第10話「大出世」
結局、ソレイユは父親に俺の言った政策について話に行った後、戻ってこなかった。余計に俺を不安にさせた。
そう思っていたら、ソレイユが部屋に入ってきた。
「陽、今から会食だよ。ほら、行こう?」
「あ、ああ…。」
自分からそのことは聞かなかった。
ソレイユは案内していたくせに、何故か俺を置いて衣装替えしに行った。おかしいだろ。
「ごめんね、待たせちゃって。」
「別にいいよと言いたいけど、段取りは良い方がいいよねぇ。」
出てきたソレイユの姿は美しかった。煌びやかなドレスは、色白だが健康的なソレイユの肉体を強調していた。
「美しい…。」
つい口から漏れた言葉だ。
「いや、俺の世界じゃそういう服を着ている人って今やいないからさ。俺は結構好きなんだが。」
「陽に素直に褒められると何だか照れるね。あ、陽も良かったら着てく?もちろんドレスじゃないよ、ちゃんと男性用の服。陽ならドレスも行けそうだけど…。」
俺はそこまで中性的じゃないと思うんだがなぁ。中学生ぐらいまでは女性と間違われることは多かったが、体はガッチリしているし。
「いや、男性用の方を着るよ。サイズあるかな?」
いいサイズのがあった。これにしよう。………あれ?
「じーっ……。」
「どうしたの陽?見惚れてるの?」
「間違っているとも言い切れないが、ほら、俺着替えるから出ていかないのかなって。」
当然だ。まあ世の中には男は裸でも気にするなとかいう人もいるが、俺は恥ずかしいタイプだ。出て行ってくれないと着替えられない。
「陽ったらかわいい!でもさっき陽の世界じゃ珍しい服だって言ってたし。着替え方分からないんじゃない?手伝ってあげようか?」
「筋は通っているけど、やめろって……。」
くそ、顔が熱い。はぁ……。
「仕方ない、諦めるか。じゃあ外で待ってるね。」
宣言通り、ソレイユは俺が着替える間、出て行ってくれた。それにしても、あまりにも距離が近い気がする。というか、からかわれすぎではないだろうか。もしかして、俺に惚れたのだろうか…。いや、それは自惚れだろう。しかし、俺は一見クールぶってはいるが、結構惚れやすい。正直もうかなり危ないな。まあ絶対手は出さないけど。
着替え終わり、ソレイユと合流して会場に着いた。思ったほどの規模ではないが、やはりそれなりには大きい。俺の世界なら家が3戸は収まりそうな部屋だ。
「この度は、お集まり頂きありがとうざいます。今回は後継ぎ候補のソレイユ・ドルートの恩人で、来客である下野陽様への感謝、並びにソレイユ・ドルートが私の後を継ぐことに関する最終確認の発表を行いたいと思い、お集まり頂きました。」
王であるブルッド本人が司会をするようだ。そんなことはいいが、ちょっと人助けをしただけで大げさだと思ったら、こういうことだったのか。わざわざ俺を巻き込んでるところに配慮が足りない気がするのだが。それとも、何か理由があるのだろうか?
