第2話「詐欺はどこにでも」
しかし行くアテもない。転移で最初にいた場所へ行くのもいいが、ここは草原を突っ切ろう。完全に勘頼りだ…俺らしくないかもな。おや?あれは人が乗った馬…のようなものだ。遊牧民だろうか?この世界ならまだ健全ということもありえる。声をかけるのは面倒だが、野垂れ死ぬよりマシだ。
「すみません、ちょっと助けてもらえませんかー。何も分からない状態なんです、話だけでも!」
つい日本語で話しかけてしまった。魔女相手では興奮していて気づかなかったが、そもそも日本語が通じるのだろうか?
言葉が通じたかは分からないが、近寄ってきた。どうやら気づいてはくれたようだ。もしかしたらこのままゲームオーバーもありえるが、とにかく期待するしかない。
「もしかして、転移者の方でしょうか?私はアンバラ王国の転移者管理官、エルト・アークラと申します。あなた方転移者の保護をしています。」
俺の世界なら20代半ばぐらいのイケメン男性だ。白人のような外見だ。言葉は通じているか分からないが、少なくとも相手の言葉は違和感なく完璧に聞き取れる。
「それは随分と都合がいいですね。しかし確かに、それぐらいでなくては、あまりにも人権無視が過ぎるというものです。」
「そうですよね!本当に魔女ってのは勝手な奴です。実は私も転移者なんですよ。」
転移者仲間か。どうやら言葉は通じているようだ。日本人だったのだろうか?
「その見た目…アジア系、日本人ですか?日本に行ってみたかったんですが、母国のフィンランドからは全然出られなくて…。」
「フィンランド?何故双方とも言葉が通じているのですか?」
「それはこの世界の魔法の影響です。転移者関連の物事を円滑に進めるために、魔女が魔法によって言葉の壁をなくしているのですよ。」
なるほど、原理は分からないが、とりあえず納得できた。しかしまだまだ疑問はある。彼の答えが正しい保証はないが、ひとまずこの人の良さそうな人物に質問をするしかない。
「さて、色々と聞きたいことはあると思いますが、私と一緒に来てもらえませんか?私たちと同じ転移者もいます。道中で疑問にできる限りお答えします。」
さて、彼に従ってもいいものか。まあ他にアテはない。行こう。
「分かりました。その提案を飲みます。」
「それでは、私の手を触ってください。魔法で王国までは移動します。この馬に2人は乗せられませんので。」
納得…いや出来ない。それで道中に話をできるか…それもある。しかし、何よりも…
「それでは何故、ここに来るときは魔法を使わなかったのですか?」
「ああ、それも疑問ですよね。いや、魔法についてのこと全般が疑問でしょう。一言で言うと、ゲームとは違うってことです。この世界の魔法は魔力の消費だけでなく、脳に大きな負担をかけます。そのため、連発すると、脳が疲労してしまうのです。特に今から使う転移魔法は、大きな力を使いますので。」
「ありがとうございます。魔法も不便なんですね。魔法についてもまだまだ後で色々と聞きたいです。」
この人も魔法を使えるらしい。これで色々と説明をしてもらえそうで一安心かな。
「ええもちろん…しっかりと説明させてもらいます。この世界のことも、魔法のことも…ね。」
一瞬、彼から黒いオーラが出た。ここで離れるのも手だが…やめておこう。
「あ、それから…出来れば敬語もやめて欲しい。もう友達だし。」
「敬語?分かりました。いや、分かった。エルトさん…いやエルト君。そうだ、忘れていたが俺の名前は下野陽…陽って呼んでくれ。」
日本より平等だってことだろうか?それとも、単純に俺と反対側の人間だってことか?そうだとしたら、できれば関わりたくないなぁ…。
とにかく、転移魔法によってアンバラ王国に来た。正しく「ファンタジー」という風景が広がる。
「どうかな?本当にファンタジー世界みたいだよね?僕もあと500年は早く生まれれば、ヨーロッパで見られたかもね。」
「建物もそうだが、やっぱり服装に感動するな。俺たちの世界…特に日本では女性のファッションは独特だったからね。俺としては色気も可愛げもない服も多かった…。」
まったくだ…やっぱりこういう服装は素敵だ。ドレスもそうだが、一般人女性の服装もとても可愛らしい。まあ俺がゴシック趣味なだけだが…。男性に関しても、チャラチャラしてないのが好感が持てる。
「これから…見えるかな?あそこの城に行くんだよ。転移者管理局は国立だから。」
「城か…ますますファンタジーだな。いや、建物としては嫌いじゃないが、やっぱり政治体制は絶対王政や貴族制だったりするのか?」
つい重い質問をしてしまった。こういうのは、興味がない人は徹底的に興味がないから、これから気を付けないとな。
「そうだね。王が一番の権力者で、その下に貴族専用の議会がある。王の力が弱まると、議会の発言力が高くなって、力関係が逆転することもあったらしいよ。今は王の力が非常に強い時期だね。」
面倒な質問にもきちんと答えてくれた。ありがたいことだ。しかし、そういう政治体制ということは、やはり庶民は虐げられることもあるかもしれない。この国で暮らすことになったらどうしようか。
「着いた。ここの城門から入るんだ。さあ行こう。」
どうやらもう着いたようだ。結局あまり質問の機会がなかった。どうやら、城についてから、色々と教えてもらえるらしいが…。
「転移者管理官のエルト・アークラだ。転移者を連れてきた。通してくれ。」
エルトの声に反応して、メイドのような服装の女性が来た。どうやら、部屋で控えていうことらしい。
「それでは陽君、王との謁見の準備が整ったらまた呼びに来るから、しばらく部屋で休んでいてよ。何か用事があれば、このメイドに申し付けて。」
そうして部屋に案内された。しかし、部屋の中にメイドさんが一緒というのは、何とも…とにかく落ち着かない。ちょっと恥ずかしい。あと…やっぱりメイド服可愛いなぁ…この服をデザインした人は天才だ。ふくらはぎまでのフレアスカートに、白いソックスが見えている。さっきひらりとめくれたときに見えたが、白のサイハイソックスだ。上はエプロンにベストにブラウスとリボン…体が綺麗に見えるようにできている。
「あのメイドさん?その女性と2人きりでってのは落ち着かないので、用事があるまで他の場所にいてくれたらいいなって…あ、面倒ならいいんですけど!」
うぅ…こういうこと言うだけでも恥ずかしい。できるだけ顔に出さないように努力しているけど、やっぱり顔が熱い!
