5.出会いは運命
ブックマークして頂いた方、読者の皆さま、毎日本当にありがとうございます。
本当は毎回お礼を述べたいところですが、そろそろ本文の邪魔になるかもしれないので、お礼はここまでにしておきます。
更新頑張って参りますので、今後ともどうぞよろしくお願いします!
狩った角兎で昼食を済ませる。
レベルも上がったので、晩飯の調達目的と合わせて今からはもっと森の奥へ進んでみようと思う。
油断しないよう気を引き締め、辺りを伺いながら探索していく。
暫く歩くと、新しい植物が混ざり始めてきた。
『レッズクルスの草:リーリアの森中頃に生える草。乾燥させて湯につけると、鮮やかな赤の液体が出来る。それには激しい睡眠導入効果があり、一口飲むと優に1カ月は眠り続ける』
『ミミの木:リーリアの森中頃に生える木。火を点けるとよく燃える。その煙を吸い込むと、5秒で呼吸困難に陥る』
「相変わらず物騒な……」
乾いた笑いを浮かべたところで、少し離れた場所から何かが吠える声が聞こえた。
(新しい魔物か)
念のため角ナイフを構えた状態で、物音を立てないように慎重に奥へ進む。
敵いそうにない相手なら無理をせず、気づかれないうちに角兎のテリトリーまで戻ろう。
そうして目に入ってきたのは、
(あれは――仔犬?)
樹々が自然と開けた広めの空間で、黒い小さな獣と3羽の角兎が対峙している。
黒い獣にはところどころに切り傷が出来ていて、角兎にはほとんど怪我は見られない。
昨日の冒険者たちとの戦いとは違い、今回は角兎たちに軍配が上がっているらしい。
『ヴゥ……ヴォンッ!』
じりっ……と1羽の角兎が前に踏みだしたところで、仔犬が高く吠えた。
途端ピタッと角兎の動きが止まる。その隙を見逃さず、仔犬は角兎の横を通り抜けた。
しかし、すぐに別の角兎に行く手を阻まれる。
詰め寄られては吠え返し、その度に角兎の動きが凍ったように止まる。
前世、子どもの時に遊んだ『だるまさんが転んだ』を彷彿とさせる光景だ。
そうして気づいたが、仔犬の吠え声には相手の動きを一瞬止める作用があるらしい。しかし何度も繰り返すうちに、その効力も段々短くなっているようだ。
時間が経つごとにジリジリと狭まる距離は、仔犬の命のリミットをそのまま表していた。
(どうしようかなぁ……)
別に仔犬を助けようとか、そんな甘いことを思ったわけじゃない。俺だって角兎を狩っている訳で、それなのに仔犬は助けたいとかそんなのは俺のエゴだろう。3対1の戦況だって、命を懸ける大自然の中では卑怯だとは言えない。
そうしている内に、いよいよ仔犬の目の前まで角兎が迫る。
しばしの追いかけっこを経て、その位置は、丁度俺の目の前まで来ていた。
今まで自分よりも一回り大きい魔物と気丈に対峙していた仔犬だったが、とうとう逃げ道がなくなったのを悟ったらしい。仔犬の視線が、一瞬何かを探し求めるように彷徨った。
そしてその時、それは無意識に木の陰から頭を出しすぎていたらしい俺の瞳を捕らえた。
――黒く澄んだその双眸は、諦めを孕んで酷く哀しげに。小さく震えるその姿は、ここにはいない親の姿を求める、幼い迷い子の様に見えた。
(……ええい、どうせ後悔するならやってしまえ!)
即座に風の刃を腕に纏うと、全神経を集中させて一番手近な角兎に放つ。そんなに距離もなかった為か、それは危なげなく目標へと到達した。
『ギイィイイイッ!?』
ダッシュを使って2羽目の角兎へ走り寄る。
急に現れた第三者に驚く角兎の首元を狙い、角ナイフで切りつけた。
残り1匹はそのまま逃げだしたので、追わずに見逃す。
「……大丈夫か?」
振り返り、黒い仔犬に声を掛ける。するとよほど驚かれたらしい、それはゴム毬の様にポーンと飛び上がった。ゴム毬の実物は見たことがないけど、多分こんな感じだろう。
ジッと見つめあっていると、シュンと仔犬が耳を下げた。まだ小さいがフサフサで柔らかそうな尻尾も、怯えた様にその四肢に絡められる。どうやら俺は、新たに現れた強敵だと思われたらしい。
(それもそっか)
魔物には、言葉が理解できない。これ以上話しかけても怖がらせるだけだろう。
角兎の肉を2羽とも拾い、仔犬のもとへゆっくりと近づく。そしてある程度の距離を開けたまましゃがみ込んだ。
「これ、良かったら食べて」
肉を1羽分置いて、出来るだけ優しく聞こえるように語り掛けた。そのままわざと視線を外し、しゃがんだ時と同じようにゆっくりと立ち上がる。
仔犬がただ静かに俺を見つめているのが、視線で感じられた。
「じゃあな」
ダッシュは最初より短い使用だったので、今回はそこまで疲れていない。でも夕飯はすでに手に入れたし、今日はこのまま祠へ帰ろう。
森の中を戻っていると、後ろから草をかき分ける微かな音が聞こえた。
「ん……?」
何かに跡をつけられているらしい。木の陰に隠れ、様子を伺ってみる。
現れたのは、口いっぱいに角兎を咥えた先ほどの仔犬だった。姿が見えなくなった俺を探しているらしく、慌てて辺りをキョロキョロ見回している。
驚かさないようにそっと声を掛ける。
「お前、着いてきちゃったの?親はどうした?」
話しかけてはみるものの、やっぱり内容は伝わっていないらしい。
きょとんと小首を傾げてこちらを見上げている。
(さっきも親の姿は見えなかったしな……はぐれたのか)
角兎との戦いで、仔犬の体には傷がたくさん残ったままだ。
手を差し出してみると、肉を咥えたまま小さくすり寄ってきた。
「……うちの子になるか?」
厳密にはまだ“家”はないけどな。
耳元を掻いてやると、仔犬は気持ちよさそうに尻尾を左右に振っている。傷が痛まないように抱き上げてやり、新しく出来た家族を連れて、俺は湖へと向かった。
☆
「おっ前いい子だな~!」
湖で傷を洗ってやり、祠で保管していたメルの草と、追加で摘んできた分を角ナイフで擦りつぶしたものを仔犬の傷口へ塗ってやる。少しはしみるだろうに、仔犬はじっと耐えている。全て塗り終わった後、褒めるように頭を撫でてやると、嬉しそうに手にじゃれついてきた。
「よし、じゃあ晩飯にしようぜ」
仔犬が咥えて来たものも俺のと同じように捌いておいた。
表面を炙って仔犬に出してやると、勢いよく喰いつく。その様子を眺めながら俺も肉を食べ始めた。
「お前の名前は何がいいかな?」
これから一緒に生活していくんだ、ずっと仔犬と呼んでいる訳にもいかないだろう。
「種類も分からないしなぁ」
もともとそんなに犬の種類に詳しくないし、魔物だから前世に同じ種類がいた訳もない。
「黒、ブラック、他には確かシュヴァルツだったか……じゃあ『お前の名前は今日からシュヴァルツ』だ!」
それを口にした途端、突然体中から一気に力が抜けていく。
「う……ねむい……」
意識が飛びそうだ。どうにか壁まで体を引きずり、昨夜と同じ体勢になる。太ももの上にシュヴァルツを乗せ、その横を腕で囲い込むと、頭で上に覆いかぶさるようにして。俺の意識はそこで途切れた。