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やりたい事をやる為に … 序章   作者: 千月 景葉
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5. 恫喝と悔恨


羽海乃の家族や上條が退室しても、意識の雅はその場に留まったまま。ショックのあまり思考停止し、何も考えられない。


誰も居ない処置室。

…どれくらい時間が過ぎたのか。



ふと、雅は気付く。



(……あ……、皆いないや………え…と。)


処置室に浮かんだままの雅は自分がどうしたら良いのかわからないまま、室内に目をやる。


(……アタシも行かなきゃ……皆どこへ行った……?)


既に家族は廊下から別室に移動したらしく、処置室前には誰も居ない。上條もしかり、雅の関係者の姿は近くには見えない。


時折看護士が前の廊下を通るが声を掛けることが出来ないので、家族の事を尋ね様もない。

とにかく処置室の開いていたドアから廊下に出てみる雅。


(…え~と、どこへ行こう………?皆のトコヘ行くべき……かな?)


自分の死亡宣告というヘビー過ぎる体験をしたせいか、思考が覚束ない。家族の悲嘆を目の当たりにし、悲嘆の原因を作った自分がどうすべきなのか、どこへいけば良いのか、全てがあやふやだ。


(アタシの体に近付けないのは何でなんだろ…?こんなにはっきり考えたり出来るのに、体には戻れないなんて……。)


雅自身の体は意識の雅から見ても、完全に死んでいる様に見えた。死んでしまった体はもう、意識の雅を受け入れることは無いのだろうか…?


(……アタシは今、幽霊なんだろか……。でも手とか足とか見えないしなぁ……)


ヘビー体験をしたわりに、考えることは呑気である。

さっきまで心が裂かれそうな悲しみの中に居た反動なのか、シリアスな思考を無意識に拒否している自分を感じる。


(…何でこんなことになっちゃったんだろ……。アタシはただ溺れてたあの子を助けたかっただけなのにな……。)



外は日が傾き、夕闇がせまる。

薄暗い病院の廊下をふわふわ進む。


すると雅が運ばれた際に入ってきた救急用の出入口が見えた。


何気なくその両開きのドアに近付こうとする。


不気味に光る赤い救急用出入口の表示ランプ。

その外は少しずつ夜の色に染まり始めている。


ドアの前で止まり、暫し考える。


(ドア閉まってる…。アタシ、ドアから出られるかな…?)


死んだ認識が薄いので、ついつい物理的に当たると痛そうなドアや壁を通り抜けられるとは思えず、さっきまで開いている所でしか出入りしていない。


だが一番最初に意識が覚醒したときは、確か目線で木の枝が自分を透過していた。びっくりしたので流石にそれは覚えている。


恐る恐るドアにぶつかってみる。


……なんの抵抗もなく、ドアをすり抜けてしまった。


(あ、出られた。そりゃそっか。)


拍子抜けした雅は外に出てみる。


夕闇から夜に変わっていく。果して今は何時頃なのだろう…。


(……と外に出たものの、この病院てどこの病院…?誰も居ないし、暗くなり始めたし……。やっぱり皆を探そう…!)


せっかく外に出たけれど場所が全くわからない雅は、一人で動く事に早々に見切りをつけ、またドアをすり抜けて中に戻る。


(おーい、皆どこ…?どこに居るのー?)


ふわふわ、ふわふわ……。


今来た廊下を反対方向へ。

処置室横を通り過ぎ、薄暗い廊下の先へと更に進む。


「…!……!」

「……!…………!」


すると、少し進んだ先にあるドアから明かりが見え、誰かの話し声が洩れ聞こえてきた。

いや話すと云うには、少々剣呑とした雰囲気…?


(…この声、聡…?)


ゆっくりとドアに近付く。


ドアをさっきみたいにすり抜けて、中に入る。


(あの、おじゃまします……。え、何!)


「……アンタは……姉ちゃんを…姉ちゃんを見殺しにしたのか!」

上條に掴み掛かり、声を荒げる聡。


(…何言ってるの?!聡、やめて!)

慌てて雅は聡に近寄り、真横で叫ぶ。


「聡!やめないか!」

父の慶市が上條と食って掛かる聡の間に体を入れ、何とか聡を上條から離そうとする。


「……すみません……羽海乃さんを……一人にすべきじゃなかった……」

聡に胸ぐらを掴まれたまま、そう力無く呟く上條。


(…違う!違うよ!アタシが大丈夫って先輩に言ったんだよ!先輩が責められることなんて何にもない!)

