6. 葛藤
お読みくださりありがとうございます。
6話目です。
相変わらず暗いです。
やがて一人座り込んでいた上條はゆっくり立ち上がると力無い足取りで部屋を出ていく。
(…アタシ…このままで良いの……?こんな、助けてくれた先輩に大事な家族が罵倒するなんて……。アタシこのままじゃ…死んだって死にきれないよ!)
上條に続いて雅も部屋を出る。
下を向いて救急用出入口とは反対の方向に上條が向かう。
雅もふわふわと後に続く。
途中廊下が左右に別れている。
左へいくと正面入り口、右は別病棟へと続く廊下らしい。
上條は左に曲がろうとして、おもむろに立ち止まった。
彼は行こうとしていた入り口とは反対方向、右の廊下を振り返って見ている。
雅もつられて振り返ると、その大分先の廊下に父の慶市と弟の聡が居た。
彼等が居る廊下の向かいに長椅子があり、そこに母の乃理子、姉の綾が座っている。
上條は彼等の姿をしばらく見つめた後目線を落とし、やがて正面入り口の方に又歩き出した。
雅は上條が歩き出してもその場に留まった。
(今は取り敢えず父さんたちの方へ行こう……。家に帰りたいし…。。先輩が心配だけど、又会えるはず。)
雅は上條から離れ、右の廊下の先にいる家族の元へと進む。
家族の元に来ると、父の慶市が話をしていた。
「…とにかく私は今から雅の検死をしてくれる医院へ行く。雅を一人で行かせられんしな……。ただ時間が掛かるようだ。医院の場所を確認したら1度家に戻る。雅は検死が終わり次第、あの寝台車の会社が家に連れてきてくれるそうだが、私も迎えに行く。書類も貰わなきゃならんし……乃理子と綾は家で雅を出迎える用意を頼む……。聡も一緒に帰って母さん達を手伝ってくれ。出来るな…?」
「あなた…。雅が寂しがるわ…。私も一緒に居てやりたい…。」
母の乃理子が慶市を見上げて乞う。
慶市が首を横に降る。
「…乃理子…。気持ちはわかるが、雅の横に居てやることは出来ないんだよ。私も雅をお願いしたら、又連絡を待たなくてはならん。…監察医の先生が今別の検死をされているそうでね。……すまんな。」
「…そんな…。」
乃理子は涙を溢れさせ、顔を覆う。
「……母さん…、雅が家に安心して戻れるように、アタシと先に帰って待っててあげようよ…。着替えもお布団も綺麗なのを用意してあげよ?雅、服が汚れたまんまだったから…、アレじゃ…可哀想過ぎる……。あんな、あんな…。」
綾が乃理子を抱き締め、そう涙ながらに囁く。
「母さん…。俺も手伝うから。姉ちゃんが早く帰ってこれる様にしてやろうよ…。」
聡も乃理子の肩を擦り、語りかける。
「綾、聡…。母さんを頼むぞ。親戚には私から電話しておく。多分家にも電話して来ると思うが、淑子伯母さんと正隆叔父さんには家に来てもらってくれ…。正隆がお祖母ちゃんを連れてきてくれるだろうから…。」
「わかったわ…。母さんは任せて。聡もいいわね?」
「ああ。…母さん大丈夫か?…立てるか?」
聡と綾が乃理子を両脇から支える。
「…ええ、そう、そうね…。家を綺麗にしてあの子を迎えてあげないと…。ごめんなさいね、皆…アタシがしっかりしないと…。」
「…乃理子、辛いだろうが雅の為だ…。頼んだぞ。」
「…ええ。あなたも…無理しないでね…?」
乃理子が慶市を気遣う。
「ああ、私は大丈夫だ…。どうやら雅を運ぶ準備が出来たようだな。携帯はいつでも出られるようにしていてくれ。」
慶市が安置室に入る。続いて家族も入室する。
「それではご遺体は検死の為、移動してもらいます。お父さんが同行下さるのでしたね?取り敢えずご一緒していただいて、検死が終わりましたら又連絡を致します。書類はその際に受け取っていただき、その後ご遺体はご自宅に帰られます。よろしいですか?」
警察官が丁寧ではあるが淡々とした様子で説明をする。
「ええ、了解しています…。よろしくお願い致します。私は自分の車で向かえば良いのですね…?」
慶市が警察官に答え頷く。
「雅…待ってるからね…?ごめんね、付いていてあげられなくて…。」
白い布に覆われた雅の体に語りかける乃理子。
「早く帰っておいでよ…?雅……。」
「姉ちゃん待ってるからな…?」
乃理子を支えつつ、共に雅を見つめる綾と聡。