ソレイユが壇の上に登った。おそらくは、俺への礼を述べるのだろう。
「私は、旅の途中で下野陽様にお助け頂きました。私がこの宮殿に戻ってこられたことは、下野陽様のおかげであることは疑いようがありません。まずはこの場を借りて、御礼を申し上げたいと思います。他国と比べて質素ではありますが、せめてどうぞこの会食をお楽しみください。」
拍手が聞こえる。俺の方に向けての。いや、照れるな。そもそも礼が欲しくて誰かを助けようとしている訳じゃないんだが。ただ、不幸な人を見ると、どうしようもなくイラつくだけだ。
「そして、その旅の中で私は見聞を広めてきました。その結果、まだまだこの国には不足があると知りました。下野陽様の話を聞く中でも、この国はまだまだであると痛感いたしました。そのため、私は正式に現国王の後継ぎ候補となり、国民の皆さんの生活のために、尽力いたしたいと思います。」
立派じゃないか。普段のちょっと抜けた感じがどこかに行ってるな。
ソレイユは降壇した後、俺のところに寄ってきた。すっかり隣にいることに慣れた気がする、まだ出会って数日だというのに。
「疲れたな。やっぱりああいう堅苦しいところは、ダメな訳じゃないけど、疲れるのは間違いないね。」
「そうかもな。でも、なかなか格好良かったぞ。」
前後の文章がちょっとおかしいけど、どうしてもこれを伝えたかった。
「ふふ、ありがとう。」
「この後は何があるんだ?」
「後は演奏とかかな。誰かが喋ったりってのはあんまりないよ。そもそもこの国は、そういうのは無駄だって考えるからね。」
「そうかい。俺には結構合いそうな国風だな。どうせ暮らすならこの国がいいな。何とか国王から市民権でも貰えないかね。」
つい軽口を叩いてしまう。あんまり下らないことを話すのは好きじゃないが、別に話そのものが嫌いな訳じゃないし、仲が良ければ俺は冗談は言う方だ。
「へー、そっか。それ、案外簡単に叶っちゃうかもね。」
意外な言葉が出てきた。ソレイユはあまりいい加減なことは言わない。もしかしたら本当のことかもしれない。
「そうだといいな。確かに問題はまだあるし、馬車の妨害みたいなこともあるが、アンバラ王国よりは遥かに住みやすそうだ。俺が元の世界に帰るまでここで暮らしたい。」
「……そっか。うん…そうだね。」
ソレイユはどこか寂し気な表情を見せた。まさか本当に俺に気があるのか?まさか過ぎるな。だが、それが当たっているならば配慮に欠けたことを言ったのかもしれない。
「陽、ちょっと寝る前に部屋に行ってもいい?」
なんだ夜這いか?多少マイルドにするにしても、雰囲気のせいで軽口を叩けなかった。
「ああ、何か用事があるんだろ?別にいいよ。寝てたら起こして。」
ちょっとしんみりした雰囲気をぶち壊したのは国王ブルッドだ。いや、それでもタイミングを見計らっていたようだったが。
「陽様…」
「国王様、このような場であまりヘリ下り過ぎるのはどうかと。それに、王自らがあまりにも丁寧すぎると、相手も疲れてしまいます。」
ソレイユが言っていたことを、ほぼそのまま伝えた。俺はズバズバ言う方だが、この人なら意見を述べても大丈夫だという甘えは多少あったかもしれない。政策に関しては怖いけど。あ、思い出したら怖くなってきたぞ。
「それもそうですね。改めてみます、ありがとうございます。それで折り入ってお願いがあるのですが、私の政策秘書になって貰ませんか?」
なるほど、ちょっと世界観的に違和感があるが、俺の世界の現代日本語にすると、そういう訳になることを言ったのだな。しかし、その内容は驚くべきことだ。
「うーん……でも俺、いつかこの世界から消える存在ですよ?それでもいいんですか?俺としては働き口が見つかっていいんですが。それに、俺の世界の知識があるとはいえ、正直そんなに自信はありません。」
当然だ。そもそも俺は今のところは素人だ。多少、同じ世界の他の人間よりは見識はあるが、それにしても荷が重い。
「はい、もちろんそれで構いません。それに、ソレイユから聞いた話では、間違いなく貴方の見識は信用に値すると思っております。」
「そこまで言うならいいでしょう。大任ですが、是非引き受けさせてもらいます。」
いずれ俺も外界では政治家になる予定だったしな。まさかここまでいきなり出世ができるとは思わなかった。
「ありがとうございます!詳細は後日改めて伝えます。」
国王からの提案の後、会食は無事に終わり、俺は宮殿の部屋を一つ貸してもらって泊まることになった。それはいいとして、ソレイユが来るというのが……ドキドキが止まらない。いかがわしい展開に期待しているのはなく、恐怖が一番大きい。
扉を叩く音が聞こえる。この国にはノックの風習がある。
「陽、入ってもいい?」
「ああ、どうぞ。」
どんな用事か分からないが、今にも胸が爆発しそうだ。
他にもヒロインがいるはずなんですが、まだ出てこないのでソレイユ無双が続きます。陽はその育ち方のせいで、かなり精神が飛んでいる時があるので、読者からはおかしなところがあるかもしれません。申し訳ありません。