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一話

 白い部屋にあって、整然と建ち並ぶ建物と嘘のような青空とを見せるその大きな窓は、ひとつの絵のようであった。

 ――そんなにここが嫌か。

 男は、外に出たいと訴えた少年に対し、そう思った。少年の齢十二の頃のことだ。

 外を向いて片手で泣き顔を隠し、もう片方で求めるように窓に手をつく少年の姿は、まるで絵描きに描き忘れられた者のようだった。

 男は自分が見誤っていたことに気がついた。この少年はいつも軽い口調でものを言うし、人をからかってはころころと笑うので、今度もそうなのだとひとり合点して、少年が外に出たい、外に住んでみたいと何度言っても男は真剣には取り合わなかった。まさか泣き出すとは、ここまで思い詰めていたとは思わなかったのだ。

 この部屋がおさまっている建物内でなら、範囲は決められていたけれども、時々連れ出してやっていたのだが。外の世界に対して何か強い憧れでも抱いたのだろうか。

 世の中の物事を知るようになってきて、己の出生や育ちが他者とは異なっていることに気がつき、不安に思うようになっていたのかもしれない。父母と呼べるような存在はいるが、何かが違う。ことに、家族といえるような代物ではないと、子供ながらにわかっていたのだろう。加えて周りは大人ばかりで友達と呼べる存在もいなくて、寂しさが積もっていたとも考えられる。ただ単に閉じこもっているのがいやになっただけ、というのも思いついたが……。

 男は少年の細くて小さな背中を眺め見ながら、立ち尽くすばかり。

 そうするうちに段々と、言いようのない気持ちが胸の中に満ち満ちてきて、男は不快で仕方がなかった。


   *   *


「――終わったか」

 部屋から出てきた侑祁ゆうきいたわる気持ち半分で神山はそう声をかける。

「終わったぁ」

 見るからに疲れた様子で侑祁は溜め息をこぼす。

「あいかわらずいや~な説教の仕方をするよね、ようは。なんて言うの、無言のプレッシャー? ぼそっと何か言ったらそのあとだんまり。またぼそっと言ったらまただんまり。ずっと立たされてたんだけどさ、怖い顔で見てるもんだから楽な姿勢もとれないし。もうずーっとだよ、ずーっと」

 ぶつくさ文句をたれる侑祁について神山も廊下を歩く。

「ほんと説教長すぎ。苦痛の三時間だった。ただでさえ検査続きで疲れてるのに、そのシメがこれなんてあんまりだよ。だいたいジンボはいつも洋に怒鳴られるって言ってるけど、あれ嘘だよ。洋が怒鳴ってるとこなんか見たことない。神山にそっくりらしいけど」

 首をひねって傍らの背の高い男を見遣る。

 神山こと神山帆波かみやまほなみは洋の息子であるからして正確に言えば、洋が帆波にそっくりなのではなく、帆波が洋にそっくりなのだ。

 ともあれ、親子似ているというのであれば父親もきっとあの一報を聞いてこう怒鳴ったに違いない。

(――あの――バカがっ!)

 これは日本空中都市エリア1某個室にて、侑祁の心中未遂の報告を受けた帆波が怒りを露わに吐き捨てた第一声である。本人に直接会った際にははげしい怒りは納まっていたけれど、思いきり頬を引っ叩き「お前にはほとほと愛想がつきた」と険しい顔で言ったものだ。

「あの人は扱いのわからん者には静かなだけだ」

「それって僕が変人とか困ったちゃんってこと?」

「いや、子供ってこと」

「成人してても?」

「ああ」

「でもジンボの話を聞く限り、僕とたいして変わらない人にも怒鳴り散らしてるみたいだけど」

 神山は口元に手をやり少しばかり思考した。

「……身近な子供? 身内……?」

「とにかく、静かな方の洋が珍しいってことか。じゃあ無言のプレッシャーお説教も、ほんとはどう怒ったりどう説教すればいいのかわからないだけ?」

「わからないというか、考え込んでいるというか」

「ふうん。昔からそうなの?」

 さあ、と神山は肩をすくめる。

「神山には怒鳴ってたっけ? それこそ実の息子だもんね、一番身近な子供。四十過ぎてるけど」

 眉間にシワを寄せ始めた大きな子供を確認してから言う。

「やっぱりないよね、怒鳴られたこと。だったら、さあ、ってことはないんじゃないの?」

「……さあ」

 侑祁は軽く吹きだした。

「神山ってさ、洋のこと好きじゃないよね。嫌っているようにも見えないけどわきあいあいと親子で談笑してるの見たことないし、お互い他人に接するような態度でさ。昔から、家でもそうなの? ――そういえば聞いたことないね、お母さんのこととかも」

