#20 決着
※注意
ストーリー進行の都合上、今回までアクション回となっております。
シリアス、バトルシーン、暴力的な表現・描写が苦手な方はご注意下さい。
現在、海土路造船倉庫F号倉庫では、梅と万里たちが激突の真っ最中である。
「うらぁっ!」
万里がその巨躯を活かし、梅のリーチ外から左回し蹴りを仕掛ける。
さすがの梅も、ノーガードで受けれるレベルを超えている一撃だ。
「んなろぉ!」
ならば、と蹴り足にあわせて左拳で迎撃をする。
その腕力ならではの常識外の対応。
まさに、力と力のぶつかり合い!
互いの蹴りと拳が重なった瞬間に、弾けるように反発した。
「いっ痛! 蹴ったあたいの足が痛いとか……プロテクターもつけてんのに、なんの冗談かねぇ」
「ちっ! 足をへし折ってやるつもりだったんだが……よっ、と――」
そう言い放つ梅の右手に、鉄製の鉤爪が握られていた。
花美が攻防の隙を狙い。万里の股下から、突きだしたものだ。
「こっ、これを止めおるかっ!?」
絶妙のタイミングだったはず。その凄まじい反射神経に、花美は目を白黒とさせる。
「へっ、たりめぇだ。おらぁっ!」
梅がつかむ右手に力をこめた。
「ぬおわっ!?」
凄まじい腕力。抵抗もままならず、間合いへと一気に引きずり込まれる。
「貰ったぜ!」
梅の力を込めた左拳が唸りをあげ、体勢を崩した花美の胴体へと吸い込まれていく。
「くうっ!」
これはまずい! 危機を察知して、花美は瞬時に右腕の鉤爪をはずす。
すばやく離脱。――だけで終わらず、ここは腕の見せ所。
拳をギリギリで見切りつつ、懐から吹き矢を取り出す。
「うおらあっ!」「プッ」
乱暴に振りぬかれた左拳は、花美のわき腹にわずかにかすったのみ。
それと同時に、梅の肩へ吹き矢が突き刺さる。
命中。花美はニヤリと笑みをうかべ、バックステップで間合いを取る。
「ふっ、これで――――ぐはあああああっ!?」
突然、脇腹から全身へ走る衝撃に膝から崩れ落ちる。
かすっただけで、内臓が飛び出るかと思えるバカげた威力。
「あ、姉者!?」
「いや、妹者大事ない。いやはや……とんでもない剛力じゃのう」
「ちっ、吹き矢のせいで狙いがずれちまったぜ」
愚痴りながら梅は肩の吹き矢を抜く。
手に残された鉤爪は、タオルでもしぼるかの如く軽くひん曲げ、床に投げ捨てた。
「チビ猫氏。すまぬが、これで勝負ありよ」
「あん?」
すでに成果は出した。花美は余裕の笑みを崩さない。
「先程、お主へ放った吹き矢には、熊用の麻酔薬が塗ってあっての。悪いが、もう三十秒程度で夢の中よ……万里氏、楽しみが減ってすまんのう」
「はっ! まあ、面白くないけど、しょうがないじゃない。これで再度予定通りと行くかねぇ」
「てめえら! 訳わかんねぇこと言って、なに余裕ぶっこいてやがる! 熊の麻酔だあ? 知ったこっちゃねえぞ、この野郎!」
梅が吠えた。よほど気に食わなかったのか、すぐさま万里たちへと突撃する。
怒りに任せた悪あがき。そう思って花美、月美は悠々と迎撃体勢をとった。
――そして、しばらく四人の攻防は続く。
三十秒経過……。
一分経過……?
