衝撃で積まれたコンテナが崩れ落ち、二人はその下へ埋まってしまった。


「へっ、一丁あがりってか! ――なにっ?」

 なんと梅の頭上に、数個の火薬玉が現れた。

 そう、花美は月美と衝突した瞬間。梅に向かって火薬玉を投げていたのだ。

 最後の意地ともいうべき、絶妙なタイミングの投擲。梅は再び視覚と聴覚を奪われる。


「はっはぁっ! よくやったよ花美。おらあっ、本命(・・)を喰らいなぁ!」


 ここまでがワンセット。

 隙を逃さず控えていた万里が襲いかかった。

 その巨躯に似合わぬ素早さ。まるで、三段跳びでもするかの走りで加速する。

 弓のように全身をしならせ、スピード、体重を蹴り足へと集約。無防備になっている梅の腹へと叩き込む!

「ぐふうっ!」

 初めて苦痛らしい声をあげた梅が、ゴールに突き刺さるサッカーボールのようにコンテナの山へ激突する!

 凄まじい衝撃音と共に積まれていたコンテナが次々と崩れ落ち、月美たち同様その下敷きとなった。


 万里は勝利を確信する。

 あの蹴りの感触。気の毒だが、後遺症が残るレベルのダメージだろう。

 乱雑に重ねた積み木のようになったコンテナをながめ、闘いの余韻にひたる。

「さて……と、これで、どうしたもんかねぇ?」

 相手にはもう一人SランクMapsがいる。万里はコンテナに背を向け、今後の思案をしつつ、花美たちの様子を見に向かう。


 ところが――背後から豪快な金属音が響いた!!


