10.旅立ちの決意
「あ、起きたッスね」
目を開くと、そこはいつもの祠の中だった。そして真横に筋肉が一人胡坐あぐらをかいて座っている。
「……運んでくれたのか」
「この黒狼が案内してくれたっス。運んだのはゼオリアーディオンさんッスけどね」
いやぁ、こいつ頭良いんスね!と笑いつつ、俺の腹の上で眠るシュヴァルツを指さす。祠のすぐ外には、獲れたてらしい風鹿が1頭倒れている。魔力切れを察したらしいシュヴァルツが用意してくれたんだろう、土の上には獲物を引きずってきた跡がある。
男は、どうやら俺が起きるまで見張りをしてくれていたらしい。
俺はシュヴァルツを起こさないように足の方へずらしつつ、ゆっくりと起き上がる。
「ノートルさん、だっけ。面倒をかけてすまない」
「ノートルでいッスよ! 本当はゼオリアさんが残るって言ってたんスけど、俺たちの中でB級冒険者はあの人だけッスからね。この森での見張りくらいならC級の俺で十分でさぁ」
「……そういう情報、魔族に話して大丈夫なのか?」
自分で指摘するのもなんだが、さらっとパーティーの実力を教えてくるノートルに少し心配になる。しかし、彼はカラカラと笑って右手を振った。
「ゼオリアさんの友達は俺たちの友達でさぁ。友達になら問題ないッショ!」
「あんたら、本当に仲がいいんだな」
この世界での人間と魔族(人型は“魔物”ではなく“魔族”と呼ぶようだ)の関係はまだ分からないが、彼らと初めて対峙した時の様子だと、良好な関係とは言えないんだろう。
それでも、ゼオが認めた相手だというそれだけで、すんなり受け入れられてしまった。それだけで彼らの間の信頼関係が窺えるというものだ。
「俺らもともとある国で傭兵やってたんスけどね。いろいろあって引退して、今はゼオリアーディオンさんをリーダーにして、冒険者やってるんス。で、依頼があって『医療の森』で取れる収集品を取りに来たら、ノモルの村が魔物に襲われてて」
「『医療の森』?」
「ん? この森のことッスよ! 回復薬はもちろん、麻酔薬とか睡眠薬になる草とかいろいろありますからね、別名の方が有名なんスよ。旦那、知らなかったんで?」
(なるほど。物は使いようなんだなぁ……)
『死の森』だと思ってた、と伝えると、「確かに、普通に食べたり飲んだりすると死にますからね」と笑われた。鑑定スキル様様である。
「さっきも言ってたが、ノモルの村? が魔物に襲われてるって……」
「ええ。依頼受けてからこっちに着いたの夕方だったんで、森に入る前に一番近いノモルの村で宿を取ることにしたんスけどね。朝起きたら村の周りが角兎で囲まれてて。柵を越えて畑に入り込んでくるし、近くにいる村人を襲い始めるしでもう大騒ぎで」
「そんなことになってたのか……」
テリトリーを追われた角兎は、森の端どころか森の外まで進出していたようだ。考えこむ俺に、魔物襲撃への関与を疑っていたことを思い出したらしいノートルが、申し訳なさそうに再度謝罪してきた。
「あ、いや、それは全く気にしてないんだが……なんか他に重大なことを忘れているような……」
暫く悩むが、なかなか思い出せない。そうしていると、ノートルが立ち上がった。
「旦那も起きたことですし、あっしもそろそろ行きまさぁ」
「ああ、足止めして悪かった。なんなら植物の生えてる場所分かるし、お礼に収集手伝うけど?」
「うわ、それめっちゃ助かります! けど、まだノモルの村が落ち着いてないんスよね……依頼の前にそっちをなんとかしないとなんで。今あそこ、俺らとひよっこパーティーしか冒険者がいませんからねぇ」
「そうか……そっちは俺も手伝えないしなあ」
人間の村に魔族が入るのは、角兎以上に大問題だろう。
そして、気づいたことがある。
「なぁ、もしかして薬足りてないんじゃないか?」
「さすが旦那、良くお気づきで!」
(……そりゃあ異変の原因があるだろう森に『ひよっこパーティー』が来てたくらいだしな)
冒険者が少ない中で、村の為にと危険を冒して薬草を取りに来ていたんだろう。
自分の村がそんな状況の中で、結果はどうあれ、俺の為に上位冒険者を派遣してくれたことに感謝した。
「あとで何か袋を用意してくれないか? 明日狩りのついでに摘んでおくよ。余った分は村の人に分けてやってくれ」
そうして明日の予定を頭の中でたてながら風鹿を魔力吸収しているとき――やっと気になっていたことを思い出した。一気に血の気が引く。
「な、なぁ、俺が倒れてからどれくらい経った!?」
「えっ!? えっと、まだ1日くらいスけど?」
今回は剣歯虎2頭分の魔力補給のお陰で、『名付け』を行ったもののそんなに眠っていなかったらしい。
(それなら、まだ間に合うかもしれない……!)
