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8.ボス戦

 『剣歯虎(サーベルタイガー):リーリアの森奥地に棲む魔物。この森の主。尖った牙には毒があり、一度刺さった獲物に逃れるすべはない』



 薄い茶色の毛並みは、日光を受けて金色にも見える。上顎犬歯はサーベル状になっており、毒など関係なく噛まれればそのまま致命傷になるだろう。太く大きな四肢は、ネコ科特有のしなやかな体をしっかりと支え、王者の風格を表している。


 それが、今にも飛びかかろうと身を屈めた。


 『ギャオウッ!』


 剣歯虎に向かってシュヴァが吠える。俺に飛びかかろうとしていた剣歯虎は、今気づいたというようにシュヴァルツに視線をやった。その動きには何の制限もかかってはいない。


 「――、シュヴァルツッ!!」


 【威圧】のスキルは、狩りの際に最大限の効力を発揮する。それは獲物とする相手が、常に格下か同格であるからだ。

 己より強い相手を威圧したところで、そんなものはなんの意味ももたない。



 ――だから、それが足止めの意味などない、剣歯虎に対するシュヴァルツの戦線布告だと気づくのに一瞬遅れてしまった。


 薄茶色の毛皮に、黒い獣が飛びつき噛り付く。


 『グガアアアアアア!』

 『ッキャン!』


 「、シュヴァッ!」


 剣歯虎は、軽く首を振るようにしてシュヴァルツを振り払い、そのまま太い前足で弾き飛ばした。

 ダッシュを使い滑り込む。地面に激突する前に、どうにかシュヴァルツを抱き留めた。

 その体には、爪で切り裂かれた数本の筋がついていた。ぐったりとした体に意識はないものの、爪の当たりが甘かったのか、切り傷自体は浅い。


 「急いでメルの草を探さないと……」


 その前に、こいつをどうにかしなければいけない。このまま俺たちを逃がしはしないだろう。

 この森のボスである剣歯虎に向き直る。


 立派な四肢である。が、そこには前世の虎と大きく違う部分がある。前脚に比べて後ろ脚が短いのだ。


 ダッシュで距離を取る。ミミの木の小枝に火をつけて投げてみるが、それは簡単に前脚で吹き飛ばされた。


 (風鹿のようにはいかないか……)


 旋風の魔法を連続で放つ。しかし、そのどちらも分厚い毛皮に阻まれて致命傷には至らない。

 飛びかかってきた剣歯虎から目を離さず、直前で避ける。そのまま密集する樹々の間へ走りこんだ。


 剣歯虎が追ってくる気配がするものの、追いつかれることはない。ネコ科とはいえあの巨体では小回りが利きづらく、また後ろ脚だけ短いその体型は足を遅める。

 ダッシュを使って、目的の場所へ急ぐ。


 走って走って、息切れを起こす前にダッシュのスキルをやめる。目的地まで辿り着くと、急いで呼吸を整えた。

 背後を確認するが、見える位置に剣歯虎は迫ってはいない。しかし、木の枝が折れる音や足音などで、確実に近づいていることは分かる。


 ここら一帯は、俺の掌程度の大きさの赤い花で埋め尽くされている。

 目の前で鮮やかに咲き誇る、トロボラスの花を見下ろす。ローブの前を緩め、苦しくないように気をつけつつ、シュヴァルツをそこに入れた。

 

 花を幾つか摘み取ると、俺の腰の高さまで群生する花々をかき分け、その中に身を潜めた。


 暫くすると剣歯虎が姿を現した。俺の足音が途絶えたこの場所を見回し、ウロウロとその場を行き来する。

 そうして、隠れる俺の目の前までやってきた。


 「……っ!」


 剣歯虎が少し首を伸ばせば、鋭い牙が当たりそうなその距離。

 声を漏らさないよう、必死に唇を噛みしめる。


 数十分にも感じられるその時間は、実際には1分にも満たなかったかもしれない。


 前世、動物全般が大好きだった友人から様々な薀蓄(うんちく)を聞かされた。大体は話半分で流していたが、同じ話を何度も繰り返すのでいい加減覚えてしまったものもある。

 

 イヌ科と違って、ネコ科は嗅覚での狩りをほとんどしない。

 人間に比べるともちろんその感覚は優れるものの、イヌ化ほど優れてはいないのだ。トロボラスの蜜の甘い香りであふれるこの場所では、嗅覚でもって俺を見つけるのは不可能だろう。

 俺の姿を見失えば、それはそのまま狩りの失敗を意味する。 


 そうして、剣歯虎は諦めた様にくるりと花畑に背を向けた。やっぱり俺を見つけて近寄ってきたわけではなかったようだ。


 このタイミングを狙っていた。

 ここで逃がす気はない。この森で生活する以上、ここで逃がせばいずれまた命を狙われることになる。


 十分に距離が離れたのを確認し、一息に立ち上がる。

 風の刃を腕に纏い、剣歯虎に向けて大きく振りかぶった。


 空を切る音に剣歯虎が振り向く。

 それと同時に、俺の手から放たれた角兎の角が、風の魔法の後押しを受けて剣歯虎の肉に食い込んだ。


 『グギャオオオオオオオオオオウウウウウ!』


 この森に、主である彼らの脅威になる敵はいなかったはずだ。初めて感じるだろう鋭い痛みに、剣歯虎が大きく吠えた。怒り狂い、飛びかかろうと四肢に力を込めるが、その体に力がこもることはなくくずおれる。