二分経過……!? いまだに梅はピンピンとしている。
「バ、バカな……ありえぬ。大型の羆ですら、一分もたずに動けなくなる麻酔薬じゃぞ!?」
「どうなってるですよ?」
困惑する花美たち。すると、梅が攻撃をやめて立ち止まり、ビシリと指さす。
「ふん! バカはてめえらだろ。そんな麻酔薬が俺に効くかよ」
「なにぃ!? どういうことじゃ。お主、何か特別な――」
「熊用が人間に効くワケねえだろうがっ!!」
「「「効くわあああああああっ!!」」」
その通り。梅が異常なだけである。
――それからしばらく。一進一退が続く。
梅のパワーとタフネスに、万里ら三人がかりでも攻略の糸口すら見えなかった。
「あっははは、参った参った。やってらんないんねぇ~、こりゃあ」
「理屈はともかく、とんでもない奴じゃのう……」
「あ、ありえないですよ……なんで素手で鋼鉄製の武器を破壊できるですよ……それに殴ったこっちの手甲が凹むとか、もう意味わかんないですよ」
「んで……メガネチビに狐ノッポ。てめえらの手品も、そろそろ品切れか? 言ってたわりにゃ、たいしたもんがねぇな?」
梅の足元には、鉤爪を始めとして、苦無、鎖分銅、手裏剣、短刀などなど、多数の武器が破壊され散乱していた。
手甲を使った近接格闘を得意する月美とは違い、花美は投擲武器や刀剣類による、中~遠距離戦に長けている。
そんな二人がぼやいている通り、そろそろ手詰まりだ。
「つーかよ。いちいちちょこまか小細工しやがって、やる気あんのか? 女なら足止めて殴り合いくらいしろってんだ。面白くねぇ!」
「チビ猫みたいな馬鹿力相手に、冗談じゃないですよっ!!」
「やれやれ……万里氏。こりゃあ、どうしたもんかのう?」
花美と月美は、すでに息も荒い。かわしきれずに受けた攻撃で、それなりにダメージも負っている。
残る万里は今のところほぼ無傷だが、スタミナの消耗は否めない。
「オチビちゃん、ちょっと聞きたいんだけどさぁ~。Mapsのチーム構成から考えると、ありえないんだよねぇ……その強さ。オタク、何者だぁい?」
万里が唐突に質問をぶつける。梅がのってくる来ないは別として、スタミナ回復の時間稼ぎだ。
「へっ、五月の言った通りだな。人質だの、脅迫だの、そんなせこいことばっか考えてっからこうなんだよ。後悔しても、もう遅いぜ。最強のSランクMaps、大和梅様たぁ俺のことよ! それから――」
最強かどうかはともかく。ノリノリで時間稼ぎに付き合ってくれる脳筋なのはわかった。
ベラベラと、聞いてもないことまでしゃべり続けている。
そして、お嬢様にしてやられたことも理解した。
残るもう一人までもがSランク。もし、ここに合流されると厄介ではすまない。
万里は心の中で舌打ちをする。
「いやはや。さすがはお嬢様だねぇ、こりゃ一本取られたじゃな~い。超特急でオチビちゃんを潰さないとヤバいかもねぇ」
「万里姉、どうするですよ?」
「お、おいっ、万里!」
悩む万里たちの様子に焦ったのか、コンテナの影に隠れていた主が顔を出して声を張りあげる。
「いつまでそんなチビに苦戦してるんだよ? は、はやくなんとかしろよっ! もし、オマエたちがやられたら……きっと、ソイツは―――ボクに乱暴する気だぞ! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」
「するかああああっ!!」
さすがにそれは心外の梅である。
「ふむ……坊ちゃんもああ言っておるし、仕方あるまい。妹者、あれをやるぞ」
「む、わかったですよ」
花美と月美が頷きあい、万里へ目配せする。
「あとは任せたぞ、万里氏」
「ああ、下ごしらえは頼んだよぉ。あたいがきっちりぶっ潰すさぁ!」
時間稼ぎは完了。
万里は爬虫類を思わせる瞳をギロリと梅に向け、静かに歩をすすめて間合いをはかる。
「へっ、そうこなくっちゃな! おらっ、かかってきやがれ!」
「ならばゆくぞ、妹者!」
「了解ですよ。姉者!」
「「流石寺朧月花!!」」
迎え撃たんとする梅に対して、万里の背後から花美と月美が同時に飛び出した。
『流石寺朧月花』
花美による大量の飛び道具投下にあわせ、死角に潜んだ月美が隙をついて渾身の一撃を加える。必殺のコンビネーション攻撃である。
「けっ! 数が多けりゃいいと思うなよっ!」
大量に飛んでくる手裏剣や苦無。だが、銃弾すら見切る梅の目にはスローモーションに等しい。
防刃グローブをはめた両手を振るって、軽々と叩き落とす。
が、しかし。
「――あん?」
手裏剣の死角に重なって飛んできた一本の苦無。
それにぶら下がる超小型の火薬玉。
反射的に苦無を弾いた途端、梅の眼前で火薬玉が炸裂した。
光と音が、わずかの間だが視覚と聴覚を奪う。朧月花狙いの一手だ。
「ちぃっ!」
梅の視界は光にふさがれ、炸裂音が鼓膜に響き渡った。
「貰ったですよ!」
ここで花美の影から月美が飛び出し攻撃を繰りだす。
「奥義・螺旋双竜撃! 内臓をぶち撒けろですよっ、チビ猫っ!!」
回転を加えた特殊な踏み込みが床を鳴らした。
捻りを込めた両手甲突きが、通常の数倍以上の破壊力を産みだす。
普段は出が遅く使えない。コンビネーション専用の必殺技だ。
ずどんっ!!
