31. 送る者達
お読みくださりありがとうございます。
31話目です。
皆で見送ります。
斎場でそんな話がされていた頃。
荼毘に伏す雅の棺を乗せた寝台車は火葬場に到着していた。
親族達を乗せたマイクロバスも到着し、皆は下車して棺を見守りつつ中に入る。
誰も言葉を発しない、異様な静けさ。
もうこれで本当にお別れなのだ。
火葬場のスタッフが静かにしかし手際よく雅の棺を、奥の最後の別れの場となる火葬室前の間に安置する。
2つ棺を送る窯があり、内奥の向かって左の窯の扉が開いていた。
窯には可動式のレーンが設置され、あれに棺を乗せ中に納めるのだ。
雅の棺の前に付き添ってきた親族達が集まる。
上條と佐奈も、慶市達の配慮により同行を許された。
他の親族達が涙を流しながら棺の中の雅に手を触れ、別れを惜しむ。
こんなにも若く美しい娘を送らなければならない無情。
どうしようもないことだとは解っているが、あまりにも辛すぎる。
付き添ってきた僧侶が短く読経をし、上條と佐奈も雅と最後の別れの対面をさせてもらう。
先程斎場で泣き崩れた佐奈。
あの後短い時間ではあったが、雅の姉の綾や従姉妹の愛美や優菜達と話す事が出来た。
佐奈は雅の自宅を訪問したことは勿論無く、会社や外出先での雅しか知らない。
だが綾達と話して、雅があんなに優しい娘に育った理由が分かった気がした。
とても愛されていたのだと、雅は皆の癒しとも云える存在だったのだと思えた。
姉である綾はその性格上、後から生まれた雅をひたすら守り、あれこれ手を出しては彼女を構ってきた。
綾と同じ性質なら恐らく反発しあっただろうが、パズルのピースの様に綾と雅は互いを補い合える性質だった。
綾は構い、雅はそれを素直に受け入れる。
又雅は或る意味猛々しい性質の綾を宥めたり、或いは諌めたりすることもあった。
綾も雅の言うことなら渋々受け入れるようだった。
声を荒げること無く、優しく包み込むように語りかけ皆を癒して来た雅。
勿論ケンカもよくしたが、じゃれあいに近いものだ。
綾がそんな雅との話をしてくれるのをじっと聞いていた佐奈。
ふと思い当たる。
自分も綾と同じだったのだと。
初めて雅と会ったのは入社式の日。
偶然近くの席に座っていた雅と目があった。
そのまま目をそらせようとした佐奈に対し、ふにゃっと警戒心まるでなしの笑顔を向けた雅。
雅のその気の抜けた笑顔に戸惑った佐奈は曖昧に口角をあげるだけで、笑顔は返せなかった。
その後同じ総務に配属になり、自身が別の課に配置転換されるまで雅は佐奈の近くにいる事となった。
最初は当たらずさわらずの関係から始まったが、何せ全てをテキパキと要領よくこなす佐奈にとって雅は頭の痛い存在。
何かにつけ抜けているのだ、どこか。
コピーをとらせたら何故か詰まらせる。
机の角で腰を打つのは日常茶飯事。
電話をとったら受話器を落とす。
一つ一つは小さなミスなので、特段目くじらを立てるほどのものではない。
雅自身はとても真面目で実直な仕事をするので、仕事に穴を開ける様な失敗は決してしない。
寧ろ報告連絡点検は確実にこなすので、総務向けのタイプなのだ。
仕事が山積みになり、皆が気が急いて刺々しい雰囲気の中。
「痛っ…。くそっ、又太ったか…。」と
机の角で腰をぶつけた雅の間抜けな呟きが聞こえると、何故か和み課の雰囲気がやわらかくなる。
佐奈もご多分に洩れずそんな一人だった。
そんな二人が仲良くなるのにあまり時間が要らなかった。
雅がコピー機を詰まらせると佐奈がとんできて
「アンタはコピー機に何でそんなに嫌われてんの。コピー機に一体どんな無礼をしたら毎回こうなるのよ、全く…。」とか言いながら雅を助けてくれる。
反対に嫌な案件を済ませて気がささくれだっている佐奈を見ると、雅がスッと寄ってきて珈琲と小さな甘いものを然り気無く差し出し、何事もなかったかのように仕事に戻る。
佐奈は何も言わず受け取り珈琲を飲み、甘いものをかじる。
そうして気を落ち着けるのだ。