「あぁん?」

 何が起きた? 万里は振り向き、そして、ふと上方を見て――自分の目を疑った。

 そこには、梅の上に積み重なっていたはずのコンテナが一台。空中から頭上へと迫っていた。


「は? ――ちいいいっ!」

 すぐさま我に返り、スライディングばりの横っ飛びで回避。

 轟音を響かせ、床にコンテナが激突する。さらに一台、もう一台、次々と万里目掛けて降ってくる。

「くっ! くそっ!」

 二台目、三台目、転がりながらかわして体勢を整え、コンテナが飛んで来た先を睨みつけた。


「ははっ……こりゃ……なんの冗談かねぇ」


 乾いた笑いが漏れる。

 そこにコンテナの山はすでになく。埃が作る煙の中から、梅が姿をあらわす。

 額は血まみれ、右目から頬まで滴り落ちて赤い線を描く。

 しかし、その表情は上機嫌。右手で肩をぐいぐいと揉みながら、ゆっくりと進み出てきた。


「へへっ、思ったよりいい蹴りしてんじゃねぇか? デカ蛇女。ほめてやんよ、俺にこんだけダメージくれたのは深夜子以来だぜ!」

 その口調には歓喜がまじっている。ダメージらしいダメージを受けているようには聞こえない。

「おいおい……頑丈にも限度ってもんがあるじゃない……」


 もう呆れるしかない。ぼやきたくもなるが、ここは冷静に。万里は周りの状況を把握する。

 花美と月美は当然リタイア状態。まともに動けるメンバーは遠山含めて……三人。

 となれば――。


「遠山ぁ!!」

「はいっ!」

「主坊ちゃんを連れて、すぐに本部(うち)に戻りなぁ。動ける連中全員でだ! 後はあたいが片付けるさぁ」

「りょ、了解しました」

 万里の判断は主の安全最優先。遠山たちに撤退命令を下した。


◇◆◇


 すぐさま遠山たちは主を連れて倉庫をでる。

 駆け足で道路に止めてある車へと急ぐ。が、その途中、どこかで見たことがある黒髪の女性と鉢合わせた。


 服装は厚手のタイトジーンズにカラーTシャツ、ただし、その上には防刃ベスト。

 腰のベルトには特殊警棒がぶら下がり、何よりも、遠山たちに向けられる猛禽類を思わす鋭い目が記憶に新しい。


「な、なんで、なんでコイツがここに!?」

 どうしてここが? 予想外の遭遇。遠山に緊張が走る。

「ん? 梅ちゃんを迎えに来たよ」

 あっけらかんと答える深夜子。緊張感の欠片もない。

「おいっ! 遠山っ、早くその目付きの悪い女を片付けろ! 万里がボクを連れて逃げろって言ってただろ!」

「は、はいっ! わかりました坊ちゃま。おい、こいつをとり囲め!」

「「へいっ!」」


 メンバー二人は深夜子の周りへ散開し、左右から間合いを詰める。遠山は正面に立ち構えをとる。

 ――かかれ! 遠山がそう告げようとした刹那。


「ほわっちゃあ」


 気の抜けたかけ声と同時に遠山の視界が揺れた。意識は遠のき、身体から力が抜けてゆく。

「あ、が……そんな……」

 その目にかろうじて映るのは、蹴りを放ったらしい体勢の深夜子。同じように崩れ落ちる二人のメンバーであった。

「う、そ……三人、の……顎――同時、蹴り――――」

 遠山の意識はそこで暗転した。


「え……は? ひ、ひえっ!? あひいいいいっ!!」


 何が起きたのか理解すらできない主が悲鳴をあげた。

 それも当然。

 突如、自分を守るべき者たちが、電池でも切れたかのように崩れ落ちた。恐怖と混乱は最高潮に達する。

 何より、目の前に一人立っているのは、自分が以前に罵った女(・・・・)なのだ。


「たっ、たたたた助けて! だっ、誰かっ、マッ、ママッ、ママーーーっ!!」

「えー」


 さあ、ここで困ったのは深夜子である。


 今のはただの正当防衛。攻撃してきた相手を、必殺『あたしでなきゃ見逃しちゃうねキック』で超かっこよく撃退しただけだ。

 これは是非とも動画で朝日に見せた――――ではなく。

 男性である主に危害を加えるつもりなど一切ない。

 なのに、なんだか少し勘違いされているようだが、何分、朝日と男事不介入案件で対立している当人。

 声をかけるにも、どう言ったものか……と、ジッと見つめながら(・・・・・・・・・)考える。


「あへっ!? ひいいいいやああああっ、や、やめて! 許して! こ、殺さないでええええええっ!!」

「えええー?」


 なんで悪化してるの?

 深夜子困惑。今、「うーん。どうしよっかな? どうすれば――大丈夫! 深夜子さんは超優しくて、超素敵な淑女(レディ)だよ(キラッ!)」と、理解して貰えるか、考えながら見つめていただけなのだ。


 しかし、残念ながら男性である主にすればたまったものではない。

 猛禽類を思わす目付き、とまで評される深夜子の目力。

『さあて、この獲物(ぼうや)。これからじっくりたっぷりと、どうやって苦しめながら殺してやろうかね? ヒィーッヒッヒッヒ!』

 そんな感じで、舌なめずりしている姿にしか見えなかった。


「あっ!」

「ひいいっ!?」


 対する深夜子。ここでふとある事を思い出す。

 出がけに五月から、万が一にも可能性があればと『示談要望書』を渡されていたのだ。

 おおっ! もしや今って、これを渡す最高のチャンスでない?

 なんだか勘違いが悪化して、ちょっと怖がられているけど、きっと誤解を解く会話のきっかけにもなる。

 まさに一石二鳥! あたしってば冴えているな、完璧だな――。


『ふっ、朝日君。深夜子さんの活躍により、男事不介入案件。完!(キリッ)』

『や、やぁん。もう、深夜子さん素敵すぎですぅ』

『そんなことない。世界で一番素敵なのは、朝日君――キ・ミ・さ(顎クイ)』

『結婚しよ』

『いいですとも!』


 ――思わず顔がにやける(・・・・)深夜子。

 さてさてそれでは、とばかりに怯える主へ視線を合わせる。

 にっこりと微笑んで(・・・・)、要望書を取り出すべく(ベスト)の内ポケットに手を差しこんだ。


「あばばばばばばばばば」


 ところが、またしても残念なことに主の視点では……。

『さあて……まずは逃げれなくするために、手足でも撃ち抜いておこうかね。ウェーヒヒヒ!』

 獲物を料理する喜びに、おぞましい笑みを漏らす魔物(みやこ)が、胸のポケットから銃を取り出そうとする姿にしか映らなかった。


「……はふん――――――」


 あまりの恐怖と絶望に、泡を吹き、失禁つきで気絶する主だった。


「えええええー!?」


 これは、なんだか心が痛い。がっくりと落ちこむ深夜子。

 考えれば、朝日と出会ってから、自分の見た目(めつき)を気にすることもなくなっていた。

「あしゃひくん……」

 そう言えば、あたしってそうだったな。ちょっと涙が出ちゃいそうになる深夜子あった。

 合掌。


◇◆◇


 そんな気の毒さんはさておき――ついに、梅と万里の闘いは決着を迎えようとしていた。

 お互いが足を止め、攻撃の応酬が始まっている。


「おらぁっ!」

「つあっ!」

 蹴りと拳が、ゼロ距離で乱れ飛ぶ。

 そんな中、万里の蹴りが梅の横腹にヒットする。

 すぐさま反撃するも、梅の豪快な拳は空を切った。


 二発、三発、四発、万里の攻撃は次々と当たる。

 右ひざ蹴り、左掌底打ち、右肘打ち、右正拳突き、などなど……恐ろしいまでの反射速度でかわされることもあるが、梅の攻撃を丁寧に(さば)き、的確に反撃(カウンター)を食らわせていく。


 攻撃の応酬を続け、万里は確信する。

 二人を比較した場合、格闘技術は間違いなくこちらが上であると。

 空手を中心に、複数の格闘術を修めている自分に対し、梅は全てが自己流。ただ、身体能力にモノをいわせた喧嘩拳法でしかない。

 そこには技術も駆け引きも存在しない。野生の獣が攻撃をしているのとなんら変わらない。

 負ける要素はないはずだ。だが、何かがおかしい。

 いくら攻撃しても、梅は一向に怯まない。まるでお構い無しと攻撃を返してくる。


 ――さらに十合、二十合、と打ち合いは進んでいく。


 やはり、何かがおかしい。万里は戸惑いを覚える。

 攻撃は入っているのに、ダメージは蓄積しているはずなのに、梅にそんな気配が毛頭感じられないのだ。

 気がつけば、恐ろしく消耗している万里の体力と精神であった。


 そして、万里にとって最悪の偶然が訪れる。

 たまたま(・・・・)万里の右振り打ち(フック)に対し、梅の乱暴に振られた左拳が交差する形(・・・・・)となった。

 万里の右腕の下に、ちょうど死角となって梅の左拳が打ちこまれる。

 梅は左頬に、万里は右わき腹に、ほぼ同時にお互いの拳がめりこんだ。

 

 ――結果!