鈍い音が響き渡り、梅の左脇腹に月美の両手甲拳が突き刺さる。
手応え充分、内臓が破裂してもおかしくない。――だが!
「ちっ、痛ってぇなあ、おい?」
「なあっ!?」
そこには必殺の打撃を、無防備な状態で受けながら「少しだけ痛かった」と言わんばかりに口元を歪めた梅。
さらに、その左手はすでに右の手甲を握りしめていた。
ありえない! あの手応えで無傷などありえない!!
驚愕に凍りつく月美に対して、梅から無慈悲な宣告がなされる。
「まあまあ、だったなメガネチビ。三十点ってトコか」
「ひいいいいっ!? そんな、う、うそ、嘘なのですよ……」
梅の真の恐ろしさは、その常軌を逸した耐久力にある。
過去、強敵と呼べた相手、大人数で挑んできた相手。
最終的には防御を捨て、驚異的な身体能力の全てを攻撃に集中し、ことごとくを葬り去っている。
「本気でぶん投げるぜ……覚悟しな!!」
梅の眼光が鋭さをます。鋼鉄製の手甲がメキメキと音を立て、月美の腕を圧迫しはじめた。
「ひっ……ぎゃっ!」
「くっ、妹者!」
「遅えっ!」
飛びかかろうとした花美に向け、野球の投手を思わせる挙動で踏み込んだ足が床にめり込む!
後輩命名『死の特急列車』梅、必殺の全力投げだ。
「うきゃあああっ!!」
「うぐわあああっ!!」
まるで投げ槍にでもなったかと思える月美が、花美へと激突!
その凄まじい勢いはまったく衰えず、もろともコンテナの山へと突っ込む。
さらには衝撃で積まれたコンテナが崩れ落ち、二人はその下へ埋まってしまった。
「へっ、一丁あがりってか! ――なにっ?」
なんと梅の頭上に、数個の火薬玉が現れた。
そう、花美は月美と衝突した瞬間。梅に向かって火薬玉を投げていたのだ。
最後の意地ともいうべき、絶妙なタイミングの投擲。梅は再び視覚と聴覚を奪われる。
「はっはぁっ! よくやったよ花美。おらあっ、本命を喰らいなぁ!」
ここまでがワンセット。
隙を逃さず控えていた万里が襲いかかった。
その巨躯に似合わぬ素早さ。まるで、三段跳びでもするかの走りで加速する。
弓のように全身をしならせ、スピード、体重を蹴り足へと集約。無防備になっている梅の腹へと叩き込む!
「ぐふうっ!」
初めて苦痛らしい声をあげた梅が、ゴールに突き刺さるサッカーボールのようにコンテナの山へ激突する!
凄まじい衝撃音と共に積まれていたコンテナが次々と崩れ落ち、月美たち同様その下敷きとなった。
万里は勝利を確信する。
あの蹴りの感触。気の毒だが、後遺症が残るレベルのダメージだろう。
乱雑に重ねた積み木のようになったコンテナをながめ、闘いの余韻にひたる。
「さて……と、これで、どうしたもんかねぇ?」
相手にはもう一人SランクMapsがいる。万里はコンテナに背を向け、今後の思案をしつつ、花美たちの様子を見に向かう。
ところが――背後から豪快な金属音が響いた!!