風鹿を吸収し、急いで立ち上がる。突如慌てだした俺を見て、ノートルは事情が分からないながらにも一緒に立ち上がった。眠るシュヴァルツは、起こさないようにそっと祠に置いておく。彼だけなら小さな天使像の後ろに隠せる。
「悪いが、俺もノモルの村まで連れていってくれ!」
☆
全力疾走でノートルに村まで案内してもらい、途中息切れで死ぬかと思いつつも何とか着いた。
ノモルの村の入り口辺りで、金髪の青年が柵を手直ししているのが見える。
「ゼオッ!」
「ど、どうした? なにかあったのか!?」
俺の慌てように、ゼオも急いで駆け寄ってくる。その手には昨日とは別の古い槍が握られていた。一時的な誰かからの借り物だろうか。
「いや、ちょっと、確認したいことが、あって、」
呼吸が整わず、切れ切れに言葉を紡ぐ。ノートルも同じように走ってきたはずだが、こちらは全身筋肉で出来ているような男だ、息の乱れは既に落ち着いていた。それどころか筋肉を見せびらかすようにポーズをとっている。いや、別に羨ましくないんだけど!?
「確認したいこと? なんだ?」
「いや、えっと……」
シュヴァルツの名付けをしたとき、その直後は『称号』と『加護』しかステータスに表示されていなかったはずだ。レベルアップをすることで加護の恩恵らしい固有スキルがつくなら、まだ『配下(仮)』の状態である可能性もある。こちらの世界の知識がないので手段は分からないが、今なら取り消しも出来るかもしれない。
レベルアップをする前の、今なら……!
俺が口を開きかけたその時。
「トール、後ろ危ないぞ」
ひらりと駆け寄ったゼオが、俺に飛びかかろうとしていたらしい角兎をあっさりと切り伏せる。
それと同時に、聞きなれてきた澄んだベルの音が響き渡った。――響き渡ってしまった。
『レベルアップ完了――戦士 Lv.43になりました』
「お、レベルが上がったな」
「まじスか! おめでとーございやす! いやぁ、最近角兎とはいえ、大量に倒しましたもんね!」
「これでレベル何ですっけ?」と嬉しそうに話す2人に構わず、そっとゼオを鑑定する。
『 戦士 Lv:43
称 号:B級冒険者
魔王の第二配下
名 前:ゼオリアーディオン(ゼオ)
体 力:88/88
魔 力:22/22
攻撃力:70(+1)
防御力:55(+7)
素 早:105(×10)
装 備:錆びた槍(+1)
戦士の衣(防御力+4)
戦士の革靴(防御力+3)
スキル:槍使いLv:5
固有スキル:魔王の翼
加護:歪なる祝福 』
個人情報を勝手に見て申し訳ないと思いつつ、半眼で確認させて貰ったゼオのステータスは、想像通りの結果になっていた。
(うわあ……うわあ! なんかそこだけ元からステータス高かったせいで、素早さが人間離れしたみたいになってるんだけど!)
