#19 圧倒
※注意
ストーリー進行の都合上、アクション回が続いております。
シリアス、バトルシーン、暴力的な表現・描写が苦手な方はご注意下さい。
――七月某日。
武蔵区港記念病院は騒然となった。
『急患! 追加であと三名。受け入れ準備をお願いします!』
『なんなのこれ? 集団でダンプカーにでも跳ねられたわけ?』
その日。
港記念病院に多数のタクティクス構成員が急患として運び込まれた。
当日の外科担当医師(二十七歳・女性)は、後に友人にこう語っている。
『そりゃあもう、酷いなんてもんじゃなかったわよ。修羅場よ、修羅場。いつもはさ、ウチに怪我人を送り込んでばかり来るあの連中がこぞって……なワケよ』
ぐびっと喉を鳴らし、左手に持ったビールジョッキを机に置く。
それからタバコをくわえ、火を付ける。ふぅーっ、とため息に煙をまじえてから、話は続く。
『しかも、ほとんどが手首足首に重度の裂傷、加えて開放骨折――あっ、わかんないか? んー、そうね。簡単に言うとぐちゃぐちゃよ、ぐちゃぐちゃ。……え? うん、そうそう。圧搾機にでも挟まれたのかよ? って感じ。それでね――』
話はまだ終わりじゃない。
そんな口振りで、短くなったタバコを灰皿に押し付ける。
再びビールを流し込んでから枝豆に手をつけ、今度は神妙な表情になる。
『何より酷いのがさ。その手足を掴まれたまま、壁や床に叩きつけられてんのよ。……えっ? だからどうしたって? いやいやいや! 考えても見てよ。人間の手足を握り潰す相手が、その力で、振り回して投げるのよ? そりゃ悪夢でしょ。脱臼、筋断裂に内臓損傷、五体満足で済むかっての!」
そろそろ、ほどよく酔いも回る頃合い。鼻息荒く語りながら――でも、あの連中には丁度いい薬だったわね! と、ご機嫌でビールをお代わりするのであった。
◇◆◇
海土路造船倉庫F号倉庫。
今、タクティクス古参メンバーの一人『遠山春香』は戦慄している。
昔からよく使われる『ちぎっては投げちぎっては投げ』と言う表現がある。
一人の豪傑が複数人の敵に対して、圧倒的な強さを見せつける場面に使う言葉だ。
まさに、その表現に相応しい。否! その表現そのものと言うべき場面が彼女の眼前で展開されていた。
「このクソチビがぁ!」
「くたばりやがれっ!」
一人はグローブを装着した右こぶし。一人は両手に握った鉄パイプ。
二人が一斉に梅へと襲いかかる。
「ふん」
不敵な笑み。梅は鼻を鳴らして微動だにしない。
右こぶしが顔に、鉄パイプが背中に、ヒットした。
普通ならばこれで終わり。そのまま袋叩きの展開だ。
が、――攻撃が当たったその瞬間!
殴った者の手首が、攻撃をまるで意に介さない梅につかまれる。
「え? ぐぎゃあっ!!」
恐るべきは梅のその握力。肉がひしゃげ、骨が砕ける音が、彼女の悲鳴と共に響き渡る。
さらに。
その身体が、重力を失ったかのように宙を舞った。
梅の正面から姿を掻き消し、背後にいた鉄パイプを持った者へと激突。
「「うぎゃぶっ!!」」
潰れさたカエルのごときうめき声を上げる二人。
車にでも跳ねられたかの勢いで宙を舞い、数メートル離れた倉庫の壁へとぶつかった。
「ち、ちくしょうがああああっ!」
すぐさま近くにいたメンバーが、金属バットを振り下ろす。
滅多打ち――。
「クソッ、なっ、なんで、なんで」
なのだが、滅多打ちにしている方が怯え、後退りする。
梅はまったく怯まない。バットがどこに当たろうと平然としているのだ。
「なん――――ひっ!?」
ガシリ、梅の手がバット握る腕をとらえた。
同時に、腕をつかまれた者の身体が、垂直に浮き上がる。
「は? え? ぎゃぴいっ!?」
悲鳴と轟音。叩きつけられたコンクリート製の床に、蜘蛛の巣模様のヒビが描かれた。
次から次へ、倉庫内に悲鳴が響き渡る。
四人、五人、六人……まるで、子供が綿のつまった人形を振り回すような、そんな気軽さで梅は人間を軽々と持ち上げては、投げ捨てる!
