#13 説明
※注意
下ネタ回となっております。下ネタが苦手な方はご注意下さい。
――テーブルでお茶とお菓子を囲み、三人の話し合いが開始された。
「そうですわね。まず、必要なのは嫌悪感が少なくそれに関連するキーワード。朝日様にうまくお察しいただくための候補を考えましょう」
「えーと、あれか? 『精液を提出してくれ』を別の言葉でうまく言い表せってとこか?」
「んー、言い方を変える?」
五月の提案に、深夜子と梅が難しい顔を見合せながら首をひねる。
まあともかく、と三人は話を進めてみるが手探り感が強い。少しばかり沈黙が続いたところで梅が口を開いた。
「ま、あんま深く考えてもしょうがねえよな。こりゃもう適当でいいからよ。かたっぱしから候補上げてくか?」
「それもそうですわね……。それでは、例えばですが『朝日様の遺伝子をおすそ分けしてくださいませ』このような感じでよろしくて?」
「うん。そんな感じ」
「ああ、いいんじゃねえか? どんどんいこうぜ」
五月の案が皮切りになって、アレだコレだと三人で言い回しの検討がはじまった。
だが、そう簡単にピンと来るものは出てこない。
何せどう頑張ったところで、結果することは変わらないからだ。
時間の経過とともに手詰まり感は強くなる。集中力も途切れていく。
さらには話しているテーマがテーマなので、だんだんと三人のテンションは変な方向へ突き進んでしまった。
それから一時間が経過したころには――。
「コホン。それでは……ああっ、朝日様のミルクを五月に搾らせてくださいませ」
「ぶぷふっ! ちょっ!? 五月それどこのエロゲ?」
「ぎゃはははは! へ、変態かよ?」
残念。全員テンションがおかしくなっていた。
「朝日君の白いおたまじゃくしを掬いたい。あたし夜店のテクニシャン!」
「くっ……ぷっ……あ、頭悪すぎですわ」
「うひゃはははは! アホだ。アホすぎる!」
内容がこの世界で言う”女子中学生レベル”の下ネタと化している。
ここまでくるともう歯止めは効かない。三人とも健全にして健康なうら若き肉食乙女なのだ。
さらに経過すること一時間――。
「うおおおおおっ! 朝日っ! お前の元気を少しだけ俺に分けてくれ」
「ぷひゃははは! うひっ、う、梅ちゃん、それじゃどっかのインフレバトル漫画」
「それでは、朝日様。おみやげに白い恋び――」
「五月。それ以上いけない」
商標に関わるものは避けていただきたい。
「じゃあ、あたし本気出す! えーと、朝日君のその半透明で白く濃い粘液は身体の芯を疼かせる甘露であった――」
「完全に官能小説になってんじゃねーか!?」
「うくっ! ぷ……くくく……み、深夜子さん。そ、そそそれは……はひ、はひひひひひ」
「おい、ツボってんじゃねーよ! 五月」
とまあ、こんな調子で完全に間違った方向でのネタ検討が続く。
結局さらに一時間が経過して……。
「「「ダメだー(ですわー)!!」」」
ですよね。
「ど、どどどどどうしてこんなことに……恐ろしいまでに無駄な時間を費やしてしまいましたわ」
「これはまずい。てか、最終案が――」
『やあ、僕と契約して君の元気なおたまじゃくし。おっと、おたまじゃくしと言えば……そう、音符だね。音符と言えばソ、ラ、シのシは白色のシってことさ。さあ大海を泳ぐ億千万の白いおたまじゃくしを掬いだして欲しいんだ』
「――って、どういうこと?」
「俺が聞きたいわ!」
「まずいですわ……これはまずいですわ……どうしますの?」
さあ、全く案なし策なしの状態。見事に時間だけを浪費してしまった三人は焦りまくる。
どうする? こうする? ――そしてついには、誰が朝日に伝えるのか『火の点いた爆弾の押し付け合い』と言う名の譲り合いへと移行。
あっ、どうぞどうぞ。と、情けないやり取りが続くこと数分。
「あああああっ! めんどくせぇ!」
業を煮やしたのか梅が突然吠えたける。
さらには『キット』を手に取り立ち上がると、深夜子、五月に向けてビシリと指をさした。
「もういい! 俺がバシッと朝日に頼んで来てやんよ!」
「「!?」」
「ちょっと、大和さん? 突然、どうなされるおつもりですの?」
「そう。梅ちゃんヤケクソはまずい」
梅の突発的行動に嫌な予感がよぎった二人はあわてて宥めようとする。が、しかし――。
「うっせえ! こんなもんはなぁ。結局のとこストレートに伝えんのが一等早ぇんだっつーの!!」
「あっ、ちょっ、大和さん!?」
二人が止める間もなく、梅は朝日のいるであろうリビングルームへと走り去ったのであった。
