11.森の先
翌朝、シュヴァと風鹿を狩りながら鑑定スキルも使って薬草を集めた。ノートルから受け取った麻袋は収集用のものだったらしい、広げると中に仕切りがあり、6種類まで分けて保存できる作りになっている。
間違って混ぜないように注意しつつ、聞いておいたクエスト品を全て探して袋に仕舞っていった。傷薬になるメルの草だけは、村人が使う分も考えて多めに摘んでおく。
「こんなもんか……狩りで魔力も溜まったし、そろそろ祠に戻ろう」
『はーい』
空を見上げると太陽が高く輝いている。位置的にそろそろ昼だろう。
昨日ゼオたちと別れる時、買ったものを昼過ぎに持ってきてくれると言っていた。薬草と購入品を交換して、俺とシュヴァはそのまま森を発つつもりだ。元々身一つで生活してきた訳だし、特に準備するものもない。祠へ戻る道すがら、世話になった天使像の為に花を一輪だけ摘んでおいた。
☆
「トール、待たせたな」
昼飯を終えて祠の中でシュヴァとのんびりしていると、ゼオがやってきた。その手には大小の麻袋が握られている。中から順番に品を出すと、地面に広げたままそれぞれの説明を始めた。中には頼んでいた塩や胡椒の他に、あって困らないだろう便利用品も持って来てくれたらしい。
「これは体力回復薬だ。メルの草を使って作られているから、小さな傷なら掛けてしまえば治るだろう。疲れているときは直接飲んでしまっても大丈夫だ。こっちはトロボラスの蜜の加工品だ。火を加えると麻痺の効果が消えるから、狩りの時にでも使うといい。ただ水気に弱いから、使わないときはしっかり容れ物の口を閉じておいてくれ。そしてこれが――……」
説明を終えると、また全て袋に戻してこちらへ差し出してきた。受け取ってみると予想以上に重さがある。前世と違って個々の包装が紙やプラスチックではなく、瓶や陶器で出来ているせいだ。持ち運び時にぶつかり合って割れないように間に布を挟んでいるため、更に嵩増しされている。
俺は暫く悩んだ後、ゼオに軽く頭を下げた。
「折角買ってきて貰ったのに悪い……俺たちさ、今から旅に出ることにしたんだ。これ全部は持っていけないかも」
「今からって、今日これからか? またえらく急だな」
それなら持って行けそうなものだけ選んでくれと言われ、その言葉に甘えることにする。
「ほんとにごめん、ちょっと用事を思い出してさ。ゼオたちはノモルの村が落ち着いたら、直ぐにでもクエストを報告しに行くんだよな?」
「ああ、クエストを受注したグルモルの町まで戻るつもりだ。お前たちはどこへ向かうんだ?」
「ッ、お、俺らは向こう側にある魔族の住処を訪ねるよ!」
自分から訊いたくせにその後について何も考えてなかったので、咄嗟にゼオが指した町の方向とは真逆の場所――リーリアの森奥地の更に先を適当に示しておく。本当に魔族が住んでいるかは知らないが、ゼオからも特に何のツッコミもなかった。
ただ急に慌て出した俺に不思議そうに首を傾げるゼオに、「何でもない」と誤魔化しながら袋の中身を再度地面に広げる。
元々頼んでいたもの以外にも、説明を聞いて気に入ったものを手に取り選んでいく。そうして荷物の中身を厳選すると、大袋に満たないくらいの量になった。残りの品についてはゼオに引き取って貰う。
ゼオは俺が品物を仕舞っている間に、渡して置いた薬草の確認を終わらせたらしい。
「クエスト品全て集めてくれたのか……。トール、これはお礼だ。お前がこのクエストをクリアしたんだから、これはお前に受け取ってほしい」
言って、彼は俺に銀貨3枚を差し出した。これが今回のクエスト報酬全額なんだろうということは伝わったが、こっちの通貨が分からないから、これがどれくらいの価値かも分からない。ゼオたちがクエストのためにこの森に来るまでにも金は掛かっただろうし、今のところ必要なものもないしで断ろうとしたが、是非にと言われ2枚だけ受け取った。残っていた剣歯虎の魔石(小)と一緒にローブのポケットにしまっておく。
「ノートルたちももっとトールと話したがっていたから残念がるだろう。メリオたちも、お前とシュヴァルツに直接お礼を言いたいと言っていた」
「そっか……メリオたちには俺からも礼を言っていたと伝えてくれ。あの子たちがお前たちを連れてきてくれたお陰で、貴重な友人が出来た。ノートルたちにも宜しくな」