「おらっ、死ねえ! …………ひゃぶうっ!」
ある者は壁に投げつけられた。
「くそっ、くらえっ!! …………ぎゃふべぇ!」
ある者は床に打ちすえられた。
「く、来るな、来るなぁ!! …………いやあぁぁっ!」
ある者は回転しながら、コンテナの山に突っ込んだ。
「もう何も怖くない――――!」
また、ある者は勢いよく首から天井に突っ込み、ぶら下がった。
「なんで攻撃が効かないんだよ……」
「ありえない……人間を片手で……」
打たれ強いとか、そんなレベルを超えている。
腕力があるとか、そんなレベルを超えている。
理解不能の光景。
攻撃しても掴まれる。むしろ、攻撃したら掴まれる。
ならば、逃げるか? ――いや、逃げ場すら無い。
「ひいぃ……やだぁ、やだよう……」
自分も同じ運命を辿る。遠山は確信する。
助けを求めるために、先ほどから震える指先を必死に動かし、ずっとスマホを操作している。
しかし、恐怖と涙で前がまともに見えない。操作もままならない。
絶望で目の前が真っ暗になった。――その時。
突如、出入口付近から爆発音が響き、全員の視線が集まる。
見れば、封印されていた扉は歪み、閂と留め金は折れる寸前まで曲がっていた。
辺りには、火薬臭のする煙が漂う。
さらに、その歪んだ扉を、外側から何者かがこじ開けようとする。
数秒後。
留め金は閂ごとはじけ飛び、扉はガラガラと音を立て、勢いよく開いた。
そこへ、即座に一つの影が飛び込んでくる。
「これは、何事……ですよ!?」
現れたのは月美であった。
その服装はスーツ姿でなく、濃いえんじ色の所謂忍者装束風衣装。
鋼鉄製の手甲を両腕に、胸当てと脛当ても装備している。
さらには、梅によって封印された扉をこじ開けるのに使ったのは炸裂玉。
さすが自称忍者の末裔、と言ったところだ。
「みんなどうしたのですよ…………んなぁっ!?」
倉庫内を見渡して、月美は絶句する。
それも当然。
床や壁、コンテナの上、あげくに天井。あちらこちらで、仲間たちが悲惨な姿をさらしていた。
「いよう。メガネチビ」
「チッ、チビ猫!?」
その中心部に立っているのは梅。待ってましたとばかりのご機嫌な素振りだ。
「へっ、ナイスタイミングじゃねえか? ちょうど身体もあったまってきた頃合だぜ」
「チビ猫! お前……何をしたですよっ!?」
「ああん? 何もクソも、てめえらが俺をパーティーに招待してくれたんじゃねえのかよ? ……ま、強いていやあ、男を泣かすようなクソ女どもに、きっちり気合を入れてやった。てとこか?」
梅はごきごきと首をならす。
両手をポケットにつっこみ、不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと月美へと近寄る。
そこで、背後から遠山が悲鳴のような叫び声をあげた。
「つ、月美さぁん! コイツやばいッス。ほんとマジでやばいんスよぉ! は、早く、万里さんと、花美さんをぉ!」
「春ちゃん。もう万里姉と姉者は、主様を連れてこっちに向ってるですよ。てか――」
ガチンっと胸の前で拳を合わせ、手甲を鳴らす。
「その前に月美が、このチビ猫を泣かしてやるですよ! このために一人で先に来たのですよ!」
そう言うや、月美はスッと左腕を突き出す。右腕はやや下がり気味に、脇腹近くで拳を作る。
迎撃の構え。月美の戦闘スタイルはカウンター。手甲を駆使して、相手の攻撃を受け流し、その隙をつく近接格闘術だ。
「はっ! なかなか面白そうじゃねえかメガネチビ。じゃあよ、今日初の攻撃だぜ。一発で終わるなよ?」
「「「へっ!?」」」
まさかの発言。遠山以下、無事だったメンバーたちが凍りつく。
そう、梅にとって、今までのやり取りは攻撃ですらなかった。
ただ攻撃を……いや、近づいてきた相手を捕まえ、力任せに投げ捨てただけである。
「ふん! そんなのハッタリですよ。すぐに泣かせてやるですよ!」
「ハッ、そうかよ。いくぜっ!」
すぐさま梅が床を蹴る。コンクリートのそれがヒビ割れるほどの蹴り足!