◇◆◇
さて、こちらはそんな事情など知るよしもない神崎朝日さん。
最近は『クリーチャーハンター』という携帯ゲームソフトにドハマり中だ。
日本でも国民的人気の協力プレイが売りのハンティングアクションゲーム。アレにそっくり――いや、この世界版モンハンとでも言うべきゲームである。
無論、ヘビーゲーマーの深夜子は恐ろしくやり込んでおり、ニューゲームからスタートの朝日は、日々協力プレイで深夜子に手伝って貰いながら遊んでいた。
このゲーム。複数人で遊ぶ方が効率は良いのだが、ただいまソファーに寝転がって黙々とソロプレイ中だ。
すると突然、リビングの扉が勢いよく開かれた。
朝日が驚きに手を止めて目を向けると、そこには物々しい雰囲気な梅。
これは何事かと考える間もなく、さらには廊下から追いかけて来ているだろう深夜子、五月の声が聞こえてくる。が――。
「おい、朝日!!」
部屋に入って来るや否や梅が声を張り上げた。
「わああっ!? えっ、梅ちゃんどうかしたの? 僕に何か用かな?」
その剣幕に事件でもあったのかとドキドキの朝日だ。
しかし、返事もなしに梅は目の前までズカズカと近寄ってくる。
「え? え?」
勢いに押され、あたふたとしてしまう。だが、梅はそんな自分にもおかまいなし。
ソファーの手前で立ち止まると、目を閉じてバッと胸の前に何かの箱を突き出してきた。これは?
さらに、スウッと大きく息を吸い込んだ梅が……クワッと目を見開いた!
「朝日! お、俺が口でしてやっから――――」
ん? なんて? とんでもない言葉が朝日の耳に入りかけた瞬間。
「「チェストーッ!!」」
部屋へと飛び込んで来た深夜子と五月の空中クロスキックが眼前で梅に炸裂した!!
「ぎゃふうっ!?」
「ちょっ、えええええええっ!? う、梅ちゃん? み、深夜子さん、五月さん? いったい何を――うわあっ?」
突然の事態に何事かと聞こうとしたら、視界を遮るように鼻息あらい深夜子と五月の顔。これはびっくり。
「はあっ、はあっ……あ、朝日様。大変失礼を致しましたわ。ちょっと大和さんは頭が――いえ、体調が悪いみたいですのよ。オホホホホ」
「朝日君は何も聞かなかった。イイネ!」
「…………はい? え?」
あまりのありさまに朝日は二の句がつげなくなる。その隙に、とばかりに深夜子がダウンした梅を担ぎ上げ――。
「それでは失礼しますわ朝日様。ごきげんよう」
「朝日君。ではさらば、アデュー」
――五月とともにそそくさと部屋から退場していった。
「は……はぁ……ど、どうしたんだろ?」
ただ呆然と見送るしかない朝日であった。
◇◆◇
リビングに戻った深夜子たちは、さっそくとばかりに梅を咎め立てる。
「大和さん! あ、れ、で、は、ただのストレートな痴女ではないですの!!」
「梅ちゃん自爆テロ。ダメ、絶対」
勢いよく詰め寄られるも、梅は不満そうな表情を見せている。
何やら言い分があるらしく、口を尖らせぼそぼそと呟く。
「う、うっせえ……その……なんかの本に書いてあったんだよ。ああいうのが……なんだ……」
「そっ、そっ、そう言ったことは、その殿方の奥様方がすることですわあああああっ!」
顔を真っ赤にした五月が、同じく真っ赤な顔の梅にツッコミを入れる。
深夜子もその内容を察してか耳まで赤くして頭から湯気を上げている。
結局のところ。それから後も上手い代案は思いつかない。
埒が明かない、と最終的にはくじ引きで誰が朝日に説明するかを決めることになった。なんとも情けない結論だ。
――結果、運悪く当たりクジをゲットしたのは深夜子。もちろん顔面蒼白である。
しかしながら全員同意の上での結果ゆえに逃げ場無し。
意を決して朝日の元に向かうも、そこはコミュニケーションを大の苦手とする深夜子。
「え、えーと……み、深夜子さん? だから、その、この箱がどうしたのかな? ちょ、ちょっと理解できないんだけども……」
案の定、説明は要領を得ずグダグダになっていた。
「あ、あわわわわ。そ、その、この箱が、あの……提出しなくちゃいけないけど。あっ、あたし、あたしじゃなくて、朝日君にこんなのして欲しいとは思わないよ。でも、どうしても……しなくちゃいけなくて……。いや、でもね。ひ、ひぐっ……あの、嫌いになら……いで、うえっ、あっ、あたし――」
「ちょおっ!? な、なんで泣いてるの? え? てか、どこに泣く要素が?」
ついには半べそ状態で朝日に心配される始末。最終的には気を利かせた朝日が逆に深夜子へあれこれと質問を開始。