そんな家族を見つめ、慶市が促す。
「さあ、皆早く出よう…。これ以上お待たせしてはいかん。」
家族をそう言って退出させる。
「では、お運びします。」
「…はい…。」
ガラガラガラ…。
雅を乗せたストレッチャーが安置室から運び出される。
次いで慶市、警察官も退出する。
雅も慌てて廊下に出る。
(体も気になるけど、家に帰りたいよ…。)
ストレッチャーは又違う出入り口に向かうようだ。
雅は乃理子、綾、聡の横に寄り添う。
慶市はストレッチャーに続いて警察官と歩いていく。
それを見送ってから乃理子達は正面入り口に向かう。
「…聡、アンタ先にタクシー呼んでくれない?アタシは母さんと待ち合いのソファーに居るわ。」
「あぁ、わかった。母さん、座ってて。」
「ええ、ありがとう…。」
(…母さん、大丈夫…な訳無いよね…。お姉ちゃんも顔色が悪いし…。皆…皆アタシのせいだ…。)
ソファーに座った乃理子と綾の横にふわふわと浮かぶ雅。
「…もう真っ暗ね…。母さん、帰ったらしばらく寝たら?アタシと聡が用意するから…。無理しないで?」
「ありがとう綾。でも大丈夫よ。雅が帰ってこれるよう、私がしっかりしないと…。あの子の為に出来ることはしてやりたいのよ…。もう…してやれないんだもの……これからは…。」
「…そう…だね…。雅、後少ししか…。」
「…お母さんね…綾と雅は女の子だから…いつかはお嫁に行って、私や父さんから離れていくんだろうなって…そう、思ってたの…。だけどお嫁に行っても、あなた達はきっとすぐに遊びに来て、結局今まで通りで…聡もみんな……私が死ぬまできっと子供達は近くに居てくれる……それを疑ったことなんて無かったの…。」
「…うん…。」
「なのに…!……まさか……こんな突然雅がいなくなってしまうなんて……私やお父さんより先に逝ってしまうなんて……!」
乃理子は嗚咽し、顔を覆う。
「……うん…!」
綾が乃理子を抱き締め、顔を乃理子の肩に押し当てる。
(…母さん…アタシここにいるんだよ…?母さんの横にいるんだよ……?……お姉ちゃん…‼)
声を殺して泣く二人を見つめて、居たたまれない思いの雅。
「綾姉ちゃん、母さん、タクシー来たよ。」
聡がスマホを片手に近寄ってくる。
「ありがと聡。…母さんいける…?立てる?」
「母さん、タクシーそこだから…俺に掴まって。」
「大丈夫よ。…行きましょう…。」
ゆっくり乃理子は立ち上がると、綾と聡に支えられながら正面入り口の自動ドアに歩いていく。ドアの向こうには到着したタクシーが見えた。雅も付いていく。
(…アタシも一緒に帰るから…。母さん達には見えないけど、帰るからね…。)
開けられたタクシーに乃理子達は乗り込む。
助手席に聡、後部座席に乃理子と綾が乗った。雅も後部座席辺りに滑り込む。
タクシーが走り出す。
車内は静かだ。誰も喋ろうとはしない。運転手も様子を察して言葉を掛けようとはしない。
皆自分の考えに沈み混んでいるようだ。
雅も又、自分の思考に沈んでいた。
…やがてタクシーは羽海乃家に到着した。
(……ただいま……。)
雅は我が家を見上げる。
いつもの見慣れた我が家。
毎日朝出掛け、夜になったら帰ってくる温かい我が家。
あの玄関を毎日出たり入ったり…。
それが当たり前だった、
(……玄関を開けることはもうないのか…。)
乃理子達が家に入る。
明かりがつけられ、家が夜闇に浮かび上がる。
雅は家に入ると、自分の部屋に向かう。
(…一人になりたい……。)
自室のある2階へ上がろうとした雅は、綾と聡が階段横の畳の部屋でバタバタしているのを見る。
同じ部屋で乃理子は押し入れから客用布団を出そうとしていた。
(…皆、アタシのために…。)
手伝えない自分が腹立たしい。
だが今家族がしているのは、雅の遺体を迎え入れる準備だ。
雅が手伝えるはずがない。
ため息ひとつ、2階へ上がろうとする。
…その時
ピンポーン!
玄関の呼び鈴が鳴った。
「……あの、ごめんください……。」
誰かが来たようだ。
「はい、どなた……?」
綾が玄関へやって来て、ドアを開ける。
そこには見知らぬ男女が立っていた。
次話も暗いです。。
明日頑張って投稿したいです。