第12話「風精降臨」
遊牧民の調査ということで、草原地帯に行くことになった。しかし、今日は日が出てるな。俺は太陽に弱いから、こういうのは勘弁してほしい。そんなことを考えている内に、俺の付き人らしき2人を見つけた。
「貴方が下野陽様でしょうか?」
2人いるうちの男の方に話しかけられた。さて、ふざけずに、ここは正直に答えておくか。
「ええ、俺が下野陽です。まあこの仕事の間、よろしくお願いします。」
まあ一応丁寧に対応することにしよう。
「この度、陽様に付き添わせて頂きます、私はイザリオと申します。」
「私はガエリオと申します。」
男性らしき方がガエリオ、女性らしき方がイザリオというらしい。
「まあ、できれば対等な仕事仲間として対応してもらえるといいんですが…。」
俺は基本的に、へりくだられるのが嫌だ。そもそも過剰な上限関係が嫌なのだ。言葉があまりにも丁寧だと、俺がそれを強いているように見えて不愉快だ。
「分かりました。それでは陽さん、向こうの馬車に乗って出発します。あと20分ほどですので、それまで準備をしていてください。詳しい調査の説明は馬車の中で行います。」
馬車の中で…か。できれば準備段階で説明して欲しいが、まあいい。ただ1つ疑問がある。
「馬車の人は国の…いわゆる公務員なんですか?調査がバレてもいいものならいいですが、そうじゃなくて、かつ馬車の人が民間人ならあまりよろしくないのでは?」
そう、俺なんかに大して簡単に丁寧に接する相手は一応警戒しておいた方がいい。それになんとなく嫌な予感がする。本当にはこんな非論理的な考えはしたくないがな。
「もちろん、彼も関係者です。ご安心ください。」
「公務員」という言葉が上手く伝わらなかったかもしれないな。しかし関係者ねぇ…そういうのもまあいないことはないか。
馬車で調査についての詳細が伝えられることになった。
「まず陽さんは、どの程度この世界の遊牧民について知っていますか?」
確かソレイユからいくらか話を聞いたこともあったな。
「基本は遊牧民らしく、草原地帯を転々として、肉や革を各国に売っていると聞いてます。」
「その通りです。しかし、ここ最近では遊牧民の分裂が起こり、その一派が他の遊牧民を攻撃しているのです。」
ふーん…まあ確かに俺の世界でも遊牧民がすべて仲良しだった訳じゃない。イザリオの言ったようなことはあり得るだろうな。そしてその問題点は…
「その問題点は、肉や革の流通が途絶えること、そして地理的に俺たち転移者が訪れる森と隣接するため、転移者がイザコザの危険にさらされること…といったところか。」
「完璧です。陽さんには、その原因の調査をして、解決法を提案してもらいたいのです。方法は問いません。」
方法は問わないと来たか。要するに、物騒な方法でもいいってことだな。いや、むしろそれを推奨されているのか?ガエリオの口ぶりはそうも聞こえたが、まあこれは邪推だろう。
「計画の方ですが、まずは元々の主流だった共生派の集団の話を聞き、次に分離した過激派の話を聞きます。その後に帰ります。」
スケジュールが決まってるんだな。だが、あまりにも調査が短時間というのが気になるな。そんな短い間で何が出来るのか。そして、行先の順番も決まっているし、どうやらあまり多くのグループには聞かないようだ。
馬車で説明から1時間後には共生派の遊牧民のリーダーと接触した。
「遊牧民の分裂についての調査で参りました。よろしければ、それについてお聞かせください。」
まずは情報を引き出そう。
「分裂でしょうか?ああ、はい。確かに最近他の遊牧民から襲われたり、家畜の献上を要求されることがあります。」
優しそうなリーダーは「分裂」という言葉に少し疑問があるようだ。まあ無理もない。この反応で何かを判断する訳にはいかないな。
「ありがとうございます。それで、その遊牧民たちの目的等は分かりますか?どうして急に貴方方を襲うようになったのか。」
できるだけここで情報を引き出そう。
「いいえ、それがまったく話を聞かない様子でして…。」
「分かりました。それではその遊牧民と今から接触してきます。」
「ちょっと待ってください。危険です!」
そりゃあ危険だろうな。「過激派」なんて俺たちは呼んでいるくらいだからね。
「まあ仕事なので、死なない程度に頑張りますよ。」
「せめて、うちの馬を1頭持って行ってください。それで少しは話を聞きやすくなるかも…。」
「ありがとうございます。是非好意に甘えさせていただきます。………絶対に貴方たち遊牧民を救って見せます。」
そう、遊牧民同士の争いから…あるいは、それ以外の陰謀から。
馬を1頭引き取りに行った。何やら奇妙な像があるな。これは何だろう?イザリオとガエリオが事情を話す間に俺は像を観察していた。
「気になりますか?それは遊牧民の間で信仰されている…といっていいかわかりませんが、まあよくある像なんです。なんでも風を司るとか…。」
なるほど、まあファンタジーじゃありがちだな。ん…?何か人間以外の者が見えるな。
『僕は風の精霊ヴァン。貴方が僕のマスターですか?』
緑っぽい雰囲気の男性型の何かに話しかけられた。雰囲気としては好青年…といったところか。俺とは真逆だな。さて、周りに怪しまれないように脳内会話するか。ただ脳内会話はちょっと疲れるんだよな…。
『それを決めるのは俺なのかな?良ければ力を貸してくれると、それはそれでありがたい。』
精霊相手にだけ最初からタメ口になってしまうのはなぜだろう?そして精霊ってのは皆人間に尽くすものなのか?そんなことを考えながらも、簡潔に意思表示をした。
『はい、もちろん。』
あっさり了承された。本当に何か目的とかはないのかな?
『冷気の精霊もいるんだが、なんでこうあっさりとしているんだ?』
『うーん…やっぱり精霊ってのは結構暇なんですよね。やることは自然の管理なので。それも人間が多少自分でやったりもするから、僕たちは作られたのはいいけど、本当にやることなくて…。』
この世界の精霊は「作られたもの」なのか。
『しかし、もし悪事にばかり精霊の力を使うものがいたらどうする?そんな人間にもあっさりと力を使わせてしまう可能性があるんだぞ?』
そうだよ、これが一番の疑問だった。
『それは大丈夫です。僕たちは付き従いはしますけど、嫌な指示には従いませんから。まあその基準は精霊によってマチマチですが、基本的に破壊的な性格の精霊はいませんね。ただ、ある手順を踏めば…あっ、これは内緒でした。』
そうかい、とりあえず安心かな。しかし、その手順が気になるな。
『それをやると、強制的にコントロールできるとか、そういうことか?』
『まあそんなところですね。その手順を教えるのは、本当に選ばれた人にだけです。』
急に真剣そうな声に聞こえた。
どうやらイザリオとガエリオは家畜を連れてくることに成功したらしい。
『あ、もうお話はおしまいですね。最後に僕の能力は、風を吹かせること、それだけです。しかし、その勢いや規模はマスターが調整できます。上限はマスターの魔力次第ですけどね。』
なるほど、俺は果たしてどこまで出力を出せるのか。そして、どこまでを使うことがあるのか…。
やっと2人目の精霊の登場です。別にハーレムものとかにする気はないので、普通に男も女も登場する世界です。精霊の設定はあまり本編には絡みませんが、まだ開示されていないものも多くあります。