「……俺の家のことについて聞いてどうする」

「べつに。ただの興味。どうにかしないと聞いちゃダメなの?」

「どうにかしなくても聞くな。……あまりいい気分はしない」

「そ、ならやめとく」

 ひとつ階を上がり、目的地まで再び廊下を進む。

「――結局、盗聴器を仕掛けた犯人って山崎さんだったの?」

「教えてもらったか」

「ううん、予想で。山崎姓だもん、一番怪しかったから。勝重さんとこでしょ」

「わかってたんなら班を替えてもらうなりラボを替えてもらうなりしたらどうだったんだ」

「いい先輩だったんだよ。気さくに話しかけてきてくれたりさ」

「情報収集のためにな」

「だとしたら山崎さんの演技力は見習うべきものだね」

「くだらん」

 にべもなく返す神山に苦笑いして、侑祁は少し静かな口調で話す。

「勝重さんもカミサマたちやアダム・プロジェクトに執着するのをやめられてたらよかったのにね。……山崎さんを使ってクマシロやカミキは――カミヤマもかな――勝重さんを消そうと考えてるんだろ? 勝重さんは目立つのが好きで顔も広いからなかなか消しづらかったんだもんね」

「それは俺のあずかり知らぬところだ」

「ふうん」と納得したようなしていないような曖昧な相槌あいづちを打つ。「――で」

「……で、とは?」

「それで、山崎さんは今どこに?」

「言うと思うか」

「思わない」

「そのとおりだ」

「うん、だからちょっと連れてきて、僕の部屋まで」

「バカを言う元気はあるらしいな」

「じゃあいいよ、ジンボに頼むから」

「待て、待て、待て……!」

 すねた侑祁を苦虫を噛み潰したような顔で神山は慌てて止める。

「あの人に頼んだら二つ返事で引き受けるに決まってるだろ。可能な限り勝手をする人なんだから。お前は絶対に頼むな」

「わかった。――神山よろしくね」

「そうじゃないだろ!」

「今の流れはもう頼む感じでしょ」

「知るか!」

「ねえ神山ァ、お願い聞いてよ」

「断る」

「ええー、なんでぇ。話したいことがあるんだよ」

「俺が伝えてやる」

「僕が直接会う」

「駄目だ」

「ねえねえ、どうしても話したいことがあるんだってばぁ」

 侑祁のねこなで声に神山はうんざりした心持ちになった。彼がこの声を出す時は決まってろくでもないお願いをする時だし、わざとふざけて甘えた声を出しているのにそのじつ本気で言っているため説得に骨が折れるのだ。

 やりとりが面倒になった神山は溜め息をこぼし、少しばかり侑祁を追い越して立ち止まる。

「わかった……。一応かけあってみるが、許可がおりるとは限らんぞ。ジンボさんに劣らず、どこかの誰かさんもずいぶん勝手をしてくれたもんだからな。俺も監督不行き届きで発言権がほとんどなくなったし」

「あはは。ごめん、ごめん」

 まったく悪びれる様子なく謝る。

 軽く息を吐き神山は廊下の壁に相対した。オフホワイトの壁に長方形の黒い筋があり、それは神山の頭ひとつぶん高い。その姿容しようと筋の脇に埋め込まれたてらてら光るパネルでもって、ドアなのだと知る。

 パネルの前で暗証番号の入力、顔、虹彩、指紋、音声の認証を済ませ、ドアを開ける。とても狭い、大人二人がやっとの廊下とも呼べないような空間があり、今度は二つのドアとパネルが並んでいた。

 神山は先に侑祁を中へ通し奥のドアへ、自分は手前のへ。背後のドアが閉まるのを待ってからそれぞれ正面のパネルで再び認証を済ませると、現れたのは彼らにとって家も同然の部屋だった。

「ねえ。今ふと思ったんだけど」

「なんだ」

「僕の正体に気付いた、情報を得た、といっても山崎さんは前からある程度知っていたわけでしょ?」

「記録に残っている、というのが駄目なんだそうだ」

「記録ねぇ……。噂程度にしろ、アダム・プロジェクトを知ってる人って結構いるよね」

「そう感じるのはお前が事の中心にいるからだ」

 ふうん、と返事はしたものの部屋に入ろうとはしないので仕方なく神山もその場にとどまる。

 何か考え込むようにぼうっと宙を見つめ侑祁はぼそりと呟いた。

「……カミサマたちはいったい何が目的なんだろう。今回のことでますますわからなくなったよ」

「さあな。俺たち人間にはわからないさ」

 少し間があってから、侑祁が笑った。

「そうだね」

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