なんとなーく察して「あー、うん。そんなのもあると思ってたよ。まあ、しょうがないよね」とあっさり受け入れたのだった。
「うえええええ……あしゃひくん。あたしのこと、嫌いに、嫌いにならないでえええええ」
「だから、もう泣かないで深夜子さん。僕、全然気にしてないから、ね、ね」
朝日に慰められる深夜子の様子をこっそり伺う視線が扉の隙間から二つ。
肩透かしと言うべきか、不甲斐ないと言うべきか……ともあれあっさり決着はついた。と五月たちは胸を撫で下ろす。
Maps側リビングへ再集合して三人で一安心。――のはずだったが、深夜子だけは精神的ダメージが深刻だったらしい。
やたら低めのテンションを引きずったまま一人自室へと戻っていったのであった。お気の毒。
◇◆◇
その日の晩。
精液提出について、実際のところ本当に気にしていない朝日。すでに昼の一騒動も忘れて絶賛クリーチャーハンターをプレイ中だ。
「うわ……またクエスト失敗。んー、やっぱソロじゃもう限界かなあ?」
ひとりごちる。
そろそろソロプレイでは詰まり気味であった。さて、どうしたものかと朝日は時計を見上げる。
「あれ? いつもならそろそろ深夜子さんが手伝いに来てくれてる頃なのに……今日はどうしたんだろ?」
日ごろなら呼ばれなくてもやってくる深夜子が来ない。
どうかしたのか? いや、たまには自分の方から誘うのもいいだろう。と、一旦ゲームを終了して軽く伸びをする。
ここからガッツリ遊ぶためにはまず風呂だ。朝日は着替えを準備するために自室へと向かった。
一方、こちらはベッドの上でダウン中の寝待深夜子さん。
昼の一件で激しく消耗してぐったりである。まったく起き上がる気がわかない。
そう言えば、ここ最近は日課のように朝日とゲームをしていたのだが、さすがに今日は無理か……と自分の精神疲労状態を自覚する。
今、頭に浮かぶのはひたすら不安のみ。
朝日が精液提出を実際に行うとなった時にやっぱり嫌だと言ったりしないだろうか?
そして、その時には依頼した自分を嫌いになったりしないだろうか? あああああああ――――コンコン。
ん? 五月か梅か? 部屋にノックの音が響いた。
『あ、あの、深夜子さん。今……いいかな?』
「ふえっ、あっ、朝日君!? どうしたの。……あっ! もしかして何かあった」
想定外の訪問者にドキリと心臓がはねた。悶々とした想像をしていただけにろくでもない予感が頭をよぎる。
急いでドアを開けると、そこにはパジャマ姿の朝日。
おおっと、これは風呂上りで軽く上気したご尊顔。鼻をくすぐるシャンプーの甘美な芳香。是非ともこのままベッドへ――。
「その……お願いがあるんだけど」
「えっ!? ……お願い?」
まさか!? 本能と煩悩に緩んだ表情もおのずと引きしまる。もしや、精液提出をするのが辛くなって相談に来たのでは?
「……あの、朝日君。もしかして」
「うん。あのさ、一人じゃ無理そうなんで手伝って欲しいんだけど」
「「………………」」
ああ、なるほど。精液の採取が一人では無理なので自分に手伝って欲しいと――。
「いいいいいいいいいっ!? てっ、ててててててててててててつだうっ!?」
衝撃が頭の中を貫くとともに『手伝って欲しい。手伝って欲しい。手伝って……』朝日の言葉が木霊する。
手伝う? アレの採取を? 自分が? どういうこと!? 理解が追いつかず言葉に詰まってしまう。
「え? あ? その……」
「あれ、もしかして深夜子さん今日は無理だっ――」
「無理じゃない無理じゃない全然無理じゃない! 手伝わせて! 超手伝わせてっ!!」
人生最速の返答記録樹立。
キープだ。断る選択肢など存在しない。本能先輩と直感姉貴が頭の中でそう告げている。
「あはは……だ、大丈夫なんだ」
「もちろん! って、あっ……でも、あたしが、あたしの、あたし……で、いいの?」
勢いはしりすぼみ。そのファンタスティックなお手伝いをする相手が自分で良いのか?
つい念を押して聞いてしまう。なんせあたし処女ですから!
「え? そんなの深夜子さんでないと無理に決まってるじゃん」
ご指名いただきました。
「ま、まままままマジで? うっひょおおおお! あ、ああああ朝日君そうなの!? あたしで無いと無理なの!? キターーーーッ!! そうなんだああああああ! ふへっ、ふへへへ」
脳内でクリーチャーハンターのオープニングテーマ曲がフルオーケストラで再生される。
これ、壮大でテンションが上がるいい曲なんですよ。ハンター冥利に尽きますねっ!
