(4)負の遺産 ――静香(世界から戦争が無くなったのは……)――
改修中:20170216。
茜王国の健康管理は厳重だ。特にメイド隊は三箇月に一度 健康診断と身体測定(これには少々込入った事情がある)が義務付けられている。それに引っかかり病気と診断された場合は、完治するまで職務遂行を禁じられ自室待機となる。
この国にあって、メイドは非常に大きな役割を担っており、情報の更新頻度・伝達速度は執事隊の比ではない。彼女等にとって一週間情報が途切れると言うことは、浦島太郎状態になることと同義である。
そんなことは彼女等にとって、絶対に許せない事でアイデンティティに関わる重大問題であった。必然的に彼女達の健康に対する自主管理能力は、非常に高く、徹底したものとなっている。
■■■
以前、ただ一度だけ、メイドが勤務中に倒れたことがあった。
彼女は、側近内でも優秀である上、茜に年齢も近いので、建国当初から仲良くしている一人だった。
そのメイドは 二箇月前に定期検診を受け、健康と診断されていた。
「どうしたの。何でこんな事に」
茜が狼狽する姿など めったに目に出来る事ではない。彼女自身の事であったなら決してあり得ないだろう。
再診の結果は『癌』であった。それも頭部を除く全身、あらゆる部位から発症していた。検診の時には兆候さえ発見出来なかったのに。
「これは、ある意味で遺伝病なのですよ」メイドは、茜の狼狽ぶりに苦笑を浮かべて言った。
聞いた茜が後ろを振り向いた。医療関係のスタッフが、痛ましげな表情で頷く。彼等は既に内容を知っているようだ。そして、それを踏まえて動き始めている。今、茜が指示すべき事は何もない。そして何も出来ない。
茜はメイドに向き直って話しかける。まず、正確な情報を揃えるべきだ。
「遺伝とは どういうこと」
「母も、祖母も、曾祖母も 皆この病で亡くなりました」メイドは女性ばかりを上げていく。子を残し、孫に伝える事が出来るのは女性だけの特性であるからだ。それは、良くも悪しくもだ。
彼女には肉親がいない、天涯孤独だ。男性が一人も発病していない筈もないが、無意識に分けているようだ。
「原因は、分かっているの、ね」
「放射線障害。ヒロシマです」
先祖が世界最初に戦争で使われた原子爆弾、核兵器による被害者だったのだ。人類の作った最も禍々しい、現在使用すれば間違いなく『自殺兵器』となる怪物だ。
誰が、どう言い繕おうと『非人道的』な兵器の最高峰にあるモノだ。しかしながら兵器などと言うものは、程度の差はあれ人道的なモノなど ある筈もないのだが。
「……」思うことは色々あるけれど、かけるべき言葉がない茜だった。
メイドは そんな茜を見て、言葉を続ける。
「発症してしまっては、もう どうしようもありません。あと三箇月くらいでしょう。全員そうだったと聞いています」
茜の握った拳の中で、短く切ってある爪が掌に食込みそうだ。
なぜ こんな病気が現代まで残っているのだ。国は、科学者は、医者は一体何をしていた。どうして誰も対策しなかったのだ。
茜は核保有国の、あまりの杜撰な対応に怒っていた。
だが今は、最も優先すべきは そんなことではない。まずは確認だ。自分を抑えることに慣れていない茜が、無理やり怒りを鎮め、メイドに 優しく話しかけた。
「あなたは、どうしたいの」
しばしの沈黙。だが、彼女は迷っているのではない。その証拠に 目尻から出た涙が頬を伝い枕を濡らした。
「……茜様の傍にいたい。茜様の お役に立ちたい」彼女の、ただ一つの切実な願い。しかし、このままでは叶うことのない願いだ。
そのメイドが眠るのを待って、茜は看護士に耳打ちした。そして音を立てないように そっと病室を出る。
茜は執務室へ歩を進めながら、強い口調で命令した。
「チビ。すぐ検索して! 核兵器とその関連情報。全てをよ! 見つけた物件を執務室のディスプレイに順次表示。比較、対照は私がする。その後の並べ直しを頼むわ」
『了解しました』
全ての検索。その意味を理解出来ない者は、茜王国にはいない。
全世界の情報が、チビによって収集された。一切の例外はない。機密も極秘、秘匿も関係ない、全てである。加えて、デジタルの情報である必要もない。チビは、ソレの入手方法まで知っているのだから。
女王は既に決意していた。自分の大切にしている者を傷つけた相手を決して許さない、と。
