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二話

 神山の期待に反して、侑祁と山崎進やまざきしんとの面会の許可はおりた。

 頼んでもいないのにジンボとカンダが後押ししてくれたおかげだった。そうして面会の見守りをかって出たジンボ同伴で、山崎を監禁しているカンダの自宅へ向かうはめになったのだった。

「――そうそう」

 と侑祁がしんとした室内でやにわに神山に声をかける。侑祁の部屋でジンボが来るのを待つ間、彼らは暇を持てあましていた。

「黒田さんってさ」

「ああ、あの無能局長な」

「もー。すぐそういうこと言う」

「あいつの無能さのおかげで勝重の犬ごときがA級本部に盗聴器をしかけられたんだからな」

「まだ怒ってんの?」

「べつに。事実を述べたまでだ」

「やだねぇ、根に持つタイプは。――って、そういう話じゃなくて」

「なんだ、違うのか」

「全然違うよ。黒田さんね、惺のこといまだに気に病んでるんだって。ショウのことも含めて」

「それがどうした」

「僕が当局に拘束された時黒田さんすぐに駆けつけてくれてよくしてもらったし、同病相憐れむってことで何か力になれることがあったらいいんだけど」

 神山は大きく息を吐き、眉間のシワを指先で押さえた。

「またバカを……」

「まあまあ、そんなに呆れないで」

「……わからないな」

「僕のバカさ加減?」

「お前も黒田局長も、たった一人の女に何をそんなに振り回されているんだか」

 侑祁を目を丸くした。

「驚いたな、神山。それ本気で言ってるの?」

「なんだよ……」

「惚れたからに決まってるじゃないか。そんなんだから独身でお相手もいない、と」

 同情したかの言いぐさに、神山は露骨に顔をしかめる。

「悪かったな。惚れたからといって心中を図るやつに見下される覚えもないが」

「惚れたが因果、だよ」

「何言ってんだ。危うく俺の首が飛ぶところだったんだぞ」

「よかったじゃないか、僕のおもりから解放されて」

「――馬鹿者! 本物の首だ!」

 ついに神山は声を荒げた。

「だいたいお前な、外に出て普通の暮らしがしたいなんて言うから俺が周りの説得と準備に走り回ってやっとこさ生活環境を整えてやったのに、自分で台無しにしてどうするんだよ!」

 しまった、と心の中で嘆いて侑祁は額に手をあてる。

「定期健診にはまともに来やしないし、こっちから迎えに行けば、自分から行くからいちいち来るなと文句を言う。来ても約束の時間のためしがない。お前の遅刻最長記録が何時間か忘れたわけじゃないよな? 八十二時間――三日と十時間だ」

「はいはい、あの時は悪かったって……。待つほうも待つほうだと思うけど」

「連絡を入れても返信ひとつしやしない。それどころか俺からの着信をすべて拒否設定にするとは何事だ」

「そうやって小言を言うからさ……。どこの束縛ストーカー男だよ」

 神山がじろりと睨む。

「……何か言ったか?」

「何も」

「ふん、――珍しく連絡を入れたかと思ったら勝手に生命維持局に入局してるし、パトロンがうるさいから黙らせろだと? バカかお前は! 何でよりにもよって維持局の、それもA級本部なんだよ。正体がばれたら都合の悪いやつがゴロゴロいるだろうが。それにな、いいか、事後報告じゃ意味ないだろ。本当にお前は昔から……」

 まだまだ続きそうな説教に、はいはい、と侑祁は両手をあげた。

「わかった――わかったよ。反省してます」

「どうだか」

 謝っても不機嫌に返す神山に、がっくりと肩を落とす。

「もー、なにさ。そっちだって、就職して独り立ちしたんだから祝ってくれてもよかったんじゃないの。冷たいなァ。ジンボくらいだよ、祝ってくれたの」

 初耳だった侑祁の言葉の後半部のせいで、神山は苦々しい顔でうなだれた。ガミガミ叱っている自分のほうがバカに思えた。

「ジンボさんはお前以上に何を考えておられるのかわからん……」


 山崎との面会は神山にとってやはり胸糞が悪いものだった。なるべく侑祁と山崎が話さないようつとめたが、いかんせんジンボが余計な一言を言った。

(侑祁がきみに話したいことがあるんだって)