「あぁん?」
何が起きた? 万里は振り向き、そして、ふと上方を見て――自分の目を疑った。
そこには、梅の上に積み重なっていたはずのコンテナが一台。空中から頭上へと迫っていた。
「は? ――ちいいいっ!」
すぐさま我に返り、スライディングばりの横っ飛びで回避。
轟音を響かせ、床にコンテナが激突する。さらに一台、もう一台、次々と万里目掛けて降ってくる。
「くっ! くそっ!」
二台目、三台目、転がりながらかわして体勢を整え、コンテナが飛んで来た先を睨みつけた。
「ははっ……こりゃ……なんの冗談かねぇ」
乾いた笑いが漏れる。
そこにコンテナの山はすでになく。埃が作る煙の中から、梅が姿をあらわす。
額は血まみれ、右目から頬まで滴り落ちて赤い線を描く。
しかし、その表情は上機嫌。右手で肩をぐいぐいと揉みながら、ゆっくりと進み出てきた。
「へへっ、思ったよりいい蹴りしてんじゃねぇか? デカ蛇女。ほめてやんよ、俺にこんだけダメージくれたのは深夜子以来だぜ!」
その口調には歓喜がまじっている。ダメージらしいダメージを受けているようには聞こえない。
「おいおい……頑丈にも限度ってもんがあるじゃない……」
もう呆れるしかない。ぼやきたくもなるが、ここは冷静に。万里は周りの状況を把握する。
花美と月美は当然リタイア状態。まともに動けるメンバーは遠山含めて……三人。
となれば――。
「遠山ぁ!!」
「はいっ!」
「主坊ちゃんを連れて、すぐに本部に戻りなぁ。動ける連中全員でだ! 後はあたいが片付けるさぁ」
「りょ、了解しました」
万里の判断は主の安全最優先。遠山たちに撤退命令を下した。
◇◆◇
すぐさま遠山たちは主を連れて倉庫をでる。
駆け足で道路に止めてある車へと急ぐ。が、その途中、どこかで見たことがある黒髪の女性と鉢合わせた。
服装は厚手のタイトジーンズにカラーTシャツ、ただし、その上には防刃ベスト。
腰のベルトには特殊警棒がぶら下がり、何よりも、遠山たちに向けられる猛禽類を思わす鋭い目が記憶に新しい。
「な、なんで、なんでコイツがここに!?」
どうしてここが? 予想外の遭遇。遠山に緊張が走る。
「ん? 梅ちゃんを迎えに来たよ」
あっけらかんと答える深夜子。緊張感の欠片もない。
「おいっ! 遠山っ、早くその目付きの悪い女を片付けろ! 万里がボクを連れて逃げろって言ってただろ!」
「は、はいっ! わかりました坊ちゃま。おい、こいつをとり囲め!」
「「へいっ!」」
メンバー二人は深夜子の周りへ散開し、左右から間合いを詰める。遠山は正面に立ち構えをとる。
――かかれ! 遠山がそう告げようとした刹那。
「ほわっちゃあ」
気の抜けたかけ声と同時に遠山の視界が揺れた。意識は遠のき、身体から力が抜けてゆく。
「あ、が……そんな……」
その目にかろうじて映るのは、蹴りを放ったらしい体勢の深夜子。同じように崩れ落ちる二人のメンバーであった。
「う、そ……三人、の……顎――同時、蹴り――――」
遠山の意識はそこで暗転した。
「え……は? ひ、ひえっ!? あひいいいいっ!!」
何が起きたのか理解すらできない主が悲鳴をあげた。
それも当然。
突如、自分を守るべき者たちが、電池でも切れたかのように崩れ落ちた。恐怖と混乱は最高潮に達する。
何より、目の前に一人立っているのは、自分が以前に罵った女なのだ。
「たっ、たたたた助けて! だっ、誰かっ、マッ、ママッ、ママーーーっ!!」
「えー」
さあ、ここで困ったのは深夜子である。
今のはただの正当防衛。攻撃してきた相手を、必殺『あたしでなきゃ見逃しちゃうねキック』で超かっこよく撃退しただけだ。
これは是非とも動画で朝日に見せた――――ではなく。
男性である主に危害を加えるつもりなど一切ない。
なのに、なんだか少し勘違いされているようだが、何分、朝日と男事不介入案件で対立している当人。
声をかけるにも、どう言ったものか……と、ジッと見つめながら考える。
「あへっ!? ひいいいいやああああっ、や、やめて! 許して! こ、殺さないでええええええっ!!」
「えええー?」
なんで悪化してるの?
