30. 残る者達
お読みくださりありがとうございます。
30話目です。
訂正です。後2話位でまとめるつもりでしたが、 3・4話位になりそうです。
なんか増えました。
棺が寝台車に運ばれていく。
乃理子は克真と共に斎場に残り、他の親族は淑子伯母が乃理子を心配して残ることにした。
克真の両親は彼が残るため共に残り、他の子供達と武中夫妻は先に家路に着くことになった。
二人は彼の行動に焦るばかりで、それを止めることもままならない。
克真の行動は無茶苦茶な様で居て実は的を得ていたので、誰も咎める事が出来なかったのだ。
ただこれが7歳の子の行動だというところが、理解に苦しむところなのだが。
やがて寝台車と親族をのせた車が火葬場へと移動を開始した。
クラクションが長目に鳴らされ、ゆっくりと斎場を後にする。
残る者達はそれを見送り、斎場の中に戻る。
帰る人達は乃理子と淑子に挨拶をし、家路を急ぐ。
そんな中、克真の両親は居たたまれない様子で斎場に留まっていた。
居場所がないのが見てとれる。
恐縮しきっている二人は、克真とは対称的だ。
既に見た目は落ち着いた乃理子がそんな両親に声を掛け、控え室で淑子と乃理子、克真親子の5人でお茶を飲むことになった。
両親はただ黙ってお茶を飲んでいる。
克真も同じだ。
何となくだが、この両親は息子に遠慮があるように見える。
いや、遠慮と言うよりは戸惑いか。
乃理子が口を開く。
「アタシが取り乱したせいで克真君には気を遣わせちゃったわね…。ごめんなさい。小早川さん、すみません。」
小早川夫妻はビクッと顔をあげ、慌てて首を振った。
「いいえ、とんでもありません!…寧ろウチの克真が出すぎた真似をしてしまい、却ってご迷惑をお掛けしました。こちらこそすみません…。」
父の拓真が謝罪する。
母の遥香も肩を縮ませて座っている。
淑子が場を和ませようと話を変える。
「克真君、でしたっけ。物凄くしっかりされた息子さんですわね。幾つなの?克真君、お歳を聞いてもよいかしら?」
淑子に聞かれ、克真ははにかんだように微笑んで、正座を崩すことなく答える。
「今7歳です。小学二年生です。」
「そう。ウチの子達とは違って、良い子だわね~。あの子達は未だに歳より幼いくらいですもの。」
克真は困ったように下を向き、ポツリとこぼした。
「…良い子なんかじゃ、無いですよ…。全然…。」
「え?」
「あの、おトイレ行ってきます!お話し中なのに、ごめんなさい!」
急に席を立ち、斎場の方に向かう。
「場所わかる?」
乃理子が背中に向かって問うと振り向いて会釈し
「はい、ありがとうございます。」
礼を言って足早に克真は控え室を後にした。
淑子がため息をつく。
「ホントにしっかりしてるわ…。とても7歳に思えない。」
すると、克真の母がボソッと答えた。
「…あの子、変わりました…。」
「え?」
遥香は顔をあげ、悲しげな表情で話し出す。
「あの事故以来…、言葉使いも態度も変わったんです、あの子。」
乃理子が首をかしげて聞く。
「どういう風に?」
「あの子…雅さんにお会いするまで、人を…特に大人を全く信用しない子だったんです…。」
遥香はそう言うと乃理子に切なげな、そうでいてなにかを訴え掛けるような目を向ける。
「…羽海乃さんには…雅さんは勿論、御主人や奥さま、家族の方々皆さんにも、大変なご迷惑をお掛けしてばかり。その事を重々承知していながら、厚かましくもこんな風にもてなして頂いて…。その上こんな話をして良いのかどうか…。」
だが、遥香の瞳は聞いて欲しいと訴えている。
聞こうとしたのは元々乃理子だ。
「…差し支えなければお話をお聞きして良いかしら…。克真君は既に私達にとっても放って置けない子だから…。」
遥香はその言葉を聞いて深々と礼をとる。