 侑祁のことを把握したうえで発した言葉であるならば、そのサディスティックな嗜好しこうに嫌悪を覚えるし、無意識に発した言葉であるならば、デリカシーや侑祁への関心や共感性の欠如に軽蔑を感じる。

 神山ははっきり言って、ジンボが嫌いだ。

 彼のつかみどころのない言動もさることながら、人がさげな表情と態度をとりながら腹の中で人を食って楽しんでいるようなところが、拒否反応を起こさせる。

 小さなことでは、何度抗議しても神山を下の名前で呼ぶことをやめないことから始まり、

 ――さぞ深く傷ついたことだろう。

 ――きっと彼女はリリスもしくはその娘リリムだったのさ。男を惑わし軽んじ嘲笑あざわらう、淫らな女。

 ――きみのイヴでなかったからといって落胆することはないよ。僕たちがイヴをんであげようではないか。きみはその子をめとればいい。

 ――ああ、それとも、きみの身の一部から生まれた子をイヴとしようか。生殖だって問題はないはずだからね。

 つい先日侑祁に向かって柔らかな微笑みをたたえ、述べたことまで。

 山崎を仲間に引き入れたのもその一環だと神山は思っている。そしてそれは度を越した所業で、非常にしゃくに障った。

 いっそ――、と頭をよぎった。後顧の憂いをなくすため、袖口に仕込んである小さな銃の引き金を引いてしまおうか。狙いはまず山崎……。

(きみは、自分の立場をわきまえるべきだ)

 立ち止まって少しの間逡巡していた神山に近づきジンボが耳元でささやいた。

 神山は侑祁の――アダムの看視役だ。

 ただの、看視役だ。

 見守るだけでなく、彼が快適な生活を送れるよう可能な限り整えてやることを任ぜられた。滅私し、ひたすらアダムに奉ずるようにとも。

 任じたのは六人のカミサマで、ジンボはそのうちの一人。いくら看視役がアダムのために尽くせとめいを受けていたとしても、それはカミサマに反してでも優先される命ではない。

 ジンボに囁かれ、なによりあの時気にくわなかったのは、思考を読まれたことだった。


 どんなに侑祁が笑顔を見せ軽口をたたいていたとしても、神山は定期的に自分に言い聞かせなければならなかった。油断するな、と。

 侑祁のほがらかな態度に惑わされて、たびたび彼の本心を見誤ってしまう。隠したがる彼からすれば作戦成功なのだろうけれど、耐えきれなくなって噴出する時、彼の気分は急激に落ちる。それが突如として表に現れるものだから、過去何回か神山は驚かされてきた。

 どうにか驚かされないですむよう考えたのが、なるべく気を張ることという無難な手段なわけだった。

 しかしながら、侑祁の気分が落ちているかどうかの判断はいたって容易で、彼と山崎とのやりとりにおいてもそれは見られた。

 侑祁は隠すのだ。顔も身体も、相手からそらして、そらして――。

 ジンボとカンダの視聴を許さなかったのも、落ちている姿を見せないため。落ちるだろうことを予想して、彼は山崎と二人きりにしてくれと頼んだ。神山がそのことで眉根を寄せたのは、予想してわかっていてなお彼が山崎と話すことにこだわり、落下を止めようとしなかったから。

 誰と話しをしているのか――。彼の外界を遮断するような格好を目にするたび神山は思う。とりわけ山崎との会話においてそうだった。

 意味のないやりとり、意味のない問答、意味のない議論。山崎をもうひとりの自分に見立てていたとしても……。

(そんな話はどうでもいいだろう)

 ――どうしたって正しい答えなんて出ないし、どんな結論が出てもお前は救われない。

(時間の無駄だ)

 振り向きざま、侑祁が睨んだ。

 神山は彼のその目に恨みを見た気がした。お前らのせいだ、と。ただの妄想かもしれない。自己の投影かもしれない。だが、胸を突かれたのは事実だった。

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