第11話「2人の太陽(中)」
ソレイユが扉を開けて俺の借りている部屋に入ってきた。流石にドレスからは着替えたようだ。しかし、旅の途中で来ている服とは違うものだ。
「ごめんね、ちょっと大事な話があるから、外にでも出ない?派手じゃないけど、結構庭は綺麗なの。」
「いいけど、お姫様ってのはそんなに自由に動けるものなのか。」
「敷地内ぐらいは大丈夫よ。」
心を落ち着かせるために、下らないことを言ったが一蹴された。
庭に着いた。なるほど、あまりよく見ていなかったが、確かに美しい庭だ。
「そこの椅子にでも座る?むしろ立ったままの方がいい…?」
ソレイユもどうやら落ち着かない様子だ。そしてこの雰囲気、やはり愛の告白という奴か?まあそんな甘いことがあるかは分からないが。
「いや、ここはやっぱり勢いに任せた方が…。」
独り言漏れてるぞ。まあ面白いから敢えて言わないけど。
「はぁぁぁ…。陽、私と結婚して!」
そういう展開も予測はしていたが、いざ言われると困惑するな。だがソレイユも必死だ。ここから説明もあるだろうし、落ち着いて話を聞こう。
「とりあえず話を続けてくれ。多分その先があるんだろう?」
言葉の選択にあまり自信はない。こういうのは初めてだから仕方がないだろう。
「うん…。私はちょっとだけだけど、陽と一緒にいて、色んな話を聞いた。そこから、今まで出会った人の中で一番私と一緒に国を背負っていくのに相応しいと思ったの。」
ふむ…確かにそういうタイプのヒロインは結構見る。ありえなくはないだろう。戦略的な結婚、この世界ならあっても不思議じゃない。ここの王は誠実だから、あまりやりたがらないだろうけど。そしてまだ情報は不足している。落ち着いて俺からも話を聞きださなければならない。しかし、色々考えすぎるのもあって、正直俺も正気ではない。どこまで上手くやれるか…。
「まずその考えは自分のものか?」
「うん。私が考えた。誰かから言われたことじゃない。」
思った通り。そうだろうな。
「次に、親子揃って俺を過大評価しすぎだ。」
「そんなことない。私はパパの目も自分の目も信じてる。」
信じ切っているなら言っても無駄だな。
「それに陽、別に今すぐって訳じゃなくてね。あくまでも許嫁ということで…。」
「それはいい。ところで、そもそもこの国では結婚は必須なのか?」
「陽の世界じゃ結婚しないってことはそんなに多いの?」
絶妙なところを突いてきた。
「別に独身でも何かを成し遂げることはできるって言いたいんだ。むしろその方が身軽で動きやすいこともある。」
俺だったら、そうやって夢を実現する。
「でも陽は私の力になるよね?私には陽が必要なの。この国の国民のために。」
「でも俺は時が来れば元の世界に帰るつもりだぞ?」
「それでもいい。ちょっとだけでも私に力を貸して欲しいの。」
頼られるのは嬉しいが、流石に失礼だな。要するに愛はいらないというつもりか。それはそれでプライドが傷つく。そろそろキツイ言葉を言った方がいいか。
「もちろん勝手なのはわかってる。それでも無理だと分かってもお願いしてるの。だからせめて、私は陽に愛されるように努力するし、生活だってもちろん不自由ないようにする。お願い…!今すぐの返事は無理でも、せめて考えておいて!」
ふと顔をよく見たら泣きそうな表情だった。それでも気迫が伝わってきた。それに勝手だってことはちゃんと理解しているようだ。正直俺はかなり狼狽えている。
「お願い、考えておくだけでいいから!」
まだ追い打ちをかけてきた。
「ごめんね。本当に…今日のところは自分の部屋に戻る。またこのことは今度話し合わせて…。」
そういうとソレイユは宮殿に戻っていった。
俺はクールダウンするために、とりあえず近くの椅子に座った。あ、よく考えたら重要なことを聞いてない。そもそも彼女に俺への愛はあるのか。好意はあるように見えるが、セクシュアルな感情はあるのか。聞いておくべきだった。それもあるというならば、俺だって考える気になる。まあでも、あくまで俺の予測だが、ソレイユは俺のことが好きだと思う。確証が持てないから、俺は何もしないが。いや、確証が合っても気づかないフリをしてしまうだろう。俺はそこまで強くない。昔もそうやって相手の愛に気づかないフリをしてきた。
色々考えて、結局答えは出ないままだが、まずは寝ることにした。いや、正確にはまずは俺への愛があるか聞くべきだが、そんな恥ずかしいことは聞けないという結論になった。もしも似た機会があれば、今度はちゃんと俺は質問すべきだ。
