(5)メイド隊完備のために ――ゴルゴンの三姉妹――
改修中:20170217
ゴルゴンの三姉妹:ギリシア神話のペルセウス英雄譚の一つ。
一説によると、彼女達は たいそうな髪美人だったそうで、その美しさにアテナが嫉妬して魔物に変えたそうだ。
何とも懐の浅い、狭量な神であることか。これが知恵の神だとするのだから笑える。
茜王国「メイド隊」の誕生には このような経緯があった。
それは、茜王国が まだ正式には建国していない頃の話し。
諸々の手続きは まだ完了してはいなかったが、建国を拒否されるような明確な理由は一切ないので、既に全員が元の国籍を抜いていた。
――以降、紛らわしいので この時点では正式な国名ではないが、便宜上『茜王国』に統一しておくことにする。
茜王国は当初、全国民が『茜』にではなく、『執事長夫妻』に従う者達だった、ということは既知のことだ。しかし彼等が茜に心酔する、少なくとも尊敬に値する人物である事に気付くのに、そう多くの時間は必要としなかった。
そして、この時期は国民自体が まだまだ少人数で、六千人しかいなかった。男性五千人、女性千人の布陣だ。
男性職の名称「執事隊」は既にに決まっていた。では、女性職は「女官隊」とでもしようかという話になった時、当の女性陣から反対が出た。「何だか古臭い」と。
男性陣の年齢が(執事長は例外だから除外)平均すると三十歳を超えるのに対し、女性陣の年齢は二十歳前後。ジェネレーションギャップは 思ったより大きかったようだ。
女性陣の言葉を聞いて、一部の執事が不快そうな顔をした。「執事」は由緒ある呼称だと自負していたから、それを貶されたように思ったのだ。すぐに誤解は解けたが。
「じゃ、何か良い案を出しなさい。……そうね、期限は三日後の朝まで。良く検討して、一つに絞って提出しなさい」
たかが呼称だ。自分達のことだ、好きに決めれば良い。茜は当事者に委ねた。
「メイド隊? 何だか如何わしい名称だわね」茜には、どこかの国のサブカルチャーを連想させるものだった。
「いえ。語源はmaiden、未婚の女性の意味です。だめでしょうか」
彼女達は気に入っているようだった。確かに未婚女性だけの集団である事は確かだ。
――誤解のないように、茜は別に既婚者を除外している訳ではない(実際に、執事長の妻がいる)。ただ彼女達の勤務は、住込みが前提となっている。よって、基本的に未婚者にしか務まらない。仕方ないことだ。
「まぁ、あなた達が それで良いというなら構わないけれど、ちゃんとした服装にしてよね」あの服は、ダメだという事だ。
勘違いしないでほしいが、茜はメイド服に偏見を持っている訳ではない。アレは単に実用的ではない。というだけだ。
さて、制服を作ろうとしたが、これが思ったより難航した。
茜王国の工作部・縫製課には、優秀なデザイナが幾人もいる。彼女達がデザイン画を作成し、茜に提出した。
その中から部署の数に合わせて六枚を選んだ。これは茜の好みである。
「これらが良いわ。でも絵じゃピンと来ないからサンプルを作って。
そうね……、静香。貴女が着てみなさい」
当時十五歳、静香はスタイルが良い。茜は彼女にモデルを命じた。
六人のデザイナは眼を輝かせた。着飾る服ではないが、見てくれは良いに越した事はない。静香なら誰にも異存はない。
茜は綺麗なものなら何でも好きだ。静香は かなりの美人だから鑑賞するには もってこいのシチュエーションだ。
執務机に両肘をついて、両手の平に顎を乗せた茜は、静香が次々に服を着替えていく姿を眺めながら、楽しそうに微笑んでいる。
「どう。着た感じは」
茜は良い返事を期待していたのだが、静香は言葉を濁した。
「……そうですね」
あまり良くないようだ。
「何か気に入らないところがありそうね」
茜の言葉に静香は、曖昧な感想を述べた。
「何だか しっくり来なくて」
静香本人にも理由が分からないので、言葉を選ぶのに困っていた。
「ふぅん。ちょっと見せてね」
そう言って、茜は静香に近付き、正面、右側面、左側面、俯瞰、椅子を持ってきて鳥瞰など 色々な角度から詳細に観察し「失礼」と声をかけて、服に触れて点検もした。
茜には理由が分かったようで、クスリと笑って言った。
「服飾のことは良く知らないけれど、これらは駄目みたいね。静香、はっきり言いいなさい。重くて着心地が悪いのでしょう」
茜は、静香が うまく言葉に出来なかった思いを、ズバリと言い当てた。それで彼女も気付いた。
