序章/突然の災難
格子の窓から注ぐ爆発寸前の爆弾のような色の陽の光が沈むにしたがってこの街は徐々に息が吹き返し、賑わい、騒がしくなっていく。まるで――いや、見世物を見せることと、この世界から逃がさないとでもいうかのような格子つきの硝子の壁で隔てられた十五畳ほどの部屋には俺を含めて十人の男女が飾られたプラモデルみたいに入れられていた。
窓から見える通りからは余所の店の明かりがつきはじめ、人の通りが多くなり雑踏と雑音が増える。外の景色は大きな通りとネオンで派手に飾られた店が立ち並んだ何処かの商店街といった感じだ。しかし、それがただの通りであるということはこの店の硝子格子と道行く人々の武装した身なりで否定されていた。
此処は殺し、窃盗、略奪、全ての犯罪が許される犯罪都市アンダーシティ。そして俺はそんな場所でやっている売春宿の≪商品≫としてこんな気が狂いそうなプライベートすらない部屋の隅で丸くなっていた。俺以外の奴らは通りに面している方に集まって自分を買ってもらおうと通り過ぎる奴らに自分をアピールして買ってもらおうと気持ち悪い視線を向けていた。俺はこんな拷問じみたことをしたくなくて必死に目立たないようにめにつきにくい場所で薄い布切れで体を隠して丸まっていた。
此処にやってきたのはいつだろうか。二、三週間は経ったと思うが未だに慣れない、慣れたくはない仕事のせいであそこが痛い。それでも俺は出来る限りの抵抗をしている。
俺がこんな危険地帯にいる理由はなんとも時代錯誤でまぬけな理由だった。
それは高校二年に上がり、桜が散り始めた頃。いつもつるんでる奴らとカラオケに行った帰り、急に雨が降ってきた災難な日。
「うっわ、マジかよ…ついてねぇ……」
慌てて走って帰ったが帰宅につく途中で信号が赤になってしまった。
「チッ、さっさとしろよ…」
「――今日午後2時に能力者とみられる者が現れ、この現場である会社を襲撃し、僅か十分という短い時間で強盗をしたそうです。厳重に管理されていた金庫には熱で溶かしたような痕跡が残っており――」
ビルに取り付けてある大きなテレビジョンがそんな夕方のニュースを垂れ流していて俺は信号が変わるまでそのテレビを眺めていた。
能力者とはその名の通り普通の人間には考えられないような特別な力を持ち、例えば触らないで物を浮かせたり、電気を発生させたりとその人それぞれで様々な能力を持つ。
昔、そんな超能力者は夢物語だとかなんとか言われてきたがこの数年で超能力を持つ者は能力の差はあれ爆発的に存在し、今では日本国内だけで全人口の一割ほどが超能力を持つと政府が発表した。外国では漫画とかで見かけた魔女狩りの被害に遭った人達は超能力者であったと報告までされている。そんな力が溢れれば当然その力を悪用しようと考える者が出始める事は仕方なく毎日少なくとも一回は能力者に関するニュースが流れるほどだ。
いつか日本では能力者の犯罪グループが何組か存在しているという話題があったというのを思い出した。
そんなことを思っていたらあっという間に信号は青になり、服が濡れるのを構わずに横断道路を渡ろうとしていた群衆と一歩を踏み出した。
「ただい…」
水を吸った靴下と靴がくちゃりと高い音を立て、その音が嫌いで顔をしかめた。というか春とはいえ寒いし服がびしょびしょで気持ち悪い。
さっさと風呂入って着替えようと考えながら玄関を開けた俺の目には見慣れない黒い塊が中で壁のように廊下を塞いでるのを見て固まった。
「おやぁ?」
リビングへ続く廊下の奥の方からねっとりとした不快な声が聞こえてきた。
「息子さんのお帰りでしたか。話し合いの最中に帰ってきてくれるとはありがたい」
中にいたのは大勢の黒服の男達で全然見覚えがなかった。代表格だと思われるでっぷりとして脂ぎった男は両親と何かを話していたようで、左右にその子分だと思われる男達が控えている。そんな状況だった。
「慶太郎……」
母が心配そうな顔で俺を見た。父も母と同じような反応を返した。
「ほうほう、慶太郎というんですか。良い名前ですねぇ…今は…高校生ですか?やんちゃそうな息子さんですねぇ…」
でっぷりとした男が俺をじっとりと珍しそうに口元をにやけさせたまま見る。確かに俺は元々髪の色素が母譲りで、父のような断れない日本人の典型的な顔立ちでもなくどこからやってきたのか目つきが悪いいかにも不良そうな顔をしている。実際は不良ではないが。
「…んだよ」
男をにらみ返すと「おお恐い」と頭を軽く振って身をすくめて見せた。一々動作が芝居かかっててイライラする。男はそのまま両親の方へ向けた。
「潤二郎さん、どうですか?お貸しした一千万はお返しできますでしょうか?」
「………え?」
耳を疑った。一千万?まるで漫画やアニメのような大金だ。うちは父は中小企業の一般的なサラリーマンで母は専業主婦でパートをしているような家庭だ。そもそも一千万なんて使いきるような金使いも荒くはない。
状況が良く分からなくて父を見ると父は嫌悪感を現したような苦々しい顔で男に言った。
「僕が借りたのは百万です!そんなに借りていません!」
どうやら父にとっても想定外な金額らしい。そもそも百万がどうやったら一千万に化けるのだろうか?
「おおっと、よく見てくださいよ、この請求書。ここには毎月一割の金利が付くと書いてあるじゃないですか」
男が懐から出した紙には父のサインと判子が見えた。
「そんな金利違法じゃないか!そもそもそのサインはあなたたちが無理矢理…」
父がそれを見て激高した。気弱な方の父が怒るのは滅多になく思わず俺はすくんでしまった。
「無理矢理ではありませんしちゃんとこの通り契約していますよ。さぁ、さっさと一千万を払ってくれませんかねぇ?」
と男はにやついたまま父達に言った。
「ッ…そんな金はない。毎月少しづつ払っているだろう?それで我慢してくれ。ちゃんと金は返す…」
父は拳を握りしめて非常に言いにくそうにそう男達に言った。しかし、男達はそれで納得してはくれなかった。
「困りますねぇ…今日中に支払ってもらわなければ…そうですねぇ…仕方ありません。一千万の代わりにそこの息子さんをいただきますか」
男の言葉でその場に居た全員の目が俺を向いた。
「見た所綺麗ですし…彼ならいい商売をしてくれそうだ」
「な、なにを言っている…?」
「ふふ、最近良い儲け場所を見つけましてね。彼ならきちんと稼いでくれそうだ…おい、お前達、そいつを連れていきなさい」
父達が困惑していると男はそう言い、周りに居た黒服達が俺を囲んだ。
「なっ!?何しやがる!離せよ!おい!ぐっ……」
力強く掴まれ、抵抗したが誰かに思い切り腹を殴られた。綺麗に入ったと思う。
「慶太郎!!」
心配そうな母親の声が聞こえた。その直後視界が揺らいで真っ黒に落ちた。