「ありがとうございます…。私達親の恥にもなるんですが…。」
そう言い置いて、遥香は話し始めた。
克真は生まれたときから全く手の掛からない子だと言う。
発達も人より早く、言葉・思考・理解力・運動能力全てに於いて大人の手を借りずとも幼児の頃からしたいことが出来たらしい。
よく笑い元気に遊ぶ子で、いたずらもよくやったと言う。
だが、幼稚園に通う頃から、克真は変わりだした。
親のいうことをまず疑うようになった。
それだけなら早すぎる感はあるが、反抗期の始まりとも考えられたのだが、そうではなかった。
家庭でも幼稚園でも外でも…どこでも。
大人の言うことを全く聞かなくなったのだ。
拓真や遥香、祖父母、先生のいうことを鼻で笑い茶化して誤魔化す。
自分と同じ歳の子供達を従え、大人に逆らうように仕向ける。
それもあからさまにでは無く、さもそうするしかなかったとでもいう風体で。
拓真が本気で叱っても効果なし。
叱るのではなく話し合いをしようと克真を諭すと
「どうせ子供だからって嘘ついて、言うことをきかせようとするだけでしょ。大人は言うだけだからさ。」
と白けたように言い放つ。
どういう意味だと問うと、軽蔑しきった目でこう言った。
「父さんも母さんも俺には嘘をつくなっていつも言うけど、自分達は色んな嘘つくでしょ。人には優しくって言うけど、困ってる人見ても急いでるからっていつも助けないで逃げるよね。人の嫌がることをするなって言いながら、見てるドラマとかは人をいじめたり殺したりする話で、俺が嫌がっても面白いから一緒に見れば良いって、無理矢理見せようとしたよね。…いい加減なことばっかり。笑っちゃうよ。大人を見習えって言うから見習ってんだよ?嘘ついて、嫌がることして、逃げるんだよ。何が悪いの?」
その時拓真は頭に血が上り、克真に手をあげてしまった。
叩かれた克真は泣きもせず、ただ軽蔑しきった目で拓真を見ただけだったらしい。
遥香は克真をどう言い聞かせれば良いのか、皆目見当もつかないでオロオロするばかり。
普通は子供が中学生位になればどこの家庭でも起こり得る話で別段珍しくもない。
だが、克真は幼稚園児だった。
年長ではあったが、この態度、この台詞。有り得ない。
一体誰に何を吹き込まれたんだと聞くと、感情の無い目で父や母を見てポツリとこぼした。
「自分達の子供なのに、俺が自分で考えたってことも信じられないんだね。わかったよ。もう言わない。だから構わないで。恥掻かないよう外で変なことしなきゃ良いんでしょ。それだけならそうするよ。だから放って置いてよ。…苦しいから。」
体と心と能力のアンバランス。
心が子供で純粋なだけ、世間の大人達の矛盾が理解できず反発する。
体が子供だからどんなに筋の通った行動・言動をしても、力で押さえ付けられ気持ちを蹂躙される。
小さな出来事でも度重なれば、信頼を無くして当たり前だった。
克真の思考能力を、優秀さを過小評価し過ぎたのだ。
親なのに理解出来ない子供。
腫れ物を触るように扱う親に益々心が冷える克真。
拓真も遥香もどうして良いか分からなかったのだ。
そんな克真が自らの軽率な行動であわや死にかけたあの事故。
何人もの大人が見て見ぬふりして去っていく中、克真の間違った行動を正そうとしたたった一人の大人。
それを克真はからかい罵倒し、言うことに逆らった。
なのに彼女は見捨てることもせず、自らの危険を省みず助けようとした。
なんの繋がりも無い、ただの通りすがりの女性。
寧ろ罵倒した事で克真は彼女から嫌悪されても無理はなかったのに。
揚げ句の果て、彼女はその為に亡くなってしまった。
救助され病院に運ばれ治療を受けていた克真が、彼女の死を知らなかった時にまず考えたのが、その女性と話がしたいという事だったそうだ。
初めて信頼できる大人に会えた気がしたのだと。