「はぁ…陽様がそうおっしゃるなら、分かりました。では、この扉を左に曲がった突き当たりにある厨房にいますので、用事がある場合は、この魔法の呼び鈴を鳴らしてください。私にだけ聞こえるようになっています。」
不思議そうな顔で願いを受け入れた。あ、その前に、いつまでも「メイドさん」では区別がつかないから、いつか不便になるかもしれない。名前を聞いておこう。
「あの、良かったらお名前を教えていただけませんか?」
「よろしいですが、なぜそのようなものを?あ…申し訳ございません。陽様はまだこの世界に来たばかり…この世界のメイドはただの下女であって、空気のようであり名前で呼ばれることもあまりございません。また、姓もありません。すみません、客人の前で長々と説明を…。私の名前はナタリーと申します。」
なるほど、この世界、少なくともこの国でのメイドの立場は非常に低いということか。それなら、今の不思議そうな顔も、出て行けと言った時の不思議そうな顔も説明がつく。
「やっぱり気が変わりました。ナタリーさん、良かったら一緒にお話してくれませんか?この世界ことも聞きたいですし、俺の世界のことも良かったら聞いてくれませんか?」
「陽様の申し出を断ることはできません。しかし、私などと話をして楽しいのでしょうか?」
まあ、そう答えるのは予想通りだ。さて、どう答えれば正解かな…。
「ナタリーさんがする話を聞きたいんだ。それに俺はこれでも人を見る目はあるつもりだ。貴女に興味がある。貴女じゃなきゃダメなんだ…」
あ、俺としたことが勘違いさせるようなセリフを…。しかし、彼女の顔は変化がない…いや、僅かに微笑んだ。
「陽様…。お優しいのですね。私なんか…いえ、このような言い回しは貴方を不快にさせるものですね。ありがとうございます。私もお話したいです。」
まっすぐ、目を見つめてきた。身長は俺より2cmほど低い。顔は10代後半ぐらいか。さっきまで恥ずかしくて見ていなかったが、とてもお淑やかで愛嬌があるが、目は凛々しさがあって、強さを感じさせる。赤色の髪のポニーテールが揺れる…Eカップほどの胸を揺らしてて見つめている…。その目に吸い込まれそうだ。
「陽君!あと15分ほどで謁見の時間だ。急で悪いけれども、準備してくれ。あ…」
あ…いい雰囲気のところでエルトが来た。邪魔された…とは思わないが、結局まだ話ができていない。
「えっと…誤解しないでくれよ?あ、いやナタリーさんに魅力がないって意味ではない!ただまあ、そのちょっとね…」
「陽様、大丈夫です。罰などがあれば私が受けますので。どうぞ、ご準備なさってください。」
「あ、ああ…えっと、あ、お手洗いどこかな?」
とりあえず困ったらトイレだ。顔も暑いし…
トイレは快適だった。洋式の水洗だ。中世ヨーロッパのイメージとはかけ離れている。こんなにしっかりと上下水道が通っているとは思わなかった。さて、部屋に戻ったが、どうやらエルトとナタリーが話しているようだ。ナタリーは…「メイドの分際で」と注意されている。エルト…彼はこの世界に染まってしまっているということなのか?幻滅してしまうな。
さて、エルトと共に王に謁見するための部屋に入った。その前に、ナタリーが「次に会ったら今度こそ話をしよう」と言って手を小さく振ってくれたことは忘れない。自分の命令なのだから、ちゃんと遂行させる義務がある。
なるほど、わかりやすく王座に座っているのが王様だな。
「転移者管理官エルト・アークラ、転移者である下野陽を連れてまいりました。」
「うむ、ご苦労。お主も染まってしまっているな。まあ仕方ないだろう。私の名はタイタル・シドレー、この国の王である。早速だが下野陽、君に兵士としてこの国の礎となってもらおう。」
そうかい…王の意味深な言葉も、エルトの言葉も合点がいった。やはりロクなところではないな。さて、俺はこれからどうなってしまうのか…
第2話です。基本的に話は動きがあるように仕上げていきます。しばらくは平和なパートはなしかもしれませんが、重くなりすぎないように気をつけていきたいと思います。本編までもうしばらく我慢を…