「朝日君! あ、あたし頑張るから! ただ……そ、そにょうまく手伝えるかは……あにょ……」
冷静に考えると自分には少々ハードルが高い気もする。
……いや、そんな弱気ではいけない。据え膳食わぬは女の恥!
過去、数々のエロゲーやエロ動画で培った知識を活かすのだ。確かこんなシチュエーションもあったはず。
エロシチュジャンル検索をすばやく脳内でかける。
「え? うまくって、何言ってるの? 深夜子さんなら舐めプでも全然いけるでしょ」
不思議なキョドりを見せる深夜子に朝日は軽く返す。
それはもう深夜子の(ゲームの)腕前なら、手を抜いても自分の手伝いなど楽勝だろう。
「んっ、なっ、ななななな舐めプレイ!? 舐めちゃっていい? 今日の朝日君は舐められちゃう感じ? うわーお!」
ちょっと積極的すぎやしませんかね? もう深夜子のテンションはうなぎのぼりだ。
「えっ? ああ、もちろん深夜子さんの気分次第でガチプレイしてもいいよ」
「は? ――――――がっ、ががががが、ガチ!? …………うぷわぁっ」
深夜子の脳内に描写できない妄想が駆けめぐる。
限界突破。行き場を失った熱い血潮が鼻から抜け出してしまう。
一応説明しておくと、傷心の美少年が精液採取の手伝いを頼みにやってくる。すると、あれよあれよお手伝いから華麗に舐めプレイへ。そして流れるように本番フィニッシュな妄想ストーリー。
あっ、これAV企画モノで一本いけますやん。
「あれっ、深夜子さん鼻血! 大丈夫? 今日はもしかして体調が悪いんじゃ?」
「全然! 全然そんなことないよ! 良すぎるくらい健康! 健康すぎて鼻血が元気!」
言葉の意味はよくわからないが、とにかく深夜子のすごい自信に、まあいいかと朝日は納得する。
さて、自分と深夜子。どちらの部屋もゲームプレイ環境はバッチリなのでここで確認。
「じゃあ、ここですぐしちゃう? それとも僕の部屋でする?」
「すぐしちゃっ――――っ!?」
なんたる生々しい選択肢。なんたる積極性。女の理想な妄想を凝縮したかのごとき展開。ありがとうございます。
深夜子はごくりと唾を飲み込みつつ、朝日に出会えた幸運を天に感謝をする。あたし、今日、大人になります!
「ん? どうかしたの?」
「あっ、いや、なんでもない。なんでもないから。そ、その朝日君の部屋で! うん。こ、こっちだと五月と梅ちゃんの部屋近いし」
「そうだね。もう夜だし、あんまうるさくすると迷惑だもんね。僕も熱中しちゃうと大きな声出ちゃうもんなぁ」
ゲームの協力プレイに声の掛け合いは付き物ですよね。
「こ、え、が、で、ち、ゃ、う!?」
まずい。すでに会話だけで限界を向かえてしまいそうだ。
しかし、深夜子は根性で耐える。耐え忍ぶ。
この究極のクエストを失敗するなどありえない。ありえてはならない! 気を入れ直してたたみかける。
「そだ! あたしシャワー浴びて来ないと」
「あ、深夜子さんお風呂まだだったんだ? ごめんね。じゃあ、準備して部屋で待ってるよ」
「らじゃ! それはもう光の速さで行ってくる」
「あはは。もう、深夜子さんたら好きなんだから」
「ソンナコトナイヨー」
◇◆◇
その数分後、マッハでシャワーを済ませた深夜子はルンルン気分で朝日の部屋へと向かう。
ピンクな期待で胸をいっぱいにし、すでに十回はフィニッシュまで脳内シミュレーションした。
やる気満々にして万全である。
対して朝日は部屋に大量のおやつと冷えたジュースを持ち込み完了。
ノートパソコンは攻略サイトを開いた状態セット。こちらも準備万全。
そんな(ゲームを)やる気満々の朝日が待ち構えていることを深夜子は知るよしもない。
「おい、五月。さっき風呂場の前で深夜子の奴とすれ違ったんだけどよ。『あたしは大人の階段をのぼるシンデレラ~♪』とか変な歌をうたいながらスキップしてやがったけど……大丈夫かよアイツ?」
「それは何がどうなったらそうなるんですの? 深夜子さん……ついにアホにターボでも搭載しましたの?」
「さあな。ま、幸せそうだったしいいんじゃねぇか? アイツ昼はこの世の終わりみたく落ち込んでたしな」
「正直、ろくな予感はしませんが……ご本人が幸せそうなら、よろしいのではなくて?」
こうして、本日も無事朝日家の夜は過ぎて行くのであった。




