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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

王様の憂鬱女神の過ち

作者: 時乃 遙

前に仕上げた女神な彼女とヤンデレな王様の王様視点のお話

なのでがっつり暗いです、むしろ病んでます。

ハッピーエンドが好きな方には当然お勧めできません


ばっちこい!の人はどうぞ、短編に仕上げようと思ってかなり端折ってあります


 初めて見た時はこんな人がいたのか、とアレクシスは目を瞬かせる。

 竪琴を爪弾くその指が音色を奏でるたび、胸の中は幸福感に満たされ目の前の彼女が微笑みを浮かべるたびその女神の所作に虜になった。

『あの人はこの国の女神様だよ……尊ぶべき、崇めるべき、恐れるべき……そして何より触れてはいけないとても大切な方だ』

 そう教育係に切々と説かれた時にはもう遅く、アレクシスの心の中は女神の事しか考えられないほどに満ちていた。それはさながら一目惚れ、運命の出会いと呼ばれるものなのかもしれない。例えばそれが破滅の序曲に向かうと解っていたとしても、もう彼にその想いを止める事など出来なかった。


「アレクシス、お前が次の王だ……この国を頼む……ああ、女神、女神よ……貴女を置いて先に行ってしまう私を赦しておくれ」

「気にしないで……長い間国を治めてくれて有難う……どうか安らかに」


 そういって女神がその前国王の額に柔らかな唇を押し付けた時、アレクシスは自分の中の何かが音を立てて崩れていくのをどこか冷静に感じていた。あの口付けは歴代の王全てに捧げられる最後の女神の祝福なのだと知っていても、その柔らかな夜の闇を思わせる黒い瞳もその薄い庭に咲く花と同じ色の唇も誰にも触れさせたくなくて苦しい。


 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい……どうして女神は俺だけの物ではなくてこの国の物なのか……どうしてその瞳に自分という存在を映してくれないのか……


「……アレクシス?」


 国民すべてが国王の葬儀の後、悲しみに暮れている中……土に埋まっていく棺を見ながらどこか遠い処を見ている女神が消えそうでアレクシスは思わず手を伸ばした。触れた女神の肩が震え、目を見開いてアレクシスを見た女神の表情は複雑なもので眉を顰めた。アレクシスを土の下に消えていくかつては国王だった……ひいては彼の父の兄でもあったその人物の永遠の死を悼んでいるのだろう、けれど次代の国王になってしまった彼に容易く涙を見せることも、弱音も吐く事も許されないのだろう……女神は彼の表情からそう受け取り笑みを浮かべると安心させるように言葉を紡いだ。


「大丈夫よ、アレクシスなら立派に国を治められるわ」


「……女神……いや、名前を……良かったら教えてくれないか?」


 震える声は小さなものでアレクシスは視線を女神から逸らす。小さい頃、彼女を一目見た時から恋に落ちていた事……時折どこか遠くを見るその姿が今にも消えそうで抱き締めたくて堪らなく、微笑みはどうか自分だけに向けてくれないか、と何度口にしそうになったかわからない。


「……リリィ」


 歴代の誰の王の文献を見ても、日記を見ても女神の名前が記されていた事は一度も無く告げられてないのだと思っていた。だから答えてくれると思っていなかったため、驚きに満ちた瞳でアレクシスが女神を見れば、それは彼女も同じだったらしい、思わず、といった風に口にした名前に慌てて口を手の平で塞ぐ仕草が人間らしさを思わせてアレクシスは思わず頬を緩めた。


「リリィ……私の女神、貴女の為にこの国をさらに豊かにすると約束しよう」


「……え、ええ……ありがとうアレクシス……そうね、これからは貴方がこの国の王様よ」


 戸惑いながらも笑みを浮かべる女神のその愛らしい事。触れてしまえば消えてしまいそうな白い肌……アレクシスが手を伸ばして握手を求めれば、逡巡の後女神が差し出した手を取る。柔らかな感触と、確かにそこにあるという暖かな体温に思わず見詰めてしまったアレクシスを咎める者など誰も居なかった。




 それからのアレクシスは一層政務に励んだ。内政を整え清く正しく国民を導く姿は遠い国にも賢王と名を知らしめ世界に点在する幾つもの国から縁談が舞い込む。その頃、丁度異世界から聖女と称した少女が召喚された事をが話題となった。それに一番反応したのがこの国の女神だった事にアレクシスは目聡く気付く。どうしてそんなにも気にするのか、と問えばそれが自分の見目と似たような女性だと聞いたからだ、と黒い髪に黒い瞳の女神が小さく零す。聖女と称された少女の役目はここよりずっと北の大地の浄化という役目を担ったと聞くものの、此方の国まで来ることはまずないだろう、そうアレクシスが言葉にすれば哀しそうに目を伏せたのがとても印象的で、そのまま押し倒してしまいたいと頭の中で何度もアレクシスは女神を組み敷いた。


「リリィが望むなら……私がその彼女に連絡を取ってみようか?」


「え?……でも……」


 それで女神の関心が無くなるのならそれでいい、幸いアレクシスは王でありながらこの世界一の魔法の使い手でもある。遠い国に居るであろう異国の少女を呼ぶことなど容易いと考えており、確かにそれは難しくもなかった。唯一その国の王女を嫁がせるように、その条件がなければもっと良かったかもしれないと後に後悔する事になるがその時には女神の喜ぶ顔だけを見ていてそこまで考えが回らないでいた。

