第9話「厳粛な雰囲気に乗せて」
寝たら少し体力が回復した気がする。重すぎるな、魔法の負担は。
「ここが君の実家があるところか?」
「起きたの?そうだよ。でもそういう時って普通お城とかって言うんじゃないの?」
ソレイユの意見は至極真っ当な偏見である。
「ここは一応俺にとっては異世界。俺の物差しでばかりモノを考えるべきじゃないと思って配慮してるんだ。」
「陽は色々考えてるんだね。」
ちょっと俯き気味になって言ってきた。別にソレイユが何も考えていないとは思わない。むしろ、考えている方だと思う。
「俺の考えを聞いて、真面目に対応してくれる奴は珍しい。俺の世界の人間は俺に何て見向きもしない奴ばかりだった。」
思い出したくもないが…な。
「要するに、俺は君のことを今のところ高く評価しているってことだよ。」
「そっか、ありがとう。」
笑顔が眩しいな。相手を褒めたのも併せて余計に恥ずかしくなってきた。
馬車が停まった。今までよりも大きな町が見える。ここが王都なのだろう。ああ、「王都」って言葉を使えばよかったのかな。まあ言葉の問題は今はどうでもいい。
「着いたよ。さあ、早くパパのところに行こう。」
「ああ。しかし俺はこっちに来てから王族に会ってばかりだな。こんなものか。」
何事もなく、王宮に着いた。城ではないな。かなり質素な方だ。しかし、大きさはそれなりにある。ソレイユが言っていた通り、仕事熱心な王なのか。
「ソレイユ・ドルート、ただいま戻りました。」
ソレイユは受付の人に言った。「アディット」の姓はやはり偽名か。まあそんなことでは驚かないさ。
ソレイユが受付で俺のことも話し、王と謁見することになった。かなりイメージとは違う。まず、よくある王に対して跪くような形ではなく、単純に椅子と机を並べているだけだった。
「どうぞおかけください。」
彼が王のようだ。その風格はあるが、飾りすぎた服装ではない。また言葉遣いも、こちらへの配慮を感じる。言われたとおりに座ろう。
「娘が世話になりました。私はドゥバラ王国、国王ブルッド・ドルートです。」
「陽様、申し訳ありませんが少々お待ちください。まずは、私から国王への報告を致します。」
厳粛な雰囲気だ。しかし、そこに格差はなく、互いが相手を尊重し合うということなのだろう。あるいは、公私をしっかり分けているのか。
「こちらが報告書になります。後でご確認ください。」
ソレイユが度々書いていたのはアレだったのか。
「それから、こちらが下野陽様、外来人でございます。この方にとてもお世話になり、是非その御礼がしたいと思い、招かせて頂きました。」
あーこの辺りで自己紹介すべきか。
「ご紹介にあずかりました。下野陽と申します。この度は、お招き頂きありがとうございます。」
「いえいえ、そんなにかしこまらなくて結構でございます。お疲れでしょうし、部屋を案内しますので、まずはそこでお休みください。その後、会食によって質素ながら御礼とさせて頂かせてもらいます。」
どっか王様とは大違いだなまったく。いやまだ、グルで騙されることもあるから油断する訳にはいかないが。
個室に案内された。ベッドなどもある。おそらく、今日は泊まれとか言われるのだろう。さて、少し休みつつ、これからのことでも考えるか。
「陽様、入室してもよろしいでしょうか?」
最近よく聞いた声だな。
「どうぞ。」
少し一人になりたかったが、まあ今回は許そう。
「ふぅ…疲れさせちゃったかな?あそこまで堅苦しくしなくてもいいのにね。」
「まあ真面目にやってるんだなってのは伝わったよ。安心した。」
「それならいいけど…。『自分は相手に最大限に敬意を払って、国王という立場に甘んじたりしない』って本人はいいけど、相手も畏まっちゃうよね。」
まあそれもそうだな。そんなに簡単な問題ではない。
「それで、何か他に話あって来たのか?」
「ううん、陽のケアと連絡係だけ。別に特別話があった訳じゃない。何でもいいから陽と話がしたかったの。」
うわ、可愛い台詞だな。しかし、上手く出来すぎだろ。いや、まだ騙されるな俺。
「それはいいけど、娘が男と部屋に二人きりというのは許されるのか?」
当然の疑問だと思うが、前も何ともないことになったがな。
「もー、そんなに私と一緒だと意識しちゃう?陽ってむっつりなんだね。」
いい笑顔で迫ってきた。ああもう直視できない。
「否定も肯定もしない……が、やっぱりさぁ…」
「本当に可愛いね。真面目に言うと、後継ぎを旅に出すぐらいだから、とにかく強くしたいんだよパパは。だから、人を見極めるのもその内ってことなんだって。」
「うぅ…。なるほど、筋は通ってるな。」
筋が通ってるなら、俺としては許容せざるを得ない。理不尽を嫌うものが、理不尽をしてはならないのだ。
ソレイユは閃いたといった顔で話を再開した。
「ところで、真面目な話なんだけどさ、この国はお金がないんだよね。」
「それってどういう?だから質素なのか?」
「違うよ。造りがしょぼいのは、他にお金を回すから。いわゆる社会保障にかなりのお金を割いているの。馬車の妨害だけじゃなくて、そういう問題もある。何とか解決できないかな。」
そんなの俺に話してどうする。俺がどうにかできるとは思えない。ただ、話されたからには口を出したくなってしまうな。
「どういう税制度なんだ?」
「今は皆に税金をかけてるの。うちは平等が売りだからね。」
「それって、同じ額ってことか?」
「そうだけど?」
どの程度の効果があるかは分からないが、とりあえずこれで対策は1つ思いついたな。
「それじゃ、税金の額を不平等にしたらいいんじゃないか?」
「不平等でいいの?」
「ああ。所得が多い人から多く徴収する。そうすれば、貧困者は苦しまない。国民へのダメージは小さいはずだ。」
要するに累進課税だな。まずは平等と言えばこれだろう。
「うーん…分かった。そういうことね!そもそも同じ額を取るのは、『平等』じゃなかったんだ。本当に平等にするなら、敢えて不平等にするって選択肢もあるってことか!」
「正解だ。もちろん、国民が納得するかは別だ。それでも、やってみる価値はあるだろう。」
俺の話を聞いて、ソレイユは顔を輝かせている。こんなのは中学生で習うレベルだから、あんまり俺としては得意になることでもないが、やはり嬉しい。そして照れる。
「ごめん陽、私ちょっとパパのところに行ってくる。このこと伝えなきゃ!」
「あ、おい。あんまり本気にするなって。」
時既に遅し。もう廊下に出て、彼女は仕事モードに切り替わっていた。非常に不安だ。あの王様なら、俺がそこまで叩かれることはないだろうが、やはり不安だな。もしも本当に採用されても、されなくてもどっちにしてもだ。
まだまだ序盤です。運が悪くて悪運が強いのがこの主人公。