「ああ、俺もお前みたいな魔族に出会えて嬉しく思う……またどこかで会えたらいいな。シュヴァルツも元気でな」
俺はゼオと固く握手を交わし、女神像に花を供えて一礼すると、そのまま祠を旅立った。
☆
途中、水筒代わりの入れ物に湖の水を汲み、真っすぐ風鹿のテリトリーを抜けて、さらに森の最奥を目指して黙々と進んでいく。
樹々が途切れる一番端まで来ると、そこは小さな洞窟へと繋がっていた。辺りを伺ってみたが、他に通れる場所はなさそうだ。右手に火魔法を灯し、暗闇へ一歩踏み込む。シュヴァルツも初めてここまで来たらしく、しきりに辺りを見回している。
「シュヴァ、近くに魔物はいそうか?」
『んー……もう少し奥になにかいる』
森にいた時と変わらず、洞窟の中でもシュヴァルツの敵になるものはいないらしい。鋭い聴覚と嗅覚を活かして敵の居場所を察知し、そのまま威圧のスキルからの攻撃で瞬殺だ。こういう暗い場所にいそうなアンデッド的な魔物はおらず、蛇やトカゲのような爬虫類系が多い。分かれ道の多い洞窟の中を、迷わないように壁に右手を当てた状態で進んでいく。
洞窟内で正確なところは分からないが数時間は経ったように感じる頃、壁に大きめの穴を見つけた。覗いてみると、奥は行き止まりのようだ。ここなら出入り口だけを見張っていれば魔物の奇襲は防げる。
「今日はここまでにしようか。シュヴァ、飯の準備をするからそこ見張っててくれ」
荷から乾燥肉とパンのようなもの、水筒を取りだし、シュヴァと軽く夕食を摂った後、交代で眠った。
翌日もところどころで出会う魔物を危なげなく倒しながら進んでいる内に、早々に出口が見えてきた。入り込む光の強さを見ると外は昼前ぐらいだろうか、ほぼ丸1日ぶりの日光の気配にテンションが上がる。
「おー! 思ったより早く着いたな!」
目につくところに魔物もおらず、壁から右手を離して小走りで出口に向かう。
『あ。とーさま、まって』
「ん?どうし――って、おわッ!?」
シュヴァルツの静止の声に振り返ったところ、何かが足元近くに深く突き刺さった。湿り気のある土に生えたそれは白く艶があり、緩やかについたカーブも美しい。
――が、それが何か分かった途端悲鳴が漏れた。
「っうえッ!? ほ、骨ぇええ!?」
思わず叫んで正面を見やると、少し離れた樹々の向こうに人間がいた。フードを被った2人組みと、それと対峙する男たちが複数人。流れ玉ならぬ流れ骨に叫んだせいで、俺は今全員の注目の的だ。
状況が分からず固まる俺に、男たちの声が聞こえてくる。
「おい、あっちに魔族がいるぞ! クソッ、ついてねえ!」
「いやでも、まだこいつらの味方か分からねえし……」
「馬鹿野郎っ! ありゃ上位魔族だッ!! 向こうの味方じゃなくても俺らのことは確実に殺しに来るぞ!!」
目に見て分かる剣呑な雰囲気に、リーダーらしい男の言葉で更に殺気が増した。明らかに矛先がこちらに向けられた感覚に、ゾクリと悪寒が走る。
未だ言い争う男たちから目を逸らし、フードの人物たちにチラリと目線をやる。周囲の抉られた地面や折れた枝を見ると、どうやらこの人数の男たちと2人のみで互角に争っていたらしい。しかしスラリとしたその立ち姿には、一切の気負いも感じられない。
(この状況の中で身動ぎ一つしないってことは、2人ともかなりの手練れってことだよな!? 俺必要ないよな!?)
ではここは元通りお2人に任せて……と今出てきたばかりの洞窟内へ一歩足を引いた、その時。
「「ッツギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」
「うおええっ!?」
まさに断末魔の叫びと共に、フードの人物は見事なまでに同時に後ろにぶっ倒れた。突如の展開に唖然としたまま見つめるものの、いくら待っても全く一切ピクリとも動かない。
――それを見て、男たちがさらに騒ぎ出す。しかし、その空気は一変して恐怖の色に染まっていた。
「お、おい、あいつらあの魔族見ただけで死んじまったぞ……っ!?」
「相当やばいやつなんじゃねえか!?」
「ッ、そんなこたあいいから喋ってねえで逃げるぞッツ!!」
男たちの判断は一瞬だった。気が付いた時には倒れたままの2人組みと、俺とシュヴァルツ――…そして1本の骨だけが、その場に取り残されていた。