一仕事終えて、再び あの病室。
メイドに話しかけている茜がいる。今度は質問、詰問に近いが。
「あなたは、何か対策をしなかったの? ただ 死を待ってただけなの?」
茜には確信があった。ここ娘が無為に過ごしていた筈がない。
病人にかけた茜の問いは、ある意味 容赦のないものだ。しかし、彼女の性格を熟知しているメイドには、その真意が正しく伝わっていた。
「私の部屋にあるパソコンに、フォルダ『ヒロシマ』があります、ご覧ください。未完成ですが、私の執念、怨念かな? その結晶です」
茜は返事もせず飛び出し、件のパソコンを病室に持って来た。デスクトップ型だ。ごちゃごちゃした配線の一切ないハードは、茜王国特製のモノだ。
それを病室の電源に繋いで起動すると、どの部屋にも常設のディスプレイに、キレイに整理された画面が表示された。彼女の几帳面さがよく分かる。
ショートカットをクリックして『ヒロシマ』フォルダを開く。そのこには文献や写真のコピー。そして彼女自身が作成した、まだ途中段階だが研究資料や論文が ズラリと並んでいる。付箋によるメモも多数ある。これは未整理なのだろう。
「これね」茜が論文を開いて、ザッと読んでいく。
読み終えた茜は、メイドにある提案をした。女王としての決断とも一致する。
「これを完成させましょう。貴女には悪いけど、私が仕上げるわ」
メイドに、異存など ある道理がない。
彼女の思いは『私のモノは茜様のもの。お好きに使って下さい』だ。茜の望みを叶える、それこそがメイドの本望なのだから。
「……ご随意に」
茜は、体力の落ちたメイドが眠るのを待って、待機している医師団と、医師の傍らに立つ一団に向かって頷く。
「みんな、お願いね。
さあ! 始めましょう。世界初の試みよ。チビも、頼んだわよ」
「もちろん!」
『了解しました』
医者が メイドの頭に色々な端子を装着していく。接続先は大容量記録装置、チビのプローブも作動準備に入った。
『……作業開始』
医師とは違う一団のひとりが、ベッドのメイドに寄り添い 優しく語り掛ける。まるで、母親が幼児に対して話しかけるように。
「さあ、話してちょうだい。貴女の全てを」催眠を使った、サイキックによる世界最初の医術が開始された。
眠ったまま催眠状態になったメイドは、生まれた時のこと。これは、もちろん彼女の記憶ではなく聞いた話だが、それから順に記憶を探りながら話していく。傍にある機器が、切れることなく小さな作動音をあげ、全てを記録していく。テレパシーを感知する装置も記録装置に繋がっている。医師に混ざって、サイキックの特殊チームも参加して、メイドの隣にそっと横たわり、こちらは チーム員の頭に端子が繋がっている。
所定の作業が 間違いなく開始されたことを確認した茜は、後は専門家に任せて、自分の出来ることに着手した。
「さて、始めるか」
茜はメイドのパソノンからコピーした『論文』を、執務室のパソコンに写して、それに色々な事柄を追加記入して行く。チビの資料も照らし合わせながら もの凄い速度で研究を完成へと導いて行った。
だが、それは メイドが生き続けるためのモノではない。茜も当然それを知っている。
メイドに対する、科学的な、ある意味機械的にも見えた記憶の複写が終わった。サイキックによる記憶探査も終了した。それらの全てがチビに記憶され、集約的に管理される。たったそれだけで、もう一週間が経っていた。
その間にメイドは どんどん衰弱していった。
ある日、茜が久しぶりに病室を訪れた。
彼女は毎日にでも見舞いたかったのだが、医療チームの邪魔をする訳にはいかない。我慢していたのだ。それが、やっと解禁された。
茜は、さっそく用件に入った。時間は あまりにも少ない。無駄には出来ない。
「さあ出来たわよ。これを見て」
茜がメイドに示したのは『論文』の完成稿だった。彼女は出来上がった そのデータを目で追い、読み取って行きながら驚愕の表情が隠せない。
私が十年もかけて完成出来なかったモノを、たった一週間で完成させるだなんて。とんでもない方だ。メイドは呆れた顔をしながらも、嬉しそうだ。
「あちこち弄っちゃって ごめんね。どう?」
データ量は メイドが作っていたモノの数十倍にもなっている。これはもう茜のオリジナルと言って良いものだ。彼女はヒントを与えたに過ぎない。メイド本人も、当然それを理解していた。