「そうなんです! 重いんですよ。着心地もそうですが、これでは仕事には使えません」
静香の感想を聞いて、どうすべきか考えていた茜が決断を下した。
「じゃ、それらの服のデザイナを呼んで来て。全員は、要らないわね。そうね……、この三種類を造った、三人だけで良いわ」
茜は呼び出したデザイナ、三人に六枚のデザイン画を見せて、その修正を命じた。
「なるべく形状を変えずに、出来るだけ軽くして。このままじゃ使い物にならないのよ。
それと、私に服飾デザインの基礎を教えてちょうだい」
出来上がって来た服を着て、それでも不満そうな顔をしている静香を隣から見上げた茜は、質問の形で確認した。
「どう? それでも重そうね。見れば分かるわ」
三人のデザイナは、恥ずかしそうに顔を伏せた。彼女等は持てる限りの技術を使って作成した。それでも不足なのだ、穴があったら入りたい気分とは、この事だ。
「三人共、ちょっと来なさい」茜がデザイナ達を呼んだ。
三人が自分の後ろにいる事を確認し、椅子に上がって 静香の着ている服に修正を加えていく。
デザイナ達は茜の手際の良さに驚きながら、その動きを追った。しかし、残念ながら彼女達には その意味が分からなかったようだ。
修正を完了して、茜が静香に尋ねた。
「どう。軽くなったでしょう」
「い、いったい何をしたのですか? さっきより すごく軽く感じる」
静香が驚きの声をあげた。
困惑顔のデザイナ達を見た茜は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて回答を示した。
「あなた達は専門家であり過ぎたのよ。色々あるけれど、要部分のバランスが悪くなってるの」
茜は、自身が修正した部分を元に戻した。
「良く観てなさいよ」
そして再度、今度は ゆっくりと修正後の状態にした。
「分るかな。ここが違うだけで、肩にかかる荷重が半分くらいになるの」
三人には 何のことだか全く分らない。
「う~ん」
今度は茜の方が困った。どう説明しようかと。何も知らない者に、畑違いの内容を説明するのは とても難しい。基本から説明しなければならなくなる。
「チビ。女性の骨格標本と外観標本の画像をここに投影して」
『はい』チビの返事と共に、床上に等身大の骨格標本と外観標本が3Dで投影された。
茜は机の引き出しから投影画像用修正ペンを取出し、説明を始めた。
「ここの……」標本に さっと服を描く。制服の基本的な部分のみを素早く記していく、三人には、驚きの余り声が出なかった。まるでベテランデザイナの筆使いだ。図が仕上げ、続けて荷重分布を記入しながら、茜は詳しく解説していった。
デザイナ達も、その説明により やっと納得した。
確かに、現状では全荷重が肩に集中している。業務用だから着易さを重点に置く、そのため一般の衣服よりは少ないのだが、逆方向にに力がかかる部分が出来てしまっている。服の重さが集中する部分が幾つがある。それを分散させるための調整だったのだ。
「分かったようね。じゃあ、これに準じて修正してね。それと、他のデザイナと相談して手分けしないと出来ないわよ。全部オーダメイドだからね」
それはそうだ。個人差を考慮した このような微調整、三人で手が足りる筈がなかった。それに体格が変われば その都度細かな調整が必要になる。
健康診断の折り、身体計測も同時に行われるようになったのは当然の措置だ。
メイド隊・六部。それぞれが制服を選び、全ての配給が済んで、実際に運用され始めたのは その一箇月後だった。皆 満足そうだった。
その頃には「茜王国」も正式に国家として承認されていた。
茜が左手首のリストバンドを、本来の目的で使用しなくなったのは この頃からである。
■■■
今、例の三人の服飾デザイナは茜王国内にいない。
メイド隊の制服デザインを完成させ、製作法を他のデザイナに教え、そのメンテナンス法を伝えた後、茜の依頼(命令)により国外に出た。
それから、もう二年が過ぎようとしていた。
茜王国特製エンジンを登載した巨大クルーザを与えられ、そこを本拠に世界中を旅行、ではなく、職務で飛び回っている。もちろん、彼女達が茜王国の関係者だと言うのは秘密である。
「ねえ、もう そろそろネタ切れじゃないかな。私、国に返りたいよ」
褐色の肌の『長女』が、他の二人に泣きついた。外の世界のダラダラした雰囲気に辟易していたのだ。あの「ピリピリ」した緊張感が懐かしい。