別に示し会わせた訳じゃない。
ただそうしてあげたいからお互いそうしていただけだ。
心地良い関係。
それが佐奈にとっての雅だったのだ。
棺の中の雅を見る。
すました顔で眠っている雅。
ツンツンとつついたら、ニヤッと笑って
「チッ、やっぱ佐奈にはバレたか。」と起き上がってきそうな、そんな顔。
だが、そんなことは起こらない。
雅があの眼差しを佐奈に向けてくれることはもう無いのだ。
「雅のバカ…。アンタがいなくなったら、アタシ…誰に愚痴言えば良いのよ…。置いてくな、バカ…。」
佐奈はポツリとこぼして、雅の頬を触れて離れた。
上條は佐奈のそんな姿を見守りつつ、自分も雅と対面する。
最後の対面。
雅は変わらず静かに眠っている。
柔らかな甘い香りが雅から香る。
手向けられたフリージアが可憐な雅にとても似合っていた。
「雅…お別れだね。漸く君に近付けたのに。又離れて行ってしまうのか…。俺は、君がホントに好きだ。…新しい恋なんて…きっと無理だよ。君にそんな報告は、多分出来ないからね。…さようなら、雅。」
上條はそう雅に告げ、棺から離れた。
親族達、佐奈、上條が棺の雅と最後の別れをした後、雅の家族が棺の周りに近付く。
慶市、綾、聡、ゆきほだ。
綾が雅の頬を両手で包み、じっと見つめる。
「雅…アンタはいつまでもアタシの妹だからね?アンタがいなくなっても、アタシはアンタを忘れない。ずっとアンタを思っているから。だから、いつか又…アタシと会うのよ。少し…少しだけ離れるだけだからね、雅…。」
頬を撫で、じっと雅の顔を目に焼き付けるように見つめる綾。
やがて未練を断ち切る様に唇を噛み締め、雅から離れた。
ゆきほが綾に支えられ、雅と対面する。
「雅。多分ばあちゃん雅のとこに行くの、そんな先じゃないよ?これで死ぬのはちっとも怖くなくなった。雅が待ってるしね。だからね、ちっとだけばあちゃん待っててな?雅。」
「もう、おばあちゃんは!ダメだよ?雅が怒って、おばあちゃんまだ早いって追い返すわよ、全く。」
「雅は優しいから、ちゃんとばあちゃん待ってたよって笑ってくれるよね?あたしはわかってるんだから。雅そうだよね?」
ゆきほが綾と泣きながら軽い冗談を言って雅に触れる。
「…あたしが代わってやりたかったよ、ごめんね雅。」
ゆきほはそう最後にこぼし、綾と棺から離れた。
聡が苦笑いしながら、雅に言う。
「雅姉ちゃん、この状態を俺に丸投げしてくんだろ?キツいぜ、正直…。しょうがないから丸ごと家族は俺が任されたよ。だから、安心しろな?…あと、克真もな。アイツのこともちゃんと見とくからさ。じゃあな、雅姉ちゃん…。」
「聡が何を偉そうに。余計なお世話よ。ね、雅。」
綾が苦笑いして後ろから聡を茶化す。
慶市がそんな家族の会話を聞きながら、最後に雅の顔を見つめる。
「雅、優しいお前の事だからきっと今も近くで見ているんだろう。だが、あまり心配しなくて良い。お前の気持ちはあの時皆にしっかり伝わったからな。ちゃんと約束したことも守る。あの子のこともお前の代わりに見守ろう。…私はお前が娘で良かったよ。別れが早すぎるがな…。安らかに…愛する子よ。」
慶市が雅のおでこにそっと触れ、手を離すと自ら棺の扉を閉ざす。
もう、彼女の顔は見えない。
「…それでは、よろしいでしょうか?」
火葬場のスタッフが慶市に確認する。
「…はい、お願いします。」
慶市がスタッフに返答する。
雅の棺が窯のレーンに乗せられ、スタッフの手で窯の奥に納められた。
皆が涙を流しつつ合掌する。
僧侶が読経を始める。
「それでは、点火致します…。」
スタッフが告げて、窯の点火スイッチを押した。
微かに炎の音が聞こえる。
雅の棺が荼毘に付されたのだ。
炎の中で彼女は消えていく。
悲しむ者達を残して。
全てを無にして、彼女は旅立っていった。
次話は雅のターンです。
同時系列で平行に30・31・32話は進んでいます。
次話は明日か明後日投稿します。