「んなあっ!?」
予想外のスピード。一息にして懐に入られ、月美は驚愕する。
「おらっ、くらえええっ!」
ところが、攻撃はお粗末。梅が繰り出してきたのはテレフォンパンチとも言える乱暴な右拳。
ぬるい! ――ならば、左の手甲で捌き、右でカウンターだ。
月美の脳裏に瞬時に浮かぶ対応。
――――ゾクリッ!?
しかし、強烈な悪寒が背筋を襲った。
「くうっ!」
直感を信じる。とっさに上半身を後ろに反らして身をかわす。
空を切った梅の拳は、すぐ横のコンテナへと向かった。
これはカウンターを入れるまでもなく自爆! 月美はほくそ笑む。が、――――。
聞いたこともない金属音が響いた!
まるで、コンテナが粘土細工。自爆どころか、めり込んだ梅の拳を中心にグシャグシャにひしゃげ、ついには横転する。
「うひいいっ!?」
ありえない破壊力。信じがたい光景。
月美は一瞬我を忘れてしまう。遠巻きに見ている遠山たちに至っては、腰を抜かして震えている。
数秒の空白――まずい! 致命的な隙。月美が、梅の姿を再度捉えた時にはすでに手遅れ。
「メガネチビぃ! ボディが! がら空きだぜ!」
間合いを詰められ、梅の左拳が、右脇腹に向かって迫ってくる。
「しっ、しまっ――」
死ぬ。あんなでたらめな馬鹿力の攻撃を喰らえば、死んでしまう。
顔面蒼白となる月美。
「――――ちっ!」
だが、当たる! と覚悟した瞬間。梅が攻撃を中断して飛びのいた。
「え?」
遅れること、コンマ数秒。月美の足元には、梅を狙ったであろう苦無が三本突き刺さっていた。
「妹者無事か? ふむ、万里氏の予感が大当たりじゃったのう」
「急いで来てみりゃ、ふぅん……なるほどねぇ。こりゃあ、ただのオチビちゃんで無かった……てトコだねぇ。はっ、お嬢様もやってくれるじゃない!?」
「姉者! 万里姉!」
現れたのは万里と花美、それと後ろの影に主の計三人。
少し前、遠山が混乱の中で操作していたスマホ。それが運よく万里に不在着信を残していたのだ。
「ひいいっ、な、何これぇ? ひいいっ、なんでぇ? あひえええっ!?」
恐る恐る倉庫内を見渡した主が、メンバーたちの惨状を見て腰をぬかす。
「おらぁ! 無事な連中は下がって主坊ちゃんについときなぁ!」
「「「へ、へい!!」」」
素早く指示を飛ばす万里、かたや、梅は手を止めて余裕の態度。
こそこそと、近くを通り抜けようとしている遠山たちに目配せをする。
「「「あひいいいいいいっ!」」」
それだけで悲鳴をあげ、身を震わせる彼女らを横目に、梅は腰に手を当て、もう一方の手をひらひらと振った。
「んだよ、何びびってんだ。情けねえ……あー、行っていいぜ。てめえらにもう用事はねえよ。そっちのお坊ちゃんには、さらになんの用もねえしな……」
もはや雑魚に興味なし。
待望の獲物登場に、喜びと興奮を隠しきれない。梅の血に飢えた猛獣のごとき眼光が万里たちへと突き刺さる。
「へへっ、待ちわびたぜデカ蛇女! おらっ、さっさっとかかって来やがれ! てめえらまとめて、インスタ映えするオブジェに変えてやんよ!!」
「はっはぁ! 言うねぇ……オチビちゃん。じゃあ、楽しませて貰おうじゃない!!」
「抜かしおる! わしらを余り甘くみるでないぞ!」
月美と同じ忍者装束風衣装の花美。アーミースーツを着込んでいる万里。
二人が戦線へと加わった。
◇◆◇