 問題があるとすれば仮にその異世界からの少女をアレクシスたちの国に呼んだところで、女神の姿が彼女に見えるか否かである。この国の国民ならば誰もが見る事の叶う女神の姿は、他の国の国民には認識されないのだと女神が前に悲しげに目を伏せていたことを思い返し早計だったかと思われたものの、出会いを果たした女神と少女はお互いを認識したようで嬉しそうに微笑む女神の姿にアレクシスは自分の選択が間違ってなかったと安堵した。

 その日の夕方、そっと女神に逢いに行こうとしていた時、彼女と女神の会話を聞いてしまわなければ安堵したままだっただろう。それほど衝撃的な内容が二人の間で交わされていたのだ。曰く女神は自分もその彼女と同じ世界から来たのだと、だからもう帰れないと諦めていた彼女を元の世界へ戻してあげる事が出来る……そう言葉にする女神の声に泣いている少女から発せられる言葉はアレクシスの耳に届く前に、次に発した女神の言葉にアレクシスは愕然とすることになった。私もいずれはそちらに戻って人間として暮らすの、と。

 それからアレクシスはどうやって自分の部屋に帰ってきたか覚えていない。ただ纏わりつく様な絶望が、心の中に黒い影となって落ちた。


 どうして女神はそんなことを嬉しそうに話すのか、この国を……私達を……俺を見放すつもりなのか……どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして


 嫉妬と恐れと絶望と渇望と……様々な感情が入り交ざる中、かの聖女を召喚したという国から嫁いできた王女との婚姻、花嫁衣装を着て隣で微笑む王妃がどうして女神ではないのかとアレクシスは笑みの裏で何度も呪詛を述べ、閨では王妃を魔法で眠らせ幸せな夢を見させている間に自分は幻術という名の魔法で王妃の姿を女神に変え、何度も何度も欲望を王妃にぶつけた。身籠った王妃が生んだ子供は王子であり、ひどく安心したのをアレクシスは覚えている。

 ああ、これで王としての役目は果たしたではないか、と……王子専用の寝台で寝ている王子を柔らかい眼差しで見つめている女神とアレクシス。もう偽りなく女神に自分の想いを伝えようと唇を開く。おびえるようにこちらを向く女神にアレクシスはなるべく笑みを浮かべながら接した。怯える姿さえも愛しいと思う自分は確かに狂っているのかもしれない、とどこか冷静な部分でアレクシスは思うものの女神が居なくなる恐怖に比べればそんな事は些細な事ではないかと思いを改めた。手を伸ばそうとしたその時、女神の姿が一瞬で無くなってしまった事にアレクシスは目を瞬かせ、それから口元に笑みを浮かべた。


「そんなに、俺が嫌だったのか?俺は女神の為に……リリィの為に、リリィの為だけに生きてきたのに」


 笑った顔が好きだった、いつもどこか困ったように笑うその顔が、いつか心から笑えるようになればいいと努力してきたつもりだった。女神が誰かの死に触れるたび、見えない部分が軋んだ音を立てるかのように表情を歪めるのを出来れば自分が癒してあげたいと思った。何時でも傍にいて、彼女が心穏やかに暮らせるようにと心を砕いてきたのに……泣き出した赤ん坊を抱きあげれば目を開けてアレクシスを見た。まだ小さなその手を伸ばしその頬に触れる小さな赤子の体温は普段なら癒しを与えてくれるものなのだろう。

 けれど今はそれも難しく、冷えた心が暖まる事はない。赤子の頬に透明の雫が落ちる。それが泣いている事なのだとアレクシスは気づかない。ただただ、目の前から居なくなった女神に対しての愛憎だけが心を支配していた。


 女神の気配が消えたのを感じ、アレクシスは今度こそ狂ったように笑う。腕の中に抱いた赤子が泣き始めても、異常に気付いた衛兵達が、王妃が部屋に入ってきても壊れた様に高笑いを続けるアレクシスは不意に笑うのをやめて集まった者へと視線を向けた。そこに湛えるのはとても安らかな笑顔。


「もう終わりにしよう……私は頑張った、だが無理だった……それだけのことだ」


 この国も、この世界もリリィがいたから頑張れた。彼女が居たから自分は歯を食いしばって生きてきたのだ……女神が、リリィが居ない世界など居ても仕方がないではないか……笑ってほしかった、出来ればずっと傍で、悲しい顔をしていたのを知っている、辛い顔をしたのを知っている……全部全部、それらを愛しく守ってあげたくて頑張ったのに足りなかった。何時かまた会えるだろうか……違う世界に戻ってしまった女神にもう逢える術などもしかしたらないのかもしれない、そう思えば絶望がその身を襲う。

 溢れ出た魔力は制御が効かずまずは部屋を、それから城を……さらに国全土をのみ込む暴走で死の大地に変えてしまうほどだった……――



 ラサーム暦562年華の月、賢王と謳われたアレクシスの治世は僅か1年で終わりを告げる。真相を知る者は誰も居らず不毛な大地がその凄惨さだけを後世に伝えた。



読んで頂き有難うございました。何時か仕上げようと思っていた王様視点の方のお話です。

ただひたすらに暗くてすみません。

前作を読んで頂いた方はありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。


ただ、こんなの書いておいてなんですが作者はバッドエンドよりもハッピーエンドが何より好物です。

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