「ぐっはああああぁっ!!」

 うめき声といっしょに万里の191センチ、83.5キロの巨躯が数メートル宙に浮き上がった!


 ショベルカーにでもかちあげられたかの衝撃。

 なす術もなく床に落ちるが、辛うじて受身を取る。

 万里は痛むわき腹を押さえながら、すぐに間合い取って起き上がった。――が!


「はっ! やっと捕まえたぜぇ」


 そんな好機を見逃されるはずもない。

 梅がドンっと床を蹴り、すぐさま万里の足元まで間合いを詰めてくる。


「うらあっ!!」

「くうっ」


 かわそうにもダメージで身体が動かない。

 今度は左わき腹に梅の拳が突き刺さる。身体に火薬でも詰めて爆破されたが如き破壊力!

「ぐはああああああっ! ばっ、ばっ、馬鹿なぁ? プロテクターが全く役に立たな――」

「おらぁっ!!」

 驚くことすら許されない。梅はそのまま、身体ごと跳ねるように飛び上がり、身長差を埋めて右アッパーを繰り出していた。

 ――顎がはねあがり、意識が飛びかける。


 万里は梅の追い討ちをもろに受け、再び宙を舞うことになった。


「ごふっ……そ、そんな。あたいが……たった三発でこんなダメージを……?」


 地面に這いつくばって確認する。

 口内の出血が尋常でない。身体の動きも悪い。どうやら先の一撃で肋骨を数本、そして今のアッパーで顎を砕かれてしまったようだ。


 万里は耐久力(タフネス)腕力(パワー)には自信を持っていた。だが、梅のそれはあまりにも次元が違い過ぎた。

 もう次に追い討ちを食らえば、確実に仕留められる状態になってしまった。


「ぐう…………?」


 なぜか、梅は追撃をしてくる気配が無い。

 ぐるぐると肩を回して、何かを考えているようだ。

 近くまで来て立ち止まる。するとビシッと万里を指差してから口を開いた。


「うっし、じゃあラストチャンスをやんよ! 今から狙うとこを宣言すんぜ。てめぇの左胸、心臓だ!」


 こいつは一体何を言い始めた!? 理解に苦しむ万里、かたや梅はお構い無しにテンション高く続ける。


心臓打ちハートブレイクショットって奴だな。それと、ぶっ(ぱな)すのは右のストレートだぜ。俺のとっておきの一撃、受けてみるか?」


 どうやら必殺技、その攻撃宣言のつもりらしい。


「おいおい……馬鹿かよオチビちゃん……心臓を狙う? 右? はっ……面白いじゃない!? そんなの……カウンターの餌食に決まってんじゃない!!」

「そうかよ? まあ、そうこなくっちゃな。んじゃあ行くぜ、準備しなっ!」


 今、二人の距離は約1.5メートル。梅はその場で少し腰を落とし、右拳を作り攻撃準備を始めた。


 馬鹿だ。本物の馬鹿だ! 野生の獣以下の知能。

 それが万里の頭をよぎった感想である。ブラフかと思えば冗談抜きに準備を始めている。

 さらにありがたいことに、この広い間合いを開けてだ。


 いかに脅威の身体能力といえど、この距離で突っこんで来る右ストレートに、カウンターが取れない理由が無い!

 完全に慢心としか思えない暴挙に、万里はニヤリと笑みを浮かべ、最後の力を振り絞り迎撃体勢を取った。


 一方の梅は――。


「狙いは心臓……」

 メキメキと音を立てながら右拳を握りしめる。

 さらに全身という全身に力をこめ、捻切(ねじき)れんばかりに身体中の筋を引き絞る!

 それはまさに獲物を仕留めるために、全身をバネと化して襲いかかる寸前の猛獣を思わす姿である。


「結果は必中!!」

 ギリッと歯を食いしばると、牙を思わす八重歯がギラリと輝く。

 そして心臓に狙いを定めた獰猛な瞳の淵に、ビキビキと血管が浮かび上がる!!


「おらあああああっ! くらいやがれえええええええええっ!!」


 その時。万里は間違いなく梅が地面を蹴り、飛びかかる寸前のところまではハッキリと視界に捉えていた。

 貰った! 飛び出たタイミングにあわせて、出会い頭に左正拳突き(クロスカウンター)だ!


 ――次の瞬間!! 指一本動かす間もなく、万里の意識は消し飛んだのであった。

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[一言] ゲイボルグ?フラガラック?ふぅ物騒だぜ。
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