――時間は少し巻き戻る。
春日湊のMaps駐在所では、深夜子と五月が何やら相談中である。
「それにしても……大和さんには困ったものですわ。まさか、通信を切ってしまわれるとは……本当に大丈夫ですの?」
どの道、音信不通のまま、梅を放置はできない。
深夜子が単独で現場に急行。梅と合流し、その時の状況で対応は考える。
もちろん朝日は安全最優先、五月と駐在所で待機する方針で相談は進んでいた。
「んー。怒った梅ちゃんはけっこーヤバいかも。むしろ月美たちの命の危険が危ない」
「はぁ……、それはともかく時間もありませんし、お願いしますわ。深夜子さん」
大和さんを焚き付けたのは何処の誰でしたでしょうか? とツッコミたい気分の五月ではあるが、時間が惜しい。
「らじゃ、あたしが梅ちゃん迎えに行くから。五月は朝日君とお留守番を……ん? 朝日君と……あれ? ……お留守番?」
深夜子の語尾がだんだんと濁る。何やら考え込んで、動きが止まってしまう。
時間を気にする五月。不思議に思った朝日。停止する深夜子へと声をかける。
「どしたの? 深夜子さん」
「深夜子さん、どうなされまして? 時間がありませんのに――え? な、なんですの?」
深夜子は五月をじろじろと見回しつつ、考える。
この駐在所は事前の使用申請をしており、本日は貸し切りになっている。
つまりは、今から深夜子がここを出ると言うことは……。
「二人きり? ……朝日君と五月が二人きり!? …………やめた! やっぱ五月行って!」
「「なにそのわがまま!?」」
「と、とんでもない理由でごねないでくださいませっ! ……深夜子さん?」
「ねえ、五月?」
「こ、今度はどうされましたの? あの……よろしくない目つきが、さらによろしくなくなってますわよ」
詰めよる五月にもおかまい無し、それだけで人を殺せるような視線を向けると――。
「あたしが出ていった後で……」
――深夜子は一人芝居を始めた。
『朝日様。やっと私と二人きりになれましたわね。ですので、正直に申し上げますわ。本当は、大和さんも深夜子さんも、やつらには勝てませんの』
『ええっ!?』
そう言って動揺させてから、五月が朝日君の肩に手を添える。
しかも、手つきがいやらしい。
『朝日様、よく聞いてくださいませ。実は……深夜子さんは戦い行ったのではありませんの。損害賠償金の交渉に行ったのですわ』
『そ、損害賠償? え? お、お金……の話?』
『そうですの……それと、残念ながら最終的には、朝日様が一億円以上をお支払いする必要が出るかと思いますわ』
『一億!? そっ、そんな! 僕、そんな大金持ってないよ……』
ああ、なんて可哀想に!
突然の血も涙もない話に、驚き、怯えてしまう朝日君。
その背後で五月は、計画通り! とばかりにニヤリと笑みを浮かべる。
もちろん、いやらしい笑みで。
『ふふ、うふふふふ、そうですわね。それでは私が、そのお金を肩代わりして差し上げますわ。朝日様』
しらじらいセリフ!
さらには、肩に置かれてた五月のいやらしい手が、いやらしい動きで朝日君の胸元へ。
あーいやらしい。
『でも……でもっ、僕、そんな大金を……借りたって……返せないよ』
ひどい。絶対にひどい。
ついには絶望のあまり、泣きそうになる哀れで不憫な朝日君。
その耳元では、五月がいやらしく囁き、いやらしく手をシャツの中へ。
まさに外道!!