「それでね、これを造ろうと思うの」茜が別のフォルダーを開け、笑顔で話しかけた。
データのタイトルを確認したメイドは、驚いた顔を露わにする。
メイドがファイル開くと、ある機械、装置の設計図であった。3D・CADで作製されたソレは、工作部にまわせば、直ぐにでも製作にかかれる段階まで出来ていた。
「まさか、アレを造るのですか?」
そんなことが出来るのだろうか。メイドは半信半疑で確認した。
彼女は「こんなモノを造って、世界に一泡吹かせてやりたい」との思いで、付箋にメモしていただけなのだ。内容など、何もなかった筈だ。
「当然よ! 造って、世界中にバラ撒いてやるのよ!」
茜の表情が一気に曇った。
「でもね……、貴女のように発症してしまった者には、効果がないわ。どうしようもないの。ごめんなさい」
頭を下げた主人に驚いて、メイドは動かないはずの腕を上げようとした。しかい、無情にも それは叶わない。だから、言葉で懸命に伝えた、今の心を。
「頭を上げてください。私は論文が完成しただけで嬉しかったのです。その上、世界を驚かせるような機会に巡り合う事が出来るなんて。本当に ありがとうございました。ああ、生きてた甲斐がありました。これでもう、思い残す事は何もありません」
「何を言っているの。私は 貴女を手放すつもりなんて、金輪際ないのよ! さあ。この装置を作動させるのは、貴女よ。もう製作にかかっているの、もう少し頑張りなさい」
一箇月後、それは世界中を混乱のドン底に叩き落した。
放射性物質が使えなくなったのだ。核兵器はもちろん、医療用や発電用のものまで。全てがダメになった。地球上から放射性物質、正確には『既定値以上に濃縮された放射性物質』が消えた。もちろん、地球上だけである。良いところ標高百キロメートル、熱圏までだ。それ以上になると自然崩壊するように設計してある。
「やった! ざまあみろ」メイドは、その結果を見て大喜びした。
彼女は その二週間後に亡くなった。全てに満足した嬉しそうな顔であったという。
メイドの名は『静香』といった。
「どう。その身体は」茜がニコニコしながら黒猫に問いかけた。
はあ。格好良く最期を迎えたと思ったのになあ。まさかの猫に転生かあ。……しかし、まあ良いか。
静香は 自分の、最大の願望が叶えられたことに十分満足していた。
「はい。問題ありません。絶好調です」と言って、彼女は尾をピンと伸ばした。
世界最初の記憶転写技術及びバイオノイドの開発(猫形ではあるが)。その成果がここにある。
■■■
執事隊は先日から大忙しである。
チビから連絡があって、茜が放射性物質を使えなくする方法を考えていた時点で、執事長は準備を始めていた。成功するのが当然であるかのような行動である。
彼からすれば、茜が明確に目標を定めた事柄で『失敗など決して有り得ない』という その事実を知っている。ただそれだけである。
執事長は記憶の中から 発電設備の代替品で、外(茜王国以外)でも使えそうな製品を検索した。
最初に、旧式(茜王国において)ながら「一体型発電設備」がヒットした。
既存の設備を、この発電設備に取り替えるのが一番良い手段だ。しかし、現在ある設備を修理して使おうとする者も多く出るだろう。
二番目にヒットしたのが「一体型発電設備」より前に製作した永久機関だ。茜が「失敗作だから破棄して」と指示していた物件だ。
――彼の頭の中には茜が作った全ての、完成品、失敗作(茜の判断による)、試作品で終ったモノや途中で飽きた物件までもが入力されている。(彼は人間である。念のため)
もちろん、彼の記憶内容は『チビ』にも記録されているが、目的の曖昧な検索に関しては、執事長に一日の長がある。
このようなモノを販売したのがバレたら、叱られる可能性がある。
しかし現時点では、これらがベストな選択だろう。どちらも、茜王国では時代遅れの骨董品とも言うべきモノではあるのだが。
それに こんな些細な事に構ってなどいられない。もっと重要な、医療用機器のフォローがある。こちらの方が切実だ。レントゲンなどの放射線を使ったモノの代替品が、至急必要なのだ。
これも古い物の中に使えそうな製品が、これは九件もある。この中からの選択になる、どれも使えそうだ。用途別に分類すれば問題ないだろう。
執事長は考えた。