間違った行動をしていた見ず知らずの自分をきちんと叱ってくれ、自分が溺れてるのを見捨てず、正に人に優しい事を嘘をつかずに逃げずに行動した女性。
何の関係も無い人だからこそ信用できると。
そう思って、駆け付けた遥香に頼んで直ぐにその人にお礼を言いたいとねだった。
しかし、事情を知っている遥香は言葉を濁すばかり。
普段の自分を母は知っているから、恩ある人にも大人だからと失礼を働くと思われてるんだと克真は考えたようだ。
一生懸命に自分の気持ちを説明し、真面目にお礼を言いたいんだと理解してもらえるよう話してくる。
しかし色好い返事を遥香が返せる筈もない。
初めて自分の行動がブーメランとなって返って来た克真は焦りだし、後悔し始めた。
大人が信頼できなくなったのには理由があるにはあったが、しかし自分も全く同じ理屈で大人達から信頼を失ってしまったのだ。
でも、ここは何としても引き下がれないと。
必死に遥香を説得しようとする克真を体調を心配する大人達、つまり医療関係者が止めようとしてくれた。
又理解無い大人に邪魔されて、初めて信頼できると思った大人と離されるのか。
焦るあまり、点滴の管まで引き抜いて一人ででも会いに行くと言って暴れた克真だが、いかんせん体は小学生なので簡単に押さえ付けられ鎮静剤を処方され無理矢理寝かされた。
体は弱りきっていたので、すぐ眠ったのだが。
しかし眠りは浅かったので不意に目を覚ましてしまう。
すると克真に付き添っていた自分や夫がいない事に当然気付く。
どこにいったのだろうと目を閉じたまま未だ薬で鈍った頭で考えていたようだが、克真が起きているとは気付かず遥香と拓真の代わりに来てくれた親類が、部屋の隅で小声で会話をしていたらしい。
聞くとはなしに聞いていたら、克真には悪夢のような言葉が聞こえたのだ。
「助けに入った女性が死んだらしい。」と。
克真のその後の混乱ぶりは酷いものだった。
大声で両親を呼び、泣き叫びながら件の女性の話を聞かせろと暴れる。
まさか、まさか今何を於いても会いたいと、話をしたいと願った女性が。
漸く人を信じられるきっかけを掴んだ筈だったのに。
あろうことかその女性を克真自身が原因で死なせてしまったのだ。
何という皮肉な運命なのか。
克真は昨日斎場に行きたいと、考えられないほど暴れ泣き叫んで懇願した。
根負けした遥香がとうとう病院に無理を言って退院させ、自宅療養を条件に許可を貰ったという。
その後は羽海乃の家族も知っての通り。
幼い克真の全てを変えたのは雅だったのだ。
たった3日だが、この3年足らずの間で一番克真と話をし、親として頼られて感謝された3日だ。
そう遥香は申し訳なさそうに言った。
乃理子と淑子は言葉を無くした。
克真を見ているとそんな風にはとても思えなかったのだ。
まさか信じられないほどの優秀さが仇となり、親子が断絶していたなんて。
雅は正に克真の救世主だったのだ。
克真があれほど入れ込むのも無理はない。
雅と克真が交わしたあの約束は、きっと果たされるだろう。
克真の決意は生半可なものではない。
これからの克真は変わっていく。
あまりにも酷で哀しい洗礼を受けたのだから。
乃理子は遥香に言った。
「克真君にはいつでも雅に話に来るように言っておきます。反対しないであげてください。彼には雅が必要なのでしょう。彼が雅から離れられるようになるまで、ウチにいつでも来させてあげてくださいな。あたし達も見守りたく思います。娘が導いたあの子のこれからをね。」
拓真と遥香は言葉もなく、ただ乃理子達に深々とお辞儀をしたまま泣くのだった。
大人達が控え室で話し込んでいる間。
克真は一人、小さく設え直された祭壇の雅の遺影を見つめていた。
ただひたすらに。
雅の笑顔を見つめていたのだった。
次話は明日か明後日には投稿します。