『あらあら? ご心配なさらずにぃ、そんなことはごさいませんわぁ~。あるではありませんか? 朝日様には、私にお金を返す代わりの……そ、の、お、か、ら、だ、が』
「……とかしちゃダメ」
「しますかああああああああああああああっ!!」
あまりの馬鹿馬鹿しさに、途中でツッコミを入れることすら出来なかった五月であった。
「深夜子さん。声真似うまい……」
声帯模写、のみに焦点を絞ると中々のクオリティ。実に無駄なスキルですね。
「むっ、むっ、無駄な妄想をしている暇があったら、早く大和さんの元に向かって下さいませーーっ!!」
もちろん、おかんむりの五月。
最早ここまで、力づくで出発を促すしかない。
はよいけ。とばかりに背中を押すも、深夜子はぐちぐちとしつこい。
「五月、朝日君といちゃいちゃしない留守番をよろ」
「するわけありませんでしょっ!」
ほんとにこのアホは……。
すると、そこにひょいと朝日が、割り込んでくる。
「あのさ、深夜子さん。五月さんにそうは言うけど、僕と二人でゲームしてる時って、よく――」
「ふおわああああ! ストップ朝日君。じゃ、行ってくる。すぐ行ってくるから!」
朝日の言葉に、深夜子が電気でも走ったかのような反応を示しした。
見本のようなあたふたぶりだ。
「深夜子さん? 貴女……」
「ナンデモナイヨー。スグニイッテクルヨー。ミヤコダヨー」
ひきつった笑みに、大量の顔面脂汗。
つい今しがたまでのごねっぷりは何処へやら。深夜子は逃げるように、梅の元へと出発していった。
――深夜子を見送ったところで、昼食にしようと五月が提案する。
気がつけば、すでに時間は午後一時を回っていた。
「はああぁ……これだけのことに、どうしてこの疲労感……」
ため息まじりながら、五月は手際よく弁当をテーブルに準備する。
「あはは。五月さんお疲れ様です」
朝日が慰めの言葉をかけると、すっと真面目な表情へと変わった。
「あ、朝日様……私は、少し野暮用がありますの。ですので、こちらで先にお昼を食べて、お待ちいただきたいのですわ」
いっしょに食事かと思えば、五月にしては珍しい申し出。
しかも、なんとなく深夜子による精神疲労とは別の、思い詰めたようなものを朝日は感じた。
「えっ? それなら待ちますよ。あと、何か僕に手伝えることが――」
「いえいえ。たいっ、へんっ、嬉しいお言葉ですが、それには及びませんわ。何より朝日様の為でしたら、この五月。たとえ火の中、水の中ですの! どうぞお気になさらずに、おほほほほほ」
「は、はぁ……」
やたら古典的な例えを口に出し、ごまかし気味に五月はそそくさと別の部屋へ行ってしまった。
「五月さん。どうしたんだろ……」
気にはなるが、実際に自分が手助けできることなどあまりに少ない。朝日はそれを自覚している。
とりあえずは、弁当に手をつけることにした。
◇◆◇
一方、こちらは別室の五月。
デスクの上で、祈るように両手でスマホを掲げ、突っ伏していた。
「はああぁ……。ほんっ、とうっ、に気が進みませんわっ!」
つい、口から本音が漏れる。
どうにも、相当、できれば、やりたくない。とは言え……そうもいかないのが現実だ。
目を閉じる。
気持ちを整理するため、五月は深夜子と梅にすら話していない矢地との会話を思い出す――。
『えっ? 男権が……ですの!?』
『ああ、そうだ。知っての通り、海土路造船は毎年男権にかなりの額を寄付している。そちら側からの圧力は必然とも言える』
『そうなりますと……』
『うむ。仮に、深夜子か梅がタクティクスを潰したとしても、揉め続ける可能性は否めん。海土路の社長もさすがの手練れだよ。息子のやんちゃに慣れてると言うべきか……いや、もちろん男性保護省も対抗措置を――』
『いいえ、矢地課長。私がなんとか致しますわ!』
『なんだと? 五月雨、お前何をするつもりだ?』
『ですから、その件は私に一任くださいませ。必ずや朝日様をお守りしますわ』
『おっ、おいっ、まさか? 待て! 別に私はお前にそんな――』
すでに啖呵は切った。
何よりも愛する朝日のため! 五月はこれ以上ない位に肺に空気を吸い込み、意を決してスマホを操作した。
その連絡先は……。
『はい、こちら五月雨ホールディングス社長秘書室。播古田がお受け致します』
「お久しぶりですわね、蘭子さん。五月ですわ」
『――っ!? お、お嬢様!? こ、これは、お久しゅうございます。突然このようなお電話に何を――』
「お母様はいらっしゃいますの? ……五月の、五月の一生に一度のお願いがある――と伝えて下さいませ」
五月の実家が経営する。国内でも有数の大企業『五月雨ホールディングス』であった。