深夜子困惑。今、「うーん。どうしよっかな? どうすれば――大丈夫! 深夜子さんは超優しくて、超素敵な淑女だよ(キラッ!)」と、理解して貰えるか、考えながら見つめていただけなのだ。
しかし、残念ながら男性である主にすればたまったものではない。
猛禽類を思わす目付き、とまで評される深夜子の目力。
『さあて、この獲物。これからじっくりたっぷりと、どうやって苦しめながら殺してやろうかね? ヒィーッヒッヒッヒ!』
そんな感じで、舌なめずりしている姿にしか見えなかった。
「あっ!」
「ひいいっ!?」
対する深夜子。ここでふとある事を思い出す。
出がけに五月から、万が一にも可能性があればと『示談要望書』を渡されていたのだ。
おおっ! もしや今って、これを渡す最高のチャンスでない?
なんだか勘違いが悪化して、ちょっと怖がられているけど、きっと誤解を解く会話のきっかけにもなる。
まさに一石二鳥! あたしってば冴えているな、完璧だな――。
『ふっ、朝日君。深夜子さんの活躍により、男事不介入案件。完!(キリッ)』
『や、やぁん。もう、深夜子さん素敵すぎですぅ』
『そんなことない。世界で一番素敵なのは、朝日君――キ・ミ・さ(顎クイ)』
『結婚しよ』
『いいですとも!』
――思わず顔がにやける深夜子。
さてさてそれでは、とばかりに怯える主へ視線を合わせる。
にっこりと微笑んで、要望書を取り出すべく胸の内ポケットに手を差しこんだ。
「あばばばばばばばばば」
ところが、またしても残念なことに主の視点では……。
『さあて……まずは逃げれなくするために、手足でも撃ち抜いておこうかね。ウェーヒヒヒ!』
獲物を料理する喜びに、おぞましい笑みを漏らす魔物が、胸のポケットから銃を取り出そうとする姿にしか映らなかった。
「……はふん――――――」
あまりの恐怖と絶望に、泡を吹き、失禁つきで気絶する主だった。
「えええええー!?」
これは、なんだか心が痛い。がっくりと落ちこむ深夜子。
考えれば、朝日と出会ってから、自分の見た目を気にすることもなくなっていた。
「あしゃひくん……」
そう言えば、あたしってそうだったな。ちょっと涙が出ちゃいそうになる深夜子あった。
合掌。
◇◆◇
そんな気の毒さんはさておき――ついに、梅と万里の闘いは決着を迎えようとしていた。
お互いが足を止め、攻撃の応酬が始まっている。
「おらぁっ!」
「つあっ!」
蹴りと拳が、ゼロ距離で乱れ飛ぶ。
そんな中、万里の蹴りが梅の横腹にヒットする。
すぐさま反撃するも、梅の豪快な拳は空を切った。
二発、三発、四発、万里の攻撃は次々と当たる。
右ひざ蹴り、左掌底打ち、右肘打ち、右正拳突き、などなど……恐ろしいまでの反射速度でかわされることもあるが、梅の攻撃を丁寧に捌き、的確に反撃を食らわせていく。
攻撃の応酬を続け、万里は確信する。
二人を比較した場合、格闘技術は間違いなくこちらが上であると。
空手を中心に、複数の格闘術を修めている自分に対し、梅は全てが自己流。ただ、身体能力にモノをいわせた喧嘩拳法でしかない。
そこには技術も駆け引きも存在しない。野生の獣が攻撃をしているのとなんら変わらない。
負ける要素はないはずだ。だが、何かがおかしい。
いくら攻撃しても、梅は一向に怯まない。まるでお構い無しと攻撃を返してくる。
――さらに十合、二十合、と打ち合いは進んでいく。
やはり、何かがおかしい。万里は戸惑いを覚える。
攻撃は入っているのに、ダメージは蓄積しているはずなのに、梅にそんな気配が毛頭感じられないのだ。
気がつけば、恐ろしく消耗している万里の体力と精神であった。
そして、万里にとって最悪の偶然が訪れる。
たまたま万里の右振り打ちに対し、梅の乱暴に振られた左拳が交差する形となった。
万里の右腕の下に、ちょうど死角となって梅の左拳が打ちこまれる。
梅は左頬に、万里は右わき腹に、ほぼ同時にお互いの拳がめりこんだ。
――結果!