聡の横から上條を見つめ、上條の言葉を必死に否定する。


だが雅の言葉が彼等に聞こえる訳も無く、聡は更に上條を責め立てる。


「…アンタは姉ちゃんの彼氏なんだろ…?何でそんなクソガキ助けて姉ちゃんは助けてくれなかったんだよ!…姉ちゃんがどうなっても構わなかったのか?!…アンタが姉ちゃんを気にしてくれてたら…溺れてる事に気づけたはずだろ‼……姉ちゃんが大事じゃなかったのか?!」


「……すみません…。」


「……ふざけんな……姉ちゃんは死んだんだ!……アンタが姉ちゃんを死なせたんだよ!」


「聡!いいかげんにしろ!」


父の慶市が聡を漸く上條から離す。

慶市が声を荒げて聡の言葉を否定し、上條を庇う。


「彼には何の落ち度も無いと何度言えばわかるんだ!雅が助けようとした子供を助け、雅の事も必死に助けようとしてくれた人に対してお前は……!」


「だから親父は甘いんだ!…ふざけて池に落ちるようなバカガキなんて放っておいたら良かったんだ…。コイツはそんなガキ助けて、俺の姉ちゃんは助けなかったんだぞ……!おかしいだろうが!間違ってるのはどっちなんだよ!」


「聡!黙れ!これ以上は許さんぞ!」


慶市が聡を一喝する。


「…雅は優しい子だ。溺れている子供を見たら、助けようと池に飛び込んでしまう位優しくて…無茶をする子だ。彼は雅の為、自らも死ぬ危険を省みないで飛び込んでくれた人だぞ。……確かに雅は死んだ。だがあの子の死は彼の責任ではない!お前だって本当はわかってるはずだ。そうだろうが!」


項垂れたままの上條を背に庇い、激昂する聡を必死に諭す慶市。


「上條君がその子供を助けてくれなかったら、雅の行動は何の意味も無くすところだった…。命を失い、行動した意味さえ無くしてしまったら雅は…雅は一体何のために……」

声を詰まらせ、慶市が聡を見つめる。


「だから彼を責めることは私が許さない。お前の姉の心を護ってくれた恩人を貶める事はするな。わかったか聡。」


「……姉ちゃんが馬鹿みたいに優しいのはわかってる。…ソイツが姉ちゃんを助けてくれてたら……俺だってわかってんだよ!…でも、あんまりじゃねぇか……悪いヤツが生きて、助けようとした優しいヤツが何で一番貧乏くじ引くんだよ!何で死ななきゃなんねんだよ!」


その場に崩れる様に座り込み、拳を床に打ち付け聡が嘆く。


「姉ちゃんが死んだなんて……認められるか…!認めるもんか…!」


「………聡…。」


(…先輩、聡…父さん……、ごめん、ごめんなさい……!アタシが、アタシが溺れたから……。ごめん……!)


誰も声を出さない。姉を喪った聡の血を吐くような嘆きを聞き、これ以上かける言葉を無くした慶市は唇を噛み締め項垂れた。上條はずっと項垂れたままだ。ひたすら重い空気が流れる。


3人と雅のいる部屋のドアがノックされ、看護士が入ってくる。


「失礼します…。監察医の医院へご遺体をお運びする寝台車が今着いたので…。羽海乃さん、こちらに来ていただけますか。」

「…わかりました…。あの、家内と上の娘が安置室前に居る筈なんですが。」

「……奥様は憔悴がひどいご様子で、とてもお話しできる状態では…。お嬢さんも奥様を支えるのが精一杯のようで…。」

「そうですか…。お手数を掛けて申し訳無い。すぐ参ります。」


床に座り込んで動かない聡に手を差し伸べ立たせると、慶市は上條に声を掛ける。


「…上條君、私達はこれから雅と共にここを出るので、君もどうか帰って休んでくれ…。聡が大変失礼をして、本当にすまなかった…。雅の事については、又連絡をさせてもらって良いだろうか…。葬儀の事もあるから…。雅に最期の別れをしてやって欲しい。君が辛ければ、無理にとは言わないが…。」


「いえ…お気遣いありがとうございます…。葬儀に行かせて下さい…雅さんに会いたいです…。」


頭を下げ、慶市に願う上條。


「ありがとう…雅も君に会いたいはずだ…。又連絡をする。」


そう話して、聡を促し安置室へ向かう慶市。


残された上條は壁に持たれて、ズルズル座り込み顔を覆う。


「……責められた方がまだ……。俺は、あの娘を死なせてしまったのに……。弟が正しいよ……。俺が…俺のせい……。羽海乃…!」



(……先輩、違うのに…!何で先輩が自分を責めるの……先輩のせいじゃない!……どうすればアタシの気持ちが先輩にわかってもらえるの…?!)


上條が自分を責める姿を、雅はなすすべなく見つめていた。




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