第3話「使えない魔法」
「兵士…ですか…」
なんともこの俺、下野陽には合わない職業だ。そもそも俺は政治家志望だ。文民だ。文句を言いたいが、まずは相手から情報を聞き取らなくては…
「ああ、拒否権はない。安心するがいい。君『たち』は『貴重』だからな。ただの雑兵のようには扱わない。」
アンバラ王国の王、タイタル・シドレーは言った…いくらか引っかかる言葉だ。「たち」とはどういうことか、「貴重」とはどういうことか。
「君にはまず、君自身の状況と、この国について覚えてもらうことがある。続きは、第10番魔法部隊の隊長が話す。そして君の配属もそこだ。」
そういうと、王の護衛の兵は俺を連行していった。
ここは兵舎…だろうか?連行した兵に、10分後に部屋に行けと言われた。仕方ない、情報が引き出せるなら、途中までは指示に従おう。
そして部屋に入ると、まるで教室のようだった。人数は10人ほどが、この世界と似合わない服装で…そう、俺の元いた世界の服装で席に着いている。多分転移者だろう。
俺が入ってからすぐに、誰か入ってきた。こちらはむしろ、体育会系の雰囲気で、いかにも兵士というものだった。
「私の名前は、シャルグ・ジギラ、第10番魔法部隊の隊長だ。これから、貴様ら転移者どもに兵士としての知識を叩き込む。そして、貴様…突っ立っている貴様だ。そこの席へ座れ」
高圧的な声で言った。そして「貴様」とは俺のことのようだ。まあまだ従っておこう。
「大丈夫だ。貴様ら駒が覚えるべきことはそう多くない。貴様らの虫けらのような頭でも問題あるまい。」
ふむ、説明の前に、ここでの転移者の待遇はなんとなくわかったな。
隊長は手に持った棒で教壇を叩きながら話し始める。
「まず、魔法使いはこの国のために戦わなければならない。特に貴様たち転移者は、魔女の力で確実に魔法を使える。そのため、王は貴様らに目を付けた。心優しい王は、自国の民に負担をかけないため、貴様らの力を使って軍を組織することにしたのだ!無論、私のように国のために尽くす尊敬されるべき者もいるがな!」
なるほど、極端な民族主義と言ったところか。転移者の人権を無視する点以外は合理的だ。国での王の評判はきっと高いことだろう。
「そして、貴様らは私のような優れたアンバラ国民が隊長を務める、魔法部隊に所属する!何、簡単に死なせはしない、『貴重』な戦力だからな!」
連行された理由はバッチリだ、エルトはこうやって転移者を集めるために動いているんだな。
「貴様らにこの国と身分制についても教える!まず、この国は王の絶対的な支配のもとで成り立っている。しかし、決して王は『人間』をないがしろにしない。素晴らしい王だ。その下には我々のような軍人がいる。そして、貴族もいるが…中には貴族が上という連中もいるが、この国に尽くす軍人の方が上だろう!そして庶民がいて、貴様らは最下位だ!」
「テンション高いねぇ。」
隊長の説明の後、小声で隣から話しかけられた。しかし、そいつは即座に見張りの兵士に叩かれていた。
「ふむ、貴様らにこれ以上話す必要もないだろう。貴様らが生きるのは戦場だけだからな。20分後、外へ出て魔法の教導を始める。ひとまず解散だ。」
大した説明もしないのに、狭い所に集めるなよ。
特に準備はなかったが、外に出た。まずは魔法の使い方を教えてくれるらしい。流石に「貴重」なだけあり、最大限にコキ使うようだ。
「まず、魔法の原理は貴様らが知る必要はない。ただ使い方だけ覚えろ。簡単だ、魔法を頭でイメージするだけだ。そうすると、魔法が出る。体から出てくる感覚だ。ほとんどの魔法は体を通して出てくる。こうやってな!」
1人遅れてきた転移者がいた。そいつに向かって炎を、放射状に向けて撃った。当たってはいなかったが、威嚇には十分だ。熱も伝わってきた。本物らしい。