朝が来た。この世界の住民は結構早起きなようだ。そういえば、設置されている時計から時間に関しては現代日本と同じだと分かる。まあ俺の腕時計は電波的にやはり動かないから分からないが。
ところで俺はこれから何をすればいいんだろうか。政策秘書として雇われて、詳しい話をと言われても、いつその話はするのだろう?少なくとも、この部屋からあまり勝手に出るべきではないよな。まあ声がかかるだろうから、少し待つか。
そう思っていたらドアを叩く音が聞こえた。音的に聞き覚えがある。やっぱりソレイユか。寝癖がついてるし、服が乱れている。
「そういう仕事は使用人がやるものじゃないのか。」
昨日のことが気にかかるが、とりあえず平静を保とう。
「陽は恥ずかしがり屋だから、私が来た方がいいかと思ったの。それに、パパはあんまりそういうの雇いたがらないから。」
ソレイユは昨日のことはあまり気にかけていないのだろうか。かなり冷静だ。やはり俺のことそのものはどうでもいいということか?それはとりえあずいい。
「じゃあせめて自分の恰好は整えてくれ。髪もぼさぼさだし、服も何て言うか…目のやり場に困る。」
まったく何て格好だ。しかしソレイユそのものは可愛すぎるため、目のやり場に困りつつもチラ見してしまうが。
「陽になら1回もう見られたもん。」
「回数の問題じゃない!」
流石の俺も声を荒らげた。悪い奴に引っかかったらどうするんだよ。
「まあそれは置いといて、これからご飯だからね。陽も早く来てね。パパもいるし、昨日の秘書についての話はされると思うよ。」
俺としてはお前との話も気になるんだがな。まあいい。とりあえずあまり待たずに、今日のやることは決まりそうだ。やることがないと本当に死にそうなタイプの俺にとっては嬉しいことだ。疲れるのが玉に瑕だが。
俺は服装を整えて食事に向かった。ちなみに私服は洗濯されていて、俺に合ったサイズの普段着が支給されていた。意外と小さいテーブルが置いてある、余裕のある部屋から話し声が聞こえる。
「ソレイユはまたその恰好か。もし誰かに見られたらどうするんだ。しかもその恰好で陽さんに会って来たのだろう?」
「陽さんの世界ではプライベートの考え方だと、私がやっぱり率先して大事にしないといけないと思うの。」
「まあ筋は通っているが、人に見せる恰好じゃないから!」
結局ソレイユは俺に伝言をしに来たままの状態で食事をしているようだ。だらしねぇな。
「えーと、おはようございます。」
「おお来たね。ちゃんと食事は用意しているからどうぞ。」
意外と庶民的な料理だ。まあこの世界の庶民の程度は分からんが。ブルッドの喋り方はオフの時はこんな感じらしい。
「頂きます。」
結構美味しいな。あとは衛生管理がしっかりしていれば、食事は安心そうだ。
「陽さん、食事中に仕事の話で悪いけど、まず陽さんの家を用意してるんだ。明日には用意できる。それで、最初の仕事に取り掛かってほしいんだけどいいかな?」
食事中に重い話が来た。まあ早く仕事の話も聞けることはいいことだと思おう。
「まあ引き受けた以上は、余程理不尽じゃなければ。」
「ありがとう。内容は陽さんが転移してきたところにいる遊牧民の調査なんだ。」
「それはいいですが、私がやることでしょうか?」
俺の頭が必要なんじゃないのかよ。そういうのは適当な家臣にやらせろ。
「もちろんそれは重々承知してる。だけど、陽さんの見識がないと進まなそうなんだ。僕はまだここでやらなきゃいけないことがあるから直接はいけないし。」
「じゃあ私も陽に付いていく!」
「いや、報告書の話もあるからソレイユも残って。」
ソレイユの希望はあっさり却下された。そもそも一国の後継ぎがそんなに飛び回る訳にはいかんだろう。
「しかし、俺はここに来たばかりで、何もわからないのですが。今まではお嬢さんと一緒にいたから何とかなってましたが。」
「ほら、やっぱり陽には私が…」
「もちろん、他にも人を付けるよ。基本的な融通はその人たちに任せてくれ。」
ソレイユは話さえ遮られてしまった。しかし、ソレイユがいないとちょっと寂しいかもしれない。まあ一緒に行く人が強烈ということもあり得るがね。
そうして出発準備を整えて、移動用の馬車に乗ることになった。
陽は喋り方等は尊大ですが、基本的に臆病なので、絶対に手を出すことはありません。ここからヒロインが追加されても、陽は要塞の様にガードが固いので、どう攻略されるかという点がこの物語の1つの重大な要素となります