「まだ、応募者は殺到しているのよ。途中で打ち切る訳にはいかないわ。でも、これって増えるばかり、いつになったら落ち着くのかしら」
面接者のリストをスクロールしながら、モンゴロイドの姿形をした『三女』が呟いた。彼女も いい加減疲れていたのだ。主に精神的に。
応募者の約一割は産業スパイか、その関係者である。その洗い出しに うんざりしていたのだ。
「でも、思ったより人材がいたのは良い意味で驚きだったわね。茜様も お喜びになってるそうよ。メイド隊を執事隊クラスにまであげるには、新しい人材が絶対必要だったのだもの。人数も全然足りなかったしね」
コーカソイドの特徴を持つ『次女』の言葉には、二人も納得せざるを得ない。
もう二千人くらいの候補者を本国に送った。もちろん本人の希望あっての事だ。
――彼女等は 現在、世界ナンバーワンの服飾デザイナ兼製作者である。『ゴルゴンの三姉妹』と名乗って、二年前から服飾界の女帝の名をほしいままにしている。
このクルーザ『ゴルゴネイヨン』は、彼女等の住いであり、新作発表の場であり、服飾製品の加工工場でもあった。もちろん応募者の訓練所もある。飛行場も(ヘリポートではない)小さいながら完備している。大型船舶を係留する装置も十機ある。
この船の、部外者が動き回れる場所の面積だけでも、延べ面積で あのベルサイユ宮殿の二倍以上ある。
「この娘なんだけど」気を取り直した次女が、二人にデータを送った。内容によるとメリケン合衆国のスパイである。
「あの国、まだ懲りないのね」長女が 呆れたように溜息をついた。
「で、どうするの? 放り出す……気は、ないようね」三女が確認する。
「人格も問題なさそうだし、中々の腕前なのよね。捨てるには惜しいわ」次女が、読み取っていたデータを見ながら声をかける。
ここは作業場。三人は それぞれの仕事をしながら会議をしていた。茜王国で培った作業法の応用『ながら会議』である。これが、三人にとって一番効率の良い方法なのだ。
「他にも大勢いるわ。その国からは あと十七人。他の国からのを合わせると二百八十人以上よ。みんな同じ条件ね」不機嫌な顔をした次女は、選択した人物達の『本物のデータ』を提示した。その内容を見て、二人は作業の手を止め、眉を顰めた。全員に共通する項目。人質と脅迫。
「まったく! ちっとも学ばない人達ね。まあ、相手が茜王国関係者だと知らないからなのでしょうけど」長女の言葉に頷きながら、三女は措置を提案した。
「やっぱり、チビと執事隊の応援が必要ね。いつも通り、荒事は彼等に任せましょう。それにしても、この事を茜様が知ったらどうなるでしょうね。……怖いから言わないけど」
まったくだ。茜がこの事を知ったら、下手をしたら 幾つかの国が滅びることもあり得るのだ。
その想像は現実化しそうで、三人の背筋に冷たいものが走った。
――彼女達も、茜たちの活躍(?)を知っている。
茜の驚くべき才能と、それに似合わない優しさや、怒りの激しさも。そして、チビの怖ろしさも。『外』から見ると より鮮明になる。
「さっそく連絡を入れておきましょう。執事隊からも別ルートでの調査が入るでしょうから、どんどん送りましょう」
長女がパーソナルコードを入力し、、執事隊本部宛に『調査依頼』と『入国候補者』のアイコンをクリックして、妹たちに転送する。他の二人も 各々のパーソナルコードを入力し、『実行』アイコンをクリックする。これで、チビ経由のデータ送信が完了する。
そう、こういうことは頻繁にある。いちいち驚いていては身が保たない。
だが、三人は、茜王国の清涼な空気を知っている。また、知っているからこそ、それを受ける可能性を持つ者達が愛おしい。彼等の未来のために、この人材発掘の作業が必要なのだと、改めて自分達の役割を自覚する三人であった。
彼女達が任務を終え茜王国に帰還したのは、それから更に二年後だった。その頃には、メイド隊も執事隊に劣らない陣容を揃えていた。
彼女等は帰国すると『側近』に抜擢された。実績と共に、茜に対しての応答が評価されたからである。
三人は、四年の歳月の大きさに愕然とした。浦島太郎どころではない、まるで未来都市にタイムスリップしたような気分を味わっていた。それはチビとの対面で更に深まる事になる。しかし その詳細は、今回の話とは全く関係ないので割愛する。
とりあえず終了します。