これらは特許を取得していない。今更申請するのも面倒だし、茜にバレるのも困る。それで、貸借契約とすることにした。
チビを通して、いつも通り「この製品に対し、解体や調査を企てた場合、茜王国の持つ特許物件『部品、製品及びその他』全ての使用を永久に禁止する」と脅しておくことにしよう。以前、馬鹿な国が七つ それで滅んだ。前例があるのだ、違反する者はいまい。
まあ、違反すれば 文字通り『チビ』が実力行使するまでのことだが。
執事長は立ち上がり 部下に命じて、該当製品の製作に着手した。それは、茜が静香と一緒に『イタズラ』の打ち合わせをしている。ちょうどその頃だった。
そして、あの『放射性物質破壊用・増殖型ナノマシン作成装置』が完成し、作動させる頃には、世界各国の関係機関に『放射性物質を使わない製品』のパンフレットが送付されていることだろう。
執事長の思っていた通り「一体型発電設備」を選択する者はいなかった。永久機関との接続を望むのだ。
茜王国の「永久機関を使った駆動装置」をタービン用に使うと、その発電所の所員達は決まって驚きの声を上げる。しかし派遣された執事隊のメンバーには、その意味が全然分からない。
「こんなモノに、何を驚いているのだろう」彼等にとって、ソレは まさに骨董品としか言いようのない製品だったからだ。
しかし問題が起こった。
彼等は こんなに低出力の発電装置(しかも、やたらに規模ばかり大きい)に触れた事がなかった。未知の物だから仕方ないが、全く応用が利かない。
発電所で手配する筈の部品が粗雑すぎて使えないのだ。
「この精度を守って頂かないと使えません」執事が図面を見せながら言うと、発電所の作業員は困惑した顔で反論した。
「こんな高精度な部品。加工できる機械がないのだ」
「でも、使えませんよ。このままじゃ」駆動側の問題は大きい。
だが問題はそれだけではなかった。
「こっちもダメだ。軸の振れが大きすぎる。このままじゃ接続できない」別の執事が、今度は発電機側の問題を指摘した。
困惑した執事達は、この事を執事長に連絡して対応策を聞いた。
「仕方ないですね。効率は落ちますが、撓み継手でも使いましょうか。
それを買って頂くか、それとも発電装置を丸ごと茜王国製の物に置き換えるか、どちらかしか方法はありませんね」
その回答を発電所の所員に連絡すると、撓み継手の購入を選ぶ者ばかりだった。
しかし少しと考えると、これ購入するのは明らかに損だいう事が分かる。推奨した、茜王国製「一体型発電設備」一台の発電量は、既存の「大型発電プラント設備の総発電量」の数百倍にもなるのだ、しかも、大きさや重量は一万分の一にも満たない。メンテナンス・フリーのソレを、安価で借りることが出来たのだ。
それを選ぶことさえも出来ない判断力の悪さを思うと、呆れるよりも哀れさを感じる執事長であった。
■■■
黒猫の姿になった静香は、望み通り常に茜と共にあることになった。高性能AIを搭載した彼女は、ある悩みを抱えることになる。これは、主人を こよなく愛する猫の宿命なのかも知れない。
権力者とは何と愚かな生き物だろう。
核兵器がなくなったら、今度は通常兵器で戦争を始めてしまった。今まで核兵器が怖くて何も出来なかった国が騒ぎ出したのだ。
国連事務総長は、世界中で、まるで口裏を合わせたかのように同時発生した紛争を、仲裁も調停も儘ならなくなり、茜王国に泣きついて来た。しかも、茜に直接ではなく茜王国に、依頼ではなく通常通信を使って送付されて来たそれは、要約すれば「この事態を引き起こしたのは茜王国だから、責任をとって纏めてほしい」と言うものだ。
茜達の行為を『悪事』だと決め付けたような文言は腹立たしいが、行った事に対する責任を回避するつりはない。
「姑息な上に、だらしないわね」
チビから調査報告を聞き、更に茜は不機嫌になった。
こんなもの実のところどうでも良い。ただ単に、面倒くさいし、鬱陶しく、煩わしい。茜は今の この状態にうんざりして来た。
静香は茜の判断を待つ。彼女は良く知っている。こういう時は、決して口出ししてはいけないと。
茜は少し迷っていたようだが、溜息をついてチビに相談のような命令を下した。少し意地の悪い笑顔を乗せて。
「チビ、やっちゃおうか」
この時は、完全に偶然だが、茜の傍には静香しかいなかった(大人がいなかった)。
「え? 何をなさるのですか」