 トロボラスの花の蜜には、全身麻痺の効能がある。

 角ナイフにはたっぷりとその蜜を塗りたくっておいた。


 「即効性で良かったよ……」


 そうじゃなかったら、蜜が効くまでまた鬼ごっこになるところだ。そろそろダッシュも限界だ。

 首元の一か所を狙い、何度か風刃を放つ。血の池が地面に大きく広がる頃、澄んだベルの音が鳴り響いた。



 『レベルアップ完了――魔王 Lv.3になりました』


 『レベルアップ完了――黒狼 Lv.4になりました』

 『レベルアップ完了――黒狼 Lv.5になりました』



 「やっとか……っと! シュヴァ、怪我大丈夫なのか!?」


 『うん、もう痛くない』


 開いたローブの胸元から、ひょこっとシュヴァルツが顔を出す。レベルアップしたことで体力が全快したようだ。

 柔らかい毛の下に傷が一切残っていないのを確認して、地面に降ろしてやる。


 「良かった……。そうだ。シュヴァ、剣歯虎の肉って食べたいか?」


 『ううん。不味そうだからいらない』


 即答だった。俺は少し笑いながら、折角なので剣歯虎を鑑定してみる。


 『剣歯虎の屍(サーベルタイガーの肉):中量+の魔力を蓄えるその身は固く、筋張っている。独特の酸味があり、食料としては不人気である』


 「なるほど……角兎の時と違って、確かに俺も食べたいとは思わないな。じゃあこれ、全部魔力吸収しちゃっていいか?」


 『いいよー』


 シュヴァの承諾も得たので、剣歯虎に右手を当てる。

 今の戦いで、魔力はほぼ使い切った。レベルアップすると体力は全快するが、魔力は最大値が上がるだけだ。今のストックは一桁に近い。


 その時、背後で音がした。

 

 振り返ると、金色に輝く毛並みの剣歯虎が立っていた。



 『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオ!』



 倒れた剣歯虎とそれに手を掛ける俺を目にし、絶叫する。その声の波動で樹々が揺れ、ザワザワと森中に音が響いた。


 地に付す剣歯虎より一回り大きなその体を見て、俺が倒したのはまだ子どもに過ぎなかったのだと気がついた。

 そして目の前の成獣は、子どもを殺されて怒り狂っている。戦いは避けられないだろう。



 「シュヴァ……お前はこのまま祠まで戻れ」


 倒した剣歯虎の魔力を吸収する余裕はない。幸い、レベルアップでダッシュの疲れは取れている。

 ――逃げ切ることが出来るかは分からないが、このままシュヴァルツと一緒にいても結果は変わらない。

 それなら、意識が俺だけに向いている今のうちに、彼だけでも逃がした方がいい。


 『やだ!』


 「へ? って、ちょ、駄目だって! シュヴァルツ戻れッ!」


 まるで角兎を相手にするような、むしろそれより気安い様子で、シュヴァルツは剣歯虎に駆け寄っていく。慌てて止めようとするが、俺が辿り着く前に剣歯虎の右前脚がシュヴァルツを薙ぎ払った。


 『ッギャオ!』


 吹き飛ばされた肉片が細身の木に当たり、根元から折れた。そのまま鈍い音を立てて倒れる。

 駆け寄ろうと踏み出しかけたが、そこにシュヴァルツの姿が見当たらない。


 「シュヴァ……って、はあ!?」


 慌てて目を戻すと、そこには前脚を一本失った剣歯虎と、それを前に気負いなく立ちふさがるシュヴァルツがいた。


 「な、何が起こってるんだ……」


 訳が分からず、その場に立ちつくす。

 シュヴァルツは軽く飛び上がると、そのまま剣歯虎の首元を大きく食いちぎる。

 喉をやられた剣歯虎は、声もなく地面に倒れこんでいった。

 

 再度、ベルの音が鳴り響く。



 『レベルアップ完了――黒狼 Lv.6になりました』

 『レベルアップ完了――黒狼 Lv.7になりました』

 『レベルアップ完了――黒狼 Lv.8になりました』



 「シュヴァルツ……俺、訳が分からないよ……」


 『ほめてほめて』と無邪気に俺にじゃれつくシュヴァルツは、しかしいつもの小さな仔犬のままだった。

 ステータスを確認する。



 『 黒狼 Lv:8

 称 号:魔王の第一配下

 名 前:シュヴァルツ

 体 力:36/36

 魔 力:17/17

 攻撃力:20(×10)

 防御力:15

 素 早:33


 スキル:威圧 


 固有スキル:魔王の剣


 加護:歪なる祝福 』



 「攻撃力200……って、俺よりめっちゃ強いんですけどおおおおおおおおおお!?」


 どうやら、俺は魔犬――ではなく、凄まじい魔剣を手に入れてしまったらしい。

 

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