「ぐっはああああぁっ!!」
うめき声といっしょに万里の191センチ、83.5キロの巨躯が数メートル宙に浮き上がった!
ショベルカーにでもかちあげられたかの衝撃。
なす術もなく床に落ちるが、辛うじて受身を取る。
万里は痛むわき腹を押さえながら、すぐに間合い取って起き上がった。――が!
「はっ! やっと捕まえたぜぇ」
そんな好機を見逃されるはずもない。
梅がドンっと床を蹴り、すぐさま万里の足元まで間合いを詰めてくる。
「うらあっ!!」
「くうっ」
かわそうにもダメージで身体が動かない。
今度は左わき腹に梅の拳が突き刺さる。身体に火薬でも詰めて爆破されたが如き破壊力!
「ぐはああああああっ! ばっ、ばっ、馬鹿なぁ? プロテクターが全く役に立たな――」
「おらぁっ!!」
驚くことすら許されない。梅はそのまま、身体ごと跳ねるように飛び上がり、身長差を埋めて右アッパーを繰り出していた。
――顎がはねあがり、意識が飛びかける。
万里は梅の追い討ちをもろに受け、再び宙を舞うことになった。
「ごふっ……そ、そんな。あたいが……たった三発でこんなダメージを……?」
地面に這いつくばって確認する。
口内の出血が尋常でない。身体の動きも悪い。どうやら先の一撃で肋骨を数本、そして今のアッパーで顎を砕かれてしまったようだ。
万里は耐久力と腕力には自信を持っていた。だが、梅のそれはあまりにも次元が違い過ぎた。
もう次に追い討ちを食らえば、確実に仕留められる状態になってしまった。
「ぐう…………?」
なぜか、梅は追撃をしてくる気配が無い。
ぐるぐると肩を回して、何かを考えているようだ。
近くまで来て立ち止まる。するとビシッと万里を指差してから口を開いた。
「うっし、じゃあラストチャンスをやんよ! 今から狙うとこを宣言すんぜ。てめぇの左胸、心臓だ!」
こいつは一体何を言い始めた!? 理解に苦しむ万里、かたや梅はお構い無しにテンション高く続ける。
「心臓打ちって奴だな。それと、ぶっ放すのは右のストレートだぜ。俺のとっておきの一撃、受けてみるか?」
どうやら必殺技、その攻撃宣言のつもりらしい。
「おいおい……馬鹿かよオチビちゃん……心臓を狙う? 右? はっ……面白いじゃない!? そんなの……カウンターの餌食に決まってんじゃない!!」
「そうかよ? まあ、そうこなくっちゃな。んじゃあ行くぜ、準備しなっ!」
今、二人の距離は約1.5メートル。梅はその場で少し腰を落とし、右拳を作り攻撃準備を始めた。
馬鹿だ。本物の馬鹿だ! 野生の獣以下の知能。
それが万里の頭をよぎった感想である。ブラフかと思えば冗談抜きに準備を始めている。
さらにありがたいことに、この広い間合いを開けてだ。
いかに脅威の身体能力といえど、この距離で突っこんで来る右ストレートに、カウンターが取れない理由が無い!
完全に慢心としか思えない暴挙に、万里はニヤリと笑みを浮かべ、最後の力を振り絞り迎撃体勢を取った。
一方の梅は――。
「狙いは心臓……」
メキメキと音を立てながら右拳を握りしめる。
さらに全身という全身に力をこめ、捻切れんばかりに身体中の筋を引き絞る!
それはまさに獲物を仕留めるために、全身をバネと化して襲いかかる寸前の猛獣を思わす姿である。
「結果は必中!!」
ギリッと歯を食いしばると、牙を思わす八重歯がギラリと輝く。
そして心臓に狙いを定めた獰猛な瞳の淵に、ビキビキと血管が浮かび上がる!!
「おらあああああっ! くらいやがれえええええええええっ!!」
その時。万里は間違いなく梅が地面を蹴り、飛びかかる寸前のところまではハッキリと視界に捉えていた。
貰った! 飛び出たタイミングにあわせて、出会い頭に左正拳突きだ!
――次の瞬間!! 指一本動かす間もなく、万里の意識は消し飛んだのであった。