これは土下座案件かもしれない。この世界でもそれで誠意は伝わるだろうか。
だが完璧に手遅れになってしまった以上、謝ってももうどうしようもないだろうとも思う。土下座はなしの方向でいこう。
「トール、顔色が良くないが大丈夫か?」
心配そうに声を掛けてくれるゼオに頷きつつ、俺はローブのポケットに手を突っ込んだ。そこから取り出した『剣歯虎の毒牙×1』と『魔石(大)』をそっとその手に握らせる。俺は村を眺めつつ、あたかも『村での出来事に対する話をしているように』ゼオに話しかけた。
「気になって様子見に来たけど、やっぱりゼオたちにはかなり迷惑かけてるみたいだ。
良かったらこれ使ってくれ。さっき戦った剣歯虎から取れたやつだ」
「剣歯虎!?」
リーリアの森で起こったことを話すとゼオは腕を組んで考え込み、「なるほど、子どもに狩りを教えていたんだろうな」と答えた。下手な狩りで追い立てられた魔物たちが逃げ回っていたことが今回の原因のようだ。
「俺が知っている限りではあの森に剣歯虎がいるとは聞いたことがなかったんだが……今更ではあるが、後で村長に過去の事例を訊いてみよう。剣歯虎は繁殖期が少なく、その間隔も長いらしい。それ故個体数も少なく、最近は発見されなかっただけかもしれない。
あとな、剣歯虎の牙や毛皮は珍しい上に使い勝手がいいから、武器や収集品としても高い値が付くんだ。魔石なんてこれ1つで金貨30枚にはなるだろう。……これは受け取れないよ。それに、トールから受け取る理由がない」
「いや、いいんだ、毛皮とかも良く分からなくて処分したくらいだし! ゼオの槍もシュヴァルツがダメにしちゃったし、それで新しいのでも作ってくれ!」
「あれは俺が悪かったんだ! シュヴァルツは当然のことをしたまでだろう」
――お前は悪くないだの俺にも問題がだのと暫く押し問答気味になったが、槍の代わりに牙を渡し、魔石の代わりに森では用意出来ない調味料などの生活用品を買ってきて貰うことで話をつけた。それでも、ゼオの話だと金貨1枚にも満たないらしいが。
「実際、上位魔族なら金には困ってないんだろうが、お前は人が良すぎるぞ……」
ため息交じりに受け取ってくれたゼオに、俺は酷く安心した。
(良かった、貰ってくれないと困るんだよ……だってこれ、『慰謝料』だから!)
俺にはゼオとパーティーを組む気はない。勝手に配下に加えておいて本当に申し訳ないが、どうしても連れて行くわけにはいかないのだ。
魔族と旅をすれば、きっとゼオは人間側から裏切者として扱われることになる。彼に鑑定のスキルがない以上すぐには気づかないだろうが、いずれ自身のステータスを確認する機会がくるだろう。その時の衝撃や周りの反応を思うと胸が痛む。
だが、そのときにも筋肉たちはきっと彼の側にいるだろう。筋肉たちは良いやつだ。魔王の配下という『呪い』を掛けられた友達を見捨てたりはしないはずだ。今と変わらない態度で、ずっと彼の側にいるだろう。そう、ずっと――そうなれば、
(ゼオを連れて行けば、絶対筋肉4人が着いてくる……パーティーが筋肉だらけになるのは、俺には耐えられないんだあああ!)
心からの叫びを笑顔で隠し、俺はノートルから受け取った麻袋を持って祠へ帰ったのだった。
すっかり目が覚めたらしいシュヴァルツが新しい獲物と出迎えてくれる中、俺は帰り道で考え続けた結果を彼に報告する。
「シュヴァルツ。ゼオたちがステータスに気が付く前に、俺はこの森を出ようと思う」
こうして、俺はリーリアの森からの旅立ちを決意した。