静香の誰何。それと重なるように、チビの回答と、茜への通知。実行を促す言葉も添えている。
『了解しました。……準備完了』
「完全に、終わらせるわ」静香に対する茜の答え。
それは、たった一回の通達(各種言語で知らせ、国家宛には文書も送信した)であった。
これは、チビによって全世界の、全ての通信網に強制介入する事を以って実施された。
情報を担当する者はチビの脅威を、とうの昔に予想し、その影響を仮定はしていた筈である。あのピーパ・ブレイカでさえ対抗策が無いのだ。破壊神の力も垣間見た筈である。なのに、世界の国々は 為なす術もなく、破壊神の力を再度思い知る事になったのである。
「いい加減にしなさい愚か者。これから十分以内に戦争をやめないと、チビに『強硬手段を以って対処』させるからね。その意味は分かるよね、前例があるのだから。
楽しみだわ、今度は幾つの国が滅びるかしら。
一応、警告だけはしておくね。守ろうが、無視しようが勝ってすれば良いわ。但し、違反した場合の罰則は、前例と同じ『茜王国の輸出品全てを強制的に使用禁止とし、通信網を完全遮断する』よ。
対象は戦争の当事者と その関係者全員。つまり資金提供している者、後ろに隠れている輩も、暗黙の了解を決め込んでいる国家も、全て一蓮托生だから覚悟しなさい。そうそう、テロやゲリラ、それに準ずる行為に対しても同罪だから。間違えないよう注意してね。
以上」
そして、世界は平和とは言い難いものの、紛争はなくなった。否応なく終結しなければならなくなったのだ。共倒れになっては、元も子もないからである。
国連事務総長と、全ての大国及び中小各国の元首連中は青褪めた。
茜が示したのは、破壊神の恐ろしさ(の再確認)と、制裁対象が「組織」ではなく「国家」だと明示されていることである。期限は示されていない。無視など出来る筈がなかった。裏工作など、危険過ぎて以ての外である。
件の通達を出した日の夕方。
茜と静香(チビも含めて)は、執事長夫妻と大頭領に「やり過ぎです!」と、しっかり注意された、らしい。
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神話には多くの神々が登場する。
ほとんどの神話では、彼等は その反体制料と戦っている。人間は、彼等の創ったモノであるから、戦いがヒトに類が及ぼしたとしても、それは、まあ同じ世界に在るのだから仕方ない、必然だと割り切るしかない。
しかし、ギリシア神話は違う。
本当に質が悪い事に、彼等はヒトに直接チョッカイを出す 絶対的な力を持つ簒奪者であり蹂躙者だ。
ギリシア神話に登場する、ゼウスやヘラを代表とする神々は、躊躇いや羞恥心など欠片も無く、暴力的で本能のまま暴れまわる醜悪な怪物だ。
現代の価値観を当てはめるならば(彼等が ごく普通の人間であったとしてだが)疎まれ、蔑まれて当然の者達だ。――一説には、単に人間同士の権力闘争が元ではないか。タィタン族とオリュンポス族の戦争と、その後なのではないのか。だから、あんなにも人間的なのではないか、と――これらの神と名乗る者共に対し、当時の人々は その力に怯えたどろう。誰もが脅威を覚え恐怖しただろう。しかし尊崇し敬愛される事は決して無かったのではないだろうか。
そして今、それに匹敵する、あるいは それを凌駕する力を持つ者が現れた。世界は、どう対処するだろうか。
面白いことに今回の場合、困ったのは権威や権力を持った者達だけで、大衆は歓喜して迎えた。彼等にとって害悪になるい事柄は、何ひとつなかったからである。
茜が言ったのは「戦うな」である。それを脅威に感じたのは戦争を唆す者達だけで、他には影響など一切ないのだ。
マスコミも最初こそ茜達を『悪』としてしていたものの、大多数の支持を得た茜王国を非難し続けることなど出来る筈もなく、いつの間にか「素晴らしい! 快挙だ!」に変わっていった。結局のところ彼等の本質は、非常に大きな情報発信能力――世界への影響力だけを見れば、軍事力より遥かに大きい――を持ちながら、自身は 本来の意味での教養(知性、人間性の陶冶のより形成された人格)を持たない、空っぽな、多数に阿るだけの者達であった、ということだ。
チビが、五十パーセント程度しか向けていなかった宇宙からの脅威に対し、本格的に集中し始めたのは この頃からである。