「人によって適正はある…できないと言ってもやらせるがな!まずお前だ。そこから順番に教えてやろう。適正の診断もする。ああ、先に言っておくが、この魔法はそう…貴様らのいう『漫画』などのようなものではない。脳に大きな負担をかける。強力なほどだ。しかし、その負担も感じ方に個人差がある。私のような選ばれし軍人はいくらでも使える。」
意外と丁寧だな。そして、魔法についても少しずつ分かってきた。ちなみに俺は順番は最後だ。
続々と、皆いとも簡単に魔法を使っていく。水、冷気、炎、雷、風、砂…様々なものがある。だが、基本的にフィクションのように、指向性を持たせることは非常に難しいようで、基本的には体から出たものは拡散してしまうようだ。かろうじで水が一番扱いやすいようだ。そして中には指向性を持たせられる者もいたが、かなり疲れていた様子だ。もしかしたら、その分の想像力が必要で、脳の疲労も大きいのかもしれない。
「最後はお前だ。さあ、ふむ…まずは火を出してみろ。私がやったようにだ。」
イメージだ…イメージしろ。やってやる義理はないが、練習はしておくべきだ……出ない。想像力がどんなに弱くても、ある程度は大抵出ると途中で隊長が言っていたが、俺は例外か?
「魔法、出ませんが…」
「貴様…真面目にやれ!王が貴様らを殺すことを許さないからといい気になるなよ…っ!」
「いや、本気で出ませんって。あ…思い出した。俺、魔女から珍しい魔法で、『精霊魔法』を使うのだと言われました。」
そうだった。おそらく、今まで皆が使っていたものとは別物だということだろう。
「貴様、そうやって魔法を使えないと言い張って逃げるつもりだな!ふざけるな!」
大体予想はできていたが、言葉が通じないタイプらしい。
「貴様には今晩、独房での就寝を命じる。もし次に魔法を使わないことがあれば、今度こそ処分する。王の作った制度に感謝するのだな。」
なるほど、やはり下手に手出しはできないということらしい。どうなるかと思ったが、とりあえず体の心配は必要なさそうだ。
俺を怒鳴り散らした後、隊長は場所を変えて戦闘についての説明を始めた。
「貴様らが相手をするのは、主に魔物だ。元々は一般的な『生物』だったが、魔石が体に付いていて、人間を襲うようになっている。その魔石を破壊すれば元に戻る。あるいは、さっさと体を壊してしまってもいい。」
どうやら、他の兵士が魔物を持ってきたようだ。実演するつもりのようだ。狼型だろうか?そもそもこの世界の生物は俺の世界と同じ姿なのか…?
酷い…石を壊した後に、意味もなく殺すまで実演して見せた。そして、魔法だけでなく剣で刺しまくっていた。
「このように、剣や弓も有効だが、魔法が一番だ。貴様らが集められたのはそのためだ。」
悔しいが、完璧な実験だ。そして、どうやら俺以外は実際の訓練もするようだ。訓練期間が短くて済むのも魔法使いの特徴らしい。
実践訓練の後も、一通りの説明などが終わった後、転移者たちは割り当てられた部屋で寝ることになった。しかし…まさかいきなり明日が実戦だとは…。それはもう嘆いても仕方がない。ちなみに俺はちゃんと独房だ。他の奴らは相部屋だが、俺は独房の方がマシだから好都合だ。それにしても…自衛のためにもやはり魔法は欲しい。精霊魔法というのは、どうやって使うのだろうか。
独房の中は意外と快適だった。もう遠征の準備が始まっている。部屋の中には紙切れが入っていて、集合時間が伝えらていた。残念ながら、ここからの脱出はできなかったので、ついていくしかない…さて、俺はどんな酷い目に合うのだろうか…
今回も説明重視です。物語が大きく動くのは次からとなります。